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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.15.12

もう一つあった木守の実
  
   12月4日、所用で夜の9時過ぎまで時間を要したあと、慌てて先様の事務所を出た。妻と10時ごろに会う約束をしていたが、落ち合う場所がはっきりと決まっていなかった。ところがお邪魔していたオフィスの部屋の温度が温かかったために、着てきたコートを忘れて、そのまま部屋に置いてきたしまった。しばらくたってから気が付いたが、時すでに遅しであった。車に乗って新宿御苑前駅辺りから渋谷のハチ公前で急ぎ、そこで待ち合わせたが、場所の変更を余儀なくされて寒さの中、人混みを分けて新南口改札口を誘導された次第となった。渋谷駅交番の若い巡査に訊いたところ、ガード下を通って右に回り、高架をくぐりまっすぐ行った右手にあると、感じよく教えてくれた。妻と携帯電話で連絡を取りながら、行く先の案内を頼りに行った先はセルリアンタワーのロビーであった。南口を出て国道246の横断歩道橋を渡り、道沿いの有名なホテルであり、そのホテルのロビーと云う次第になったのである。遠回りして紆余曲折の道のりであったが、何のことはない、最初からそう言ってくれれば直行できたわけである。そもそも渋谷界隈について不慣れな小生である。妻は週に一度の英語教室へかよっている。そこで教えているのか、教わっているのか立場は定かでないが、兎に角渋谷が所在地で週一度の学習を終えてきての帰り道であった。渋谷が慣れている妻にとって好都合であっても、待ち合わせ場所としては、小生の田舎者的知識しか持ち合わせていない故に適切とは云えなかった。地下街の複雑に交差する通路が理解されず、そもそも迷子になる状態である。
   私は毎日の通勤で東横線を使っているが、中目黒駅で日比谷線に乗り換えて銀座まで通ってきている。だから渋谷には特別のことでもない限り、行ったことがない。見聞するところ、最近の渋谷界隈の再開発は驚くべき規模であり、昔を知ったものにとって渋谷駅自体が、乗降に苦難の場所となっているのである。東横線を渋谷駅で降りたりしたら、地下五階まで持っていかれた後放り出される始末である。迷子になってうろつくこと必定である。それにしても地上の夜の渋谷は活気にあふれている。若者を初め外国人がたむろする喧騒の街であり、無秩序な人の群れであるが、無秩序の中の秩序とでもいうべきか面白い街でもあると思った。想像だが、そうした点でも盛り場と称する新宿、池袋と云った繁華街と一種共通するところがあるようにも思える。好みにもよるが、10分と付き合うことのできない特殊性のうごめく街である。サルトルが居たら、こうした状況から、人間の存在とは、実存を問う新たな哲学思想が編み出されるかもしれないと思った。
ハチ公前の広いスクランブル交差点を我が物顔で行く個性的な人物がたむろしてわたっていくが、目がギラギラして存在感を強調しすぎて、良し悪しは別にしていかにも動物的である。先ほど事務所で、話し合っていた話題の人物が同じように感じたのである。だとするといかにもウルトラ現代的感覚の持ち主かとも想像するが、付き合うこともままならぬ主と思えてくる。そんなわけで雑踏する町なかを、動物的で非人格的な人間が沢山遊泳しているのには驚いてしまったが、それも束の間で、次第に慣れてきてしまうところが、また魔術的で面白い面があり、危険でもあると思った。しかしそれとある種のことで個別的に関与したりすると、きわめて理不尽な結果を齎して、非論理的であり、精神的不安定な人間として浮き彫りになってくるのであろう。 極まると二重人格的要素を帯びてくるのである。小説家の筆に託したら、ドストエフスキーのカラマゾフの兄弟のような凄まじい話が出来上がってくるかもしれない。しかしこの種の人間が、われわれ人間社会に潜り込んで平然として活動して、多くの人が気づかずにいることが多い。 仮にそうした人物が然るべき地位にいたりすると、サルトル的社会が現出して、実際には社会生活上に於いて危険な要素が出て来る。多くの犯罪に登場してくる人物は、その典型的なものであろう。独善的で争い事が絶えないし、攻撃的になって権謀術数を以て奇妙にその道に入り込んでくる。人間にとっての楽しい歓楽街が、非人格化し一瞬にして犯罪通りと化してしまう。先程の話し合いにも、識者の見解もあったりするので間違いないと思うが、そうした人物に関与した案件についても触れて話すことになった次第である。こうした人物を他に知ることが最近、又のこと身近にあって、興味津々で眺めているが、相当の注意を払っているところである。さる知名度の高い病院経営に絡んで相続が発生したごたごたの後の話である。解決すべき話として相談に乗っているものの、相当に注意をして目下のところこの人物を興味深く観察しているところである。武蔵野市で精神病院を経営していた去る人の奥さんが、いつの間にか気がおかしくなって患者と同一化された姿を見て困惑した旦那さんがいた。旦那はそこの病院長をしていたが、さすがに参ってしまったようだ。患者のさりげない様子は普段と変わりなく、特に若い患者さんの中に非常に多いそうだが、区別が全くつかないほどに一見正常であるそうだ。ところがよく観察するとやはり相当の治療と対応が必要になってくるそうである。誠にデリゲートな疾患である。本人が気づいていないことが既に扱いにくい疾患だからである。難しい話であるが病院経営も例外ではなく、普通の経済人だと、おのずから企業倫理、規範と云ったことを十分に心得て経済行為を行ってきているが、しかし、錯誤や失敗があったりしていても現とした規則や法律があったりするから、おのずと倫理、道徳観念が湧いて逆に積極性が出て来るものであるが、羽目を外して行動する人物も現れてくる。一般的に、経済活動を通じて積極的に利潤を生みだすことは、それだけ社会的に貢献度が高いと認知されているゆえんである。自由主義経済の減速が必然的に生じている恩恵である。しかしこれがまた、一政府によって決定されたりしていると、この作用が及ばない時がある。社会主義経済の欠点である。

   一橋大学の山内学長の講演を、会の主催としてお願いした時に聞いた、経済史の一幕が有意義で興味深く聞いたことがある。それは大変に面白かった。しかし現代ではあってはならないことである。つまり略奪経済が国家の政策として広く認められていた時代があった。16世紀ごろの帝国主義時代の謳歌したことでイングランドをはじめとした帝国主義の独裁時代であって、皇帝が略奪経済を奨励したことがあった。それは自分の権力、権勢の拡張に果す所以からであった。海賊が公に認められた時代である。海賊が海外で略奪してきた物品を貢物として支配者の献上し皇帝に献上し、その功績によって領地を豪族に渡されるといった仕組みである。一方的に通知されて、そうした領地に組み入れられて生活する民衆はたまったものではない。先祖代々続く家もあろう。無謀な豪族の領主のもとになったものは、苛斂誅求にあえぐ結果ともなりかねない。皇帝の各目に大役を果たした豪族は、今度は国の財政を支えて行くことになる。皇帝の繁栄に寄与した豪族は力をますます蓄えていく。そうした皇帝の帝国主義的時代においては、海賊が英雄視されて、巨万の富を築く時代で西洋文化の根底を形成していた時代である。山内学長はそれをわかりやすく説明してくれたが、歴史を経済史に登場してくる人間の一断面を示して、モノの見方を客観的にとらえていることで、とても大きな関心があった。講演記録を取り出して、再読してみたいと思っている。
 
