line

社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2022年06月29日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

VOL.21.11


自民党の過半数確保  日本維新が躍進

   総選挙に結果は自民党の善戦と云っていいほどに投票数を伸ばし、開票結果は目標とした過半数の265議席を獲得し、ひとまず自公民の安定政権に着地して、今後の問題山積ながら安定した船出をすることが出来た。結果に祝意を申し述べたい。立憲民主党も懸命に戦ったが、前回の議席を割り込む結果になってしまった。13議席減の96議席である。これを受けてたったのが、日本維新の会である。何と4倍近くの41議席を獲得、躍進である。女性活躍時代に、立憲民主党の辻元議員が落選したことは驚きである。今回の選挙で目立ったのは、自公政権に批判的な立憲民主党への支持票が、今回日本維新の会に流れた結果が顕著である。

これには自民党自身の反省が必要である。反省の上に立って国民からの信任を取り付けて党勢拡大に今後とも努めていく努力が必要である。又この事例を見て野党の席に任ずる立憲民主党の戦略的手法も、多々誤っていることに気が付き、今後に対処すべき課題が残されているとみてよい。と同時に、日本の維新の会の政治活動と実績についても、良き他山の石として参考にし、反省の余地を残している。大阪を中心にした関西での実績を全国に伸ばしている感じで、自民党と対峙してきた立憲民主党の存在意義が問われかねない。

  選挙結果の総括としては、先ずは岸田内閣が安定多数の政権の基盤に立っての、力量発揮のためにも、岸田さんの独自の信念と、決意と、実行の程を見極めたい。 今でいう持続可能な政権の運営に徹し、途中で腰砕けになったりしないよう、初心忘るべからずで初々しく果敢に当たって行ってほしい。 端正な面立ちの岸田さんに誠実さが伺えて、国民は地道で確実な実行力に希望を託した。  

  コロナ感染状況も沈静化に向かって来たし、政治の秋も終わったし、暫くは落ち着いた日々を過ごすことが出来るようである。こうして政権安定の日本政治が稼働し、国民の安心安全に向けた政治に向かって、そして又世界に向けた政治姿勢もはっきりしてくるし、特に米中対峙の狭間に立つ日本の進路はかじ取り如何で、世界から平和のっ社として期待されるところに立っている。そして天高く馬肥える秋、皆が押しなべて穏やかに平和を噛みしめる時機到来を喜んでいる。日経平均株価は総選挙の結果を好感し700円ほど上昇している。世間の様相と一緒で、暫くは穏やかな相場展開となろう。箴言に、休むも相場と云われているように、別に消極的になるわけではないが、世間の風も何事もなく、無風状態を味わってみたいし、政界も財界も、静かにして心を休めることも必要である。そうした後には必ずいい知恵が湧いて出てくるし、新しい展望が開けてくるし、積極的な動きになってくるはずである。


自民党狙ふは単独過半数岸田安定政権を目指し

立憲の政策発表の総花的これが国民にどう映るかや

大阪の地より浪速の風吹きて日本全国に及ぶ気配に

現実的路線を打ち出す維新の会大阪府にて実証済みとも

大物が次から次と落選す比例復活も無く前議員が

新しき酒は新しき袋へと酒豪の首相が知るところなり

信念を吐露し支持得る岸田氏の有言実行の範を期さんや 11月1日


    豊穣の秋

    天高く馬肥えるの秋と云ったが、真っ青な空に薄くたなびく秋の雲を見ていると雑念が払しょくされてすがすがしい気分である。事務職のEさんが実家になっている柿が今年は理想的なので小生のお土産に持ってこようかと思っている旨を知って、拙宅でも今年の柿の実が甘くて、実が固く閉まってつるつる光っていて、中身は飴色に染まってこの上なく美味に出来上がっていると申したところである。家にいるときは長い竿の先を割って、これに枝を挟んて折っては落としている。家内と一緒に意気投合して、実に楽しいものである。拙宅になっている柿は次郎柿と富裕柿の二種類だが、二本とも元気に生存して、枝葉の勢いは旺盛である。この家を普請した時に植木屋さんから継ぎ樹の若木として譲ってもらって、植えたものである。以来、半世紀近く経って生活を共にしてきている。幹は12センチほどであるが幹の肌は既に古木の様相であっても勢いがいい。この先も土が合っていれば長生きしてくれるだろう。豊かな実りの柿をまじかに眺め、真っ青な空を仰ぎ見るだけで万物が豊かに成就し、豊穣の季節に立っていることがわかる。森羅万象すべてが神の恩寵に浴して、喜悦の情に浸っている。職員が持ってきてくれた実家の柿をご馳走になって、味覚の秋を事務所でも堪能している。

柿のみの豊かに実り収む日の青空に浮く赤き珊瑚よ

柿の実の里の家にて採れし二個持ちきて食めば甘きその柿

知らぬ間にカラスがそっと盗み来てご愛敬までに見過ごしにけり

朝まだき目白が啼きて連れを呼び熟柿をついばみ枝に飛び交ふ

柿の実の美味き頃合いをご存じの番の目白が実を突きをり 11月4日


   

    同人短歌誌のあとがきの編集記事

取りざたされていた総選挙も終わり、政治的に安定多数を獲得した自民党が、公明党との連立政権を持続させて不要の混乱を避けていけることが出来た。その自公政権の首相には岸田文雄さんが就任した。岸田さんは早稲田大学の政経学部出身で、小生のずっと後輩である。先輩づらして肩を張るわけではないが、昭和経済会の機関紙に次のようなことを書いて奮起を促したところである。
  「岸田さんは早稲田大学出身の政治家である。青臭いが、早稲田は伝統的に大隈精神にあこがれて門戸を叩き学問の研究に入門した学徒であり、思想と行動は自由だが、長じてからもその精神と理想を幾何かを継いで実現すべく、社会に貢献していく姿勢には変わりない。岸田さんはその温厚、実篤なるが故の長所を生かし、総裁選挙で巧みに自己を演出し共感を得て、強敵と目されていた河野太郎君を得票数を以て大差で撃破した。そして旧来からの自民党の悪しきイメージを払しょくするために果敢な政策提言も行ってきた。之は河野太郎君も一緒である。河野太郎君の政治的信条に好感を以て、昭和経済会では以前に講演会の講師として参加してもらって話を伺った。頭脳明晰にして弁舌の立つ政治家の一人として将来を嘱望している。厳父の河野洋平氏とは昵懇であったが既に政界を引退して、息子の太郎君に使命を引き継がせている。洋平氏は波瀾万丈の政治的経歴だが、功成り名を遂げて社会に尽くし立派な人生を送っている。

