line

社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2025年07月10日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

vol.25.3

 
   春眠暁を覚えず

弥生三月に入った。久しぶりに寝すぎて庭戸を引くと、まぶしいくらいの朝日が目に入ってきた。尚更に感じたのは、庭に咲く梅の木である。七分ほどに開いた花であるが、花の付きが極めてよく、純白の光を辺りにはなっているせいで朝日が二倍にかがやいているからである。瞼に手を覆っていたが、手を緩めると梅の枝が純白の花でびっしりとうずまっているのが実に鮮やかであった。中国の詩人、孟浩然の詩には、有名な「春眠暁を覚えず 処々啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知る多少」という調べのこもった漢詩が昔から読み慣れてきているが、南風が吹き込んでさわやかな辺りの様子をうかがっていると、何気なく口ずさんで春の到来を楽しんだりしている。
  二十四節気を紐解くまでもなく、暦通りに季節の到来をいつまでも待ち望んでいたいものであるが、口うるさい昨今の世情を見聞きしたりしていると、そうした風雅な気持ちをいつまでも持っていられそうにもない気がしてくる。いうところの気候変動で、人間社会の活動で天候の軌道に狂いが生じて、自然の巡りが少しずつ変わってきているようである。この季節に、北国では大雪が降って始末の困っているし、太平洋側では乾燥状態が続いて各所で山火事が多発したりして、大船渡の山林火災は一週間も続きっぱなしである。気候変動は庶民の生活にも直接影響を及ぼして来たりしている。キャベツが一ヶ500円したり、ニンジン、大根、芋と云った根菜類から、間接ものの加工品まで大きく値上がりしている。今日あたりから、前線が南下して列島の東側では久しぶりに大量の雨が降った。大船渡の火災現場では、消防団員が、少しばかり安堵の様子をして胸をなでおろしている。
  先日は庭に生えてきた雑草を引き抜いたりして、冬の芝生の手入れを楽しんだが、芝生に交じって生えた草は、今のうちに抜き取っておくと芝の育成が順調に過ぎて、芝刈りのときにもすがすがしい気分になって、気持ちよく過ごすことが出来る。案の定、冬枯れの芝は一面に黄色く枯れ気味で、それなりに風情があっていいものである。今の時期に目地を埋めるつもりで肥料を撒いておいてやれば、夏の盛りには青々とした豊かな芝を味わうことが出来るのである。庭に出て春にやる仕事は沢山ある。庭を使って僅かな菜園を楽しんでいるのも、四季折々の咲く花や、成りものの収穫を以て季節感を味わうことが出来、感謝して幸せに思っている。

    大船渡の山火事

乾燥状態が続く太平洋側であるが、強風に煽られたまま発生した岩手県の大船渡市の山林火災は、その後も延焼を続け3月3日で6日目を迎えている。山林から立ち上がる赤い炎と、黒くよどんだ煙は山並みを這うようにして延焼が続いており、この先何処まで燃え広がっていくのか想像がつかない。と云うのも山岳地帯で消防活動が思うように出来ずに、この先奥深く迄侵入してゆくことが不可能に近い。もっぱら上空からヘリコプターを使って散水するしか手立てがつかないでいる。海から海水をくみ上げては現場に急行し、消火活動をして繰り返しているが、4,50メートルの高さを飛行して容器から散水しているが、地上の消火をする前に途中で霧散してしまうのではないだろうか。山岳地帯の、激しい炎と煙を見ていると、まるで火山の噴火を思わしめるようである。空中からの散水にしても無駄とは知りながら、やらないよりは良しとするしかない。リアス式海岸で入り組んだ風光明媚な海岸線と、なだらかな東北の山並みは、春を待つことなく硝煙に包まれて焼けただれていく姿は、忸怩たる思いで見るに忍びないでいる。
  山が燃えて一週間が経過しようとしているが、焼失した範囲は前日から300ヘクタールほど広がって、約2100ヘクタールにまで達したとのこと、上空からは複数の住宅が焼ける様子が確認できている。テレビニュースの画面では、早朝の大船渡市の赤崎町の長崎という地区付近では、海に向かう風にあおられ、赤い炎が山の傾斜を舐めるように焼きつくしていくのが確認できる。火の勢いは依然として収まっていない。対岸では、自宅に迫る火を心配そうに見つめる男性の姿も立ち尽くしたままだ。
  市によると、3日午前6時時点の焼失面積は2日から300ヘクタールほど増え、約2100ヘクタールにまで拡大。市は3日午前、外口地区で建物の延焼を確認したと発表している。男性1人の遺体が見つかっているほか、避難指示の対象は変わらず1896世帯・4596人となっていて、市が開設した避難所には午前7時時点で1197人が身を寄せているという。今日まで、気象庁の発表では14日連続で乾燥注意報が出ており、火事が広がりやすい状態が続いている。昨夜から建機の状況も若干変わって消え入るようで、大陸から張り出した前線で、太平洋側の地方にも広く雨を伴った気圧配置のようで、この際思い切った大量の雨量となって関東・東北地方を潤してもらいたいと、そして大船渡当たりの森林火災を自然の力で消し止めてもらいたいと、雨乞いの神頼みではないが祈るような気持ちでいる。そんなわけで今日は朝から潤った雨に見舞われて、久しぶりに傘を広げて銀座通りを歩いてきた。     3月3日


