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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.10-08 大手銀行の収益改善 全産業の業績改善


大手銀行の収益改善

大手銀行七社の2010年度の4月から6月期にかけての連結決算が発表になりました。それによると最終利益は、前年同期と比較して2.8倍と急増しました。これは2008年に起きた金融危機前の水準にまで達し、回復は顕著なものがあります。おさらいになりますが、大手銀行とは三菱UFJ、三井住友、みずほ、りそな、住友信託、中央三井信託、みずほ信託の七行を指して呼んでいます。ちなみに三菱UFJが783億、三井住友が752億、みずほが654億と、利益を計上できる結果となりました。
最終利益の急増した原因は、国債相場が上昇し、その売買利益が確保できたことにあります。
同時に従来のような取引先の大型倒産が減ったことも、収益改善に大きく寄与しました。即ち、不良債権の処理に伴う損失は、168億と大幅に縮小され、大きく改善されました。前年同期では、2414億円にまで達していたので、不良債権の処理に伴う損失は、実に約15分の1にまで減ったことになります。喜ばしき結果となりましたが、しかし日本の景気が本格的に立ち直るには、健全な貸出業務による本業の収益の計上が待たれるところであります。
国内での企業の資金需要がいまだ低調な証拠であり、景気回復が依然として一部の企業にとどまっている証拠でもあります。消費は依然として低調であって、経済政策のデフレ脱却が焦眉の点であります。経済の本格的な回復の基本は、地価の下落が止まって、資産価値の安定的傾向、乃至は上昇が始まることが最大の要件であることは今までも主張してきているところであります。
いづれにしても、銀行の財務内容が大きく改善されたことは特筆すべきことであります。それにしても金融株の株価は依然として冴えません。一番初めにトップを切って相場をリードして走り出さなければならないのに、全くといっていいほどに元気がありません。一般投資家は、金融界でのビック・バン以来、暴落の一途を辿ってきた株式に、今まで散々痛めつけられ、打ちのめされてきた現実があります。「ピープルズ・キャピタリズム」の思想とその実現は、完全に夢想のうちに霧散し、夢はくだかれました。日本の中産階級が没落してしまった、象徴的史実であります。活力を大きく失った原因が、こうしたところに実在することに世間の人たちは気づいておりません。政治家は口を閉し、経営者も同様の体たらくで、雇われ社長の多い現象でしょう。いうなれば日本全体が、沈滞した悲しむべき事態にあります。
資本主義の象徴でもある株式が、失われた二十年間の暴落の一途が示すように、資産価値が激減し家庭、職場、企業、勤労者は、みな憂鬱な環境に置かれています。資金的活力を喪失しているのが実情です。七大銀行の第四半期の好業蹟の発表は、数字的には世界的な金融危機前の平常時に戻りました。しかしメガバンクの業績の向上は、正常な業務から得たものではなく、下記に述べたように、国債の価格の値上がりを以て、その売買益から生じたものであります。一方では巨額な増資を行うことによって、その資金の一部を海外投資に振り向けていく戦略をとりつつあります。というのも日本の国内の景気回復にいまだ確たる見通しと、その自信が持てないことがあげられます。
海外市場に活路を求めていくとは云い乍ら、海外経済の動向も、方向性がはっきりせず、最近では不透明感が漂っています。米国の景気動向も、やや減速気味で踊り場に出た感じです。欧州の財政問題も依然としてくすぶっております。又、中国当局による経済の過熱抑制政策の動向も注目を要するところです。そうしたことを考えると、その結果ややもすると、円高に振れていく可能性も否定できません。為替当局の対応はもとよりですが、企業家自信も生産体制の思い切った構造改革と、立地、配置転換を図っていく時代に突入していくことでしょう。従来の考え方を改めた、輸出依存型経済の修正と、内需拡大の好機とみなす必要もあります。
    銀行の株価の資産価値の目減りは依然として強烈であり、これが国内の経済の見通しを重苦しくしている状況です。銀行の先行き見通しが楽観的になった時こそ、デフレ脱却、国内経済の回復への大きな転換点になるのではないでしょうか。嫌われる言動ですが、極端に暴落したままの地価の力強い上昇こそ、回復、活性の原動力となるのです。その為の税制のあり方も議論すべきではないでしょうか。固定資産税の軽減措置、譲渡所得の軽減、不動産融資の拡大などが先ず考えられるところです。      8月2日。