   岸田さんに言う。先輩づらして気負うわけではないが、これはあくまで老婆心からである。派閥の代表を務めているが、派は宏池会である。自民党の本流を自認しており、さかのぼれば、池田、宮沢と云った血統付きの名門の派閥である。時の池田勇人が、佐藤栄作とたもとを分かち旗揚げした時に命名した。論語の「徳不孤 必有隣」に由来し、「人間の素直な本性のままに生きる者は、独りにはならない。いつしか同志が集まり必ず、隣に人がいるものだ」という意味に解釈している。宏は、広めるという意味がある。池田勇人に賛同する人物を広く集め、広めていくという池田らしい発想である。その池田、所得倍増論をぶち上げて、貧乏人は麦を食えと云い抜かした飛んでもない一面も持っていた。勘ぐるわけではないが、それが本音なのである。今で謂う格差社会である。露骨だが、成長のためには貧乏と云う橋を渡らないと、つまり犠牲を強いられないと達成できないと泥を吐いていた。

  そこで岸田さんに言う、「早稲田大学は野人的伝統のある学府である。たかが総裁の椅子、されど総裁の椅子だから仕方がないが、なった以上は身を賭して、国民が周知の政界の毒を吐き出させ、積年の膿を絞り出す、辣腕を発揮してもらいたいと思う。謂うところの官邸主導の政治手法は長期政権の故にゆがみが鬱積し、官僚の忖度を以て行政の正常な機能を失ってきている。これを引き継いでいくとしたら、岸田さんの総裁就任の意味が失われてしまう。首班指名のあとの人事で本意を全うし、生みの苦しみのあとはすがすがしい心境での船出は、待てば海路の日和成りで、禍根無き海路が洋々として開けるものである」と。  

   明日は台風一過、晴天の輝く秋空が展望できる。政界も、自民党も然り、積年の汚物を一気に吐き出す改革が必要で、一刀両断のもとの決断が求められる。 これからの組閣人事も注目される。今からでも遅くない。明々白々、巷の若者たちが求めているように、誰にも分かるように抵抗勢力を砕いて邁進してもらいたいものである。くどいようだが、旧態然を排し、岸田新政権の独自カラーを打ち出して総選挙を戦う準備をしてもらいたい。例えば「新資本主義」と云って新しい体制の躍動感を訴えようとしている、その意気込みには敬意を表したいが、国民に分かりやすく骨格を示してもらいたい。「 新しい酒は新しい革袋に入れろ」とは昔からの箴言である。      
10月1日


台風の雨横なぐる束の間に男ごころを身にそ覚へり

あめかぜのすさぶ街なかを一人行くしかも銀座の大通りをば

大型の16号の台風が最接近の相手ならなほ

人影のなき街かなを窺ひてオフィスの窓に当たる雨かぜ

日本の政治改革を民衆が自民に求む知らば現状

国難と捉ふ日本の現状を自民が認識するや否かと

国民に向けた総裁選挙での岸田は公約を忘るべからず

国民を馬鹿にした安倍政権の文書改ざん、隠ぺい、削除など

新しき構想のもと期待せん岸田内閣の若き陣容

執行部役員選定の穴埋めを組閣に生かし清新の気を

成長と分配を同時に果たし行く経済運営を唱ふ岸田氏

台風の一過のあとの秋空を遠くに富士を眺むあしたは     10月1日


   


     自然な生活

  小生の若かった頃には、特に戦中戦後の経済的混乱の時期に在っては、食べ物の不自由さがあったせいで、食べ物を自由に手に入れることの喜びを無意識のうちに抱いていたものである。口にするものが手じかに在って、いつも自由に手にすることが出来ることの幸せを子ども心に身に染みて感じていた。だから率直に言って百姓になりたいという意識が強かった。百姓になるには田畑となる土地が必要である。ひもじい思いをしたり、食うために百姓の道を選びたいという緊張した背景もある一方、土に生きる喜びを以て生活していきたいという、ロマンチックな田園生活の希望を描いたりした。若い時に描いた世界と云うものは、いまだにその希望を期待しているから、幾つになっても人間と云うものは不思議である。

  ところが子供たちはあまりそうした世界には感心ななさそうで、孫に至っては云うべくもない。蚊がいると云って、拙宅に来るのを躊躇するくらいである。昆虫が生きているので蛾などが家に入ってこようものなら、大騒ぎで逃げ回っている。鳴き終えた蝉でも家に入ってきたら大変だ。

  田舎育ちでない人間が、少年時代に田舎に疎開しており、その間事情があって何年かの百姓生活を経験して来てるので、田舎生活、田広い意味での田園活にはいまだに憧れて、親近感もあって思い起こしては童心に帰る癖がある。家を普請するときも、宅地内に成りものの木を植えたり、庭の一部を畑にしたりして四季の趣きを自然に味わっている。なりものの果実を豊かに享受しているうちで、今は次郎柿と富裕柿の収穫期である。松や木斛のような銘木を植える代わりに、花を持つ山茶花や椿は当たり前に植えてあるが、庭には植栽の他に蕗や茗荷が自然に生えている。花を愛で、実も楽しめて一石二鳥の梅の木も無論植えてある。芝刈りも労働だが、風情のある蒲公英やどくだみなどの草類も季節を過ぎたりすると整理をして刈り取るのも、いざとなると一苦労である。労働は力なり、力は喜びである、訳の分からぬことを口にして、己ながらに楽しんでいる。

