line

社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2022年12月06日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

VOL.22.2

梅の便り

「はるはあけぼの。ようようしろくなりゆく、やまぎわすこしあかりて、むらさきだちたるくものほそくたなびきたる」。清少納言の著した「枕草子」の冒頭の語りである。移ろいゆく季節の、ほのぼのとした情景描写に恍惚とした気分に取りつかれる思いがする。恍惚とした世界には、短い文章の中から読者は限りなく想像の世界のなかに生きてそれを広げ、事象をわがものとして自在に描きながら、山川草木、花鳥風月に思いをはせ、旅情漂う哀楽の世をさまようことができる。私は想像をたくましくめぐらして庭の紅い椿の花を、わずかに芽を出した蕗のとうに、赤々と燃えて落ち行く夕日の影に、そして銀色に浮かんだ三日月と満天にきらめく星のまたたきに、わが身を全宇宙に晒して勢い込んでいるのである。

  世の中を振り返ると日本の内外に騒々しい濁音を耳にして苛立ちを覚えてくるが、逆に視点を変えて違った世界に想像をたくましゅうしたりすると広漠とした天地の間に逍遥して、己が世界を十分に想像していくことができる。それは生命の活性化につながり枝葉末節的な濁音を消去してある時には完全に浄化されたものの姿に帰られて実像的ものとなった己に帰ってくる。素晴らしい時間の瞬間を通過して我がものとなる。

  庭に出てみると立春を過ぎた明るい日差しに紅梅の花が開いているのに気づいた。人間の成しえない自然の奥義を感じて家内を呼んで、完璧な花の世界をのぞきこんだ。どこともなく蜂が蜜を吸いに飛んできた。花に気づいた蜂の触覚にも驚いたが、蜂を招いた梅の花にも霊気が潜んでいる摂理にも触れることができた。わずかな自然の息吹に気づいて、花に大宇宙を凝縮した小世界を包含されている原理を知ることができた。さほど遠くないところにも白梅が開いて朝日にまぶしく光って咲いている。香しい匂いがそこはかとなく漂っている。季節の営みに合わせて、一刻も狂いなく仲間たちは規則に合わせて花を開くから、妙技に驚かせられてしまう。ムクドリや目白が、声を上げて木の間を飛び交ってはしゃいでいる。その声で眠っていた草木が目を覚まし、小さな発芽を促されるだろう。

梅の香の匂うふあしたにウグイスのらしき鳴きねに立ち済ましけり

立つ春の兆しに燃える白梅の一足早く便り届きぬ

千波湖を眺めて清し梅園のその名も水戸の偕楽園とは

三ケ月の影にも灯る梅の花あるじ去りたる宅の庭はし

わびさびを味はい過ごす主ありて梅のいちぼく花の咲きをり

銀色に光り放ちて咲く梅の盛りに在れば匂ふあたりに          以下二十首

    北京オリンピック開催

   欧米諸国の首脳が欠席した冬の祭典、北京オリンピックがようやく開催にこぎつけた。早くからオリンピック競技にこれほど何かと物議をかもして開かれた北京五輪で、今日まで開催が危ぶまれるほどに感じてきたので、今になってみると開催にやっとこぎつけたという気持ちで胸がいっぱいである。キブシ委コロナ感染状況も加わって北京政府は感染ゼロを混ざす中、街なかは厳戒態勢が敷かれて人影はまばらと来ている。むろん競技場での観戦者たちは極度に制限されて無観客同様のありさまである。ロシアのプーチン氏が出席するという報道がにぎやかに宣伝されて注目を浴びているが、それほどに政治色濃厚に映った五輪も少ない。

  開会式の会場の雰囲気もデジタル化が進んで、あらゆる光の交錯で目が疲れるほどに華やいでいる。そんな中ゆえに開会を宣言する習近平氏の黒一色の服装が気渡って地味に見えた。黒はスーツだけではない、ネクタイもマスクも手袋も追加して髪の毛も黒くふさふさとして若々しいし、ちょこまかしているバッハ会長よりは力がみなぎって頑丈にも見え主宰者として頼もしく感じた。経済大国として、近代化の一途を驀進してきた経済、軍事大国を演出する中国である。政治体制も習近平、共産党一党独裁国家として盤石の態勢を敷いてゆるぎない姿勢を示している。新疆ウィグル自治区の人権問題や違法な海洋進出など欧米諸国の非難をかわしながら、平和の祭典というのだから、何とも疑わしく感じられる。

  しかし世界平和を目指し五輪精神を掲げながら、多くの国から多くの選手たちが陸続と集結し、お互いの力を競い合う精神を掲げられることは何とも頼もしく、それをそのままに持続させていきたいという気持ちにも力がこもってくる。ロシアがウクライナ侵攻をもくろんで大量の軍隊を集結させているのとはわけが違う。五輪は平和の騎士たちであり、ロシアのプーチン氏は戦車と大砲を以て行動を起こす悪魔の侵略者たちである。その指揮者のプーチンが、平和の祭典に潜り込んで祝福するというのも、どうせ居眠りしているのだから構わないが、変な感じである。習近平も平和の祭典にプーチンを招きながら、別に両者で首脳会談をやってウクライナ問題で手を組んだりして共同声明を発表したりしている。困った話である。習近平も会談で、プーチンに対し自制を促すようであれば、さすがにあっ晴れな大人物に祭り上げられるところであるが、好機を逸したというか残念な気がする。

  愚痴はさておき、北京大会には約90の国と地域から、2000人からの選手が参加して会場に入場してそれぞれお国ぶりを紹介した。行進は楽しくおおらかで、冬季だけでこれほど沢山の選手たちが参加してくるのかと思うと、地球は丸く「人間はみな家族なんだよ」という意識がおのずと湧いてくる。家族が皆楽しく生きていくんだよということ、そのためには、例えば最近になってようやく気付き始めた環境問題など、人類は一体となって解決しなければならない深刻な課題もあって、戦争などしている暇なんぞないということだ。 続                 2月3日

      新型オミクロン株の感染急増

  デルタ株の危険性について警戒をしていたら、いつの間にか新オミクロン株に交替して、全国的に感染拡大が著しく、罹患者が急増している。各自治体も懸命にその感染者数を追って医療現場のひっ迫を伝え、毎日が病床確保と戦っているような緊迫度を伝えてきている。