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中国の更なる躍進 

かねてから中国の経済社会の発展ぶりに、世界の熱い視線が注がれています。中国経済は、遼東半島さらに内陸部にかけて猛烈な勢いで拡大中あります。
 中国を後進国と見て、労働力と低賃金をあてこんで日本初め世界の企業が怒涛の如くなだれこんだのは、つい十年位前のことでありました。
 そのとき各国は、中国は世界の工場として、なかば見下げて胸を張り、先進国はこぞって資本と技術を振りかざしていったものでした。それが今は逆転してしまいました。リーマン後の世界は中国の経済に頼り、その動向に一喜一憂する有様であります。十三億の民が悠然として動き出し、いまや世界経済に君臨しようとしている姿が目前にあります。政府並びに当局の舵取りは正念場にかかっております。
中国では労働賃金が上昇し、生産は拡大し、結果、国民所得が増加し、マーケットとしての威力は量、質ともに大きく増大、向上してきました。世界の工場は、一方に於いて世界の市場に変りつつあり、その持続性は将来に及ぶであろうとおもわれます。一九六六年に起きた文化革命の混乱を収束し、その後の鄧小平の登場によって、改革、開放救策に大きくカジを切った当局は、中国内外に抜群の政策を発揮してきました。そして、史上最大規模となった北京オリンピックを成功させ、二年後の今、上海万博で日々実力を世界に誇示してきております。
 私は、三十年前に昭和経済会で42名からなる中国経済使節団を編成し、中国北京を訪問し中国国際貿易中央委員会の大会場にて、政府高官と会談を持って日中経済交流の促進について大なる成果を挙げて参りました。これは日中合弁企業の発端を切り拓いたものであります。その時から中国の将来像に熱い視線をあててきました。親しい友人が私の持論とした中国社会への特別な注力について、過大にすぎないかと忠告するときもありました。しかし、私の信念と期待はブレませんでした。特に故錦濤首席、温家宝首相の率いる現政権の内外に発揮するすぐれた経済外交手腕は、まさに驚愕に値するものです。内外の喧々諤々の批判や、例えば元の切り上げの問題にしても、独自の姿勢を崩さず時を待って不動の姿勢を貫いてきています。資本と技術についても独自色を持つに至り、先進諸国に逆攻勢に出てきていますし、その勢いたるや砂漠を猛進し、草原を走り、大河を渡っていくチンギスカンを思わせるものがあります。失なわれた二十年、残念ながら日本にはそれに価するリーダーは出てきませんでした。これをもって井戸の中の蛙と称されても仕方がありません。政権交代を果たした民主党に至っても、右顧左眄の体たらくで、変化なしとすれば慚愧に耐えぬところであります。いきなり財源不足の、ばらまきの人気取り政策に堕落して平然としていることには、唖然たる心境であります。
 中国の民主化も、外国の圧力に巻き込まれることなく、自国の発展するスケールのなかで、政策的に悠然と進められている観があります。民主化といっても胆略的にいくものではなく、色々な要素が介在して、制度、慣習、組織といったこまごまとした縦横の糸が錯綜しているものであります。それらを一度でもってやろうとすると、文化大革命みたいなことが起きてしまうでしょう。ゆっくりと、一つひとつをほぐしていかないと、全体像がつかみきれないまま瓦解してしまう恐れがあります。十三億民衆の将来像はゆっくりと確かに描かれていくことでしょう。人口のさほど多くない小さな国に限って、民族間の対立、抗争が激しく、長きに渡ってテロ活動が頻発し、治安が乱れ、国民同士の殺傷が続いているにつけ、為政者の低劣な思想行動に疑問を投げかけたくなります。世界は、大国を持って任じる日本、アメリカ、中国、ドイツ、イギリス、フランスなどに見習う点が多々あります。ましてや、13億の国民と、日本の28倍もの広大な国土を円満に統治していく中国は、以て注目すべきものがあるといって過言ではありません。
  ただ危惧する一点は、突出する軍事予算の増大で、一般に言われている最近の中国の軍事力の増強であります。周辺諸国、ひいては極東アジア周辺の不安をもたらしております。、安全保障上の均衡を破ることになっては、あらぬ偶発を招きかねませんし、それはもとより中国の本意とするところではないはずであります。周辺諸国の不安を増大せしめることのないよう、中国の大所高所からの判断と、行動を求めて止みません。もっとも、一つひとつあげつらっていったでは、きりがありません。目下のところ、中国は対立、抗争、闘争でなく、協調、共生、友愛の大道を、民族が幾多の試練を積んで誤り無く、自ら選択決定してきています。中国は今、経験的解決を以て忍耐と、自信に満ちているようで、これからもこの姿勢を堅持していってもらいたいと願っております。   八月1日


