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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.10-09 明治神宮鎮座90年

 明治神宮鎮座90年


          明治神宮鎮座90年

明治45年7月30日(1912年)明治天皇が崩御されて、波乱万丈と改革の嵐のなかで、日本が近代化への道を確立した明治の御代は終りを告げました。
明治天皇のみ霊を祀る神社が、今の森深い代々木の地に鎮座されたのは、大正9年11月1日(1920年)であります。
 鬱蒼と茂る常磐の森は、当時、全国から献木されたおよそ十万本からの植林によって造園された、謂わば人工林ですが、趣きは太古から続く自然林を思わせる奥深さが感じられます。その敷地面積は70万平方メートル(21万坪)という広大なものです。静謐で平和な雰囲気が漂い、明治天皇の偉徳を偲ぶに相応しいものです。同時に、豊かな日本人の心の故里(ふるさと)を思いおこさせます。年間を通して多くの人が、明治天皇の偉徳を偲び, 親しみを以て訪ねる人が絶えません。それと森閑として広がる樹木のみやちに惹かれて、訪れる老若男女がたくさんいます。又、周辺の一帯に広がる緑と空間は、都民の憩いの場所となっています。
明治神宮鎮座90年を迎えた神宮では、それを記念して詠歌を献詠されたき旨の書状が、六月初めの頃、私にも届きました。改めて明治天皇の偉徳を偲び、美しい神宮の緑豊かな森にも思いをいたす時に恵まれました。
思いつくままに、あるがままに詠んだ和歌のいくつかを、ここに載せて思いを新たにして下されば幸いです。この和歌は短歌同人誌、淵・第186号にも一部を載せて寿ぎました。