  ただ不思議なことに一週間前まで爆発気味だったオミクロン株の感染者数が、一日のピークを越えたあと漸次減少に転じてきている沖縄県である。外国でもそうした傾向が見られていて規制解除に踏み切った国や地域があるところを見ると、東京でも三日前の2万人台を記録してから1万人台に下がり、そうした傾向がうかがえる感じがしている。そうであればこんなうれしいことはない。小生は二回目の接種を終え三回目をこの23日に予約が取れて、感染を避けることができると胸をなでおろしているところだが、それまでにまだ間があるから油断禁物と自覚しながら時間をずらして毎日オフィスに通勤している。家内は注意を促してして不要不急の日には通勤を見合せたらと言ってくれているが、長年の癖もあって自動的に体がその方向に向いてしまう。基本的予防対策を身に着けて、人混みを避けて自分にも人さんにも影響を及ぼさないよう注意してきている。

  ワクチンについてはいつも有効性について疑義が論じられてきているが、一定の有効的効果が期待出来て三回目をぜひとも打っておくべきとして国策的にも国民に推奨しているが、肝心のワクチンが現場に未着であったり、用意されなかったりして混乱気味である。接種薬についてもモデルナと、ファイザーの二種があって、副作用と有効性に賛否が分かれていたりする。ファイザーを選ぶ人が多いため分科会の尾身さんや、都知事の小池さんなどがデルタ株を選んで接種を終えて、同じ選択を進めて早く接種を終えてほしいと伝えたりしてくれている。ありがたい配慮である。岸田総理も今日の予算委員会で野党の質問に在ったりして、一日100万回の接種をを行うと強調したりして、万事に備えている。

  危惧する点は、新型コロナ感染は絶滅はできないが、回避したり、治療したりして共存社会をいかに構築していくかという発想に転換してきていることである。コロナの占めるシェアーを如何に軽微に抑え込んでいくかを工夫しながら行くしかないかもしれない。敵もさるものでなかなかしぶとい性格を持った複雑極めた細菌であって、色々と変容しながら攻撃してくるようでもあることが心配である。極めて強烈な攻撃力を以て襲撃してくるかもしれないし、対応に幾多の選択肢を考えていかなければならないことにもなるい。その都度新薬を、新ワクチンを開発していかなければならないし、イタチごっこになってしまうことが悩みである。一日も早くピークらしき場所を通り越して全国的に減少傾向に転じてもらいたいもん簿である。全国的とも世界的ともいえる希望的結論である。  2月4日


   豆まきと立春

  昨日、恒例の鬼払いの豆まきを家内と一緒に済せたが、あまりにも寒い北風が吹きすさぶ中だろうか、裸に近い鬼どもも狼狽えて動こうとしない。それともコロナに習って人間との共生を願って馴れ馴れしく居ずいてしまうつもりか、豆を当てるのも気の毒な気がしてきた。ウクライナの侵攻騒動ではないが、話し合いで鬼には出ていてもらって、そのあとでお清めのつもりで豆をふんだに撒いておいたので、かえって余計に豆を必要とした結果になってしまった。風呂場の湯舟にも豆が三つ浮かんでいたりしている。その豆をしゃぶりながら、湯船につかっていると、あまりの長湯に家内が心配して声をかけてきた。

  子供が独立して久しいが、比較的大きな住まいをくまなく豆をまいてゆくのは結構な労働である。炒りり豆をお椀に盛って家内に従ってもらい、威厳を付けて舞台に出る。威儀を正し、まず一階の居間から戸を開けて庭に向かって福は内、鬼は外の台詞を連呼して豆を遠くにまで届くように、威勢よく撒いた。家内は鬼は外とは言わずに、控えめに福は内とだけ口に出して言っていた。理由を聞いてみたが、もともと家の中に鬼は居ないし、仮に追い出された鬼がいるとしたら、外で又また悪さをするからはた迷惑になるし、というわけであり最もな話だったのでうなずいたのである。

  豆をまきながら思いついたことは二階の間取りである。子供たちが育ちざかりに普請した、小生にしてみれば一生一大の男意気を示す機会でもある。渾身の力作と思って建てた家は、いまだに飽きることなく気に入っていることは、神の恩寵の賜物と思っている。飽きて立て直すといった醜態はせずに、充分に心意気をしめしていると思っている。二階の間取りは子供たちの部屋と、自分たちの寝室それに書斎に使うべき部屋があって、広いスペースにしてあるので気持ちがいい。とりわけ裏庭をはじめ周囲の宅の庭にも囲まれたりして常ながら、又四季折々の眺めを十分に堪能している。別荘を持つ必要がないくらいである。特に息子の部屋は吹き抜けにして大きな梁を剝き出しに渡して気宇壮大の雰囲気を出してある。小さいうちから気持ちを大きく以て世の中に臨んでもらいたいと思う親心である。家の環境は功を奏したと思っているが、息子も娘も文句なく抜きん出て世に臨み、社会のため人のために尽くしているのは身びいきではないが、満足して云うことないと思っている。家内が、うちには鬼は居ないのでという話もむべなるかなである。家内の云うような、善意にあふれた人ばかりで、戦争のない世界が広がっていくこと、それが福は内ということかもしれない。

  社会で活動する分野はそれぞれに備えられているが、少年時代、青年時代に抱いていた夢と希望は大きく、其れのみを取り上げてみると、やること望むことはまだまだ膨れ上がってきて際限がない。そうした状態が続く限り小生は、いつまでも小さいながら実存は大きく息をしているはずである。いつも満たされないままで生き続けていくだろう。もてあます時間はないといった感じである。満たされるように思ったときは、お陀仏だと思っている。