渋谷から帰り道を妻と一緒に行ったが、お茶を飲む時間もなく、一直線で自由が丘まで向かった。いきなり東横線には乗らずに山手線内回りに乗って、恵比寿で下車、日比谷線に乗り換えて中目黒駅で下車、すると折よく東横線の特急が来て、乗車したらあっけなく自由が丘についてほっと一息つく有様であった。妻の赤いマフラーを借りて調子よく帰宅できた。時に11時を過ぎていた。懐中電灯を持ち出して庭に出て、木守の柿の実の安否を気遣って照らしてみたら無事であった。その横にも柿の木が植えてあるが、こちらにも枝の高いところに柿の実が一つ赤く照りだされたのである。何と二本の柿の木に今までのところそれぞれ一個ずつ、すっかり葉の落ち切ってしまった枝に、かいがいしくしっかりとしがみついているようにも思え愛おしく感じたのである。まるで広い無限の宇宙の中を小惑星が二つ、赤い色を帯びながら飛んでいくように見えた。青く澄みきった穏やかな月の夜である。次郎柿と富有柿の二本が、拙宅の庭に植わっているが、今日新たに次朗柿にも木守の柿の実がついていることが分かって、内心子供のように喜んでいる。木守の実が今年、確と残って枝についていることで私は祈るような気持で、神様が我々を守っていて下さる証しだと感謝しながら思ったのである。     12月6日


24節気の大雪

今日は24節気で云うと大雪(だいせつ)に当たる。寒さがかさんで大雪の日に確率上はなって然るべきところ、それなのに全国的に暖かい陽気となった。今年は世評も暖冬になるのではないかと云うが、これとてはっきりしたものではない。よく外れる天気予報ではないが、中長期予報も何となく覚束ないものがある。一日のうちでも時間帯によって寒暖の差があったりして、それに十分に対応できない人が、風邪にかかりやすいという医者の忠告である。風は万病のもとと云う。普段から自分自身、健康管理に気を配っていることが大切である。一日のうちで寒暖の差が大きいと申したが、今日の夕刊を見ると時間差があるとはいえ、4日の日経新聞は「欧米格式が大幅下落」 「日経平均、 一時400円超下げ」と一面に大きく書かれてある。一方で5日の夕刊では「NY株大幅反発、369ドル高」と、全く反対の記事が乗せてあった。一日違いの新聞の夕刊紙でありながら、報道する記事がこうも正反対で目まぐるしい連日のことも珍しいと思った。さほどに見通しに狂いと期待と思惑の錯綜する世界なのである。たまたま日経の夕刊紙二日分の二枚がテーブルの上に置かれてあったので、比較してみていた。夕刊紙を見間違えて記事の揺れを以て解釈し、書く結果になったかもしれないが。
  12月3日の欧米株式相場が大幅に下落したのは事実である。原因は欧州中央銀行が打ち出した金融緩和策が、市場が期待するほどの積極性に欠けていたことを至上が失望して売りがかさんだためである。NYもこの日は欧州安につられて1,4パーセントに当たる252ドル安で商いを終えていた。ところが4日のニューヨーク株式市場ではダウ工業株30種平均が前日比で369ドル高と大幅に反発したのである。この日の好材料となったのは発表された11月の雇用統計がアメリカ経済の順調な回復を示す結果となり、投資家の買い安心が広がったためである。又悲観的な受け止め方だった欧州中央銀行のドラキ総裁が金融の追加緩和を示唆したことがあって、それを好感したこともあった。 斯様にめまぐるしい昨今の世界株式事情の動向だが、なんといってもアメリカ市場の比重が大きく、世界は目下のところ、アメリカの景気回復が順調に軌道に乗ってくかどうか、固唾をのんで注目している様子が手に取るように鮮明である。連邦準備局のエイレン議長の発言に一喜一憂の感じであるが、順調にいけばアメリカの年内利上げはほぼ確実な状況である。そのかじ取りの旨さを絶妙に発揮してもらいたいものである。
    加えて日本も安倍政権が掲げる本格的なデフレ脱却を目指す政策、とりわけ第三の矢の引き方次第だが、うまく的を射る形で進んでもらいたいと念願している。安倍政権の矢継ぎ早に打ち出される追加政策に、ようやく官僚諸君が自信を以て自分の才覚を発揮するチャンスが恵まれてきた感じである。今までは、ともすると物言えば唇寒しで引き込み思案であった。揚げ足を取られることもあって警戒し、無言が立身出世のための保身に構えて何もできなかったが、これからは大いに発言主張し、正論を以て事に臨んでもらいたいものである。優秀な官僚諸君の自由で独創的な発想こそ、世界の道を進む日本経済の礎であり、力である。物言えば唇寒し・・で、一時は官僚諸君の意見が遠のいてしまった感があったが、揚げ足を取っていたのでは自由な発言を封じることになってしまう。反対意見があれば自由に反論して、活発な議論を繰り返すことが重要で、そうした過程を踏んで正論が生まれてくるというものである。試行錯誤をくりかえすことも無駄とは云えず、貴重な科学的論拠となるからである。
   経済について企業業績も順調に伸びて税収も上がり、順調な循環過程に乗っていければ占めたものである。目下のところは上場企業の試算を頼って動向を目指すところでいるが、それが起爆剤となって幅広く中小法企業に、 更に中央から地方に裾野が広がっていく政策を強力に推進していかなければならない。地方活性化に取り組んでいる石破さんが頑張って、その実力を以て進めているが、今やらないとやれる人物がいなくなってしまうだろう。思い切って省庁の一つや二つの地方移転を進めてみてはどうだろうか。都市機能の地方移転が華々しく騒がれて、それをよりどころにして、起爆剤となって、その地方が活気を帯びたことがあった。しかしそれは掛け声だけで空砲に終わってしまった。強力な実行内閣として政権を立ち上げている安倍さんだが、多少のリスクを覚悟で政策には大胆な構想を以て臨んでもらいたいものである。12月7日
      
             