玉石の道をたどりて森ふかく水(み)の音(と)さやけき明治神宮

幾千代にさかえて世にそ受けつがる鎮もる森のおほやしろかな

 ほんのりと染井吉野のさくら咲くゆかしくながむ深き森かも

太平を望む明治天皇のひたすら民の泰きさかえを

卒寿へて千代よろづ代にすめらぎの姿をしのぶ森とやしろは

九旬経て明治の御代の大帝の民の栄えに思ひよせしも

たかだかとそびゆる太き椎の木の根元にあそぶわらべたのもし

すめらぎのみたまをまつる大やしろなほしづもりて卒寿むかへり

神さぶる明治の森の大やしろ千代につがるる大和まほろば

こころして森深く聞く法界の声おごそかに朝な夕なに

すめらぎの思ひの住める大やしろみどりの深き森にたつなり

玉石を踏みしむあした露はらひこころすがしく向ふやしろに
    
    夕立ちのすぎて晴れ間の神宮のみそらにかかる大き虹かな

ひろごりし明治の森に平成のわらべがあそぶかん高きこゑ

すめらぎのみたまをまつる静けさの九旬をめぐり森のふかきも

安見知しわがすめらぎは民のため明治のみ世を進めおさめり

あらたかに卒寿をむかふるおほやしろ明治の御代のすめらぎの霊

先撻の高き思いに作る郷いま深々し森となるらむ

しめなはを渡してすがし大鳥居さかえむかふる新玉の年

森深くやしろをたててここのそち尊き明治のすめらぎまつる

 太平の明治をしのぶすめらぎの思ひもふかき青き森かも

太平を望む明治天皇の怒涛の世をばまろく収むる

すめらぎの明治の御代の森青く九十分(くづも)の年のさかゆめでたし

すめらぎの偉徳をしのぶ大やしろいま深々と森に鎮もる

すめらぎの思ひもふかき神宮の民のさかえし大和まほろば

すめらぎのみたまをまつる大やしろ明治の御代をしのぶよすがに

大鳥居くぐりてゆけばはるかなり森深くたつ白きやしろは

すめらぎの思ひを継ぎて神宮の卒寿を祝ふ森のふかきは

混乱と不安の時をとりなして世を治めたる明治天皇

明けぬれば民はおののき世はみだれ明治の前の国は体(てい)なき

太平のまことのもとい築きたる明治天皇のみ業たっとき

すめらぎの民への思ひおこたりてその後の政(まつり)くさりゆく日々

この国の世界を相手に争ひて国は破れて民は失せしぬ

ふきあれる明治の御世をよく治めひたすら民を思ふすめらぎ

木の道をふみわけ入れば沼はらに濃き紫のあやめ咲くなり

すめらぎをあらひとがみといひつたふかしこき民のあらばなほこそ

すめらぎのみたまをまつる山木立しげみのなかゆ鶯の声

朝まだき木立の森にさぎりたち奥まにきこゆ水のおとかな

さぎり立つ木立の森にひとりきて深みに水の音をきくかな
                                           9月1日

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南天の実

書棚に置いてある「南天の実」の一冊に目が止まりました。平成十四年八月十日発行の第参拾集であります。「南天の実」は、昭経俳壇の撰者をされている遠藤蘆穂先生が主宰されている句会の発行集で、春、秋の年二回発刊されています。先生から今日頂いたばかりですが、現在、五八集にまで発刊されて脈々と、その足績を積まれてきています。
遠藤蘆穂先生は、私の高等学院時代の英語の教師であり、クラスの担任もされて私の畏敬して止まぬ恩師であります。英文学者で、ディケンズの「ダビット・カッパーフィールド」や、サイラスマナーの「リットル・ウーマン」の文章など、そもそも高校時代に先生を通して堪能させて頂いた熱き思い出があります。今年九十二才になっておられますが、かくしゃくとして未だに句会をまわり、俳句のご指導にあたっておられます。
「南天の実」が発刊されると、間もなく送って下さいますが、いつも紙の切れ端に短い一文を書き添えられて、先生の温かいお気持ちに接し深く感謝して拝読させて頂いております。童謡詩人でも或る先生の人柄からくるほのぼのとしたものを、私はいつも先生の句の中に感じて心を新たにしているのです。
第参拾集にはさまれていたお手紙は次のような内容のものです。丁度八年前の合同句集であり、先生の年齢については、その中に感慨深く記されています。
      
  「 佐々木君 お元気ですか
  いつも「昭和経済」を送って頂き有難う
  三郎君の俳句や短歌を楽しみに読ませて貰っています 私も遂鬼に八十四才を越え 人生淋しくなりました .季刊合同句集「南天の実」の最近号二冊を送ります
年寄りの寝言と思ってお読み下さい
これを年賀状の替わりに致しますから改めての賀状は失礼します   蘆穂   」

先生は、その時、二十句の作品を発表されていました。その中で私が記憶に留めて、忘れない句があります。

蜂吐いて緋牡丹崩るるばかりなり
人生は我も不可解華厳滝
滝壷は水をまとめて送り出し
花街の流し目誘ふ簀垂れかな
うすものの胸もと老いを忘れたり

南天の実「参拾号達成」で、句集の同人、滝澤萩堂氏は書の「はじめに」の欄で 、南天の実の歴史を振り返って次のように述べています。

論語の「三十而立」からすれば南天の実も漸く一人立ちして、将来の発展を展望すべき時に到りましたが、同人の老齢化と云う現実には目を背ける訳には参りません。高齢化と共に、肉体の老化が急速に進むことは、切実に実感している処です。が、俳句創作という知的作業が関係する、精神面の老化は別のようです。体験と思索の長年の積み重ねは、俳句素材の「宝の山」とも云えましょう。問題は、それを活用する気が、気力が、覇気があるかどうかにあります。活用は経験の集積を活性化し、句作は打出の小槌となるものです。

続いて主宰者の遠藤蘆穂先生が「あとがき」で、俳句の本質と、句作の姿勢について次のように話しておられます。
        

  ・・・・・・・・・・・・・・、思えば、唐の曹松が「一将功成りて万骨枯る」と詠んだ気持ちを痛感した武将の多くが、晩年、剃髪して仏門に入りました。功の成らなかった私達は仏門に入らず、俳道の世界に楽しみを求めてその感慨を詠んでおります。往々にして、天地自然界を見たまま在りのままに詠むことを主唱する一派の中には、視聴覚の映像そのままを表出する様に強調する人達もおられます。その為に、初心者は、作句とは写真技術のコツを会得する事、と誤解しがちな人もおりますがとんでもないことです。
「はじめに」の中で、萩堂氏も「老人と俳句」の事に一寸触れていますが、八十才前後の私達は心の底から、人生の哀歓、人生観、生死感などを描出すべく習作に励んでおります。自然界の万物はそのための具に過ぎません。老いの繰り言は此辺で…。
日輪のうつろひ見据ゑ花南天