    ウクライナを脅すな

  ロシアのプーチン氏を見ていると、喧嘩の相手に殴るぞと云って手を振り上げていて、ただちに手を落とすわけでもない。それを見たアメリカのバイデン氏は、友達ではないが将来友達として仲間になるかもしれない奴を殴ったらただじゃ置かないぞと云って殴り返すための援軍を送るという構図である。3000名の兵士が援軍として、すでに侵略を受けやすい周辺の国と地域に到着している。援軍はまだまだ膨れ上がるという。ロシアはすでに10万からの兵士を国境付近に集結させて、黒海にも艦隊を送り込んで、いつでもゴーサインを出せる体制である。早くからバイデン氏はロシアはウクライナに侵攻するといって、推測は確信に染まって、奇妙は発言を繰り返して警戒している。間に立つウクライナは、まるで双方からいじめられ脅かされている感じで、夜も寝られない。可哀そうでたまらない。

   ロシアの言い分は、EUのNATO、北大西洋条約機構の加盟国がロシアにとって軍事的脅威になりつつあるので、それに隣国のウクライナが加盟することは、ただちにロシアの安全保障上の脅威につながるから、ウクライナが加盟する前に侵攻して自分の領土にしたいとする、ずいぶん身勝手な欲望で聞いていて話にもならない。しかしこれを真に受けてアメリカやEUが更なる対応を整えつつあるというのだから、この世の中に正論を吐くもの皆無というしかない。馬鹿を相手に付き合うのも大変である。たとえロシアがウクライナを自国のものとしたにしても、敵対するEUが更に国境を接近させることに変わりがないことに気づいていないというのは、ビートたけしではないが単純に言ってバカとしか言いようがない。根本の解決は、それぞれに敵を作らないことである。双方大した違いがないから、そのためにいたずらに何万人もの軍隊を参加させて、戦争をすれば何万人もの犠牲者が出て、更に罪のない市民が巻き添えを食い、悲惨な状況となることは火を見るよりも明らかである。ウクライナは独立した国である。主権の意思決定と行動は、自由である。元旧ソヴィエトの連邦の国だからと言って今更、別れた女に嫌だというのに復縁を迫るようなもので、欲の深さは恥ずかしい限りである。上げた手を下ろし、しばらく頭を冷やしてから、同じテーブルについて意地を張らずに話し合うことである。

  地政学的戦略とはいえ、ロシアにしても中国にしても、広大な領土を有しながらまだ他国を自分の領土として欲しがるという性は、止めてもらって国内の充実に向けて資金を注いでいったほうが自国本位に帰って効率的である。いわんや中国は今、一帯一路という壮大な計画を打ち出して東南アジアからヨーロッパにまで目指して連携を結んだりしている。安定した秩序の下に進めていかなければ成果を上げることは出来ない。してみれば未開発時代の、武器は違うにしても、動機と思想は大砲と戦車と変わりがない、旧態然とした帝国主義的発想が効いた時代ならいざ知らず、世界がネットで結ばれてお互いの利害が複雑にかみ合った相互依存の時代である。小異を捨てて大同に就く、古い考えは改めて、新しい発想の世界に大きな船を漕ぎだしていこうではないか。今この時、冬の北京オリンピックが開催中であるが、五輪の輪に象徴されているように、五つの輪は五大陸であり、お互いに重なり合って結び合っている。つまり地球丸ごとを示していることは言うまでもない。世界は、われわれは連帯と共生による平和の行進を行っていこうではないか。    

喧嘩ではなくお互いに競い合ふ切磋琢磨の仲間なるべし

争ひの無きこの世こそ楽しけれ人の英知の輝き及ぶ

与えらる命を支へ知恵と技それを駆使して励み行く良し

戦ひの無きこの世こそたっとけれ人の英知の輝けるとき

    
立春の影

豆まきを終え立春を迎えると、暦通りの温かい春の兆しが差してきた。太陽の光は何げなく輝いて目にもまぶしいほどに映っている。神は万象に蘇りの命の息を吹きかけて、長い冬眠から目を覚まさせてくれる。人間とて例外ではない、活動の鈍い冬眠から抜け出して、血潮と息吹きの「血湧き、肉躍る」の実感を以て、勤労の季節に立ち向かっていく。弱きものは力を得、老若男女等しく、春はそうした心境である。

ところが今年は少し状況が違って、本邦の気候は西高東低の冬型の気圧配置が著しく、東日本は快晴続期の天候に恵まれて幸いしたが、西日本や東北・北海道にかけて寒気団の南下で気温が低下、このところ連日のように記録的な大雪となっている。その影響もあって今日の二月十日は朝から雪が降りだし夕方になってさらに激しく降り積もってきた。意表を突いた春の雪である。

先週の日曜日、教会の礼拝を済まし仲間たちと自由が丘の喫茶コーヒー店・集の店に立ち寄ってみんなと昼食をとりながら歓談して帰ってきた。オミクロンの感染拡大が驚異的数字に登ってきて、コロナで蔓延防止法が適用されているが、街なかに出てみると結構な人出にびっくりする。ほとんどがマスクを着用して今や装飾品の一部として愛用されているようだし、マスクをするのが習慣的になって、しないと反って仲間外れにされるくらいである。そうした緊張した中でありながら、教会は地域の奉仕活動はもとより、信仰生活とは別にお互い同士がお互いに意思の疎通を図って世の中に積極的に立ち向かっていこうとする気概を確認する場でもあって、極めて有意義である。小生は日常、会社経営や団体の運営に未だ現役を貫いてきているので、仕事だけにしか心が行っていたりして見方にずれが生じないとも限らない。

特に教会には社会奉仕を通じて女性の考え方や行動の仕方が、大いに参考になって傾聴する時が豊富に備えられるような気がしてくる。この二三年はコロナ感染防止の影響もあって顧客との対面商談が不足しがちで、教会員との交際はストレス解消にもなるし、孤独感から解放されるような気持にもなる。不思議である。

昼食の懇談から帰宅して、聖書を元の書棚に戻し、大げさだが作業服に着替えて畑を耕すことにした。自宅の庭の一部を庭畑に使っている土地の広さは約一畝、三十坪、つまり100平米ほどだが、マルクス経済学的に考えると、耕作に要する労働力と労働時間は、結構な大きさになりエネルギーの消耗になる。労働価値説を唱えたマルクスは、賃金はこの労働時間によって決定されるとした説で、極めて単純明快な理論である。労働時間の長短であって、労働の質の問題は問われていない。大学時代に学習した経済学の一端を思い出しながら、くだらない理論に四年間を費やし、高い月謝を払ってきたことがばかばかしく感じたが、しょせん世の中のことはばかばかしいことが多く、それに如何に耐えていくかの、処世術を身に着けることだと思った。気が付いた時には遅きに逸しているように思えてきて、考えることを止めることにした。そうでないとペンが先に進まないからである。