ゼレンスキーとトランプ会談

  仲の良い間柄かと思っていたらさにあらず、状況は180度一変して握手すべき会談は喧嘩別れに終わった。思えば首脳会談は、その内容からすれば幼稚であり、程度の低いもので品格に欠けること甚だしきものであった。世評でいわれてきている名称だが、所詮、喜劇役者と、詐欺師の寸劇を見るのと同じであった。
  ウクライナ戦争は始まってから既に三年が経過して、双方とも犠牲者を多く出して悲劇的である。仕掛けたロシアも、仕掛けられたウクライナも疲労困憊気味で、厭戦気分が漂ってきている。支援してきたアメリカはバイデンからトランプに政権が変わり、取引に長けたトランプは首尾よく駆け回り、もとより戦争を中止したいとするところは良いことである。この際は一方の当事国ロシアと手を結んで、ウクライナに譲歩を迫ってきている。これ以上金を出すのは嫌だと云って、今まで出した戦費の回収を狙って、ウクライナに広く埋蔵する鉱物資源の権益の譲渡を強要してきている。ウクライナの足元を見透かした策略であるが、トランプ式勘定には見事に合致している。喧嘩分かれをしてウクライナを窮地に追い込み、有利な取引を引き出すことを狙っているもので、トランプが真骨頂を発揮したドラマである。
  みっともない話だが、喧嘩別れをした後には、ウクライナが期待した軍事支援どころか、アメリカはウクライナに対し支援打ち切りを通告した。アメリカの支援がない以上、この戦争に勝つ見込みはウクライナにはない。トランプの言う通り、もはや打つべきカードを失ったゼレンスキーは犠牲を最大限に収めて、トランプの軍門に堕ちるしかない。戦争中止を求めるトランプとプーチンにとっては、特に体裁を繕うプーチンにとっては時期的に見ても渡りに船である。ゼレンスキーは目の上のたん瘤だったが、停戦のためには大統領職もいとわないという言質迄とりつけた格好である。嘘つきプーチンはほくそ笑んで、この馬鹿々々しい寸劇を楽しんだに違いない。
  バンズと云う副大統領を番犬に控えて、喧嘩を仕組まれた会談にゼレンスキーはまんまと乗せられてしまった。有能な喜劇役者は、有能な詐欺師にまんまと穴にはまってしまった。裏には戦争という悲惨な殺人行為が行われている以上、和平に向けた会談だとすれば、戦争を続行するような発言があったりすれば、正義に反し、非人道的行為として千載に汚名を刻むことになる。前門に虎、後門に狼と云った状況である。悲しいかな退路を断たれた道化師が、呆然と立つのみである。ゼレンスキーは大統領執務室を追い出された後、あの時いったい何が起こったのか分からなかったとまで振り返っているという。しかし状況は不利に傾いているが、取引はこれで終わったわけではない。懸命なゼレンスキーはトランプに手紙を即刻出して、和平への道筋を取り付け、鉱物資源の権益の一部の譲渡の合意書に署名したい旨の親書を渡したのである。
  昨日のトランプ大統領の議会での施政方針演説では、彼は得意げにこのことを急遽開陳して、取引の続行をほのめかした。自画自賛で終わることのないことを期待したい。取引の内容については、ウクライナの主張も公正に取り付けて将来の糧とする努力をすべきである。戦争は犯罪行為である。正義に反する殺人行為を中止して、トランプの言う取引によって外交を上手に行っていくことは賢者の道であり、国民から負託された政治家の忠実な責務である。3月6日