見上ぐれば柿のお尻の紋様の黒く輪を描き光る夕日に

山茶花の咲き初めしころ懐かしく思ひ起こせし恋したるひと

実りたる柿を採らんと木に登り幸い臺に落ちて事なき

遠きより鈴なる柿の木を眺め峠を下るふるさとの道


まほろばの錦おりなす山寺のほとけも紅葉狩りに出でしも

ほとけらも群れにあはせて躍り出る錦に映える奈良の里山      11月5日


浅間嶺の立ち舞ひの良き朝日影窓辺に立ちて眺め見つめり

立ちざまの涼しき枝のカラ松の幹にもたれて眺む雲かな

地位高き人の住みたるこの地こそ馴染みて土地を求めけるかな

唐松のさはやかな間に山荘を建て籠り住む先を夢見て

二十年前ゴルフのプレイを卒業すのち会員権の暴落にあふ

銀行と商社の手掛けしゴルフ場のちに破綻の憂き目にあひぬ

名門の企業が手掛けしゴルフ場にて二億の損を出すとは

生き馬の目を抜く巷に生きて越し多くが消えて音沙汰のなし

滅茶苦茶な商法が街を跋扈してバブル崩壊に会ふは幾たび

さはさなり多くが死して行く中に今ある我は神のご加護と

近ごろの我が人生感の変はりきて夜ごとに月を眺めやるなり

月影に近ずく明かき火の星の秋の夜長にきらめき過ぎぬ

紺青に澄み渡る夜の空を行く火の星ひとり何ぞいはれに

他の星の星の灯影の薄くはげ消ゆる中にも火をともしけり

月の夜に明かりをともし柿の実を妻と探してもぎ取りにけり

柿の実の月の光のしたたりに濡れてほのかに甘き香りす

柵を張り物盗りを避け柿のみを守らんとする里のおやじが

唐松の林の窓に入りし陽の揺らぎて傍に秋は来にけり

大田区の田園調布に似たる町とも人影のなき軽井沢の地

経歴を見てこの土地の由来知り徳川の名にさかのぼる由

山なかに戸を閉ざす宅たたずみて時折白き顔を見せけり

たわわなる柿の木に柵めぐらして上等なれば推し量るるに

塀を超す柿の実の枝に紐をつけくくりし居れば人の浅まし

顧みて徒然草の十一段たわわな柚子に柵をめぐらす


尋常の人異なり野暮な趣味持ちて気安く生きて行くなり    11月9日

予防接種

  世田谷区から高齢者のインフルエンザ予防接種の通知が来たので、コロナワクチン騒動で多忙なか温かい行政に感謝している。妻はもちろんのことだが、子供たちがいつも小生の健康状態について気を配っていてくれるので、今回もインフルエンザのワクチン接種について期日的にそろそろ受けておいた方がよいとスマホでつたえてきてくれた。会社に出勤する前に、尾山台駅前の診療所に立ち寄って接種をしてもらうことにして、予め問診書に記入の上かかりつけの診療所に寄ってみることにした。10時前後だったが、受付に差し出すと、今ワクチンの在庫がないので見える前に電話でワクチンの有無を確かめて来てもらいたいとのことであった。

  コロナワクチンで受ける人が圧倒的に多いので、インフルエンザの予防接種を受ける人が少なくなっているという新聞記事を読んだことがある。原因のもう一つに、普段ならインフルエンザの流行期に当たるのに、コロナワクチンの予防対策のマスク着用と三密を控えた効果で、風邪にかかる人が少なくなってきている現象かもしれない。そうゆう状態でありながら、何故インフルエンザのワクチン液が不足するような状態が起きるのか、不思議に思った。近ごろの役所主導のこうした住民サービスの点について、どうも間の抜けたところが随所に見受けられるが、これはもっぱら中央省庁の行政の欠陥を露呈する一事かも知れない。具体的には厚生労働省の役人の努力不足、勉強不足に起因するものである。近年、官邸主導と云って、あまりにも官邸に権力が集中しすぎて、役人が建設的な行動をとらずに委縮し、更には自ら身を動かして行政サービスに心身を砕くと云った努力をしなくなった証拠でもある。

   巨大な組織と機構を以て民政に任ずる厚生労働省は、経済産業省と一緒で、縦割り式の最たるものであり、莫大な国家予算の大半を使って居る。この象省庁を効率化するだけで相当の国民の税金を節約できるはずである。先日コロナ感染が発覚した当初、雨のマスクと称して国民各家庭に三つノマスクの入った袋が届けられた。誰かの篤志家がマスクを配ってくれたのかと思ったら、壮ではなく、蛾としたらアベノマスクと名乗るくらいだから、安倍さんがポケットマネーでもたいて配ってくれたものかと善意に解釈していたら、大間違いであった。あの時は確か460億円かかったとか言っていたが、それを聞いたとき黒いカラスやタヌキが騒ぎ始めて、何だかいい加減だなと思った。たかがマスクで、一時的な不足をきたすこともあろうが、その時私は、自前のふんどしをちぎって幾らでも作って使えるではないかと一言申したものである。

  460億のいわば国民の税金である。ならば「安倍のマスク」と云わずに国民マスクと云った方が受けが良かったはずである。しかも先日会計検査院が指摘して、このアベノマスクが消化しきれずに倉庫に山積みになっていると云い、倉庫の保管料に6億円もかかっているという。握り飯一つ河童らって刑務所に入るやつもいることを考えると、何とも言えない嫌悪感を感じてくるのである。そんなマスクをしたら、たちどころに肺炎にかかってしまうかもしれない。拙宅では、安倍のマスクは使わずにそのまま家のどこかにしまってあるかもしれない。何せ格好の悪いマスクだからだれもしないのである。アベノマスクは、460億円は、どぶに捨てたようなものである。どぶから金を吸い上げた人物がいるはずだ。

  一説には医療大国日本の名に恥じるような出来事が、最近よく散見されるところである。莫大な国家予算を以て国民の税金が使われているが、そこの盲点をついて己が利益をむさぼる輩が、金と人脈に群がっている野放しの状態は、この国の頽廃を示して余りある。こうした悪しき流れに時の政治家や悪徳商人が結託すると、国民の被災は推して知るべしである。インフルエンザワクチンの不足かどうか、流通過程がとん挫しているのかどうか、いずれにしてもそうした能書きを云ってもらっても、不満やるかたない気持ちである。

  膨大で煩雑な行政機構の一端の厚生労働省を、三つに分割して効率化を図るとした河野太郎自民党総裁候補が公約に掲げていた項目がある。これはすべからく検討すべきである。この役所を上手に使いこなすだけで、予算の何割かを削減し、忘れられた行政改革の範とすることが出来る。 ワクチン化の支援で、政治は今ばらまき行政と云われているが、ばらまきの財源をどこに求めるか、撒きっぱなしでは困るというわけである。政官の無駄を整理すべきである。    

その政治であるが、今日衆議院では首相指名選挙が行なわれ集計した結果を事務総長が発表し、議長が午後2時58分、297票を得て岸田文雄氏を第101代の内閣総理大臣に指名した。これで岸田内閣が本格的に稼働するが、参議院でも同様の手続きを経るはずで、それより内閣の具体的な人選に着手し一刻も早く内外の政治的局面に対応していってもらいたい。議員諸侯にはインフルエンザ予防接種ではないが、贈収賄排除、悪しき風習排除の予防接種をまんべんなく行ってもらい、職務を付託された崇高な職務を自覚の上で国家、国民のために鼓舞奮闘してもらいたい。
11月10日