春の日に庭の小菊の咲きそろい華やかに揺れ愛でてつきなし

  続いての雑感


昼食の懇談から帰宅して、聖書を元の書棚に戻し、大げさだが作業服に着替えて畑を耕すことにした。自宅の庭の一部を庭畑に使っている土地の広さは約一畝、三十坪、つまり100平米ほどだが、マルクス経済学的に考えると、耕作に要する労働力と労働時間は、結構な大きさになりエネルギーの消耗になる。労働価値説を唱えたマルクスは、賃金はこの労働時間によって決定されるとした説で、極めて単純明快、かつ素朴なな理論である。労働時間の長短であって、労働の質の問題は問われていない。大学時代に学習した経済学の一端を思い出しながら、全てだとは言わないが、くだらない理論に四年間を費やし、高い月謝を払ってきたことがばかばかしく感じたが、しょせん世の中のことはばかばかしいことが多く、それに如何に耐えていくかの、処世術を身に着けることだと思った。気が付いた時には遅きに逸して、考えることを止めることにした。そうでないとペンが先に進まないからである。

今、北京で冬季オリンピックが行われて世界の九十の国と地域からアスリートたちが結集して記録に挑んで懸命である。中国政府が、新疆ウィグル自治区の民族弾圧といった人権問題や、香港の民主化問題の抑圧、更には帝国主義的な海洋進出などで欧米諸国の非難を買って、平和の祭典である北京オリンピックが外交ボイコットの洗礼を受けて、どうなるかと心配されたが、何とか開催にこぎつけた。新型コロナ感染の洗礼も受けて厳戒態勢下での開催である。結果、無観客状態の競技開催となって、無味乾燥とは言わないが、下らない去年の東京五輪の真似を強いられている。巨大な箱モノばかり用意したものの世界からの観客を呼ぶこともできずに、仕方がないが選手だけが張り切ってやっているからまだましである。そんなことを思いながら競技が始まると奮闘するアスリートたちの様子に夢中になって応援したり、感動したりしている。一時的、刹那的な感動なのかもしれない。

無味乾燥な北京オリンピックに出席したロシアのプーチン氏だが、今ウクライナとの国境沿いに十万からの軍隊を集結させて侵攻の機会を狙って虎視眈々である。インバランスな感覚で理解できない。狼狽気味のバイデン氏は、EU諸国と歩調を合わせロシアのウクライナへの軍事進攻を阻止しようとして懸命であり、経済的にあらゆる手段を講じてロシアに打撃を与えると警告している。さらにアメリカは急遽三千人からの軍隊をウクライナ周辺諸国に派遣して防衛態勢につかせた。一触即発の動きである。一方で、EU諸国の首脳は外交的解決を図るべく懸命の努力を払っている。ロシアは何故ウクライナを敵対視し危険視しているのか、調べれば言いがかりに過ぎないことが分かってくる。プーチン氏は武力を使って侵攻しないといっているが、一方でバイデン氏はいつでも侵攻する態勢であり、危険が迫っているのでウクライナ在住の米国人に退避して帰国するよう促している。どっちが本当なのか分からない。これも下らない方便に過ぎない

ウクライナは一九九一年に旧ソヴィエト連邦から独立を宣言し,同年末のソ連崩壊によってウクライナ独立が達成された。 武力衝突のない無血の独立である。人口四千四百万、日本の一,六倍の領土である。民主化を目指しEU圏に入ってNATOに加盟したいが、これに対しロシアが反対している。NATOが東方への勢力拡大をもくろんでロシアが脅威にさらされるというのである。ウクライナは独立した国家であり、主権に基づいて意思決定をする権利があるが、それにロシアがけちをつけている。北のベラルーシから、東は自国との国境から、南は黒海に艦船を派遣して三方から侵攻しようとしている。攻撃し、侵攻開始となれば戦争である。いまだに下らない所業を繰り返そうとしている。困った世界のリーダーたちである。こうした地域にも新型コロナ感染の波は襲っているはずである。世界がコロナと戦っているときに戦争と殺戮の騒動を起こそうとしている連中である。気がくるって原爆のボタンを押されたら火の海と化して微塵もない。リーダーとしての使命と責任の欠如はなはだしきものであり、憤懣やるかたない次第である。

  庭のほうで家内の声がした。いつまでも考えごとをしていたら、神経衰弱になってしまうわよと云うのである。それもそうだと気が付いて二、三発頭をたたいて庭に出てみると、ほうれん草を採っている。厳しい冬の寒さに耐えて育ってきた「ほうれん草」は、色も濃く瑞々しい青さである。ほうれん草を茹で挙げて、おひたしに出すと小生が喜ぶことを家内はよく知っている。鰹節をかけて、醤油を軽く振った「ほうれん草」のおひたしが、今日も食卓に乗るだろう。楽しみである。

      * 

眠りより醒めて万象の蠢きの日を追うごとに溌溂として

立春を迎へ水仙の咲き揺れる季節を告ぐる掟たしかに

かたくなに凍てつく地より芽を出して春を告げたる蕗のとうかな

冬去りて春来たりなば万象の息づく世とぞ身にも覚へり

喜びの声高く上げさえずりに表し飛べる二羽のむくどり 

澄み渡る春の美空にしみ染めて咲く紅梅の目出度かりけり

ゐかるがの今宵の月のあきらけく我が宅で見る影のごとくに

紺青の空に真紅の梅の花映りて今朝の目にもまぶしき 

紅梅の目にもまぶしき花房の春の美空に染みてかがやく        2月7日

梅の花

  梅が見ごろである。梅は、列島を通じてほぼ同一の時期に開花するとみてよい。疎開先で知り合って久しく、長い付き合いをしてきている友人から先ごろ、偕楽園の梅が満開だといって雪のかぶった紅梅の写真をメールで送ってきてくれた。偕楽園の隣に常盤神社があって、杉の大木が空を突いてうっそうとしているあたりが、今の馥郁とした梅園の時期を際立たしている。うちでは紅梅が咲き始めて二十日ほど経過していて今が盛りである。