三月十日東京大空襲 B29飛来

  疎開先の水戸市の中心部からも、東京の大空襲の様子は手に取るようにわかった。真っ赤な火の手は大円球の夜空の半分を占めて、水戸の空の真上までに広がってきていた。最初は、土浦辺りが、米軍の夜間空襲を受けて火の手が拡大していると思われていたが、そうした情報が錯綜するうちにB29の大編隊の焼夷弾空襲に遭っているのは土浦ではなく東京だということが次第に分かってきた。夜空の南半球が真っ赤に染まって、水戸にまで延焼してくるような気配である。東京の上空の火柱が水戸の上空までに広がってきているという現実に、東京の街全体が驚くべき大規模の火炎の下敷きにあって火の海と化していることが分かり、足の震えが止まらなかった。東京の下町の浅草では、仕事と生きるために父が一人で生活を余儀なくされて頑張っているからである。
  その時、母と兄弟四人は東京の空襲を避けるため疎開先に水戸を選び、泉町で松屋と云うデパートを経営する親せきの叔父を頼りに、母と私たち兄弟四人が水戸の泉町辺りを転々として生活を続けていたのである。当時は小学校では集団疎開と縁故疎開の選択肢があった。小生は集団疎開を択ばずに先に述べたように親せきを頼って縁故疎開を選んだ。生来の病弱なことも理由にあったかもしれない。小生は近くの五軒小学校に転向してきていた。二年生であった。当時の図画の富永先生だけは記憶に残っている。色男で現代でいうところのアランドロンのような映画俳優の風貌であった。転向してはしてきたが、学校にはほとんど通ってっていなかった。水戸でも警戒警報のサイレンが昼間から鳴っていたりして米軍機のB29や、偵察機が盛んに飛来している始末であった。米軍機が本土に飛来してくるのは、決まって鹿島灘沖からであった。鹿島灘沖は既に米艦隊が停泊し、艦載機を常時飛ばしては制空権のほとんどを掌握していたようなものであった。ロッキード、グラマン、カーチスと云った先鋭空軍機である。日立市があったせいか、艦砲射撃の工芸設けたりしていた。疎開先とは言いながら、もはや戦時体制下にあるも等しかった。 
  東京が火の街と化して逃げ惑って釜茹で同様の有りさまに、家族全員が父の安否を気遣って、眠れない日が一週間ばかり続いた。首都の東京は混乱の極にあって通信は途絶え、列車の運行は停まったままで収支がつかない状態であった。気がかりな父の消息が一向につかめないのである。責任感の強い父のことだから、最後まで踏ん張って火炎の中にとどまり、町内の消火に努めていたに違いない。焼夷弾を上空から目標とする地上の地域の、すみからすみまで落とし続けたB29の飛行士は、当時、日本人のすべてを焼き殺せという至上命令が上官からくだっていたという。空爆による皆殺しは悲惨極まりなく、ガスバーナーで蟻を焼き殺すようなものである。東京大空襲は米軍の無差別殺人攻撃となって、その思想は、のちの広島の原爆投下につながっていったのである。
  B29の編隊は総勢325機で、房総沖と、鹿島灘沖から本土を目指し帝都東京にの上空に迫った。3月10日の午前零時からである。目標は東京の下町全域にわたり積んできた1665トンの焼夷爆弾を地上をなめ尽くすように落としていった。浅草、神田、日本橋、下谷、荒川、隅田といった人口密集地域である。火の手と燃え上がった火災地域は火の海と化し、火柱は旋風を巻き上げて2000メートルまで立ち上り、人間の焦げ臭い匂いがB29のヤンキーの鼻を突いたともいわれている。
  その火の海が、東京が受けている大空襲の地獄絵図であり、それが水戸の上空にまで広がってきて、今にも波に呑み込まれそうな錯覚すら感じて、想像を絶する心境でおびえていたのである。火の海を無事に逃げきって、何としてでも生きていてもらいたいと、父の生存を確信し神に祈るしかなかった。
一週間ほどたったであろうか。水戸のデパートの松藤に姿を見せたと云う知らせが入った。昼間だった。泉町の化粧品店の裏手の借家に住んでいたが、われわれ家族は喜び勇んで叔父の店に向かって、元気な父の姿を見とどけて泣かんばかりに喜び合った。父の衣服は見るに見かねるほど汚れ破れていた。顔は疲れ果てて痛々しかったが、眼は勇ましく思うほどにかがやいて活き活きとしいた。東京から水戸までは約100キロある。猛攻を受けて、汽車の停まった常磐線の復興は遅れ、多くの人に混じって線路伝いを徒歩で避難してきたのである。大変な道のりであったに違いない。両腕を抱えるようにして、家族が住む家に無事に着くことができ、解放された父は初めて皆を抱きしめてくれた。五右衛門風呂に入ってもらい、父にはゆっくりとした気分になってもらうことが出来てみんなが安堵して、生きている幸せをかみしめたのである。
  戦火には敗北したが、猛火の迫る街なかを最後まで見届けた父は、火炎のなかを言問橋を渡り隅田川を越えて、向島公園の牛島神社の防空壕のひとつに入り助かった。隅田川にかかる言問橋には多くの焼死体が転がって重なって居り、渡るのに難儀したそうである。又、隅田川には多くの溺死体が浮かんで川面を埋め尽くしていたそうである。恐怖の一夜を過ごした父は、翌日、異臭ふんぷんの焼死体が散らばり、東京の一面の焼け野原の惨状を見て愕然として我を失いかけたとの事。父は九死に一生を得て助かったが 父の懐には、仏壇から取り出した過去帳と数珠が大事に抱かれてあった。東京からの道中、南無阿弥陀仏の念仏を唱えながら、懸命に歩いてきたに違いない。疎開先の水戸で、父との再会を得たあの時、目のまえに立つ父を見て熱い涙がこみ上げてきて止まらなかったことを覚えている。    3月10日  続