ひな壇に勢ぞろひした大臣ら喜色満面にて祝いひけるなり

天高く大臣諸侯の志秋空を突き限りなく行け

岸田氏の念願叶ひ総理の座射止めて秋の今日を寿ぐ

総理の座射止めしのちは右顧左眄せず邁進せよ国益の道

願はくば天下泰平の世を築き新資本主義の道を拓かん

人工衛星にミサイル発射

   本邦の太平洋側はこのところ快晴の空に覆われて、終日温かい秋の日差しに恵まれて、豊穣の季節を堪能している。秋の夜空を眺めると、澄み切った紫紺の夜空を銀色に光る月が静かに渡っていく様子にこころうたれている。月を眺めていると人間はどうしてあの月の世界に上って行こうとするのか、欲望の限りを切なく思うことがある。いくら金を積まれても、いくら安易に月に行けるといわれても、今夜に見る月の美しさに勝るものはなく、だからと言って小生には月に行こうという斯様な欲望は少しも湧いて来ない。ひときわ強く大きく光を放つ金星もしかり、秋の夜空をつややかに飾る光景である。金星と月は、近づいては離れ、離れては近づいたりして、思わせぶりな心の内を明かしているようで、眺めていても飽かずに楽しいものである。竹取物語に出てくるかぐや姫が、どこからというのではなく、月からきて月に帰る定めに置いたのもむべなるかなである。竹の筒に入って隠れていたが、月から来たがゆえに月の明かりを灯していたので、竹を取りに来ていた翁に見つかってしまったことである。

  メルヘンの世界から呼び戻されてインターネットや新聞を読み漁っていると、夢のような世界にも人間の欲望が渦まいて息つく暇もない切羽詰まった状態が繰り広げられていることに驚いた。ぼんやりと月を眺めているのも束の間である。月と火星の間を得体のしれない物体が通過していく情景に、月も火星もびっくりしているに違いない。月には一足先に、宇宙服をまとった地球からの生物が、人間と称して月面を闊歩して去っていった記憶がある。しかもここはその私物の支配地であると旗を掲げて、青い惑星にトンボ返りしていった。あれから半世紀近くがたつ。あの旗はいまだに立っているが、人間という生物の住む地球に起きた植民地時代の亡霊のようである。これからもああした旗が何本も立てていく輩がやってくるかもしれない。ここでも月の表面と、地面下の資源の奪い合いが始まるのだろうかと。

  その証拠に今、月と火星が浮かんで軌道を運航している間にも、間隙を縫ってかの地球から来る人工衛星なるものや破片が万というほどに浮泳している。地球からやってきては、使い捨てていく廃棄物で、もともときれいな宇宙空間がごみの捨て場のように汚され、棄損されていく姿である。これには手の尽くしようがない。たとえ小さな物体でも真空地帯で衝突した場合に、超速度で物体がぶつかり合うと、超莫大なエネルギーを発してあたりに影響を及ぼしかねない。人間が正義を振りかざして打ち上げた人工衛星やミサイルが、多くの破片を宇宙間に残していったがための膨大な汚染と被害が残っている。その発生源の地球からは、いろいろな人種が競い合って支配権を主張しに準備をしているうようだという情報が入ってきているとのことである。熾烈な競争があってアメリカ、中国、ロシアといった国々が牽制し合いながら懸命だそうでね。あまり見苦しいことはしないほうが良いのではないかと良心を呼び起こしている。


   そんな時である。ロシア国防省は昨日の16日、ミサイルで自国の人工衛星を破壊する実験を行ったと発表した。これに怒ったアメリカは、実験により自国ら共同で打ち上げて人間まで運び込んでいる国際宇宙ステーション(ISS)が、危険にさらされたというのである。一大事である。撃墜されたら、宇宙ステーションで研究している人たちが、爆死される危険性が大であり、救い出すこともできない。

 米政府は、ロシアの衛星破壊実験によって追跡可能な破片1500個以上が地球の周回軌道に放出され、ISS乗組員が避難準備を余儀なくされたと発表した。実験については事前に知らされていなかったとし、ロシアの「危険で無責任」な行為を非難していた。


   
 今回の実験は地上から宇宙機を攻撃するものとしては史上4番目である。確かにこうした情報は、宇宙での軍拡競争の激化に対する懸念を再燃させた。各国が開発を目指す宇宙兵器には、レーザー兵器や、他の衛星を軌道から外すことのできる衛星など、さまざまな技術が含まれいる。

 識者によると、ロシアが行った衛星破壊実験は、その危険はまだ収束しておらず、破片が今後も人工衛星や、ISSの活動を脅かし続けるとの懸念を表明している。今回の実験は「無謀」で「懸念すべき」行為に違いない。

   これに関連してロシア国防省は、1982年から地球を周回していた同国の人工衛星「ツェリーナD」を、ミサイルで破壊する実験に成功したと発表した。一方で実験の危険性は否定した。そこでロシア国防相は、「実験時間と軌道パラメーターの観点からみて、発生した破片が軌道上のステーションや宇宙機、宇宙活動に脅威を与えなかったこと、そして今後も脅威にはならないことは、米国も承知しているはずだ」と主張した。アメリカとロシアが、宇宙開発と称して各種の実験を拡大させる方向に進んでおり、ブーメランではないが、宇宙に生じた破片が軌道を外れて地球に飛び込んできたら大変である。大気圏に入ってくるときは、もしかすると破片の大小によっては、原爆以上の破壊力を持っているから安心はできない。 砂漠や会場に落下したにしても、爆発を起こしたりすれば、万一の衝撃波が心配である。ましてや都会の人口密集地にでも落下するようだど、被害は目に余るものとなりかねない。戦略的手段として使用されたりしたら、恐怖である。地上だけに飽き足らず、宇宙空間にまで戦争を起こそうとする輩には、地球上の国と地域のリーダーたちがこぞって反旗を翻すような機能を持つ国際的機関を創設してもらいたいものである。         11月15日


悪魔らの地球上にも飽き足らず月や火星に手を伸ばしける

浸食す宇宙空間の無の世界ばらまき来たる人の糞尿

人間のおごり高ぶる支配欲かの美しき月の世にまで

無意味とも思ふ宇宙開発に使ふ金巨額になればいずれ自滅す

成り立ちに何の果実を得んとする月着陸のあとの成果に

生き物は月にて生くる能はずに金の浪費に夢と知りつつ

美しき秋の夜空に散りばめし万座の星に祈る宵かな    11月18日

欧米でコロナ感染の再拡大

  EUやアメリカ、カナダでコロナ感染者が拡大傾向にあり、オーストリアでは都市のロックダウンが始まっている。ドイツでは新型コロナウイルスの新規感染者が6万人を超えて1日の感染者数としてはこれまでで最も多くなった。喫急の対策としてメルケル首相は、感染して入院した人の割合を基準に段階的に規制を強める方針を発表した。
医療がひっ迫している地域もあり、感染して亡くなった人は264人となってる。