  最近の澄み切った紺青の空を背景に、真紅の色を燃やすほどに、小さく空に散りばめた梅が鮮やかである。夜に焚く線香花火のようである。拙宅には二本の紅梅の木が植えてあるが、毎年早い時期に花を楽しませてくれるので思い出の一つである。白梅も固いつぼみが少しずつほぐれてきて、昨日あたりからちらほらと咲き始めた。ちらほらというと、二つ三つと数えるほどの花である。実に慎ましく、優雅な咲き方である。これから一か月ほどの時期は、きりっとした梅の花と、馥郁とした香りの時期を満喫できるので、庭に出てついでに草木の芽吹きを楽しむのも趣があっていい。


梅の香の匂ひてくればさりげなく庭に出でしも我がもこととも

梅の花いつか気付かず咲く頃の恥じらひをりて日ぐる里かな

梅の香の匂ひを訪ぬ山里の人の静かに住める奥かも

清水汲む乙女のひざに落つる花訪ぬる折の恋ふるひととも

春まだき寒さ身にしむ頃に咲く梅の花こそ匂ふあたりに

梅が香に思ひ寄せたる人の名を載せて送らむ思ひひそめて

今もなほ絶やさず抱く恋ごころ梅のたよりを受くるこの頃

梅の香の匂ひ漂ふこの部屋に筆にて心と書きはべりけり

凛として立つ老木に細き枝の生え梅の花二つ咲きをり

梅の樹の古き根本に付く枝に匂ひの花の二つ咲きをり

梅咲きて人の恋しく思ひ立ちいずくともなく旅に出るかな

紅梅の花に燃え立て恋ひごころ君こそ偲べこの夕べかも

春立ちて空蒼く澄む朝の陽に光る梅の花眺む今朝かな

憂ひなく過ぎゆく日々の我れはこの梅咲く宅に住まる故かと

人の世のざわつきも無き山里の梅の林をゆくはすがしき

ひともとの枝を捧げむ梅の花みやびやかにも匂ひ放てる

梅の花にならひて我れが身も近く似合ひてあらむいついづくにも

凛と咲く花の香りの身に染みて二つ咲きたる梅の花かな

梅咲けば気と身体とも凛として富士の耀やく雪と見まがふ

春立ちていずくともなく匂ひ来る梅の知らせに気もそぞろなり

北国の吹雪く折にも我が宅の時に従ひ梅の咲きたり

    連休明けの世情

   三日連休明けとなった今朝は九時から始まった東京株式市場は始まりから急落となって、やかましい世相を反映して生活が始まった。アメリカの異常なインフレ懸念、ウクライナのロシア侵攻の現状  原油価格の高騰   金利上昇の波・・・・と、平和の北京オリンピック祭典が帳消しになるようなありさまである。帳消しとは、例えばテレビ観戦して楽しんでいるような雰囲気ではないということ。いつ何時ミサイルが飛んでこないとも限らない物騒な状況である。情報の錯綜も手伝って、ネット社会で結ばれているから、物流に影響し、寸時に生活に影響が及んでくる。別けてもウクライナ情勢についてその動静がいろいろな憶測を生み庶民生活に経済的な影響を齎している。不安も重なったりしたりで、たまったものではない。周辺は危機をあおったりしている中で冷静な対応をとっている当事国のゼレンスキー大統領である。若干44歳、祖国の危機に瀕しながら、ロシアの侵攻はありえないとして国民に冷静を呼び掛けている。毅然としていて、立派である。

  政治は力と同時に、交渉である。交渉は妥協である。交渉と妥協は力ではなく、知恵である。喧嘩ではない。喧嘩なら、的屋でも暴力団でも、チンピラにもできる。世界に影響力を持つバイデンもプーチンも、脅し合っていないで正気に返り、政治をつかさどるものとして、しっかりしてもらいたい。     2月14日


   朝刊の連載小説

  読み始めてから一年ほどたったが、朝刊に連載される二つの小説がある。日本経済新聞の「ふりさけ見れば」である。池沢夏樹の作品である。もう一つは朝日新聞の「又逢う日まで」である。これは安部竜太郎の連載作品でまだ続いた居る。小生は日ごろ、毎日の連載小説は小刻みで長たらしいのでほとんど読んでみた記憶がないし、読んだにしても忘れてしまうほどだから、大した魅力にも感じていなかったが、今回ばかりは読んだついでという気持ちもあって、辛抱強く読み通してしまった。

特に「又逢う日まで」は主人公の生活圏の舞台が戦前戦後の時代であるが、近くの九品仏であったりするので、そのあたりの様子が描かれたりして親近感があったのと、題名が賛美歌から取ってあって、クリスチャンとしての信仰生活の事柄が随所に出てくるので興味深かったのである。

「ふりさけ見れば」 は、壮大な歴史小説で、中国の唐の玄宗皇帝の時代にさかのぼる。遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂の波乱に満ちた生涯を綴っていく。題名は、阿倍仲麻呂の詠んだ和歌、「あまのはらふりさけみれば・・・」からとっているので、これまた親近感がわいて飽きずに読んでいる。一首には仲麻呂が、異郷の地に在って帰国することもできずに、望郷の念切なる心境を詠んだものである。小説には、唐の時代の詩人の漢詩も随所に在ったりして気の引き締まるものがあって興味深い。 続        2月17日

    北京冬季オリンピックの閉幕


    北京冬季オリンピックが昨日17日間の競技を終えて無事に閉幕した。参加した選手たちの競技は遺憾なく発揮されたし、その感動的場面を我々はテレビを通じて十分に鑑賞することができた。競技を通じて選手たちの力と技とスピードを競い合い、それは人間の極限に迫るものであり、精神と肉体の信・善・美を表現して余りなきものである。五輪精神を発揮して会場は迫真に満ち、多くの感動を与えてくれた。閉幕式はそれを総括する意味もあって、歓喜と希望に満ちたものであった。