      政治と金の問題

石破さんが窮地に立たされている。しかも「政治と金」の問題で揺れている国会の場で、石破さん自身が問題の中心に立ってしまったことは意外であり、想像外であり、全く予期しない出来事である。車の運転中に突然、心神喪失の状態に陥ってしまったかのようで、本人自身も全く知覚しえないような状態だったのではなかろうか。と云うのも、何しろ問題山積の国会開催中であり、少数与党と云う政権を背負って国会を乗り切っていかなければならない状態は、相当に心身に応える重荷になっているにちがいない。心身の疲労にも原因があって一瞬思考能力が作動しない状態に直面したとしか思えないのである。一国の総理に、そんな状態が襲うようなことは絶対にあってはならないが、仮にそんな状況を想定したとして、もはや致命傷とでもいうか、政治家としての資格喪失ということで、例え話としても用いたくはないのである。
   当選一回目の自民党衆議院議員15人を官邸に招いて祝意を表し、お土産に10万円の商品券を渡した件で政治資金規正法に抵触するという疑義が生じ、顰蹙を買っている件である。首相は誤解を招いたと陳謝し、違法性を否定しているが、内外から責任を追及する声が上がってきて、その輪が拡大しつつあることは、以て遺憾に思っている。少数与党の政権にあっても、石破さんなら野党とうまく意見調整を図りながら、従来になかった政治処方で個性と信念を打ち出して、国民の賛同を得た石破政治を貫徹していくものと確信し、期待しているところであるが、その雲行きが怪しくなってくるとすると、他人事でない気がして忸怩たる思いでいる。と云うもの石破さんには昭和経済会の講演会の講師としてお越しいただき、親しくその政治理念と人柄に接してきているので、政界での活動については、いつも気にして陰ながら応援してきているいきさつがあるからである。政治と金の問題からは縁遠く、清廉潔癖な政治家として活躍していると信じているし、人格的にも優れた人として世界に活躍の道をも拓いてもらいたいと念願してきていることには変わりがない。
  確かに10万円のお土産と云えば庶民感覚としては余りあり得ないことであり、野党はもとより、与党の諸君からも叱責を買っているし、受け取った一回生議員も違和感を以て全員が返還しているということを以てしても、多くの誤解を招く点は多々ありそうである。普段からの、日ごろの目まぐるしい活動が重なって疲労困憊のうちにうっかり考えたこととして、ここは穏便に処してもらい、いたずらな政治的混乱を招き、国民に更なる負担をかけないで欲しいものと思っている。対立する思料と、判断の両者の自制を促したいところである。
  余談になるが、首相が若手の努力と奮闘に対し、その労を少しでも多くねぎらいたいという心情が高まって、お土産をやったとするのは判るとしても、周りの秘書たちが、どうしてそうした行為のもたらす結果の疑義に気づいて、止めなかったのだろうか。勉強足らずの大馬鹿者めらが。個人的にはむしろ、そちらの方に怒りが込めていってしまうくらである。主人が目をこすり赤信号に気づかずに渡ろうとするのを、付き人がどうして止めなかったのか。大バカ者と叱ることは心情的だが、失礼に及ばない程度にして、これからもこうしたことは生じかねないことゆえ、政策秘書をはじめとして、多くの秘書は当然の責務として落ち度のないよう、多忙を極める首相をサポートする責任があることも自覚してもらいたい。石破さんには主人と同時に、国と国民の指導者であるという強い自覚と責任も備わってくるから、これも又それなりにである。
  国会審議のさなか石破さんには、よくよく自覚反省の弁を以て陳謝しているので、ここは法的には抵触しないと解釈、理解して、弘法も筆の誤りではないが、野党の諸君の寛大なる理解と協力を得て、目下の政権の運営に努めてもらいたいと念願している。     3月15日

  岩金姉妹

  教会で親しくしている岩金姉妹の訃報を知ったのは、小生が欠席した先週の日曜教会の席であった。クリスチャンで信仰心の熱い家内が当日の礼拝の席で、友達の中山さんが知らせてくれたとのことである。帰宅した家内から聞いて時には、まさかと思うほどに衝撃を受けた。偶然とは言いながら彼女は下町生まれの下町育ちであり、住まいも神田明神の裏手の蔵前通りを少し北に入った閑静なところにあった。と覚えているのも実は、岩金さんは玉川聖学園の卒業生であり、その後は長きにわたって当学園の茶道部でお茶の指導をされており、裏千家の師匠を務める傍ら、母校の生徒の指導に当たってこられていた。
自宅の茶室に招かれて岩金さんのお点前に預かったことがあった。小生が、尾山台のナザレン教会から今のこの玉川神の教会に転会してきて間もないころだったから、二十数年前の頃だったと思う。二階に、お点前の優雅な茶室を広く備えた自宅は、上野広交路駅の一つ手前の末広町駅に降りて、数分のところだった。折があれば茶道を習いたいと思っていた当時は、末広町は気安い場所だし、便利なので通って修行したいと思っていたが、自宅からは遠いので諦めてしまった。残念だった気がする。身なりが美しく、いつも笑顔を絶やさぬ岩金さんは、人目を惹く素敵な和服を着付けて教会に見えていた。必ず風呂敷包みを下げていらしたが、茶の道をたしなむいろいろな茶の小道具を包んであったに違いない。不思議に思われたことだが、教養を身に着けて然らしめる結果であるが、お茶をたしなむに相応しい気品と雰囲気を、いつも感じさせる人がらだった。
  話は変わるが、神田明神の境内は比較的高台にあって、北方向に湯島天神や上野池之端、上野の山、そして上野広小路と云った賑やかな場所を遠望できるところに位置している。近代文明にいたずれに侵されないで息づいている伝統ある界隈である。浅草の三社祭と、深川の深川不動尊のみこし祭りは、古くからの江戸三大祭りとして有名である。みこし担ぎの若武者はこの江戸三大祭りのみこし担ぎを担ぎ渡ると云われているから、いまだに江戸っ子の意気を絶やさずに継承してもらっていることになる。東京に出生活している誇りみたいなものは、つまり江戸っ子気質を背負って生きているという自慢話にもつながってくるのである。そういう小生は江戸で生まれ育った先代から確か8代目と思っている。過去帳から、本家の墓標からも確認されている。    続   3月18日