  欧米での感染拡大は、今や日本にとって考えられない事態である。日本ではワクチンの接種率が7おパーセントを超えるまでに普及し、さらには日常的な防衛策の徹底で感染者数が劇的に減少してきて凱雄国から大きな注目の的となっている。別段特別な対応策をとっているわけではないが、挙げるとすればマスク着用で三密を避け、外出先からのうがいと手洗いの消毒の励行であり、外食での若干の規制がかかっていること、国民の大多数はそれらをまじめに順守して他人に迷惑をかけないように努めていることではないだろうか。しばらくの忍耐ののちに、並行して経済活動を開始している状況である。懸念されたいた大都市での感染者数も、押しなべて10から20名の間で推移してくるようになった。加護里奈くゼロに近づいて行ってもらいところだが、ウイズコロナの文句を忘れずに、油断なく貫いていくことが肝要である。     11月18日


    伊豆山の土石流

   7月の終わりごろ熱海伊豆山の大量の戸石流の発生によって、屈指の観光地帯であり風光明媚な遭初川の周辺一帯は、恐怖のどん底に叩き込まれて、悲惨な状況はいまだに続いている。原状回復までには1、2年はかかるのではないかという話すらある。山の上の方向の川の源流に近い場所に、地元の土建業者が熱海市に対し埋め立て工事の申請を出して工事を始めた。申請を受けた熱海市の対応もなまぬるかった。付け込んだ業者は正式の土留めでなく主に産業廃棄物を、不法投棄に近い代物だった。違法投棄は長年にかけて行ってきたものだから、堆積した廃棄物の量は膨大なものにたまっていった。土留めの工事とは名ばかりで、土圧に耐え得るような構造物すら見当たない。普通にみても、いつ崩れるかしれないままの状態に、たまたま大雨に見舞われた時期に、現地に投棄された廃棄物の地盤が緩み、一気に崩壊する事態になった。スマホでとられた映像がテレビに映ったが、すさまじい光景である。大量の土石流が、人や人家を飲み込みながら川下の方向の海へと暴れまくって落ちていった。死者二十名余、行方不明1名を数える大惨事である。いわば山津波であり、伊豆山温泉街の昔をしのぶ面影はみじんもなく破壊された。そばに住む同人の高橋さんは、周辺の被災に会いながらも間一髪で難を免れた。

   伊豆山神社が山の手に祭ってあるが、熱海と湯河原を結ぶ国道135号線は最近になってようやく開通した。この135号線から鳥居をくぐり急な階段をしばらく上っていった場所に伊豆山神社がまつってある。そして途中までの逢初川に沿ったあたりに、短歌同人誌・淵の会員の高橋きよさんが住んでいらっしゃるが、ご自宅は塀一枚で運良く難を免れたものの、隣家の屋敷は跡形もなく荒れ狂った土石流に流されて行ってしまったとのこと、ことは左様に戦慄的な災害に見舞われていた。道路は寸断され電気、ガス、水道が止まり、高橋さん宅は孤立無援の状態が続いたのである。生命の危機を感じて、恐ろしかったに違いない。234号の淵に投稿された短歌は、その凄惨な様子を恐怖に耐えながら詠まれたもので、身に迫ってくる思いである。その中から二首を選んで私は作品を鑑賞させていただいた綴りを、以下に乗せた次第である。     21日

     土石流 
      
吸い込める魔力に耐えてすくみたるすくみし体の吾のありなん    髙橋きよ


  「大雨のあと起きた熱海伊豆山の土石流の凄惨な光景は、恐怖に襲われ鳥肌が立つ程に衝撃的だった。まっ黒な土石流が物凄い勢いで、上方から下の海辺一気に奔流し、周囲の民家を押し流していった。一部始終を写し出したスマホの映像に、激しく下る濁流だけでなく、後ろの山が更に崩れ落ちて伊豆山そのものを破壊していくような異様な光景にりつ然とせざるを得ない。その被災のなかに、淵の同人の高橋きよさんが巻き込まれていることを知り、居ても立っても居られない気持ちで過ごしたのである。その被災のなかで九死に一生を得た恐ろしい体験をされ、その後の消息も絶えて、二週間が音信不通の状態であった。髙橋さんは、押し寄せる山くずれ、土砂くずれの濁流に吸いこまれて流されそうになりながら懸命に身を支えられた。隣の家屋は見る見るうちに流されていった。高橋さんご自身は、今にも倒れて流されそうな状況によく耐えてすくむことなく、恐怖のどん底に沈まって、はい上がってこられた。今改めて、その勇敢な精神力に大きな感銘を受けている。ご無事で安堵し、神のご加護に心から感謝して喜びあいたい。まだ復旧の見通しの立たない状況で難儀な生活を強いられているが、毎日のご無事と心身のご安寧を祈るばかりである。

奥山に有るはずの無き産廃の違法放棄の山肌に見る

風光明媚で神が創造された伊豆山付近の、美しい山河の地である。そもそも、山が崩れて濁流と化して人家を襲うような場所ではない。ある時、悪徳な産廃業者が違法投棄し、それが推積して地盤を軟弱化させた。そこに予期せぬ大雨が降り続けた。軟弱な地盤が崩れ、周辺の山肌を削り破壊をほしいままにして多くの犠牲者を出し、大災害をもたらした。多大な被災に会いながら、思いを歌に託し犠牲者の救出をひたすらに祈る作者である。埋め立てと称した役所の生ぬるさ、悪徳業者の仕業の惨事である。