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全産業の業蹟回復

金融機関大手七行の4~6期業蹟が、国債相場の上昇で売買益が増大したことで、軒並み好決算を発表しました。不良債権処理も大幅に改善された結果です。
上昇企業の4月~6月の収益も急回復して、経済利益が前年同期比で5倍に増しています。リーマン・ショックで起きた、金融危機前の九割近くまでに回復してきました。リーマン破綻で、世界不況に直面した各企業が、コスト削減に努力した結果、収益構造が改善、スリム化した効果があげられます。又、加えて中国、インドを始め新興国の経済活況で輸出が増大し、売上高に大いに寄与しました。
金融機関の決算発表と同様、各産業の今後の見通しは慎重な姿勢が特徴です。海外の経済動向に大きく左右される現状ですが、潤沢な資金を以て、一部を国内市場に転用する時期に入ってきたと考えるべき、企業努力が必要であります。幸い国内のマーケットも徐々に回復の兆しであります。      (8月2日 記)


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  富士ビューマンション

  御殿場ゴルフ倶楽部とベル・ビューゴルフクラブを抜けて、長尾峠にさしかかる寸前に、白い6階建ての瀟洒なマンションが目に入ってきます。長尾峠には、直ぐに箱根に通じる短いトンネルがあります。トンネルを抜けるとすぐに峠の茶屋の前に出て、ここからの眺望は絶景であり、天下一を誇るものではないかと思っています。富士箱根国立公園の全貌を鳥曔でき、豊臣秀吉ではありませんが、思わず天下をとったような気宇壮大な気分になってきます。というのも、長尾峠からみた富士山は秀麗であり、これ又、天下一の絶景を以て知られているからです。乙女峠を通って箱根に行く観光客はたくさんいますし、伊豆スカイラインに抜けて行くマイカー族たちも大勢いますが、なぜか長尾峠を目指していく人は余りおりません。天下の絶景を見落としていて勿体ない話ではありませんか。
  富士ビューマンションは文字通り、そうした位置にあって、四季折々のリゾートを満喫できますが、如何せん一番の高地にあるため、気候の変化に富む地形に置かれています。建物の侵蝕も一般と比較して厳しい条件におかれていて、いつも適宜を得た管理と対応が求められています。富士ビューマンションには50世帯が所有しています。所有者は、専ら涼味満喫のリゾート・マンションとして利用しています。私はその管理組合の理事長をつとめて十三年になりますが、就任後2年目にして所有者各位の要望にこたえ、マンションの全体的な改装工事の計画に取り掛かり、組合員全員の賛同を得て、無事工事を完了しました。標高800mに立つ白亜の富士ビューマンションは、富士箱根国立公園に建つ唯一、一番高い場所に建っているたてものです。今になってみると稀少価値に値するもので、所有者各位はその維持と管理について極めて熱心であります。これを支えているのは御殿場ゴルフ倶楽部の業務管理をしているリゾート・マネジメント㈱です。市川事務局長には何かとお世話になっていますが、お陰でマンションの日常の管理業務は適格に、安全、安心に行われ、年一回の総会も厳格に行われております。
 本年度4月10日に行われた総会も、例年通り東京八重洲富士屋ホテルで開かれました。楽しい昼食を済まし、決算報告と予算審議を行い、いつものように全員一致でこれを決議して閉幕しました。総会では、外壁の損傷が見られるので、全体的に検証する事が決議されました。依って私は信頼できる唐臼屋の臼井一級建築士に依頼して、建物本体の構造上の問題はないかどうかを含め、給排水等の設備関係や、外壁等を総合的に検証してもらうことにしました。臼井氏は十年前の全体的な改善、改装工事でも大変お世話になったし、豊かな経験を持っているのであんしんしております。 
検証の結果、建物の劣化を防ぐため全体の外壁の補強、外壁の塗装工事の必要性がわかったため、これらを行うことになりました。経費についても各位の負担を軽くし尚、完全に目的を達成させるための知識を駆使し、最善を図ることに勤めました。予算は修繕のための積立金を活用し、各位が一部負担することにしました。10月下旬には着工したいと思っています。工事に関する色々な手続きを含め、私の理事長在任中でないとできないことと思っています。建物の耐久性をはかり、素晴らしい模様替えを終えて、白亜の豪華マンションとして再び富士箱根国立公園の絶景地にお目見えするに違いないと、自信を以て臨んでいるところです。
              8月6日。