敬虔な信徒の岩金重代姉の訃報に接し心沈みぬ

「石破さん苦労してるわね」とねぎらひの言葉をかける岩金姉妹よ

石破氏の昭和経済会の講演会出席したる岩金姉妹よ

現首相の講演会にて石破氏と語る姉妹の熱きおもかげ

玉川の神の教会の象徴的聖徒の天に召されけるなり

玉川の神の教会に信頼す聖徒の天に召さるは悲し

忽然とこの世を去りし岩金姉日頃に在れば信じ難きに

歯に衣きせぬ口調に豊かなる個性でイエスに仕ふ人なり

裏千家の茶道を生徒に伝授する岩金姉妹のかなふその道

イエスにも茶道の習ひを伝へかし親しき仲で在りてうなずく

敬虔なクリスチャンとして教会に常に大輪の花を咲かせり

裏千家正家を名のる師匠ゆえ和服を召して常に居られり

教会に異色の信者の出席し下町娘ゆえに華やぎ居りぬ

五年もの無牧状態の教会に唯一頼れる人を失せるは

良識を持ち長きこと教会に尽す人ゆえ逝くは惜しまる

玉川の聖学院にて茶道の部活に生徒を導き給う

教育者としての一面を発揮して教会の道いずれ示さむ

下町は神田明神の裏に住む岩金姉妹の気立て良きなり

逝く人の近く親しくあれば我が身にも痛し春の雪の夜

忌むことの遠くに去れば我が身にもうれしく覚ゆ春の雪の夜

忽然と逝く岩金姉のまだそばに立つ思ひにて春の雪の夜

教会の岩金姉妹の天に召す博識なれば信じ難きに

大輪の真っ赤な花が消え去ったあとの虚しく覚ゆ会堂

美しく天に召されて主とともに永遠の旅路に付きぬ春の夜

懐かしく富士屋ホテルの二階にてウィステリアの花の置かれし

春の雪降る夜に教会の岩金姉イエスに付きて天に召されて

物語る玉川神の教会の岩金姉との過ごし来しあと


やかましい政局になってきた。事の発端は自民党の慣例となっている、首相がお祝いに新人議員に贈ったとされる10万円のお土産である。このお土産は表立ったものでなく、首相が祝意を評してご馳走の席に招いたうえ、ポケットマネーでお疲れさまでしたと云う慰労の意味で出すことが、どうも慣例になっていたらしい。代々の首相も慣例として祝意金を出して祝っていたものである。これが良いか悪いかはさて置き、石破さんだけが出してくれなかったでは対面が悪いと思いうのは常識だろう。石破さんにしてみれば選挙は終わったことだし、何も今更そんなことをする必要がないと思うに違いないが、それも付き合いだという思いで軽く考えすぎていたかもしれない。まして政局は「政治と金」と云う問題で喧々諤々のご時世だし、右から左に金が動けば必ずリスクを背負うこと疑いなしである。そこで噛みついたのが野党の諸君でる。「政治資金規正法に違反する」というものだ。ポケットマネーを以て単にモチ代と云う感じで祝ったが、そうではない政治活動に使われたものだと野党の諸君は主張して石破さん、つまり国会で自民党を追求している。
  先の論評で、小生は、推測するにお土産は単に祝意を表したことであって、政治活動に使うように伝えて渡したものではないが、しかしそうではなく政治活動に使たものだと断定してかかってきている。それは考え方次第で、一方に勝敗を上げたりするものではない。何も目くじら立てて、大人げなく問題視することではない、指摘されたから、いたずらに誤解を招くことを避けて弁明し、且つ返還してもらったし、しかもポケットマネーだったと称しているので付き合いの範囲内だと軽く収めるべきと説いていたのである。強いて言えば、のちにこれが自民党の慣例となって行われていたとすることが判明したのである。材料として追求すれば、これが自民党の体質だということにも言えるが、こうした程度のことは白黒の線引きが難しいし、事を荒げるほどのことのないようにも思う。もっと大事な政策論議が控えてるし、石破内閣は、従来の自民党とは大きく変わった方向で政局を運営してきていることを上げれば、自民党の慣例と称する枠に組み入れて決めつけてしまうことは、今となっては度が過ぎるように思うのである。
  石破さんが首相になってから、自民党は大きく変わってきている。そして変わりつつある。内外情勢の急激な変化に対応し外交問題然り、国会運営についても野党の諸君の賛成を得なければ法案の可決は不可能だし、野党の諸君の意見の良いところは積極的にこれを取り入れて、国民と国益に沿った手法を以て対応してきているので、石橋首相と、石破内閣は自らを正し、内外の諸問題に対峙して、政党として大きな進歩を遂げてきていると云っても過言ではない。自民党もひょっとしたらまだ膿を出し切れない、欠点が見つからないこともあるかもしれない。その点を自覚してもらって、遅きに逸しては困るが、一つ一つ改革、改善に努めていくしかないだろう。要はいたずらに混乱を招くような事態は、一国民として回避してもらいたいと云うのが希望である。野党の諸君も大所高所から天下を俯瞰して、小異を捨て大同についてもらいたいと思うことしきりである。      続  3月24日