あと少し探して欲しい人命を読経盆会の鎮魂の月    」       11月21日


    伊豆山の土石流            佐々木誠吾

轟音の濁流を避け間一髪命を救ひ給うふ神なり

熱海伊豆さんの埋め立て地の崩壊と、山津波に襲われた一帯は、昔から山と海そして温泉に恵まれた風光明媚の地として愛されてきた清涼の地である。その地域が一瞬にして自然災害に襲われて地獄と化してしまった。自然災害ではなく、原因は人災であった。渓流の上方から土石流の濁流が一気に流れ落ち、遭初川の周辺の人家を飲み込みながら大量の土石流が下流の海へと流れ落ちた。遭初川流域に住まわれた淵の同人、高橋きよさんは、その恐怖の濁流を目の当たりにして奇跡的に助かったが、現地の混乱は覆うべくもなく半月にわたり音信不通で安否を気遣っていたところである。あえて速達の郵便はがきをもって高橋さん宅に投かんしたが、半月ほどのちにお手元に届いた次第であった。ご無事で何よりと神に感謝し胸をなでおろした。凄惨な様子は歌につづられている通りであり、膨大な土石流の濁流は、高橋さん宅の塀をなでながら海のほうに向かって下って行った由である。文字通りの間一髪のところで命を救われたのである。被害は甚大に及び、いまだに復興のめどが立っていない。今もって難儀な生活を強いられている。願わくば、高橋さんの無病息災を祈り、一時も早く被災地の現状復帰を願い、以前のような安寧の生活を取り戻すことを切に祈る次第である。   以上 淵より

コロナ感染者の拡大傾向

   欧米諸国で再びコロナ感染者が増加する傾向が顕著である。昨日の数字的発表によるとドイツが7万人、アメリカが11万人と欧米諸国で記録更新である。一時は減少傾向を示し活動の制限を緩和してきた過程であるが、今になって再び急激な店舗で感染者が増加していることは憂慮に耐えない。ワクチンの接種を拒む若者が多いことと、高齢者に済ませたワクチンの抗体が希薄になりつつあることが指摘されている。そのほか日本で規律的にほぼ実行されている自営的防止策が徹底的に行われていないことが要因に挙げられている。つまり簡単なマスク着用、外出先からのうがいと手洗い、三密を避ける習慣などが自然と身についていない点である。東京では一桁台にまで感染者数が激減している。全国的にみても百人台に推移して収束に向かっている兆しである。

   欧米の感染者の再拡大が懸念される中、南アフリカでは新規の変異種型によるコロナ感染者が新たに見つかって、このところ急激な増加傾向にある。この種の報道がなされてから、景気回復に水を差された形で、東京株式市場も軟弱な展開で700円強の値を下げて取引を終えている。相場の展開は原油価格の高騰と、海上輸送の停滞で一般消費者物価の値上がりが顕著に推移して、将来に不安を投げかけている。

   資源価格の高騰でインフレの加速を防ぐための利上げに時機を見ているアメリカのFRB も慎重だし、景気回復に水を差す結果になりかねない。片や年末の商戦時期を迎え、旺盛な市場を期待したいところだが、物資の値上がりに消費動向が優れていないとなると、悪循環に陥ってしまう。雇用に問題が生じてくる。原油の値上がりを防ぐためにバイデン大統領は、主要な国に対して国家備蓄の一部を放出するよう求めている。物流が停滞し、資源が高騰して生産コストの底上げにつながると、片や一般消費力が低迷したりすると市場価格はさして上がらないことになる。強張っていた原油価格も、早晩の需給関係の悪化を招いて1バーレル80ドル台から下落していくに違いない。むしろ、政治的介入は避けていたほうが賢明である。

   原油価格は昨年のコロナ感染拡大を憂慮したころには、世界経済の停滞を懸念し1バーレル1ドルにまで下落し、買い手がつかずゼロ円まで暴落したのは記憶に新しく、去年の初めである。恐怖を過ぎて、あっけにとられていてたのである。脱炭素社会を目指して石油、石炭から自然エネルギーに転換を進める社会経済の傾向でったがゆえに、コロナ感染拡大は原油価格の下落に追い打ちをかけたのである。それにしてもゼロ円とは驚きであった。1年弱が経過するが、今では逆の現象である。ここ2年の間に、人為的操作と云われても仕方がないような現象が起きている。

   増産を要請されたオペック諸国は、従来維持の姿勢を崩さないようである。前述の苦い経験を踏んでいるがゆえに、稼げるときに稼ぎ出しておこうという思惑である。一方、原油の値下がりで、50ドルの採算割れに追い込まれてシェールオイルの投資意欲もなくなってしまったアメリカなどは、一時原油の輸出国ともてはやされたが、今では見る影もなく投資意欲は衰退し、井戸は枯れたままである。油を生産できない状態である。歴史とは、皮肉である。    1月26日

   

      南アフリカでコロナ変異株の発見

連休前の26日の東京株式市場は立ち合い後まもなく急落し、日経平均は900円以上の急落を付けた後747円安でこの日の取引を終えた。東京駅八重洲口の外堀通りに面した証券会社の電光版に食い入るように見入る投資家の不安な表情がたくさんあった。コロナ化に侵されてきた民衆の、なお不透明な経済環境に神経質になっている様子がうかがえる毎日である。ニッポンは、コロナワクチンの接種が行き渡り、民衆の感染防止策の徹底した姿勢が功を奏して、感染者が劇的に減少してコロナ前の水準までに状況が改善してきていることは、まことに喜ばしき限りである。新型コロナウィルスによる感染が、まったく消滅できるという見方がない以上、ウィズコロナの通り、これからも感染予防の手法に徹していくしかない。そのうちコロナ感染力も弱体化して、人体に抗体もできて消滅に近いところまでに至れば占めたものである。

   そうした明るい予想を組み立てていたところに、新型コロナ感染者の再拡大が、欧米諸国で顕著になってきたことが大きな懸念事象である。ドイツでは一日の感染者数が8万人を突破する勢いで
、再び市民生活の規制強化に乗り出した。アメリカでも感染拡大の兆候が各州に広がって、更なる警戒を強めている。ようやく沈静化してきた状態に、感染者の再拡大は各地に不安を掻き立てて経済的混乱を助長させるもので、日常生活にも憂慮をもたらしている。憂慮すべき事態である。


   国内においては、上場企業の22/3 期 の決算発表は一巡し、注目されていた追加経済対策も 19 日に発表され、当面の好材料は出尽くしとなっていた。また、米国においては、バイデン大統領がパウエル FRB議長を続投させる方針を発表したことなどを背景に、金融面での(量的緩和縮小)のペース加速や、利上げ開始時期の前倒しなどが市場では警戒されていた。そうした環境の中、南アフリカ共和国で新型コロナウイルスの新たな変異株を発見との報道を受け、先行きに対する不透明感が急速に拡大、投資家心理が確信から揺らいで、日本株の急落へつながったとみられる。