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就職戦線の異常市場   青年諸君に希望を持て


      八月6日に文部科学省が公表したところによると、2010年3月に卒業した大学生で、就職も進学もしていない割合が、5人に1人、約10万6000人に昇ることがわかりました。この数字は、昨年に比べて焼く3割ほど増加しています。また、高校から大学へ進学する学生も、さらには大学から大学院に進む学生の数も軒並み増加しております。
      このことは高校を卒業して就職する若者たち、大学を卒業して就職する若者たちが、就職難に直面して止むを得ず選択する道であります。いかに多くの学生諸君が就職を断念し、留年、あるいは進学に切り替えて当座をしのいでいるかが判り、就職戦線は若者たちにとって深刻な状況となっています。卒業後に定職に就けず,無為に過ごす若者たちの増加の一途は、社会にとって由々しき問題であります。事ここにいたっては、学生諸君の努力不足では済まされない問題であって、優秀な人材を放置するに等しいといわざるを得ません。これはひとえに日本に置かれている今の経済社会の責任であり、日本企業の責任であり、はたまた国家の責任でもあります。
      即ち、経済の回復をないがしろにして、日々政策論争を繰り返し、政権交代を果たした民主党が、相変わらずな党利党略に明け暮れて国民経済を省みない低劣きわまる為政者の問題に起因するものであって、誠に以て遺憾の限りと云わざるを得ません。加えて論外なことは、多くの課題を背負った改革、改善の道を怠り、非効率や、無駄の根源である経済社会の仕組みを変えないで、いたずらに浪費を重ねている経済社会構造を放置していることです。その事例は枚挙いとまがありません。例えば、身近に口にされることですが、その一例が、議員の歳費を下げる事を拒み、議員の定数削減を拒み、あまつさえ逆にお手盛りの増額を図ろうとするなど、はたまた依然として天下りによる税金の無駄ずかいは目に余りあるもので、言われているところは氷山の一角であります。以て言語道断であります。そうした資金を、止む得ず就職できなかった若者たちの訓練、鍛錬のための資金に積極的に振り向けたらどうでしょうか。
    今の日本の為政者たちは、若者たちの将来を、何と考えているのでしょうか。先ず以て雇用市場を改善させるためには、景気の回復を図って学生諸君を吸収しうる雇用市場の改善を図ることではないでしょうか。企業を活性化させなければなりません。法人税の引き下げ、幾多の古い規制を外し、企業の参加を許し、銀行の融資枠を拡大し、以て更なる企業の競争力を高め、労働市場の拡大を図る果敢な政策の発動が望まれます。決断と実行が望まれます。為政者に姑息な小心者が多くして、国民本位の政治を行っていこうとする大志をもった偉人、巨人が今の日本に欠けていることは慙愧に耐えぬところであります。
      この夏の暑さに負けず、若者たちよ、与えられた充分な時間を有益に活用すべきであります。就職を断念して選択した留年は、大学進学は、大学院に進学した若者たちは、この際、青春を謳歌すべき貴重な時間を手にしています。その貴重な時間は、君たちの自由に任されています。その自由は、放縦とはちがいます。目的を持った行動と、責任がついてまわります。外国を旅行してきた多くの人たちが、一様に述べる感想は、やっぱり日本は一番良い国だということであります。幸いなるかな、世界旅行をしなくても今の日本は世界をいながらにして体験できる国情に置かれています。先ず以て、自分の国についてよく勉強すべきではないでしょうか。
     最近のことですが、食べ物にしても私は、タイ料理を食べてみる機会に接しました。私の体にも合って、日本人にあった食べ物であることを知りました。わしの昔の体験は、お金のことよりも、食べることの算段でした。衣食住に事欠く時代でしたが、食べ物に困るほど、悲惨なことはありません。白米はおろか、麦さえもいただけず、芋の雑炊さえ哀れな始末でした。生きることと懸命に戦った日々でした。しかし精神はむしろ鍛えられていきました。終戦前後の混乱した時代のことです。勉強の場所も無く、況や働く場所等ありません。恐らく戦乱の難民に等しい生活だったことでしょう。誰もが等しい貧困に力強く立ち向かっていました。
     それに比べれば、今の生活は天と地との差すらあります。恵まれていると考えて、今におかれている君たちは、健丈な肉体の練磨と同じく、人間性を豊かに持った人格の陶冶に心がけて、例えば留年の学生諸君は、高尚な個性の発揮に努力すべき絶好の機会と捉えてみたはどうでしょうか。ところで、リーゾナブルな価格でタイ料理、韓国料理、中国料理などをたくさん食べて、デブにならず、抵抗力のある筋肉質の体を先ず以て鍛える夏とすべきであるります。健全なる精神は健全なる肉体にあるといいます。若いときの無茶は、年を取ってきてから必ず出てきます。貝原益軒が著書、養生訓に述べておりますが、快眠、快食、快便はもとより、過信に陥りやすい無理、過剰な発揮は、かえって害あって損うものおおく、地道な節制こそは健康な肉体に必要な条件です。