大輪の真っ赤な椿にひよどりの真似てめじろが花を吸ひ居る

朝日差す枯枝に影のあまたさす久しくすゞめ遊びくる朝

近頃の春の兆しにいかるがの野辺のほとけもゆるみけるらし

ありがたや春の日差しに踊り出て庭の畑の葉を摘みにけり

教会に天に召さるる女ありて無牧に葬儀を致すかなはで

春立ちて野山の里も朝葱色かすみたなびきかげろうの立つ

東北の地方に災害のひん発し野辺のほとけも案じけるかな

山火事の炎おのずと遠ざかる地蔵尊のひとり立つ道

おびしゃてふ夜店が立ちてにぎはひぬ聖天横丁の懐かしき町

待乳山聖天様に二股の白き太根の供ふ朝かな

二股の大根白き聖天の祭壇に差す朝日まぶしき

階段を登れば春の待乳山しもに眺むる隅田川かな

おびしゃてふ夜店が立ちてにぎはふに子供の頃の懐かしき里

風鈴が風を鳴らして夏の夜の象潟植木市の立つ町

寒暖の愚痴を云ふのも今日限り春の彼岸を迎へけるかな

今日よりは寒さ暑さも彼岸まで春の陽気にすぐる今日の日


菩提寺は市川国府台にて小説の野菊の花の舞台ともなる

墓参りせで佛壇に手を合せ唱ふ念佛に心こめたり

横着すわけでなく菩提寺の市川の遠きにあれば思ひかなはで

今昔聖天横丁に学童の疎開の頃の少女住みけり

前髪に化粧も薄き下町の少女に秘めた恋心かな

聖天の横町に夏の夜店立つ夜遅くまで遊びこけたり

おさなごも達者に居ればお互ひに喜び合ひて話尽きまじ

   初夏のような気温上昇
 
  ここ数日来、春の陽気を通り越して初夏を思わせるような気温の上昇である。つい先刻まで寒波の到来と降雪に異常なまでに騒いでいたのが嘘のような展開である。
  庭畑の野菜類もここ二、三日の陽気で一気に莢が伸びて収穫時期を逃しそうな成長ぶりである。そして今朝は菜の花が咲き始めた。気象庁の係官が、桜の開花宣言を出したのが昨日であった。今日は三分咲きと云うから開花のスピードが目に映るくらいで、こちらも咲き始めると一気に満開になる菜の花である。黄色に染まって匂いの香ばしい菜の花を摘んで、さっそく仏壇にお供えした。春かすみではないが、絹を張ったような仏壇の奥が菜の花で一気に明るくなった。ほとけも、微笑んでいるようである。   3月25日  