設備投資の復活と、原油価格の急落の懸念

    ところで内閣府が発表したところによると今年7月から9月にかけてのGDPの改定値が前期と比べて0,3パーセント増加した。このペースで行くと、1年間で1パーセント増加する結果になる。景気後退が懸念されていたが、緩やかな回復が続いていることが証明された。設備投資が伸びた結果で、経営者の見解に安ど感が湧いたところである。 ここで景気回復への強力な足掛かりを掴むことが出来れば年末の絶好のタイミングとなるだろう。一方で気がかりなのは更なる原油価格の下落である。こちらの方は底なしの気配で心配だが、6年10か月ぶりに1バーレル37ドル台の安値を記録したが、依然として供給過剰の状態から脱しえないでいる。景気にマイナス作用を及ぼすことを憂慮する。新興国への景気減速を気にするが、其処はアメリカを初め日本も含めてしっかりとした景気回復過程を歩むことでカバーしていきたいものである。需給関係の改善を期待したいところだが、米国ではシェールガスを掘削する動きが急速に減少してきているようだし、原油価格も早晩反転してほしいと期待する向きが多くなってきている。

   こうした折、日本はインドで新幹線建設の受注に成功したという朗報が飛び込んできた。日本の技術力と資本力を組み合わせた、政官民一体の努力の成果である。インド西部の最大都市のムンバイと、工業都市のアメダバードを結ぶ全長約500キロの区間である。事業費は約1兆8000億円である。インドネシアでは中国との競り合いに惜敗した形で残念だったが、今回のインド訪問では安倍首相のトップセールスマンとしての売り込みも奏を効した形であり、産業界への大きな自信とインパクトを与える結果となる。ハード面、ソフト面を抱き合わせサービス部門もはじめ周辺機能を包括的に一体化しての受注である。広く産業分野に裾野を広げた領域に経済効果が劇的に及ぶことになる。懸命に活躍している安倍さんの、いわば一億総活躍時代の先頭に立っている感じだが、これがみんなの追い風になって実現の道に邁進できればこんな素晴らしいことはない。何百人の民間企業の経済使節団を連れて、現地で経済交流を促進して民間企業の交流に懸命な姿を見るにつけ、力強く走っていく新幹線の勇姿を見る思いがするのである。

   ふと思い出すことがあった。我が昭和経済会でも、昭和59年5月、改革解放の黎明期にあった中国の北京に、42名からの経済使節団を編成して、北京の中国国際貿易促進委員会の大会堂で交流を行ったことを思い出した。31年以上も前のことである。田中角栄が北京に渡った3年後のことと記憶している。小職が団長を務めて、大役を果たしてきたことを思い出し、懐かしさがこみあげてきた。 当会の顧問のをしていた安井謙参議院議長の親書を持参して、敬意を表したのである。約一時間半に及ぶ会談であったが、中国側政府高官から、日本の企業と自国の国営企業との技術、資本提携の申し出を受け、互いに日中合弁企業を作り上げて行こうではないかとの申し出を受け、参加者一同驚くと同時に、中国の積極的な開放政策に賛意を示した次第であった。あのころの写真を見ながら中国側の歓迎ぶりに感激したが、その一枚の会談の模様の写真が、昭和経済会のオフィスの壁に飾ってある。副団長を務めた寺島祥五郎氏が、団長を務める私の隣に座っている。寺島副団長がいらしたので、若輩の私は頼もしく受け止めていた。あの時の中国の人口は9億7000万人であり、北京の空は隈なく澄み切っていた。30年後の今日の人口の増加はざっと4億である。現在、 中国の人口は13億とも14億ともいわれている。国内総生産は日本を抜いて世界第2位となった。我々が北京を訪問してから31年が経過する間に、中国経済はものすごい勢いで規模を伸ばしてきている。急速に発展したスピードは驚異的であり、無理がたたってマイナス面も大きく出てきていることは歪めない事実であり、仕方がないことでもあろう。日本も過去に於いて、そうしたジレンマに悩まされた時期があった。因みに東京下町を流れる隅田川は、メタンガスで毒気の高い悪臭を放っていたし、近付くことも出来なかった。そうした状況は全国的に見られて、環境汚染による健康被害は全国に蔓延したのである。水俣病や四日市喘息は典型的事例だが、これを称してて公害病と名付けてきたのである。そうした被害の悲惨な情景は、目を覆うものがあった。長い間の工場排水の規制やら、有害ガスの排出禁止やらで、次第に官民一体となっての浄化運動も功を上げて、今日のような魚の棲息を見るように浄化されたのである。日本全国、全土に渡る大気汚染の除去、河川の浄化運動によって、日本人の健康維持が保たれ、公害病の追放に多くの時間と資本が掛かったのである。

   経済大国を自認する中国にとっても、現在の中国々内の三大汚点と称すべきことと思っていることがある。その一つ、体面を汚しているのが貧富の格差が年々増大する傾向にあることだ。そして政界、官界に汚職が絶えない。政府は躍起になって綱紀粛正に乗り出しているが、場当たり的で目下のところ未だ焼け石に水である。その効果にはまだ相当の時間を要するであろう。それと看過できないのが、物凄い大気汚染の状況である。工場から排泄される化学物質の垂れ流しと、石炭火力燃料の使用で窒素酸化物の排煙による深刻な大気汚染である。両面からくる環境汚染と破壊は、国民の健康被害の問題として現実味を帯びてきている。 水と空気の汚染は想像を絶して、富裕層が中国を脱出して外国に逃げる人民が多く政治問題にもなっている。
    こうした状況下にあって、中国の中央政府はガス抜きの効果を狙って、国民の関心事を専ら海外に置こうとしているきらいがある。これは現状認識をすり替えるもので間違っている。 南沙諸島の浅瀬の埋め立て工事を一方的に進め中国の領有権を主張して、関係諸国と争って緊張状態を作り出してきている。こうした中国の覇権主義は皮肉にも帝国主義時代の亡霊であり、前時代的発想であることは言うまでもない。こうしたことはいずれも急速に膨張してきた中国の状況について、矛盾点がむき出しになってきている事案であり、早晩、是正し改革、改善されていかなければならない課題であることは言うまでもない。いまや、国際社会は政治、思想、宗教の壁を越えて連帯化、連携化に進みつつある。国際貿易にしても、経済促進にしても、国際金融の安定にしても、対イスラムのテロ対策にしても、貧困撲滅と難民の増大防止の問題にしても、ましてや地球温暖化に対する取り組みについても、国際間の連携なくしては実現できないことが実際面でだんだんと理解されるようになり、そうした方向に世界の国々が協力してきており、実現の努力が実を結びつつあることは喜ばしき限りである。         12月8日