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今年の就職を断念し、留年をした諸君、大學に進学した諸君、大学院に進んだ諸君たちは、実際には優秀な諸君たちであります。従って今度は、この一年間なり、二年間なりを学校で学ばなかった学問、実学を、身に着けるときとすべきで、いたずら無為に過ごしてはなりません。言うなれば悔いのない充実した時間に心して励むべきであります。私事で恐縮ですが、商人の家庭に育ったわたしは、一介のサラリーマンになって生涯を送ることなど全く考えていませんでした。大きな夢を追って学業に励んでいましたが、父の死去でそうした贅沢な夢は砕かれてしまいました。遅まきながらも、経済の重要さも悟り始めました。取り敢えず素早く「あきんど」、経済の道へと方向転換をしなければなりません。商人の道が、封建的なしきたりだと称してしまえばそれまでですが、「おたな」の倅は昔、学問の道を出されると、修行の道に出たものです。主として大阪とか、京都といったところの遠方の取引先や、得意先に一時的に預かってもらい、その間主人に仕えて商売の「道」 を覚えていったものです。今で言えば企業の経営手法、労使関係、製品の製造工程とその管理方法、販売戦略といった事柄を肌身を持って会得してこなければなりません。体験的、実践的修行であります。それがつらい丁稚奉公の場合もあります。いきなり番頭の資格にのぼるわけにはいきません。一人前になるための修行ですから、下積みからの修行であります。修行を終えてかえり、検証して後、のれん分けをしてもらって自立の道を歩むのが常道でした。
     学業中の私は、紆余曲折、行く先を案じながら、夢多くして足が地に着かぬ状態でおおそれた夢ばかりを追っていました。そのせいもあって人一倍勉学に集中していました。在学中には、学部の授業に飽き足らず、酒枝研究室や、堀江研究室に籍を置かせてもらい、ドイツ語の更なる勉学と、より高度な経済理論の勉学と研究に終始しました。文学部に入り込み、樫山教授の実存哲学の講義をを聴講し、行く先はドイツ留学を目指していました。というのも学院時代に受けたバンクロフト留学奨学金を受けられていながら、喘息の発作で断念せざるを得なかった悔しい思い出があったからです。留学を果たしていたら今はきっと大いなる希望と全く別の人生を送っていたにちがいありません。人生とは摩訶不思議なことがあります。だからといって今の私に疑問を感じたり況や希望を抱かなかったりすることは全くありません。日々の生活と勤労と、更なる勉学に充実感を持って、喜びを持って前に進んでおります。     世の中には貧しさの中、艱難辛苦、丁稚奉公に等しい修行を続け、独立し幾多の苦難に打ち勝って事業を起こし財を成した成功者がたくさん降ります。貧困の中で学歴も無く乱世にあって、松下幸之助、大谷米太郎等といった人物が世に輩出しました。そうした人たちは、即ち、貧乏な生い立ちと困苦に耐えて、人間的修行を積んだ人たちは他にも沢山います。社会に出てみると、学問だけが、学歴だけが、成功への道でないことを如実に証明するものです。こうした人たちに習って、自分の進むべき将来を力強く見越していくことも必要です。実学と、人としての誠実さと信用の大切さが自ずとわかってきます。かくしていえることは、留年の時期は体験的勉学の大切な時期であります。
     ところで内定をしたときに、会社のために既に働きなさいという会社側の意向だったのです。それに沿って相当な実績を挙げた私に給料の10倍ほどに当る報奨金を頂き、入社式に際し、皆を代表して挨拶しろといわれて、勤労と、努力と、希望に対して、私の思いを高々と披露したのであります。皆も同様の考えだと思ってのことでありました。感激したのは立志伝中の苦労人の社長でしたが、他のえらぶった幹部のボケ輔たちからは顰蹙をかい、挙句に総務部長に呼ばれて、新人の分際でたいそうなことを云い抜かしたと非難を受けてしまいました。ばかばかしい話ですが、世間に出てわたしが遭遇した最初の試練であります。世の中には得てして反対のことがまかり通ることがあります。