菜の花の目出度く咲きぬ庭畑の春の彼岸を迎ふ今日の日

夏めきて風吹きそよぐ菜の花の可憐に二つ咲き初めにけり

我が宅の畑にそろふ菜の花を眺めほとけも安くありなむ


十字架に似て突き出たる菜の花の背伸びして咲く意気もたのしや

菜の花のそろふ庭畑に勇み立ち意気の妙にもなぞか思へし

等々力の裏道をゆく畑なかのそよ吹く風に揺るる菜の花

米価の高騰

 日本人が主食とするコメの値段が昨年の暮れ辺りから高騰し、上げるだけでなくスーパーや米屋の店頭から姿を消すような状態になった。所謂極端な品不足、品切れの状態がみられるようになって、だからと云って昔のように社会不安につながるような状態ではないが、庶民に大きな不安を与えていることは間違いない。我われは昨年の今頃のように米を食っていたからと云って、今年になって直ちに米を二倍食うようになったわけではない。毎日の食卓で用意される飯の量は、今年の今も去年と変わっていない。なのにどうして今になってコメの値段が二倍に跳ね上がってしまうのか。経済は生き物だというが、それにしても毎日の食卓に出るコメ飯の量が、茶碗一杯で済んでいたものが急に二杯になったわけではないのである。それなのになぜだ。ここには人為的に操作された節があるに違いない。
  つまりコメの流通を上手につかんだある種の人間が、宣伝通路を利用して価格上昇のフェイクニュースを流し、コメの値段を釣り上げて、市場に米を流さずに倉庫に滞留させ、在庫を増やしてみる。一定量のコメしか食わなくても、倉庫からコメを出さずにその米の供給を減らせば、時給関係によって価格は上がるに決まっている。コメに投機資金を投入して、思惑が重なって相場の操作を行うこともできる。コメの収穫が終わって目鼻がついた時のタイミングとして、いじりやすい時期になる。
  昨年だったか記憶が定かでないが8月ごろ、大阪の堂島でコメの先物取引相場を開設する、市場を設ける案が農水省の役人の間で論議されていたように思う。お米を対象に先物取引相場を開設することはあまり賛成できなかったが、自由と資本主義社会であってみれば、開放するのが筋かもしれないと理解した。いずれ相場の形成だから価格が落ち着いて流通がスムースになって安定した相場に寄与すれば良いが、そうでないと価格が乱高下を呈す事態にもなりかねないと懸念していた。今のコメも価格は正常ではない、仮に資金が相場の世界に流入してきて、コメの価格を二倍強と云う、必要以上に釣り上げられた結果である。
  コメの価格が上がってくれば、そのような価格なら在庫放出したいともくろむ人も出てくるだろう。又今は農家に対し補助金を出してまで減反政策を励行しているさなかである。価格がそこまで上がってきたなら、コメの生産に転じたいとする農家も出てくる。ずれにしろ秋になれば新米も出回ってくるし、先付け面積を増やした農家の収穫も期待されるし、コメを食う我々の量は去年と変わらないから、供給過剰になって、値段は下がってくるし、コメの量も増えて、相相応しい価格に落ち着いてくるはずである。
  農水省辺りは今、在庫の放出を如何にも救世主的な言い訳をして放出したりしているが、民意の安定を考えれば当然として、放出には絶好のチャンスである。いたずらに在庫を増やし、税金を使って倉庫に古米、古古米、小古古米と増やし、最後は餌に回すという下策を採らないで済むはずである。かって経験した作物過剰の結果であるが、キャベツにしろ取り過ぎて採算に合わず、農家がブルドーザを使って広い畑のキャベツを押しつぶしていたこともあった。それが一時的かもしれないが、生産者が困窮している時には、消費者が価格形成に参加するといった手交も考えられていい時もある。
  元来拙宅では子供がいた時期から生活協同組合のお世話になって家内が参加し、主たる食物の配達をしてもらっているが、鮮度や価格についても厳しい対応を以て処しているようである。コメの価格が倍に跳ね上がったと云って、米を食べる量は変わらないし、国の在庫米は社会の緊急時に備えて上手に活用してもらいたいと思うばかりである。思うに大阪の堂島のコメの先物取引の市場を通じて、金の価格と同様、目先の投機資金に操られている可能性は大である。先物取引の開始が、正常なコメの価格形成に役立つものなら結構だが、そうではなく唯、コメの先物取引を以て金儲けしようとする魂胆は、余り感心しない。株式の売買と間違えてはいないだろうか。昔はコメ相場で財を成した輩もいたが、今の流通制度の円滑かつ活発な時代に以ての外と考えている。
  超・楽観論を述べるわけではないが「米の飯とお天道様は付いて回る」と云う風に考えて、落ち着いて状況を考えてみると、政府も行政も、世間も過剰的に反応して、昨今の米騒動は聊か勘違いしているように思えるのである。この際は何でもかんでもと云うわけで、コメをはじめすべての商品について生産者や仲買業者が便乗値上げしているようにも思える。 従って但しである、ほかの物価にについては留意し、これにしても農家の意向、努力と、お天気次第ということで不満を云ってもきりがないことゆえ、消費者はそれなりに知恵を絞っていけば何たることもないはずである。消費者側の詩情に対する対応と知恵が、生産者側に伝わって、おのずと自制するような環境を作ることが望ましい。  
  例えばトランプの関税引き上げの問題である。世界各国から顰蹙を買っているばかりではない、天に唾して己に降ってかかるという諺のようで、早晩、自国経済のマイナス要因となって経済産業に跳ね返ってくること明々白々である。 3月28日

ミャンマー地震

  子供の頃、よく「地震、かみなり、火事、おやじ」とは昔から日本ではよく言われてきたものである。そして日々からして恐ろしい怖いものだと叩き込まれてきた。大人にとっても未だに通じているようだ。但しはっきり言えることは最後の「おやじ」の項目だけは時代とともに衰退し、権威は落ちて見る影もない有り様である。遠因としては男女機会均等法があげられるが、それ以前に親父を奉る子供が減ったし、尊敬するといった風潮はさらさらないご時世である。
  文明の急速な発達を遂げてきたがゆえに、地球を取り巻く大気圏の気温上昇と相まって複雑な気象状況の変化がもたらした地球上の気温上昇と乾燥地帯の拡大である。結果山火事が地球上の至りところで発生し、その頻度は年々益々増加の意図を辿っている。常識的な火災のほかに、大規模な山林火災が恐怖としてのしかかってきてる。この一か月間のうちに日本でも各地に山林火災が発生し、1万ヘクタールに及ぶ山林を焼失している。植物と云えば二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出すことは小学生の知識でもある。ブラジルの森林地帯が危機に瀕しいるが、均衡のとれた地勢上の様態も崩れて変容してきている。森林、海洋、砂漠、氷河と云った分布と比率が、年々均衡点を喪失して回復することが不可能に近い、