経済使節団を組んで31年前に中国を訪問した時に、私は中国国際貿易促進委員会の北京大会堂でお互いが会談に臨んだ時に、こうした発言をしたことであった。
   「中国のみなさん、特に政策推進にたずさわっている政府高官に申しあげたいことは、経済発展に目覚ましい成果を上げつつある日本が、先進国として悩んでいることがあって今おおきな政治問題化していることがある。それは公害と、公害によってもたらされた国民の健康被害である。公害とは、聞きなれない言葉かもしれないが、大企業の工場から排泄された多量の有害な化学物質の放出と、膨大な量の化石燃料の使用によって大気汚染がもたらしている深刻な問題のことである。いわばさんぎょうの健康被害は人間の身体に治療不可能な病気をもたらし、多くの人が苦しんでその犠牲になっている。今や政官民が一体となって、莫大な犠牲を払ってこの問題解決に躍起になっている。その原因となっている根源を断ち切ることである。それには経済発展に使った資金以上の資金を要する結果になっている。  巨大な人口と資源を持つ中国の将来に発展は底知れないと期待するが、経済の発展過程に惹起されるこうした公害問題を、並行して同時に解決しながら進めて行くことが望ましいと思っている。日本が今経験しているこの難問題について、過去の過ちの轍を踏まないことが大切である。中国は、そうした面でも日本を参考にしてもらったら、大きな教訓を得るに違いない」と述べたことであった。

   あの時、一行は上海から蘇州に向けて列車に乗ったが、はるばると光輝いて広がる江南の地を、車窓から眺めて行ったのである。清澄な大地を吹きすぎる薫風をかぎながら、豊かな農村地帯の景色を心行くまで堪能していったのである。中国の人の親しみ深く、欲のない穏やかな表情も魅力的だった。蘇州の町なかを行く馬車にはカマスが高く積み上げられており、馬が堂々とくそを落として行って何でもなかった。人々はのんびりとして一日中遊んで休んでいるように見えた。のどかな光景であった。昨今のテレビに映る中国の風景は31年前の印象とは全くかけ離れており、これと正反対の修羅場と映ったのである。バブル崩壊の傷跡が生々しく、ここぞとばかり派手に建てられた高層マンションの建物は廃墟と化し、寄る人もない暗然たる有様である。こうした光景が中国の都市はもとより、周辺郊外、遠くには農村地帯まで随所に及んでいる。こうした状況が蘇生されるには多くの時間が必要かもしれない。莫大な資金も必要だが、人々の心が生きて元に戻ってくるかが問題だ。もとより乱脈極まる産業政策の推進によって、多くのマイナス面を引き起こして、矛盾した結果を齎していることの修復も、国家にとって大変な浪費となることもあろう。
   中国側は当時、反省の弁を含めて産業政策遂行に大きな誤りのあった自国日本の考え方に意外性を覚えたらしく、真面目な表情で、真剣に聞き入っていたように感じとったのである。私は、31年前の北京訪問を思い出しながら、現在の中国を考えていたのである。そしてあの時の忠告を受け入れて産業政策を遂行していたならば、今日のような猛烈な大気汚染に見舞われなくて済んだのではないかと、バランスのとれた経済発展を薦めながら産業公害に悩まされることはなかったのではないかと思ったのである。 そして又一方でよこしまなこともふと考えた。あの時から中国に滞在して技術と資本を投入し大々的に経済活動を行っていたら、今や巨万の富を手にして世界に君臨していたかもしれないと云う妄想。そして上海や香港に大きなビルを以て不動産王となっていたかもしれないと云う非現実的な期待。しかしそれどころではない、もしかすると我と云う存在は闇に消されていたかもしれないと、ぞっとするような思いも持ったりしている。 何しろ激しく変わっていく中国の激浪に呑まれながら、何とも云いかねる運命をたどっていたかもしれない。考えただけでも怖くなってくるが、これはあくまで凡人のたわごとである。
   今日も銀座通りを爆買していく中国人を見るつけ、彼らは13億の中から選ばれた限られた人であると痛感したのである。昨日の朝日新聞の夕刊紙を見ていたら、銀座通りを大型バスで乗り込んで、買い物をすます間、大通りは二十台からの大型バスが連日の如く駐車している写真が載っていた。先日の経済講演会の席上でも、地元の銀座に会社を持つ谷口コーポレーションの谷口会長が、銀座にあふれる中国観光客の景気の良さで、今の銀座は大いに活気づいているという報告をされていたが、まさに気前の良い光景で、今の銀座は外国人による近来にない消費景気の沸騰で湧いている。そのために乗り付ける観光客のバスの駐車をことさらに取り上げて、これをとやかく言う人が居るらしいが、そのくらい大目に見てやったらどうだろうか。逆に通り抜けて行く日本のマイカーを規制してやるくらいの気持ちがあっていいかもしれない。前にも云ったかもしれないが、折角日本を訪れてきてくれた観光客である。温かい心でもてなしてやるべきだということである。
    とは言いながら中国では巨万の富を築いていく人、一日の食事にありつけずに貧困の底にあえぐ人、余りの格差に唖然たる思いだが、13億からの国民を引き連れて行く中央政府の努力は並大抵のものではない。爆発的な富の蓄積、アジア開発投資銀行の設立、中国元の国際基軸通貨への組み入れなど、経済大国として、片や世界経済の牽引役を果していく責務を考えると、その風格に追いつかない一面がみられることは残念である。自由世界が注目する人権問題を初め、産業公害問題、軍備拡張主義で、逆に肝心の中国経済の足を引っ張っていることはいがめないだろう。 早い時期に軌道修正し、少なくとも人権問題や、南沙諸島問題などで緊張の度合いを高めずに率先して友好関係の樹立に努めてもらいたいものである。    12月12日

忙中の閑 和歌五首を詠む
    あたたかきやまべのみちにねそべりてあしたのくもにおもひたくさむ
    さえずりにめざめてみればにはのきのじくしのかきにとりのかげかな
    ばんとふのたびこそよけれやまざとにひとのいきづくしじまありけり
    ふるさとのやまかわをゆくわがたびのさきにいこへるさとのありけり
    いざゆかむさへずるとりのあとにつきたどるやかたにせせらぎのおと   12月12日