  閉会式は、日本時間で午後九時から始まった。北京は連日零下20度を超す寒さである。終始無観客での会場であったが、コロナ禍を見事に克服して大過なく成功裏に収めることができ幸いであった。閉幕式では最初に各国や地域の旗手が入場して繋がったあと、選手たちが一斉に会場に入ってた。異国情緒を伝える衣装さながらに、特色が生かされて楽しかった。

  日本は、女性の選手が旗手をつとめ、フィギュアスケート男子シングルで銀メダルを獲得した鍵山優真選手や、カーリング女子で銀メダルの藤澤五月選手らが笑顔で入場した。
そして華やかな行事が演出された後、次の開催都市にオリンピックの旗を引き継ぐセレモニーが行われた。次の開催国の都市は何と、2026年のイタリアのミラノである。北京からミラノに五輪の旗が渡された。イタリアを妻と一緒に旅行をした時の懐かしい思い出が、髣髴として浮かび上がってきた。古代遺跡の多いイタリアは、人類の賞賛すべき遺産に恵まれており、芸術の香り高い国である。バッハ会長は「皆さんが懸命に自分のベストを達成しようと努力し、互いに応援する姿に魅了された。そしてオリンピックの仲間はみな平等であることを示した。オリンピックの連帯の精神を国際社会に呼びかけたい」と述べ閉会を宣言した。北京冬季オリンピックの主宰者として名誉ある席に立った習近平国家主席であるが、コロナ禍の困難な時期を克服しオリンピック開催を無事に終え、かつ成功させたことは以て同慶の至りであり、慶祝し敬意を表したい。願わくば、五輪精神を政治の世界でも実現してくださることを念願している。

  2026年を目指して、聖火台にともされていた北京オリンピックの聖火が消えた。最後に会場の上空に数多くの花火が打ち上げられ、17日間に渡った冬のスポーツの祭典が閉幕したのである。人類はこの光景を決して忘れてはならない。五輪に政治駅問題を持ち込んではならないが、今、紛争にある国、紛争を起こそうとしている国、今こそ五輪精神をかざして、平和への道を切り開き共に歩んでいこうではないか。   2月20日

狡猾なプーチンの戦略

  長く続いてきているウクライナの内戦にも等しい国情に付け入ったプーチン氏の、手の内をあからさまに明かした今回の軍事侵攻、その際どさもさることながら、ち密な計画を練ってきた頭脳的戦略には驚いた。アメリカとEUは以前から、ロシアの軍事的侵攻を警戒し、警告を打ってきながら、相手の成すがままに時間が経過するばかりであった。目の当たりにした暴虐極まる軍事的手段に対して、目に見えぬ経済的打撃を声高に口にする戦法では、力のバランスでは圧倒的にロシアに有利な態勢である。

  ウクライナ国を取り巻くように侵攻口を軍事力で固め、バイデンが指摘するようにいつでも侵攻準備が整っている現状に、侵攻を開始してもアメリカとEU諸国は武力で打ち返す手立てはない。世界は今、冷戦終結後に起きた大規模な軍事作戦と戦争の入り口に立たされている。今回の状況は、アメリカとEUの誤算の結果である。ウクライナが独立し欧米に習った民主国家の建設に傾いているのに、再建に向けた経済的援助を怠ってきたのである。そしてウクライナ領内に親ロシア派がいつまでも勢力を温存し実効支配できる状況を許容してきたことが問題であった。こうした点にもトランプ政権時代の4年間は無為無策といっても過言ではない。そうした付けの積み重ねが、今日の失政を招いたことになる。

   今回、ウクライナ領土内の親ロシア派の武装勢力を「独立国家」と認めたうえで、治安維持を名目に軍隊を送り込んだことぉ可能にしたのである。2014年に一方的に編入したクリミア半島と同じである。当時、プーチン大統領は親ロシア派の武装蜂起を後押しし、独立を承認した。

  今回もウクライナ領土内での反政府派の武装勢力の実効支配を支援しつつ、将来的には「住民たちが望んでいる」として既成事実を積み上げて、ロシアに編入する可能性がある。ロシアの狡猾な領土拡張の意味合いが伺えて来る。結果の成就を見てから、アメリカとEUの強力な経済制裁を打ってみたところで、その効果は半減してしまう。むしろ資源外交を盾に、反転攻勢に打って出ることが予想される。

  弱点の突入を許すわけではないが、ウクライナの領土内の東部を実効支配する二つに地域には、すでにロシア兵が平和維持と治安維持を理由に駐留していることから、侵攻とは切り離して増強を図ったと解釈するも解釈もある。この地域には 2014年以降、ロシア軍が事実上、公然として駐留していたとも指摘されている。これも事実上、クリミア半島の併合で味を占めたロシアの画策であった。それに習うわけではないが、仕方がない、ロシア軍の進入自体が直ちに「侵攻の新たな一歩」にはあたらないとの認識も成り立つような気がする。習うは「獅子身中の虫」、弱点を突かれて身を侵されるのは常に身内からである。ウクライナ政府が毅然として東部地帯を収めていれば、今日こうした事態は起こらずに済んだかもしれない。外交交渉はぎりぎりまで続けられる模様で、米ロの首脳会談が近く行われることで合意した模様である。

   欧米側は後手後手に回る感じだが、ロシアに対する妥協ではなく、体面を立てて、そう考えて今後の外交交渉を進めていくことも考えるべきである。独立後のウクライナ政府の統治能力の欠如が大きく原因して、今日の結果を招いたわけだから評価はまちまちだが、人命の安全を最優先して戦争を回避し、被害を最小限度にとどめておくことである。戦争をするか、しないかの決定を下すのは強権的為政者のプーチン氏である。欧米側から戦争を仕掛けることはない。戦争をすれば何十万という市民の命が犠牲になる罪状を犯すことになる。日本には古くから「盗っ人猛々し」といういわれがあるが、そんなことを繰り返していると、終いには閻魔大王にお咎めを受けること確実である。生きているときに、神の鉄槌が下されることもある。                  