  追い打ちをかけて発生し甚大な被害を尽るに化しているのが地震である。地球儀を取り上げて、地下のマグマの圧力と地殻変動を取り上げて、地球が活動期に入ってきていることを指摘することが出来る。昨日も東南アジアのミャンマーでマグニチュード7,7の地震が発生した。建物の崩壊を含めインフラに多大な被害が派生して甚大な被害が報じられている。みゃんまーの北部からタイのバンコクに至る約1500キロに及ぶ著名な断層の破壊とずれが原因である。一刻も早い人命救助が望まれるが、そもそも脆弱な都市構造のこともあって、その後の余震を受けて被害は拡大している。軍部の発表によると死者が1703?名に達し、行方不明が多数と云うから、地震の恐怖を物語っている。ミャンマーと云えば低劣な国家で、軍服を着た軍政が敷かれて住民は恐怖政治のもとに置かれていて、自然災害の追い打ちである。
  注目すべきは倒壊の瞬間を撮影した動画が日本のSNSでも拡散し、大きな話題になっているビルだ。動画では、震源地のミャンマーから役1000キロも離れたタイのバンコクの被害の様子である。33階建てのビルの建設現場だが、まるで爆破解体したかのように、ビルが上から下にストンと垂直に落下し崩壊した。このビルについて中国国営企業「中鉄十局」が施工に加わっていると報じた。高層ビルは、建築総面積は9万6000平方m。これまで中鉄十局はタイでの象徴的なビルになると宣伝してきた。現在の進捗は30%ほどだという。耐久震度に至らず、手抜きババ抜きで、怖くて発注できない事例として暴かれている。救助難航で、死者も多数出ているようである。
  都会のビルの高層化が顕著だが、柔構造が建前だから揺れに強いと云っても限界がある。小生の友人の父、早稲田大学理工学部の建築科の故・鶴田教授は学者としてその道の権威だったが、もし生きていらしたら、そのご自分の理論が応用されて、東京のビルの高層化が、現在も加速されていることにびっくりされるだろう。小生のオフィスの目の前も、高層化特定理域に指定されて巨大高層化のビルが建設中だが、出来上がればこのまま高層ビル群が建ち並んで、東京駅前を通り越して呉服橋交差点のビル群と並んで、その先の日本橋地域にまでつながっていくだろう。一連の巨大な壁が出来上がって、大気の流れが変わる可能性がある。
  こうした時、地下に走る断層破壊によって、今回のような地下断層の顕著な「横ずれの横揺れ」で大きな地震が起きた場合、特徴的なのは長時間波動、長周期地震動の現象らしい。結構、長い時間帯にあって揺れが続く現象である。地表に立っている高層ビルがお互いに寄せ合って揺れていればいいが、横揺れの強度が変ってきたりするとぶつかり合い、互いに力を奪い合う状態になって衝突状態になったら、想像するだに悲劇である。
   今日は又、南海トラフ地震についての専門家による委員会の発表と警告があった。30年以内に起こるとされる震度9に達する巨大地震である。南海トラフ地震帯は、関東沖の地域から駿河湾、三重半島沖から四国の高知県沖、そして九州の日向沖に至る広範囲にわたる地下の地震発生の可能性であり、一帯に起こる巨大津波の発生と、依って被る人的、物的災害である。最大津波の高さは32mにも達するというから、想像を絶するものである。その際の死者は約30万人と推定されている。
  政治、経済の、世の中の喧騒に翻弄されている我われだが、加えてこうした自然災害、別けても地震、津波災害、そこから起こる交通通信の混乱、食料調達など波及する課題は多岐にわたり甚大である。こうしたことを念頭に置きながら、日々の生活にも怠らずに対処していかなけれがばならない。・・・・・令和7年3月の晦日は、斯くして愚痴の走りとなって筆おろしと云うことになるか、はいそれまでよ、では収まらない気がする。新しい年度が始まれば経済、政治の社会は又、若者のようにエネルギッシュに、希望を以て突き進んでいくようになる。油をさして歯車を回して軽々と、これからだとさしずめ初夏の風に向かって意気揚々と、というところだろか。新年度へ向かって、大きな展望を開きつつ邁進していかねばならない。外は、今朝から冬のような寒さだが、東京の桜は今日が満開である。複雑な様相を織り込んで、この狂った寒さと、花の満開のインバランスもシンボリックと捉え、敢えて絶妙と評して堪能し楽しみとしたい。 3月31日
  


社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