アメリカのゼロ金利解除 金融政策の劇的転換と緩やかな解除

   16日に開かれた米連邦準備理事会で、FM0C(連邦公開市場委員会)が短期金利の誘導目標をゼロからに0,25パーセント引き上げることを決定し17日から実施すると発表した。リーマン危機を受けて2008年から異例のゼロ金利政策が続いてきたが、これを解除するには7年ぶりである。利上げに踏み切った理由としては、アメリカの雇用統計が着実に改善されてきて、ほぼ完全雇用の状態にあること。それとアメリカ経済の回復が着実に続いてきていることがあげられる。
   イエレン議長は利上げの決断について、「雇用と物価上昇率の二つの条件が満たされた結果である」 と端的明瞭に説明した。そして今までの異例の金融政策をやめて、金利を上げ下げする正常な状態に戻す状態に来たと判断した。イエレン氏の歯切れの良さに、十分な自信を持てた決断と見受けられたのである。そして今後の利上げペースには経済状況を見ながら徐々に、緩やかに進んでいくだろうとも述べた。世界経済は目下のところ、中国経済の減速が気になるし、欧州の経済も目下のところ低迷中であり、新興国の経済に至っては減速気味なところが顕著であるところ、アメリカが先陣を切って過熱を抑制する金融政策に舵を切ったところに大きな意味があるだろう。その所を注意深く吟味する必要がある。
   こうした発言を受けて、これに敏感な株式市場も織り込み済みとは云いながら、きわめて冷静な反応を示し、好感をもって受け止められたことは理にかなった結果として評価したいものである。今まで色々な観測が流れてて金融界は一喜一憂を繰り返してきたが、ここではっきりとした政策の方向性が見えたことで、過度な思惑を排した正常な金融動向が、実物経済の生産と消費を通じて反映されていくものと観測されるのである。
もとより,資金の流れは大きく変わる可能性を秘めいる。アメリカを中心に、とりわけ新興国から還流されて、新興国の経済に打撃を与える懸念も浮上しているが、それに対応した各国の影響をこれから見極めて行く必要がある。しばらくは動きの荒い経済、金融市場の展開になるかもしれない。いずれにしてもアメリカの利上げ決定は新しい、劇的な展開を示したことで、アメリカの一挙手一投足を注目していかねばならないが、ここで力強いアメリカ経済に牽引されて、逐次落ち着いた流れに入っていくものと楽観的考えを持って企業家は進んでいくべきであろう。いずれにしろどこかで終止符を打たないと異常な金融状態に陥るリスクが高いので、そうなってから急激に緩和ゼロから大幅に引き上げても、内外経済に対する衝撃を吸引することはできなくなってしまう可能性の方が強いと思われる。目先の波乱は避けられないかもしれないが、原理原則を以ていずれ収斂していくものと期待される。イエレン議長の、今回の判断と長年続いてきたゼロ金利政策の金融緩和の止揚は賢明であり、適切であったと思われる。 勇気ある決断には違いないが、これに依ってイエレン議長の信頼性はますます高まったと云える。  12月17日

          地球温暖化の問題

ところで日本に来て爆買いに走る中国の人を見ながら、その購買意欲に驚くが、今の中国の事情がよくわからないというのが昨今の印象である。評論家たちの意見も大きく分かれている。中国が右に行くか左に行くか、前に進むのか後に後退するのか、はてさて一つにまとまるのか、粉々に壊れてしまうのかといった具合で、見方は沢山あって諸説紛々である。余りにも大きすぎて桁違いである。中央政府の力が及ばないところもあったりして、人口の把握すらおぼつかない。30数年前に私が団長を務めて、経済使節団を組んで北京を訪問して政府高官と歓談したことがある。その頃の中国の人口はざっと9憶7000万人と説明されていた。最近は13億人と推定されてここしばらくすぎていたが、ここにきて14億人ぐらいはいるというのである。中国では5000万や1億と云う数はすぐにぶれてしまうくらいである。日本の人口に相当する数が、出たり消えたりしている。日本では考えられないおおらかさである。日本では一名の数すら漏れなく把握し、統計上正確に発表されている。息が詰まるくらいである。これからはマイナンバー制が施行されるからなおさらである。治安が安定して自慢の国であるが、それでも警察の調べによるとこんな狭い日本でも、行方不明者がかなりいるという話だから、何とも言えない。
  地球温暖化が知られて久しいが、これからは人間はもとよりの話、生物そのものの生存の可否ではなく、膨大と思われる中国を含めるといった問題意識ではなく、このでかい地球そのものの生存が危ぶまれてきているということで、先行きが深刻な状況であり、心配な事案である。産業革命を経ていくらもたっていない間に、斯くも深刻な環境汚染が進み、特に大気汚染が石化燃料の焚き付けで悪化が進んでいるというので、これをいかに食い止めて行くかが大きな課題となっている。大気圏の変調が地球上の気象状況を変化さしめ、地球規模の異常気象となって、それが各地に大災害を既に起こしている現状である。その象徴的なのが中国の北京の空の汚染である。それはもはや地球自体が病的であり危険なことのへの警鐘である。そこで先般、COP21国際会議が開かれて、二酸化炭素の排出削減に向かて世界の足並みが一致したことは大きな成果であり、遅きに逸しする感もあるが、人類にとって喜ばしい限りである。地味で長い活動が期待されるが、アメリカ、中国が世界に足並みをそろえて参加したことは大きな前進であった。オバマと習近平の英断を評価したい。考えてみれば、誠に不幸な事態である。温暖化によってレベルの低い南海地域の島々では、島そのものが水没して生活の場を失っているという実態であるから、その影響は深刻であり、速いスピードで襲っていることになる。

   安倍さんが経済回復に懸命になって、次第にその好影響が現れてきていることは喜ばしい。矢継ぎ早に政策が打ち出されている感じである。これは官僚諸君がやる気を起こしてきた結果である。得てして日本には官僚たたきの風潮があって、良いこともあるが、悪い結果を引き起こしていることもある。政権の運営は、官僚諸君の腕にかかっているといっても過言ではない。優秀な官僚諸君の知能を十分に駆使していって、国民のために大いに働いてもらいたいものである。景気回復によって企業の業績向上を背景に、税収の回復状況も好調に推移している。国の借金返済にこれが使われていく循環が、持続的になっていくことが、今や国家存立の必須条件となってきている。とくに財政再建の問題を考えると、悠長なことを云ってもいられないが、我が国は国家予算がいまだどうしても年々増加傾向を脱しきれないでいるが、国民の税金が国民のために真に有効に使われるよう、常に注意喚起してもらいたいものである。それが経済成長の基本であり、起爆剤となって地方経済の活性化につながっていき、一億総活躍社会の実現となっていくのである。     12月18日