      平成十四年七月         蘆 穂 記 。

人生に於いて老若男女に区別なく、私は「切磋琢磨」の言葉が好きであります。老いも若きも、自分自身に与えられた時間を大切に、意義あるものとして活用してゆくことが喜びにつながり、幸せに結びついてゆきます。私はたまたま八月のホームページで、就職の場をつかみえず、これを見送って来て、來年度に備える学生諸君に励ましの言葉を載せました。大きな反響があって、電話やファックスが沢山きました。
「南天の実」第参拾集に載っているように、学者であり、教育者であられる遠藤先生の俳句を以て、夢多き若い諸君には滝の俳句を、悠然とした高齢の先輩諸氏には優雅な俳句を読んで頂いて、気概と覇気を大いに発揚してもらえれば幸いと思った次第です。

滝壺は水をまとめて送り出し
うすものゝ胸もと老いを忘れたり

では中年に手の届くような、まだ届かないような私は戸惑い、恥らうことしきりであります。

9月7日

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 昨日の民主党代表者選挙の結果、菅直人前首相が、対立候補の小沢一郎氏を破って、再度民主党の党首、兼首相を勤めることになった。民主党が政権を取ってから一年しか経っていないが、期待したほどでもなく世の中の閉塞感が拭い切れないできている。政権運営に慣れないのは致し方ないにしても、政党としてのまとまりが無く、自民党顔負けの党内の権力闘争が続いて、辟易するところであった。もうこのあたりで見苦しい党内争いはやめてもらって、国民に目を向けた政治に本腰を入れてもらいたい。
この前日、シュワルツネッカー米カリウォルニア州知事が来日して、日本の新幹線を視察しに来た。州に高速鉄道を導入したいとの政策希望で、日本の新幹線に白羽の矢を立てようと思ったのであろう。近く運行予定の最新車に乗って東京・大宮間を試乗してご満悦のようであった。商談を是非成功させてもらいたい。