人間社会では、一〇〇パーセント、真心と真実だけをもって突き進むわけに行かないことも判りました。一方で、妬み、そねみ、やっかみが、いかに恐るべきものか、或る識者の言が警鐘となって響きました。しかしそれを打ち消す努力をしながら己ながらに切磋琢磨の道を歩んできたつもりで、自負しているところです。かえりみて大物の老練な社長は、或るとき路上での遭遇の折、大きな手を以てして握手を求めてきました。会社に入れば色々と難問があろうけれど、これからも真価を発揮して頑張って下さいとの期待と激励の言葉は、さすがに巨人の活きた言葉だと感銘した記憶があります。
    社会に出て、会社と言う組織に浸かってと言う感じも無く、本社勤務でなかったわたしは、幸いなことに本社の幹部たちの顔色を覗いながら働くことが無かったせいでしょうか、比較的自由に精勤し、職場での会社意識が殆どありませんでした。しいて言えば外部から距離を保って冷静に物事を観察し、組織に埋没することなく、職場を人生の修行と訓練の場として活用することが出来ました。それだけに今の実績主義からすると、他の社員の成績に負けないような働きをしていたにちがいありません。そのことは直ちに会社の信用に響くものであります。同時に又、早くから今の競争社会の経済システム、終身雇用制の敗北、市場のフラット化と拡大を見越していたことになります。若者に常に言っていることは、人に一歩でも先んじて先見性を発揮することです。避けて通ることの出来ない競争社会のおきてであり、道であります。つまりは、勉学と努力の道ではないでしょうか。
    人生にはさまざまな出会いがあります。世に言うところの一期一会、さらには最初の出会いが肝心であります。覚えて役に立ったことは、さすがな社長との一度の出会いであり、それだけに良き強烈な印象があり、そのあとは有象無象の人たちであって、わたしにとっては全く関心の外にありました。山登りが頂上を目指すときの姿勢と同じであります。世間にあっては、その言はもとより、「信は万事のもと」 であって、その後のわたしの自信と抱負は社会の風潮とか、薄っぺらな流行に乗ったりすることなくして、独立独歩の気概をも以て鼓舞奮闘したものです。
     若いときには常に勉学と、信念と情熱をたがえない確たる根性を持つ必要があります。誰しも生活がかかっています。しかしながら月給が労働の対価として当たり前といってしまえばそれまでですが、それだけではあまりにも味わいがありません。喜んで働いて、少しでも社会に奉仕できたという勤労の対価を感謝しなければ、社会での生活は長持ちいたしません。そうした単純な思いは、その後のわたしの人生で狂いがありませんでした。労使の立場が逆転したときも同じであります。
     若いときこそ、急がばまわれと、前向きに志向を変えて、自主独立の良いチャンスと受け取ることも出来ます。現在は尚更のこと、資金があれば世界をまたに駆けて検分探検するのも、自分の視野を広げて道が大きく開けてくるでしょう。ナポレオンの使う辞書には不可能と言う言葉はなかったといわれています。ましてや、現代は量的にも質的にも、当時のナポレオンの時代と我々を取り巻く生活の環境も、世界の環境も大きく変っております。そのときの十分の一の努力と消費で、事足りる環境に恵まれて生きています。その気になれば十倍、二十倍のチャンスは如何様にもつかむことが出来ます。考え方で人間の一生はどうにでもなります。但し、光陰矢の如し、一寸の光陰軽んずべからずのとおり、時間を無駄に費やすことは大いに戒めなければなりません。そうしたところで人生到るところ青山あり と思えば目先のことにくよくよせずに将来を大きく展望して成果を手中に収めることができます。艱難は忍耐を呼び、忍耐は練達を呼び、練達は希望につながり、希望は決して失望におわることはありません (聖書)。青春時代の、艱難に立ち向かう人生、試練と思えば、修行とすべき一年、二年ほどの留年など、また何をか況やであります。                 8 月10日