降誕節

11月29日の降誕節に一本目のローソクに灯がとともされてから、今日のクリスマス礼拝には4本目のローソクに灯がともされた。そして、この日に私たちは一人の受洗者を授かった。会堂にはハレルヤーの声が響き、洗礼を受けた姉妹を前にして、心から主のみ名を賛美し祝福した。病と絶望の淵に会った姉妹は、ある日のこと教会を訪れた。たまたま受付をしていた家内が親しく会し、体の不自由な彼女の手を取って、やさしく言葉をかけながら会堂に案内して差し上げた。それ以来、彼女は不自由な身を以て教会に足を運ぶようになった。私の留守中であったが、家内は彼女を拙宅に招いて、お茶を飲みながら歓談するまでになった。まだ若い感じの彼女だが、閉ざされていた心が開いていった。そして一年が過ぎた。教会を訪ねた彼女は、漠然とした思いで何かの救いを求めていたに違いない。聖書の御言葉に触れて、次第に信仰心を深めて行った。そして今日、私は彼女の受洗のことを知らされた。
   都内の有名大学を出て就職した彼女は、数年後に職場の男性と結婚して幸せな毎日を送っていたが、夫が病気を患って亡くなってってしまった後、毎日が悲観に暮れる生活となった。ついにはストレスが昂じて病に伏すようになってしまった。苦しい何年かが過ぎて行ったに違いない。そうした時に偶然にも、十字架のキリストとの素晴らしい出会いが起きたのである。神と共に歩む道に、迷いのないことを悟った彼女は、自分に自信を以て感謝の日々を過ごすことの大切さを知ったのである。罪を許す神の愛の道に気づいたのであった。おりしもクリスマスの近ずく今日の良き日に、彼女は神のしもべとして、清らかな主のいざないに愛の道を主と共に歩むことになったのである。闇の世界にうずもれていた彼女の苦悩の生活に、一縷の光が差し込んで、光明に瞬く将来の道を掴んで歩む決心がついたのである。歩き始めた彼女に笑顔が浮かんで、洗礼を受けた後に、自からの信仰告白を切実に語ったのである。それは彼女が生きる力と希望を得て力強く、胸を打つものであった。 我々も又触発されて、人生の苦難に耐えて真実一路の道を突き進む思いを新たにしたのである。そうした信念こそ毎日の精進と修行を積みながら、現実的活動の推進力となって、隣人愛の発揮にもつながっていくものであると確信したのである。 
   この日の礼拝は、牧師が聖書のイザヤ書7章15節を開いて朗読し、「あなたのためのクリスマス」と題して説教を為された。クリスマスが近づいて今朝の礼拝では4本目のローソクに灯がともされたが、二日後イブ礼拝では祭壇に置かれたすべてのローソクに灯ががともされて、この世に愛と平和を備えてくれるキリストの降誕を喜び祝うことになる。礼拝堂に集う諸人の願いを込めて、それぞれが掲げるローソクに灯がともされて、喜びと祝福に会堂があふれる瞬間を迎えることだろう。 同時に全世界にも同じ願いを込めた礼拝が始まる。愛と平和と光を求める人々の願いが全世界で行われ、ここ教会に集う善男善女の、それぞれの心のうちに熱い願いとして凝縮されるのである。
   この日に洗礼を受けた女性に対して、私は次のような和歌を詠んで彼女を祝福し、愛餐会の席でそっと彼女に手渡したのである。 かのP所はうれしさをこみあげて私に言った。「今、お詠みになったのですか」と。 勿論、ホットそのものですと私はつぶやくように言った。きれいな笑みが彼女の顔に広がっていったのである。         12月20日


受洗を祝ふ
    主とともに歩む汝が身に迷ひなし愛と光のこの道をゆく
    洗礼を受ける花咲裕子姉に愛と光と恵みさずかる
    穏やかな冬の日差しにキリストと共に姉妹の歩むこの日ゆ
    洗礼を受くる姉妹に末永く愛とひかりの道を備へん
    裕子姉が洗礼を受けおごそかに喜び祝ふこの日めでたき
    あきらかに神のしもべとなりぬ姉の誓ひも堅くこの日ほむべき 
    絶望の淵より神のみ言葉を得てよみがえる裕子姉妹は
    祭壇に様々な花みたされて香りゆたかに匂ふ今朝かな
    思ひ出をたどれば悲し人生のイエスにあえて楽し日々なり
    清らかな主のいざなひに恵まれて姉妹の受洗を充たす祈りに


           満天の星
    満天のきらめく星を仰ぎみてこの法界に神のまします
    さざ波の打ち寄す天の川あたり天女が集い遊び舞ひけり
    オリオンの輝く型に神々の姿を合はせ描く冬の夜
    限りなき冬の夜空にちりばめて真砂の星に我を忘れし
    億兆の無数の星に覆はれしこの法界に我ひとり立つ
    如何に立つこの法界に我ひとり無限の空に意識放ちて 


           降誕節
    わが妹が歌ふ賛美の清らかにみ堂にひびく降誕の夜
    大君のとこしえに栄へ世の道を広く照らして導きにけり
    十字架をあほぎてみ業かしこしと願いを込めて祈りけるかな
    人影のなきみ堂にて十字架にわれが願ひを打ち明かしけり
    十字架に立ちひたすらに乞ひねがふ我がうちなる願ひみたせや
    みどりごのかいばの桶に眠れるをもろびとたちの笑みて見入りぬ
    
           旅愁
    山の辺をさすらひ来れば明け初めの空ほのぼのと陽にゆらぎけり
    くれないの色のあざけし明け初めの富士の高嶺にひかりさしたり
    登りきて妻と峠に立ちて見るまなかの富士の朝焼けのころ
    宇宙より眺むる地球はビー珠と光り映りて闇を飛ぶなり
    瑠璃色に光る地球は美しく闇の世界に謎めき浮かぶ 

           木守の柿
    鮮やかに光るわが家の木守柿家の栄へに光るめでたき
    風絶えて冬の日差しの穏やかに照る木まもりにわが家ありしも
    木まもりの柿の実あかく青空に高く映りてめでたかりけり
    庭に立ち妻と見上げる柿ひとつ今日もめでたく赤くひかれり
    木守柿かくやあるべし艶やかに小春日和の日に一つのみ
    植木師の手入れも済みて松の葉の長閑にそろひめでたかりけり
    くる年を迎ふる庭に雀らの餌を欲しがりて手にも触れくる
    刈りこみし植木のあとの晴れ晴れと空を見通し望みわき来る