ウクライナ市民が板の鉄砲を撃つ訓練の前線に立つ

ウクライナ市民が祖国を守らんとロシア軍勢に立ち向かひけり

重戦車にも怯えずに子供らの銃を片手に立ち向かひける

ウクライナ国境に集結のロシア軍、平和の北京五輪のさなかに

血の気なきプーチンの表情にヒトラーの影浮かび来てあな恐ろしき

この今になほ戦争が起きんとは戦車、大砲が火を噴きながら

樺太も満州、千島列島も旧ソ連軍部に違法に盗まれしなり

意表を突く北京五輪の祭典にウクライナ国境のロシア軍隊

悪弊と云うふべき露助の盗っ人の強権のもとの領土拡張

狭隘なイデオロギーの蔓延にロシア強権のプーチン政権
                                       2月22日

ロシアのウクライナ東部の実効支配

  ウクライナ東部の親ロシア派の実効支配に、ロシアが自実需の勢力を伸ばすことに成功した模様である。クリミア半島の併合もそうだったように、同様の手法でロシア軍の派兵をプーチン氏は命令した。その以前に、ウクライナ東部の独立派の反政府勢力が掌握する2つの地域を独立国家と承認した。承認したのは、ロシア派勢力が自称している「ドネツク人民共和国」と、「ルガンスク人民共和国」である。その後プーチンは、同地域に平和維持軍の派兵を命令した。

  北大西洋条約機構(NATO)や西側諸国は、ロシアの動きは国際法違反だなどと非難している。今のところロシアのプーチンの思惑通りに事は進んでいるが、米欧の強力な経済制裁が、ロシア経済にとってどのような影響を及ぼすか、これからの外交交渉のいかんにかかってきている。

  表立った軍事行動で、戦火を交えずに来ていることは幸いである。親ロシア派地域の独立承認は、ロシアの一方的な決定であって国連を通じて国際的に承認を受けたものではない。ロシアの身勝手な、いうなればロシアの進軍の便宜上の方便であって、限定的でもある。アメリカはこれを許容範囲内として受け止め、あえて問題視していないようである。こうした見解について、双方でドンパチの交戦を交わす一端とならないことは幸いである。バイデンの冷静さが、芝居がかった手に出たプーチンの戦略に対して、際立っているともいえる。

  世界の話題は、平和の北京の冬季オリンピックから、なんと血なまぐさいウクライナの軍事衝突の案件に移っていってしまった。残念である。 中国の王毅外相は、本件は外交交渉によって問題解決を図るべきだと発言していて注目される。   2月23日

極悪非道の仕業

   ロシアのプーチンを以て、冷血的、極悪非道の政治家と断定せざるを得ない。ウクライナに侵攻しないと公言していながら、極秘のうちに侵攻の準備を進めており、ある朝突如として軍隊を他国の領土に侵攻させ、平和に生活していた市民を恐怖おどん底に叩きつけ、勝手放題の暴虐ぶりを尽くして居る。力ずくで弱小国のウクライナを威嚇し領土の侵入を図り地域の収奪を図る、ジョージア国や、クリミヤ半島の侵略と併合で味を占めた習癖は、依然とした変わっていない。

  マルクス的暴力的手法、旧帝国主義の思想も変わっていない。マルクスは資本主義の発展段階を明示して唯物史観に立っている。産業資本と労働者の対立は、資本主義が成熟するにつれて内部的矛盾を惹起し、資本家と労働者の階級闘争に発展し、人間の歴史は階級闘争の歴史であり、最終的に暴力革命を以て終焉し、労働者階級の勝利に終わると説いている。プーチンはまさに、暴力革命を侵略の手段として、隣国の支配にこれを用いている。前時代的妄想に狂った思想の持ち主である。
 
  あまつさえ侵略には核兵器の存在をちらつかせるといった暴走ぶりである。EUやアメリカが手ごまねいている間に仕掛けた軍事的武力行使だが、隙を突かれた欧米側にも政策的な失政があったことはゆがめない。特にNATOのウクライナに対する結束的連携を怠ってきたこと、自国優先主義を唱えた米国のトランプ以降の政策の誤りが民主主義的、自由諸国の連携を弛め、強権的国家の付け上がりを許してきたことが指摘される。「プーチンは天才であり、愛国主義者だ」と称賛にも似た言葉を吐いていった、前大統領の略歴を持つトランプの発言には問題がある。トランプの頭は一体どうなっているのだ、これを言わせるようなアメリカの分断された国家にも油断が育ってきている。トランプの放言については、下手をすれば、国家転覆罪という法律があるとすらば検察の手を以て拘束されかねない危険な発言である。いくら自由なアメリカと云いながら、第三者からの告発さえありうる暴言でしかない。2月25日

  強大な軍事力を以てウクライナ周辺を包囲し、軍事的侵攻を進めるロシア軍にとって、無防備に近いウクライナは、まさに子供の腕をねじるに等しい。ベラルーシ、ウクライナ東部国境、クリミア半島の三方向から攻撃を開始し、侵攻を始めてからわずか一日半で主要な軍事施設や空港を爆破、簡単に首都キエフに迫ろうとしている。ウクライナの反撃は皆無に等しい。アメリカやEUは、初めからウクライナに軍隊を送ることはしないと明言しているため、ウクライナ自身の力を以て反撃しても何ら効果を発揮するわけでもない。ロシアは陸と空から猛烈な攻撃を行っており、地上作戦の展開を以て更に熾烈な攻撃を行っている。ウクライナの犠牲者は、出るばかりの情勢である。この勢いだとプーチンの目的はウクライナ全土を掌握し現政権の転覆をはかっているとしか思えない。ゼレンスキー大統領をはじめとして政府要人を拘束し、ウクライナに傀儡政権を樹立させるところまでもくろんでいることは明らかである。

  アメリカとEUは、ウクライナに対して軍事的支援をすることはないので、「状況がさらに悪化し多くの犠牲を出す前に」、ゼレンスキーはロシアのプーチンと話し合い、ハイレベルの交渉を進めることが賢明である。プーチンの手法は愚劣であり、戦争遂行者として、反社会的、反人道的行為を以て経済制裁を受けることで窮地に立たされることは必定である。ロシア国とロシア国民は、強権的政治に従って服従の道に犬の如くに伏されているからまだしも、しかし国内でもプーチンの理不尽な行動に対し反対の狼煙が上がっていることに、独裁的性格のプーチンは気づいていない。