 五月十八日、会員の鈴木亮氏と所用のため東北新幹線のМAXやまびこ・二〇七号仙台行きに乗って、皐月の空のかがやきわたる那須塩原高原に向った。鈴木さんとは東京駅の東北新幹線の乗車改札口で落ち合った。東北新幹線はホームに十五分に入ってきて、慌しく二〇分に発車した。たった五分間の余裕しかなく、さすがに特急らしく、スピード感があった。十三号車の二十三番B席の座席指定に坐り、窓側のC席には鈴木氏に坐ってもらった。車中、出来るだけ仮眠を取りたいと思ったからである。
車輌は明るい白色の二階建てで重量感があった。車内の二階のシートの指定だが、一階は文字通り二階に押し潰されそうな感じである。ホームの高さと同じレベルに乗客の顔を見る感じで、送迎の際はホームすれすれの窓に顔だけを出すといった格好であり、モグラが穴から顔をだしているのと同じで、見てくれは余りよろしくない。動き出してしまえば全く別で違和感はないが、ホームに停車中は、外には余り顔を向けないほうが良いと思った。
 二階に坐った心地は高い所から周囲の景色を眺めるので、その分、視野が広く感じて快適である。車内は紫と青いトーンが落ちついていて綺麗な装飾である。ゆっくりした気分にしたれた。所要時間は一時間十分。十一時三十二分に那須塩原駅についた。二十分ほどの仮眠を取れて、頭がすっきりした。新幹線はスピードをモットーとした経済性を重視しているものだから、車窓の景色をとやかく言ってみても始まらない。観光的には、車窓ののどかな景色を楽しんで行くとなると、ゆったりとした気分で穏やかな詩情を味わいながらといえば、やはり各駅停車のローカル線だろう。
 駅前の日本レンタカーでホンダのハイブリット車を借りて新緑に輝く那須高原を、さわやかな薫風のなかを突っ走る。オープンカーなら尚よかったかもしれないが、加山雄三や石原裕次郎がスポーツカーで風を切っていくような気持ちに返ってみた。古くは上原謙と原節子の共演の青春物語である。石坂洋次郎の小説、青い山脈の映画化の場面をふと思い出した。原節子の首に巻いた絹のピンクのスカーフをなびかせ、オープンカーに颯爽と乗っていくハイカラな光景である。いや間違えた。あの時は自転車であった。それに相手役は池部良だった。上原謙と一緒だったのは、高峰三枝子だったはずだ。みんな戦後の銀幕にあって、世の中を明るくさせてくれた映画俳優である。もっと遡れば阪妻と山田五十鈴の組み合わせか。そんなことはどうでもいいと思った。日本映画史を研究しにやってきたわけでもない。そんなことを話していたでは、いまの時代についていけない。
東北高速道路には黒磯、板室インターが三年前にできあがったが、去年インターの先五〇〇メートル程のところに大規模なアウトレットが出来上がった。昔、企業誘致のための工業団地として造成したものだが、当てが外れて長年放置されたままであったが、時代の波に乗ってアウトレットの構想に切り替えて開発に乗り出した。発想を変えて、大胆な商業施設の活用に転換した。是非とも成功してもらいたいと念願している。
 アウトレットに近づいてみると平日ながら多くの乗用車が駐車していて、それなりに活況を呈している様子であるが、何か地元立地の特異性、利便性の宣伝に欠けるきらいがある。東北地方の素朴と言えばそれまでだが、何となく野暮ったさが感じられ、ハイセンスを求める努力がいま一つ欠けている気がする。それもそのはず、私は、この施設に気づかずに素通りしてしまった。あとになってその所在にきづたくらいである。そもそも華やかな商業施設を目指すのだから、アウトレットの沿道を、もっと明るく広々と解放すべきである。何か閉鎖的で色彩感覚にも欠け、その所在すら感じないようでは、経済効果はその分薄れてしまうだろう。これでは折角のアウトレットの活躍が半減してしまう。施設には洗練された要素も必要だし、顧客を継続的に引き寄せる魅力がないといけない。東京は勿論、北関東一帯の顧客を取り込むような、自治体の積極的なサポートが欲しい。それにはもっと勉強してもらわないと駄目である。
 那須高原が軽井沢のようになるには、ソフト面の努力が必要である。縁あって昔から那須一帯を部分的に所有しているものとしては市の行政は何とも頼りない気がする。その証拠は全てに感じられる。この何十年と行政はゆで蛙につかっている感じで、将来性と展望をもちえないでいる。地元出身の代議士がいたが、今活躍している議員は息子であるが、自民党を離党し「みんなの党」を立ち上げた。希望がでかすぎて地元意識が薄い反面、以て立つ志は高い。利益誘導型の政治家は、金と悪の温床の如く嫌われがちだが、地元、地方のために働く意識が無いと、これまた弊害を及ぼしかねない。それぞれが地方の意見を吸い上げて、国政に反映させていくことは民主主義の根幹を成すものだから、志を高くして、地元の発展にも尽くしてもらいたい。
最近テレビでよく宣伝している「安愚楽牧場」は黒い牛君たちが出てきて愛嬌を振りまいているが、その牛肉の美味さは、この頃人気を博していて結構である。その品質の良さを一生懸命に宣伝したりて、新たな地場産業を呼び起こしている。しかし広々として那須高原が、牛舎だけがあって、牛の垂れ流したその臭いだけを連想されても困る。そうした有様では、高原をハイブリッド車で疾走する気分になく、優美にそびえる活火山の那須連山を始め、折からの新緑と皐の空の輝やきも詩情をそぐに充分なくらいで皮肉な結果である。この時に嗅ぐ牛糞のかぐわしき香りをなんとかしないと、嫌がる人もいるだろう。田舎的も、別の意味で発揮してもらいたいものである。