    
    12月21日 
   

        地球温暖化の問題

ところで日本に来て爆買いに走る中国の人を見ながら、その購買意欲に驚くが、今の中国の事情がよくわからないというのが昨今の印象である。評論家たちの意見も大きく分かれている。中国が右に行くか左に行くか、前に進むのか後に後退するのか、はてさて一つにまとまるのか、粉々に壊れてしまうのかといった具合で、見方は沢山あって諸説紛々である。余りにも大きすぎて桁違いである。中央政府の力が及ばないところもあったりして、人口の把握すらおぼつかない。30数年前に私が団長を務めて、経済使節団を組んで北京を訪問して政府高官と歓談したことがある。その頃の中国の人口はざっと9憶7000万人と説明されていた。最近は13億人と推定されてここしばらくすぎていたが、ここにきて14億人ぐらいはいるというのである。中国では5000万や1億と云う数はすぐにぶれてしまうくらいである。日本の人口に相当する数が、出たり消えたりしている。日本では考えられないおおらかさである。日本では一名の数すら漏れなく把握し、統計上正確に発表されている。息が詰まるくらいである。これからはマイナンバー制が施行されるからなおさらである。治安が安定して自慢の国であるが、それでも警察の調べによるとこんな狭い日本でも、行方不明者がかなりいるという話だから、何とも言えない。
  地球温暖化が知られて久しいが、これからは人間はもとよりの話、生物そのものの生存の可否ではなく、膨大と思われる中国を含めるといった問題意識ではなく、このでかい地球そのものの生存が危ぶまれてきているということで、先行きが深刻な状況であり、心配な事案である。産業革命を経ていくらもたっていない間に、斯くも深刻な環境汚染が進み、特に大気汚染が石化燃料の焚き付けで悪化が進んでいるというので、これをいかに食い止めて行くかが大きな課題となっている。大気圏の変調が地球上の気象状況を変化さしめ、地球規模の異常気象となって、それが各地に大災害を既に起こしている現状である。その象徴的なのが中国の北京の空の汚染である。それはもはや地球自体が病的であり危険なことのへの警鐘である。そこで先般、COP21国際会議が開かれて、二酸化炭素の排出削減に向かて世界の足並みが一致したことは大きな成果であり、遅きに逸しする感もあるが、人類にとって喜ばしい限りである。地味で長い活動が期待されるが、アメリカ、中国が世界に足並みをそろえて参加したことは大きな前進であった。オバマと習近平の英断を評価したい。考えてみれば、誠に不幸な事態である。温暖化によってレベルの低い南海地域の島々では、島そのものが水没して生活の場を失っているという実態であるから、その影響は深刻であり、速いスピードで襲っていることになる。      12月23日


    クリスマスイブ礼拝に出席して帰宅したところである。仕事をこなして慌ててオフィスを出たが、7時からの礼拝に間に合うかどうか心配であった。昨年の夏二回にわたって胃の手術を行った小生にとって遅い食事が体に悪いので、いつも夕食を早めに済ませることにしている。早めに取ると云っても普通の家庭と同じであるが、20分、30分の差が大きい気がしている。行儀が悪いが、夜道のことゆえ人目につかぬと思って、自由が丘駅に着いて寿司の詰め合わせを買って歩きながら食べて行くことにした。駅の周辺には沢山のお店があるが、落ち着いて食事をとっていると時間に遅れてしまうかもしれないと思ったのである。店で食事をとったりしていると時間に間に合わないことが分かっていたので、合理的に行動した。ほぼ食べ終えて教会の玄関についたら、家内が皆と一緒に会衆の人たちの受付け案内をしていた。小生が寿司の入ったパックを手に持っているので笑っていたが、メリークリスマスと大きな声を上げて挨拶したので、遠慮勝ちにしていた人たちが笑みを湛えてメリークリスマスと呼応してくれていた。元気で賛美に応じあうことは、素晴らしいことである。7時に教会の鐘が鳴った。その時は既に礼拝堂にいて、私は前の方の席に座っていた。心を静めてしばらく黙想していたが、しばらくしておごそかに楽想が響いて礼拝が始まった。終始、聖夜の厳粛な漂いに慕っていた。そしてローソクに灯をともし、大きな口を開けていくつかの懐かしい、清らかな讃美歌を心から歌ってきた。ナザレの鄙びた宿のひと隅に劇的に起きた出来事を物語るときが過ぎて行った。貧しい飼い葉おけの藁にくるまって、安らかに眠るイエスの誕生である。神はこの世を愛するほどに、自らの御子をこの世に遣わされた瞬間である。平和の使者であり、人類を救済してやまぬ実践者である。その御子誕生を祝うために、私は今夜教会を訪ねて世界の平和を誓い祈ったのである。その気持ちを大いにあらわして、讃美歌を心行くまで歌い上げて、気持ちがすっきりしたのである。同時に私は又、平和と栄えを念じつつ、こまごまとした願い事をイエスのみ名を通して全知全能の神様の前に捧げてきた次第である。
    
     クリスマスイブ礼拝に賛美する聖きこの夜を歌ふ妻なり
     ローソクをともし聖しこの夜を喜び歌ふ主と共にゐて
     この世にそ平和を恵み給ふ主を迎へて讃ふ調べひびけり
     諸人のこぞりて歌う讃美歌にみな美しく見える聖夜に      聖夜

車で妻と帰途に就く時、同じく教会に奉仕する中山姉妹を等々力駅近くの自宅に送って、9時近くに家に着いた。例年迎えるクリスマスのイブ礼拝の記憶には、寒い風が吹く夜を連想するが、今夜は比較的温かい夜を過ごすことが出来て、幸いであった。風呂に入る前に夕刊紙を読んでみると、ふとまた考えることがあったので、世俗の凡庸に戻ってしまうが、忘れないうちに書きとどめようと思ってパソコンの前に就いた次第である。


   安倍さんが経済回復に懸命になって、次第にその好影響が現れてきていることは喜ばしい。矢継ぎ早に政策が打ち出されている感じである。これは官僚諸君がやる気を起こしてきた結果である。得てして日本には官僚たたきの風潮があって、良いこともあるが、悪い結果を引き起こしていることもある。政権の運営は、官僚諸君の腕にかかっているといっても過言ではない。優秀な官僚諸君の知能を十分に駆使していって、国民のために大いに働いてもらいたいものである。景気回復によって企業の業績向上を背景に、税収の回復状況も好調に推移している。国の借金返済にこれが使われていく循環が、持続的になっていくことが、今や国家存立の必須条件となってきている。とくに財政再建の問題を考えると、悠長なことを云ってもいられないが、我が国は国家予算がいまだどうしても年々増加傾向を脱しきれないでいるが、国民の税金が国民のために真に有効に使われるよう、常に注意喚起してもらいたいものである。それが経済成長の基本であり、起爆剤となって地方経済の活性化につながっていき、一億総活躍社会の実現となっていくのである。 
    
   夕刊一面の記事によると、26年度の予算案が閣議決定された。一般会計の歳出予算は96兆7000億余となり過去最高額を更新した。一方、税収額は25年ぶりの最高額の57兆6000億を見込んでいる。 経済成長のおかげで法人税や所得税の伸びを期待してのことである。この結果、新規国債の発行額は34兆4000億となって6.6%減ることになった。国債依存度は35.6パーセントにまで下がってきた。平成20年度までに、基礎的財政収支の均衡を図ること、つまり国の基礎収支の赤字ゼロを目標にしているので、一段の努力が必要となっている。バランスのとれた一億総活躍社会を目指す基本的な方向に、少しでも近づくくことが大切である。 メリークリスマス!    
                                                    12月24日