                      *
     民主党が目玉商品として掲げている「事業仕分け」。その目的と手法について、国民的関心が高まっています。手の届かなかった世界であり、いうなれば今まで国民の目に映らなかった曖昧模糊とした世界で、いうなれば聖域とでも言いましょうか、良くぞ気がついて切り込んでいったと思います。そうしたところに多くの税金が投入されていて、謂わば既得権となって検証されないままに長いこと税金の無駄ずかいの温床ともなっていたわけです。自民党も色々と努力してきたことですが、重いく解きほぐすことの出来ないしがらみみたいなものがあって、難しい問題であることは百も承知のことでした。法律も然り、何しろ明治時代から続いているものも在るほどいですから。こうした解決については自民党も、これには大いに賛成しておりますから、協力できる点は大いに力を合わせて、世の中の刷新に奮闘してもらいたいと思います。
     そのなかで、質問する蓮舫議員が面白い尋ね方をしていました。科学技術に関連して一番になるには予算上どうしても必要な経費であることを主張したのに対して、「何故世界一を目指さなければいけないのですか。二位ではいけないんですか」と云うことでした。馬のレースですと二番手が一番有力候補として注目されますが、あくまでバックストレッチにさしかかってからの馬力を出して、トップに立って優勝するから注目するわけですね。だから二位でいいということではありません。
     事業仕分けでの質疑についてはそこの部分で、これには多くの異論があったかと思います。揚げ足を取るようで恐縮ですが、その後の経過を知らないので敢えて申しますと、何事も努力して、やはり一位を目指すべきだと思うのです。そのために多くの税金を使うのであれば、それだけのメリットが果たしてあるのかと言う主旨であろうかとも考えられますが、そうだとすればそれはそれなりに納得できるものです。要は、人間としての努力は常に向上を目指すものであって、常にその成果を問われています。それは多くの場合、他の人たちと競争しながら切磋琢磨して仕上げるものです。ひとりでなく共同の作業となる場合もあります。その場合でもトップを目指して努力して、情熱を傾けていくわけであります。そこに間断なき進歩があり、完成に近ずく喜びがあります。
     登山者が頂上を目指していくときの忍耐と努力、そして登頂を果たしたときの喜び、感動を体験するのと同じではないでしょうか。全ての行為には、目指す目標と、その努力の先に進歩があり喜びがあります。事業仕分けで言われた主旨は全くちがった意味合いでのことですが、自分自身の力で仕事に挑戦するときはやはり一位を目指してがんばって生きましょう。そのことは、後続してくるチャレンジャーの目標になって、更なる前進の糧となりエネルギーとなって、新しい価値観を生み出して人類に貢献していくことになりましょう。人様を押しのけて、自分が一位になることではありません。あくまで良い仕事の上で全力投球をして、他に後れを取る人たちを鼓舞、激励して以て範となすべきものでなければなりません。、一位を目指すべく、もともと人間は努力するよう神さまからの啓示と力を授かっております。
     事業仕分けは民主党の専売特許ではありません。自民党の協力を得て、国を挙げて取り掛かるべき課題です。小泉政権下で、大胆に構造改革の糸口を掴んだ路線は、画期的な歴史的転換でありました。後ずさりしては、国益に逆らって、いたずらに時間を浪費するばかりです。これをさらに進めていくことは、国民の民意に叶った時代的要請であります。改革なくして、今、大きな潮流となっているグローバル化の浪に立ち向かっていくことは出来ません。一方の大政党である自民党の協力を得て、政局に臨んで内外山積の課題に挑戦すべきであります。期待に背き、民主党政治の、幼稚で未熟な面も執拗に露呈されて、9月半ばに予定されている代表者選もあって魑魅魍魎、党内のごたごたが続けば醜い権力闘争になりはせぬかと、恥ずべきことかと憂慮しています。  そして、 蓮舫さん、事業仕分けもそうですが、その時のためにも頑張ってくださいね。ジャンヌ・ダルクなんて、そうもいきませんかな。       8月17日   

平成22年8月6日

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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