田舎的という言葉は、田園的、牧歌的とは意味合いも雰囲気も違うはずである。内閣を放げ出した安倍さんを講師に呼んで、「美しき日本」を一〇〇回ぐらい講演してもらわないと、田舎ものは、いつまでも田舎者に留まっていて、肥桶かつぎから脱却できないと思った。文化的素養が期待されてくる。これからの地方には洗練された感覚と、教養の高さが求められる。
 新幹線の那須塩原駅は昔、東北新幹線建設の際、旧国鉄東北線の塩原駅に作るか、それとも黒磯駅に作るかで地元では綱を引き合う相当の議論があって、結局中を取って両駅の中間に収まった。中を取って手打ち式としたもので妥協の手法である。そのために塩原駅も、黒磯駅もその後はむなしく衰えつつある。中間を取ったはずの那須塩原駅も、未開拓地の新規建設とあって、街としての体をなさず未だに発展しないでいる。東北新幹線駅が在来線の黒磯駅に出来ていれば、それなりの理由を付けられたし、その波及効果は抜群であったろうと思う。御用邸の知名度も上がって、国民的人気も相当違ったものになっていたに違いない。時代の変化についていけない地方都市の考え方が浅はかだった。
資料がないので思いつきで述べるしかないが、東京にしろ、仙台にしろ在来線に設けた駅は機能的によく運営されて、地域の発展のために効果的に寄与している。地方に行くに従って、地元の利害に翻弄され、国会議員が暗躍して利権がらみとなり、合理性を失って設けられた新駅が多い。新幹線の名古屋駅も確かそうであったように思う。近くには新横浜駅がある。乗り継ぎが不便であって、その後の発展も、速度と効果において地域経済に対する寄与度が落ちている。那須塩原駅も、その事例である。
民主党政権になって唯一の成果は、公益法人の事業仕分けであろう。国費、公費の無駄をなくし、税金の使途をハッキリさせて国民に説明できることである。乱脈極まりない実体が暴かれただけでも、国民的啓発につながり、よくやったと賞賛したい。予算の削減、廃止と大胆に結論を出してはくれたが、これが果たしてその通り実行されていくのか検証していく必要がある。長年自民党政権を支持してきたわれわれだが、コップの水も長いこと汲み替えなければにごっても来るだろうし、腐りかけても来るのは致し方ない。恨みっこなしで、政権交代は時代の必然的要請であった。万年野党を勤めてきた民主党他も、政権の座についてみると大変なことが判るだろう。ましてや、自民党時代の築き上げてきた政官財の癒着的関係をほぐすだけでも大変な作業である。それを引きずっていたでは、民主党の政権交代による政治は期待できない。さりとて兼コナ官僚組織も強力な建設ノウハウを持っているので、この優秀な頭脳を最大限に引き出し活用するのが政治の役目である。故に、政治家はノー天気な人物であっては困るのである。この度の政変は功をを焦らず先ずは、交代したというだけに止まっている段階であろう。
政権交代の意義は、これを以てしてもその時代的な役目を果たしたと言っても過言でない。今にして思えば、新幹線駅も広く民意を汲み上げて、利権の入る余地を与えないようにしてやればと、惜しまれてならない。今、地方空港が沢山出来て採算が取れずに赤字を作り、地方財政の重荷になって廃航に追い込まれている空港が大部分である。日本人は何時の時代から、かくも国費、公費の支出に無神経になって、むしろ乱脈を極めて行ったのであろうか。政治家や、官僚が何時の時代から無節操になり、公僕としての理念や志を忘れていったのであろうか。戦後、赤字国債を発行し始めたのは福田内閣であったろうか。以来、執り付かれたように安易に赤字国債を発行し、財政の膨張を良しとしてきたのである。財政の膨張を、経済の発展と膨張と履き違えてきたのである。極論すれば、麻薬に手を染めたのと同じである。その一事を以てしても、日本の将来はお先が知れたものである。
私は現在も早大の平田財政学会の会長を務めているが、概ね財政の基本は収支均衡の上での民間企業の経営と発展拡大を促すべきことだとしてきた。これはその後において、経済成長路線の場合でも同じであった。
ところで、塩原駅は、名湯、塩原温泉の玄関口として、その名と地の利を生かして駅として盛えていたし、一方、黒磯は那須温泉、そして御用邸が那須にあって、皇族の乗降がたびたび折々にあって、それなりに知名度を上げて品格を添えて盛えていた。今は二つの駅とも妙味なく衰え、昔あった黒磯町のさびれ方はひどい。今は二つが合併して新しく那須(黒磯)塩原市となったが、意味なく行政が膨らみ、住民の負担が増えるばかりである。新鮮味がなく、新しい時代の波に乗っていけないでいる。地元住民と、行政の能力不足、勉強不足の結果であることはハッキリしている。
東京に至近の所にありながら、レベルの低い地域行政、地方行政の限界を示している良い事例である。こうした傾向になやまされている地方自自治体は枚挙にいとまがない。那須塩原の利点を生かした住民と行政の、更なる努力が必要である。都会に近いのだから若者たちが魅力を感じて、レピーターとして集まってくるようなことも考えてほしい。
宮内庁御用達ではないが、由緒ある御用邸を持ち、気品に満ちた静養地として天下にその名を轟かせている名所でもある。なお考えてみることは、黒磯の地の利を訴えることは、他の場所にないものを持っている。ここで起死回生の斬新性のある妙策を案出し、大いに地の利を発揮してもらいたいものである。私が那須高原に魅せられた動機は、あの清浄にして躍動感溢れた大自然の賛歌、ベートーベンの田園交響曲であった。