  このままだとロシアの大義なきウクライナへの進撃は、国際的孤立を招き将来に禍根を残すばかりだと思うが、今のプーチンは妄想に憑かれ理性を持ちえぬがゆえに悲劇的である。世界各地で「戦争反対」の市民運動が広がりを見せ、ロシア国内でもモスクワ市内で反戦デモが行われ、警察と衝突する事態に広がっている。1500名からの拘束者だ出たという報道である。こうした中ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナのゼレンスキー大統領は25日の声明で、侵攻を続けるロシアとの間で、ウクライナが「中立的地位」を取ることについて話し合う用意があると表明した。

  ロシアのプーチン大統領は24日の演説で、侵攻の目的としてウクライナの「非軍事化」を目指すとしていた。その上にプーチンはゼレンスキー政権を「ネオナチ」になぞらえて敵視しており、ロシアが協議に応じるかどうかは不透明である。ネオナチという亡霊がプーチンにあるとすれば、自らを省みて「過ちを正すに憚ることなかれで」、孔子の論語をここで持ち出してみたい。習近平との電話会談もつい先ほど行われた模様だ。王毅外相は先日、ロシアのウクライナ侵攻の前であったが、外交的解決を図るべきだと発言していたことを注目していたが、習近平がプーチンに対しどのような発言をしたか注目である。プーチンに「論語の教え」を説いてもらってもいいのではないかと、習近平に伝えたい。        2月25日

プーチンのいら立ち

  ウクライナ国の三方から近代兵器と15万からなる兵力を以て包囲し突如として、破竹の勢いで攻め込んだロシアだが、ウクライナ軍の予想外な抵抗にあって、国境を越えはしたが前線はそれ以上に前進を阻まれて停滞している。重戦車、装甲車などの地上軍を投入し、空からは激しい空爆を以て軍事施設などを破壊した。黒海からはクリミヤ半島を起点に地上部隊が陸続としてウクライナ領土内に侵攻し、主要都市で激しい交戦を続けている。思わぬ抵抗に窮した格好のプーチンだが、ここにきて核兵器による攻撃をちらつかせてウクライナの戦闘意欲を削ぐ戦術に出たりしている。頭の中は、ひょっとすると錯乱状態になりかねない。プーチンのそばにいるラブロフ外相は、彼の行動にも注意を払っていないと、揺らぐ精神状態に何をしでかすか分からないから、常に要注意である。

  思わぬ戦況の停滞に、ウクライナ国民の祖国愛に世界が称賛の手を差しのべて、支援する格好である。楽天の三木谷さんは家族と相談してウクライナに10億の支援金を出すという。多くの人々は今、同じような気持ちを抱いているのではないだろうか。難民はすでに15万人に達しているし、一説には200万の難民受け入れ態勢に、EUの近隣諸国は準備しているという。着の身着のままで追い出された人たちには、老人や子供たちが殆どである。18歳から60歳までの市民は、都市に残り銃を以て侵攻してくるロシア兵に対峙して勇敢に戦っている。

  しかしながら、こうした光景は早く解消してもらいたい。すべてはロシアの最高責任者プーチンの蛮行から始まっており、焦りもあってかウクライナの兵士に対して、クーデターをしろとそそのかしてもいる。こうした反社会的行動をとって憚らぬプーチンに対してこそ、ロシア人が早く目覚めて、プーチンの強権的政治に対して立ち上がってもらいたいと思うくらいである。

  世界の人々が、蛮行に毅然とした対応を以て臨み、ロシアの軍隊の即時撤退を世界が求めている。日本でも多くの人たちが戦争反対を叫んでデモ行進を市、この波が今全世界に広がっている。ロシア本国でもモスクワをはじめ、多くの都市で市民が戦争反対のデモ行進を行い、警官隊と衝突を繰り返し、4000名からの拘束者を出して連行されているという。

   国際社会はあらゆる手段を以て、戦争を仕掛けたロシアのウクライナ侵攻を阻み、撃退することを狙っている。直接軍事力を以て全面的に反撃できないところがもどかしいが、しかし背後から資金援助やロシアに対する経済的制裁を以て戦争を食い止めようとしている。幸いG7の強力な足並みもそろって、いうところのスイフトからロシアの金融機関の締め出しを発動しててロシアの金融組織を壊滅させるほどとさえ言われている。これは劇薬にも等しいという。目に見えぬ、血の跳ね返りも覚悟のうえである。ロシアではすでにルーブルの暴落が始まっている。40%の下落である。石油の高騰もあって、一時的にロシア経済の懐を厚くしているが、早晩崩れるだろう。国内の相本から経済の矛盾が露呈されて、国内に反プーチン運動が盛り上がってくると、制裁の目的がかなえられてくる。ここはロシア国民の覚醒が促されるところでもある。 

  2月の節分の豆まきを終えたが、外に追い出された鬼たちが、まさかこうした形で暴れだすとは想像外であった。 プーチンは今、追い出された鬼のように焦っているという人がいた。若い時からの生い立ちと経歴が、この時の今、大ロシア帝国を妄想する思想を持つに至り、今、その妄想に取り憑かれているのだという。ロシアでは20年に及ぶ大指導者の椅子に座り、すでに69歳を数え以前とは違って心身の衰えを感じてきていること、二年後の大統領選挙に揺れる思惑は体にきつくなってきている。国内の国民生活の改善も遅れ、隣国の中国の10の1にもGDPが下がり、早晩中国の勢力範囲にすり寄って没落する運命を悪夢に見ていることである。疑えばきりのないことながら、顧みるとEUもウクライナも、ロシアに対して脅威になるようなことはしていないはずである。それをあたかも脅威になっているように芝居を打って国民をそそのかして軍事行動に出るという蛮行は、いったいどこからきているのだろうか。のど元に刺さるウクライナの命運を、自分で決めておきたいという妄想が、今回の悲劇につながったのである。

   ウクライナに打ち込んだ160発ともいわれるミサイルの乱暴な攻撃が、プーチンの焦りを暴いている格好である。  攻撃を受けているウクライナ国民の生命の安全と、平和を心から祈っている。  2月28日

  
  

 

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