国民経済の再生とか、経済発展のために国債を出して行かざるを得なかった日本の経済史を見る限り、やむを得なかった政策には違いないが、戦後の経済史に於いて赤字国債を発行するときには相当の論議を呼んだ記憶が残っている。ひとたび赤字国債を発行すると安易な経済政策に走って行ってしまうのが歴史の教えるところである。日本はかくして国債発行残高はざっと1062兆円と云う世界一の汚名を頂くことになっている。前の述べた様に来年度の国の一般会計の歳出予算は96兆7000億であるところを見ると、なんとその20倍もの額の借金を背負って進むことになる。これは大変なことである。税収が増えても、この借金を返して無借金状態の健全財政を果すには夢のような感じである。
   GDPに対する債務残高の比率、即ち、国内総生産に対する国の借金の比率を見てみよう。日本は233%である。これと先進国とを比較してみてもアメリカの110%、イギリスの97%をはるかに上回っている。財政危機のギリシャより悪い始末である。安定した財政運営の維持こそ経済政策の根本問題となっている。  
難しい話になって恐縮であるが、基本に戻って勉強してみると財政法と云う国家基本法がある。それを考えてみよう。 財政法第4条は 「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。」 と規定しており、国債発行を原則として禁止している。つまり借金による国の運営をしてはいけないと規定している。財政法第4条の但し書きは 「公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」と規定しており、例外的に建設国債の発行を認めている。回収可能な領域であり、建設国債だと明白に担保となる根拠があるが、景気刺激策、景気対策などの名目で国の歳出を考えたりすると、簡単に、際限なく借金をする体質と思想が身に着いていい結果を齎さないことは、国も個人も同じ理屈である。
戦前にあっては国債発行は盛んに行われていたが、特に戦時体制では戦時国債が発行されて国威高揚に使われたことがあるが。戦後の憲法下では財政法がきちっと作られてその基本が明記されるにいたった。それでは戦後いつの頃から赤字国債なるものが発行されたのであろうか。早い話、個人的問題にとらえた時、消費のための借金は自分自身にとってはその場限りで霧散するものであり、味方によっては欲望のためのばらまきであり、回収不能のものである。借金の内容にもよるが、将来必ず返せるというも、回収できるというものでない限りマイナスの積み重ねとなって国も個人も同じことで借金に押しつぶされてしまうことになる。国債発行は、国の歳入不足をまかなうための財政調達であるゆえ、国の予算は税収で賄っていくということが基本であることを忘れずに、そして歳出を上回る税収を上げて行く健全な、ダイナミックな成長戦略を図っていかなければならないことは言うまでもない。 

仕事納めの28日 

安倍政権が復活してこの26日で3年が経過する。自らの経済政策、アベノミクスを掲げて経済最優先経、経財復活に取り組んできたが、その間、いろいろな問題処理を抱えながらも矢継ぎ早に斬新な政策を発表し、実行し、責務を果し顕著な経済回復を導いてきたことは、大きな業績、功績である。2016年の予算編成を終えて、国と地方を合わせた税収が、民主党政権時代の12年から比較して約21兆円増える見通しである。民間経済が確実に回復してきている証左であって、「一生懸命働く安倍内閣」と云ってやってもいいくらいである。トップセールスマンを自認して東奔西走する安倍さんを見ていると、他の閣僚は呑気なもので、なんだか安倍さんの一人舞台の印象だが、先ずは安定した政権運営について、更には国民経済を良好な状況に導いて行ってもらいたいと思う。大企業から中小企業へと、経済の波及効果を以て広く裾野をひろげていって、一億総活躍社会の姿に描いてもらいたいと期待している。それには我々もそうだが、ほかの政治家諸君ももっと現実的に、有効的に働いてもらいたいと思うのである。有能な官僚諸君たちも、実力の発揮すべき時である。今日は一年の締めくくりにあたる日でもあり、多くが仕事納めの日である。世の中にはいろいろの見方や、意見や、不満もあるのは当然のことながら、政官財一致協力して内外の困難を克服し、以て世界に冠たる経済国家、民主主義国家、平和国家、福祉国家として名をあげ、世界に呼びかけて範と為す努力を発揮していくべきである。それが日本が理想として掲げる公平無私、平和で健全な、云うところの日本版、一億総活躍社会の実現への道である。    
   来年こそは平和で希望にみちあふれた一年になるように念願しているし、私自身はもとよりながら、おのおの方が、新たな希望を以て力強く前進していかれることを切望し、益々のご健勝を祈念申し上げる次第である。
平和な世界の実現を祈りつつ。 12月28日

ゆく年くる年

去年今年過ぎて光陰矢の如し時を惜しみて学びゆくなり
秋ちゃんのほとりわが家に学び来て髪の結びの乙女なりけり
ゆく年とくる年も又まじかなり除夜の鐘ききさかひ待つなり
来る年は夢と希望にみちあふれ心身ともに強く歩まむ
来る年を夢と希望を充たし行く仕事をなして務めはたさむ
大いなる神のご加護に我は行く力尽くして先を進まん
来る年の希望に満ちて鐘をうつ根本中堂の峰にひびけり
新年を寿ぎ告げるアナウンサーのテレビに映る顔美しき
NHK紅白歌合戦の慣れぬ歌さまざまありてただ喧しき
今様の語り口調の味気なき歌に聞き飽き局を変えけり
単調なリズムに語り口調の詩昔の歌の味わい深き
今やふの喧騒の曲それなりに世相を映しはやる故かも
NHK紅白歌の視聴率過去最低を記しけるとも
局離れNHK離れやむなきに故を探らずノー天気なり
満天の星を仰ぎて新年の夢と希望を果たし給へと
庭に立ち満天の星を仰ぎ見て我が安寧の世を祈りけり
はらからと共に心身健やかに新玉の世を寿ぎにけり
新玉の年をまじかに紅白の歌の競ひに奮い立つなり
ゆく年を思ひつ聞きぬ鐘の音を永平寺の夜の澄みていくなり
心より祈りを込めて鐘をうつ音の法界に響き行くかな
守深き伊勢神宮より鐘の音の厳かに沁み身を浄めけり
東北の被災地より被災地の模様を伝ふ除夜の鐘かな
鐘の音の夜のしじまをつきて聞く世の太平をひ祈りつ
国宝に指定されたる松江城その金をうつ街の人らよ
天台宗総本山の延暦寺鬼を払へる除夜の行事に
傘寿にて日野原先生と相まみしナザレン教会の講話での席
百三歳日野原先生のかくしゃくと心身ともに現場にてあり
我もまたそれに習ひて働かむ貧しき人のためを思ひつ
青春の思いはおぼろ影に透けたぐりてみらば明きらけきかな
大晦日くるるみそらに入日さし翳りも淡し今し消へゆく


 街なかを行き交ふ人の大らかに過ごして見えりこの年の暮


謹賀新年

紺青の空ほのぼのと明けそめて初の日の出に光るまほろば

会員各位の益々のご健康を祈りつつ
今年もよろしく、ご支援の程お願いいたします。
  平成二十八年元旦

            理事長 佐々木誠吾
 

     

    

                                                                                  


 


2015.12.02ge

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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