五月は浅草三社祭が絢爛豪華に行われたが、祭りが過ぎると、初夏の到来である。浅草下町の雑然とした家並みは古く江戸時代から続く伝統的なものが多く、自ずと下町情緒のただよう雰囲気があって、お高く留まらず鷹揚であって庶民的であり、生活しやすいところである。なかでも浅草は懐古趣味を生かして独自の観光地として栄えてきてはいるものの、それ故に時代に取り残されていくことを心配していたところであるが、墨東に世界一のスカイツリーが今、建設中である。新しい名所として登場してくると一気に変容していく可能性もあって、スカイツリーのインパクトは大きく期待されるところである。
先日、浅草から墨東にかけて地域の変容を視察することになって、友人の伊藤氏の車に乗って案内を受けた。スカイツリーが建設されることによって、今まで冴えなかった墨東地域が物凄い発展をしていく持論である。先を読むことに卓越した同氏だから間違いはないと思うが、百聞は一見にしかずで、開発途中とは言いながら、見に行くことにした。上野駅から浅草に向かう大通りに出ると、既に視界は大きく広がりを見せて、隅田川を越えて建設中のタワーが目の中に飛び込んでくる。丁度三分の一までに伸びてきたところである。半径何キロになるか知らないが、タワーが遠望できる地域の不動産価格は既に多から少なかれうごめいている感じである。
つまりあの建設中のタワーを見たら、少なからず気持ちが変わるだろう。遠望できる地域がどの程度の範囲になるか知れないが、そのように考えたら、その地域の住民の受ける感じは可なり違ってくるはずである。しかもタワーの高さは未だ三分の一である。これから二分の一、三分の二、四分の三、そして全塔六百三十四メートルの巨大な雄姿が、展望の中心に収まったとき時間はかかるかもしれないが、もしかすると下町の庶民の意識と、価値観と、世界観は大きく変容するのではないだろうか。そのように考えてくると、地域一帯の様相は一変するだろう。加えて地域に新しい発想が怒涛の如く打ち寄せて、陰に陽に商業誘致の機運が起こされていくとしたら、低迷する日本経済にあって、波及する効果は絶大なものがある。伊藤氏の考えは的中していると内心思って感服したのである。誰が思いついたことか、誰がそれを支援してやりだしたことか、それが、鬱々として地盤沈下の続く隅田地域を選んだことが特徴で目を見張るものがあって、この事業に思い切って加担し関係した人は立派である。5月25日
                     続く



 

平成22年9月1日

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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