   ところで南アフリカで発見された新たな変異株は「B.1.1.529」と呼ばれ、感染は南アの他、南アからの旅行者経由で、ボツワナ共和国や香港などでも確認されている。従来の変異株と比較して、免疫を回避する性質を持ち、感染力が強まっている可能性がある。従来のワクチンでは対抗できないのではないかという懸念が出てきている。こうした新たな変異株の発見を受け、すでに英国では南ア等 6 ヵ国との間に渡航制限を強化する動きが出ている。ニッポンも素早く水際対策を講じて、この種のウィルスが国内に潜入しないよう検査体制を整え、更には入国手続きもすり抜けがないよう厳重な手配を講ずるべきだある。仕方がないことではあるが、こうした行動制限が世界全体へ拡大すれば、足元で高まっている消費需要の先送りや、生産や物流といったサプライチェーンへの影響が危惧される。特に日本株は、世界景気敏感株という側面もあり、投資家心理が揺らいで下落幅が大きくなる傾向がある。
 
   新たな変異株の特性はまだ全容が掴めていないし、変異株の毒性に対する既存ワクチンの有効性などへの影響がみえない状態で、確たる対応がつかめないでいる。従って株式市場は当面、神経質な展開が続くと予想される。分析が進み、ウイルスの性質や特徴が徐々に明らかとなることで、投資家心理は落ち着きを取り戻すはずである。米国では 11 月 25 日の感謝祭も愉快に過ごすこともままならず、しかし過度な悲観は避け、新たな変異株に対するワクチンの有効性などの続報を待ちたいところである。一般的に、総合的に効くワクチン薬が早く開発されていつの事態にも対応できるような仕組みを確立しておくべきである。    11月27日

     オミクロンという名の変異株
   

   新しい変異種の新型コロナウィルスの発見で、世界があわただしく動き始めた。国立感染症研究所は南アフリカで確認された新型コロナウイルスの新たな変異株、オミクロン株を、最も警戒レベルの高い「懸念すべき変異株」に指定した。

   そのオミクロン株は南アフリカで確認された。その後、ヨーロッパを中心に急速な広がりをみせている。さらには拡大を早期に食い止めるため、各国とも水際作戦を展開しつつある。国立感染症研究所は26日、「注目すべき変異株」と位置付けて、世界に呼びかけ監視体制の強化などを開始した。何やら緊迫度を駆け上がっていく感じだが、正確な実態が掴めていないので、実戦上なお若干の日にちを要するのではないか。早晩、日本にも上陸してくるかもしれない。阻止することに越したことないが、感染相手は頑迷な浸透力をもって襲って来るゆえ、臨戦態勢を組んで迎え撃つしかない。接種を済ませたこれまでのワクチンが対抗できるのか、感染した場合に身体にどのような害悪を及ぼすのか、不明な点があるので、これからの研究が俟たれるところである。   11月28日


ポインセチアの花

   拙宅に一番近い東横線駅、尾山台商店街では最近になって閉店した後に新しい店が出店して、出店祝いの胡蝶蘭の花が並べられたりして賑やかである。コロナ禍で客の出入りがすっかり耐えたままになってしまった後には、全く違った店が出て、この町ハッピーロードも新陳代謝が進んでいる感じである。コロナ禍の沈静化が最近になってはっきりしてきたからだろう。尾山台市場の花屋さんには胡蝶蘭の花がたくさん並べられている。一鉢3万円もする豪華な鉢もあった。

   白い胡蝶蘭の花と一緒に店頭をにぎわせているのが、真っ赤な葉のポインセチアだ。この花を見ると本格的に年末が迫ってきた感じがする。クリスマスを飾る真っ赤な鑑葉樹だが、白い綿をかぶったりしていると、いかにもサンタクロースが遠い雪国から鈴を鳴らし、橇に乗ってやってくる感じがする。そんな童心にかえることも幸せな一コマだが、娑婆に戻ると仕事の忙しさが身に染みてあわただしい気分になってくる。これも宿命とあきらめている。

   赤いポインセチアの花ではないが今、拙宅の庭には真っ赤な小菊が咲いて、真っ盛りなさなかでその華やかさは見ごたえがある。小粒の赤い花びらのなかに、黄色の芯がはっきりした色分けをしていて極彩色を、香りのようにあたり一面に放っている。まさしく小粒で可燃な花なのに、群がって咲いている様子は豪華絢爛であり、花の楽園を演じている。菊人形に用いられるいわれが分かる。夏場の内には切ってしまおうか、植え替えてみようかと邪魔扱いしていた気持ちがあったりしたが、今になってそうした邪心を起こしたりして済まなかったという気分でいる。

小春日に庭の小菊の咲きそろひ華やかに揺れ愛でて尽きなき

庭に咲く小菊の赤の花びらと黄いのめしべの色合ひの濃き

いとほしく眺むる今朝の紅と黄の小菊に触れて嬉しかりけり

小春日の日差しに小菊の紅き花みな我が方に向きて咲くなり

争ひの無きこの世こそ尊っけれ人の英知の輝やける時      11月28日

中国で詩仙との一人と言われた陶淵明は、四~五世紀の中国の時代に活躍した詩人であり文人だった。陶淵明がうたった詩の「飲酒」の一節から「菊を採る東離の下・・・・」が懐かしく浮かんで来た。陶淵明が官職の勤めを辞めて故郷に帰り、自然と一体になって暮らす心境を、「菊を采る東籬の下、悠然として南山を見る」と披露したのである。(東の垣根のところで菊の花を折り取り、ゆったりとした気持ちで南方に見える山を眺め見る)」とうたっている。我が庭の小菊の鑑賞をもって、かかる悠然とした心境に至るかといえば、さにあらず、気概は万事を包摂して気宇壮大に展開し、一事をもって万段に及ぶ心境になるから不思議である。南山を模して遠く富士の茜の峰を遠望する心境にもなるから、心境は麗にして賢にも及ぶといっていいだろう。    11月29日


    娘夫婦の新居

   娘夫婦が長年住んでいた代官山のアトレスタワーから引っ越しして、東横線は渋谷駅から次の代官山駅から二つ先の祐天寺駅に程近い優雅なマンションに移ることになった。アトレスタワーでは34階の南西の角部屋で明るい部屋がいくつかある場所だったが、賃貸マンションであったため、長いこといい物件を購入したいと思ていたがタイミングが合わずに今日まで来てしまった。アトレスタワーの便利さはもとよりだが、部屋から見た景色は抜群であり、地上のすべてが鳥瞰できる遠望のよいところである。

   今まで物件が出るたびに連れ出されて、良しあしの意見を求められてきたが、いざとなると帯に短し襷に長しで、気に入るものがなかった。今回、案内されて意見を求められた物件については地域の環境の良さと、マンション自体の建物と、内部の部屋の構造と部屋割りなどを加味して即座に決めにかかった。順番で受け付けていたというけれど、確かに我々の後に数組のお客さんたちが内覧に見えていたので、説明は確かであった。十年が経過しているが値段も贅沢で、無論、億ションの物件なのは仕方がない。都心のマンションの価格はうなぎのぼりであり、需給関係のひっ迫でこの先も堅調な動きを示していくに違いない。7月に決めて全面改装に移ってから一週間前に完了した。そこで引っ越しを一昨日行い、昨日は持ち込んだ荷物の整理で翻弄されているらしい。

   内装工事に1000万弱かかってしまってようである。新築同様な物件を買ったに等しいが、新築物件が原材料費の高騰と人件費の高騰でかなり高くなっているところを見ると、今回購入した条件は抜群に良かったと思っている。仲介業者によると噂では買った時から3000万円ほど高い値段がついている由である。こんな調子だと往年のバブルの時期を思い起こしてしまうほどであるがs、しかし経済成長はある程度の物価の上昇があって可能なところを見れば、頼もしい気がしてくる。

   もともと高層マンションが嫌いなので、今回のマンションは4階建ての低層で逆に気に入った点もある。小生が住むわけではないのに、小生に意見を求められたりすると責任重大なところを感じるのだが、高層マンションはおおむね殺伐とした景色である程度期間が過ぎてしまうと見飽きてくるものである。以前、娘の住んでいたアトレスタワーがそうであったように、部屋から見た遠い富士山の景色が素晴らしかったが、終日富士山の景色ばかり見ているわけでもない。箱根にある別荘の富士ビューマンションもそうであるが、雄大な景色に惚れ惚れしながらも、瞬時に見届けた景色を脳裏に刻み込んで想像をめぐらす楽しみがもっと情緒的である。趣味にもよるが空中散歩を楽しむなら結構だが、住居となると生活の拠点であり高所恐怖症でなくとも、空中散歩ならいざ知らず、日常生活とくれば落ち着きがない感じである。手前どもには関係ないが、夫婦喧嘩が嵩じて窓から放り出されたら行方不明になって失踪事件の宮入になりかねない。というのも、そうした環境で生活していると、土になじめず、地上の触感を忘れた人間は、味気ないく、どのように変化していくか分からない点が恐ろしいのである。モダンタイムスのチャップリンが生きていたら、たちどころにそうした人間喪失の様相を見抜くに違いない。

賑はいの地にあらずして平穏の住処となせる選択の良き

代官山アトレスタワーを去りし今日祐天寺の地の秋空高し

由緒ある祐天寺の地に移り住み幸ひ多きと祈るこの先

祐天寺駅をますぐに商店街過ぎたる先に明子らの家

青葉風吹き過ぎる日の祐天寺目黒と等々力の間に在りし土地

さすらひの旅こそよけれ恙なくこの人生を晴ればれと行く

人生に一度とも云う住まひ得て満天の星またたき祝ふ

生まれつき良き星のもと過ごしきて己が努力の実る無駄なく

テレ東のWBSの報道の充実すれば学ぶ日々かな

明子らの新居構へる祐天寺良きマンションに幸ひ充る

樹の匂ひ吹き過ぎぐる日の祐天寺 目黒と等々力の間に在りし土地     11月30日

     立憲民主党の新代表

  ニッポンの政党政治の健全な確立を図り、民主主義政治を維持していくためにも、野党の責任ある存在と活躍が大いに望まれるところである。先の総選挙では、枝野氏が、代表を務める野党第二党の立憲民主党が多くの議席を減らした責任を取って辞任した。その後任の代表者を選ぶにあたって4人の立候補者がたって連日熱心な主張演説が行われてきた。そして投票と即日開票が今日30日に行われた。その結果、決選投票となって泉健太郎政調会長が逢坂誠二氏を破って新代表に就任した。泉氏は47歳、党の若返りと活性化を目指して果敢に主張して戦った。

   自由民主党の盤石の政党に対して戦い、政権の奪還を目指すには、それなりの国民の支持を得なければ達成できないことは自明である。国民の支持を得るには党と議員諸侯が、それなりの力を伸ばしていかなければならない。日本の第二野党を自認する諸君たちには、それだけの魅力と説得力が欠けるがゆえに、常に政権の座を自民党、自公政党にほぼ独占されてきているのである。これは国民の真意ではない。自公政党に少しでも近づいて、国政に参画してもらいたいと国民は思っているが、野党第一党の立憲民主党にはその実力を備えないでいることがもどかしく思っているのである。今回の総選挙でも、自公政権に対する批判票の受け皿となるべき立憲民主党が、その役を果たしえずに、日本維新の会に大方流れて行ってしまったというのが専らの見解である。結果、立憲民主党が多くの議席を失い、日本維新の会の躍進につながったのである。なんと4倍近い議席を占めるに至った。もとより現実的活躍を有権者に認められた、日本維新の会の努力研鑽の成果でもある。立憲民主党もぜひそうした努力を積み重ねていって、大政党としての活躍を期待したいところである。

  立憲民主党の新代表に泉さんが選任されたが、そうした背景を担って登場したものと確信し、ぜひ明るい政党として、国民から現実的に成長したと認められるまでに成長していって貰いたい。泉さんは、早くも公約した通りの人事をもって党役員に党代表として戦った3人の候補者を、重要な党役員に指名している。中でも女性を起用して幹事長の要職に西村智奈美氏を起用した。党の団結を図るには現実的一歩を踏み出したことと評価できるし、電光石火の決定は、泉氏の若さと、性格の良さと柔軟性を示してあっ晴れである。そして現在の政治情勢の展望であるが、野党の諸君は巨大な自民党に立ち向かって政権奪還を図るには、立憲民主党が成長して、日本維新の会をはじめ、その他の野党を一つにまとめて大同団結を図る道しかないというのが、小生の見方である。すなわち小異を捨てて大同につくということである。その他の野党は、共産党を別にして、国民の目からして選択の余地がなく泡沫的と解釈している。

  自公政権の岸田さんは、当初から弱腰というレッテルを張られて、総理総裁の器ではないという風評と云うか、評価に甘んじていたが、天命とでも言っていいかもしれないが、見事に総裁の椅子を射止め、その後の素早い総選挙に打って出て党勢を拡大し安定政権を確立した。穏やかな風貌には安定感がついてきたし、短期間の間にも現実的な政策を打ち出して国民の信頼を得てきている。内外の流動化する政治経済情勢の中にあっては、国内の与党、野党が、お互いに切磋琢磨して伯仲するところに真の政治的進歩があり、国際社会での日本の優れた立ち位置の発揮が期待されるのである。     11月30日

 

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