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Vol.05-04 昭経俳壇と投句者
芭蕉の作に「あらたふと青葉若葉の日の光」という一句があります。八十八夜にあたる5月の連休が間近かになるこの季節は、すべての木々が青葉若葉に輝やき始め、新しい息吹きに萌え盛ります。時と処によってその趣きはそれぞれですが、みな新鮮で初灯しく、眺めていてやさしい気持にさせられます。
俳句では、「柿若葉」といって木の種類を表わし、「山若葉」といってところを表わし、「むら若葉、八重若葉」といつて色の濃淡を表わして、萌え盛る初夏の様子の一句を楽しむことができます。「若葉晴」といえば自づと、輝やくばかりの青空を想像します。若葉は、美しいと云うより初々しさ、みずみずしさが私の心を弾ませます。
俳句の道には、云い知れぬ奥行きと広がりがあります。芭蕉、蕪村、一茶を始め、その名を句史に留めて、その後も句界に陰然たる影響力をもち、一その権威をいろいろとを継いだ人たちが現在も沢山いますが、五・七・五の短かい詩型を編み出し、一句に季語の挿入を決めた創句者の発想は絶妙でもあり立派だと思います。和歌と同様、日本語の秀逸さを完壁なまでに表わしています。これは日本人独特の芸術的、歴史的遺産であって、その民族性を如実に表わして比類なく、そのすぐれた詩型を拝借して、自由奔放の振る舞いを以って、自分なりの世界を描きたいと思っています。芭蕉も、一茶も、子規も、五・七・五の俳句を以って、それぞれの生活から出た情念の世界を、己れながらに表現し、はたまた文学の世界を築いてきたのでしょう。故に、それぞれ独自に吟詠する昭経俳壇の同志は、文学と人生観を表裏一体のものとして表現し、切磋琢磨する意味での得がたい学友であります。
悟風氏の俳句は情緒に富み、風格があって、時に懐かしい思いをほうふつとさせるものがあり、私はいつも注目して愛詠しています。気持ちは若々しく素朴で、何げなく郷愁がただよっています。その大らかな気概にふれてこちらの心も同化されて、澄み切ってくるのです。投句の他に、即興の旬も多く下さって全てが秀句に組するものばかりです。奥さんは、創墨会の古くからのメンバーで、水墨画と油絵が、趣味です。展示会の時は、いつもお招き頂いています。ご夫妻も参加された当会主催の20年前の中国旅行は楽しい思い出に残るものでした。
喧嘩独楽はじけて休む余寒かな力まずに余生送らん福笑 悟風
千鶴子姉の句趣には奥深い心情が窺えて、しっとりとした世界が、もうろうとして白い霧のなかにあるようです。一句に漂う幻想的な妖艶さは、亡夫を慕うものとも。「素晴しい句を詠むひと」とは識者の弁です。多彩な趣味が、彼女の孤独を支えている気もします。反面、感性に裏打ちされた実生活に、信仰と祈りに生きる女性の強さもあって、その表現は羨ましいくらいです。敬虔なクリスチャンの思いと実践の句が多く、読む人の心を魅きつけます。容姿はいつまでも若々しぐ、松竹歌劇団の華麗な姿を偲ばせるものがあります。
樹氷林木霊は立ったままならん云ひがたきおもひの黙や冬の薔薇 千鶴子
ドッペルフェルト氏の俳旬は、その律儀な人柄を示すように純情な詩情に溢れ、いつまでも青春の灯が絶えません。若い時に山岳会に入り、未だに健脚を誇りカンバスを持って行く先々で絵画の筆を楽しんでいます。漂泊の旅の空をうかがひ、野辺の生きものにも心を配る繊細なやさしさがあります。物をたづねると、必ず的確な答えが返ってくる博学の士です。地理、歴史、文芸と、特にドイツ語は大学教授なみの実力です。
うたたねかうつつか梅の香りけり水仙や黒潮にほふ安房泊り ドッペルフェルト
田舎生活にどっぷりつかったどんぐり氏も、天衣無縫で、ふるさとの田舎の味がぷんぷんしてきます。それも原点に立った昔ながらの田舎生活でしょう。機械化された現代生活に反抗した生活実感があって、然りです。別名「田吾作」と自嘲気味にご身分を紹介しています。畑なかの雑草にかくれた肥だめに転がり込んでも、そのままにしておきたい感じです。これは、失礼しました。雑把な都会人が、広く大きく田園生活にあこがれた姿がほうふつとして重なってきます。ご本人は何とべートーベンの「田園交響曲」が好きだといっています。
寒卵にぎればぬくし今朝の幸ふるさとや春の小川のわらべ唄 どんぐり
京都に住む富貴男氏の句作は古都への思いが深く、熱い憧憬が感じられます。朝な夕なに、南禅寺から哲学の道を散策する姿が浮んでくるのですが、出家のような生活を思ひを叙情的に伝えてくれるのです。古都の奈良、京都を舞台とした句が沢山あって、さながら関西旅行をしている思いがします。ご趣味とする墨書も味わい深く、墨跡に富貴男氏ご自身の人柄がにじみ出ています。昔、鈴木金属の村山祐太郎さんは「カタカナ」推進論者として有名でしたが、カタカナがモンブランの万年筆で、「ひらがな」の妙は毛筆かな、とも云っています。
落葉焚くけむりが白く奥の院冬うらら流れの遅き高瀬川 富貴男
金儲けの達人と思わしめる前途ですが、繊細な感覚で句作の世界に遊ぶ長谷川氏は、その昔、瀬戸内の無人島を買っています。やはり憧れは大自然の野趣にみちた生活なのかなと思います。いずれ島に家を建てるのでしょう。そして釣三昧の毎日を過ごすのが目標だそうですが、神さまが、なかなか時間的余裕を与えてくれないとこぼしています。相変わらず事業欲に燃えているのでしょう。ご前さまの帰宅は日常のこと、身体の過信は禁物と忠告しています。
娘来る小春日和の茶の席にみの虫や己がいのちをはかりつつ 長谷川
山人氏、折り紙と筆を持った山下清とは申さぬが、托鉢を持ち放浪の山頭火とも申さぬが、早くして解脱の心境でもあるまいにと思うことしきり、はたまた山伏の心境で、長谷川氏とも通じ合いますが。さらに一歩踏み込んだ感じです。「比えい山の武者修業か、出羽三山の荒法師の道をゆく心境を思わせます。深山幽浴艶訪ね歩き、峻厳のいただきに立って天地を眸睨する姿が浮びます。
鮫錬の我を呑みこむ形相に大佐渡の山は炎の夕焼かな 山人
華やかな宝塚の舞台、美女と男装の麗人がくりひろげる華麗な世界を、夢みながら沢山執筆中の美々姉は、斯界に超多忙で目下休詠中です。思いは若く、いつまでも夢を追っている乙女です。再び感性あふれる投句を期待しています。クリスマス・クリスチャンと自称して、キャンドルサービスで毎年クリスマスイブでは教会で一緒になりますが、高く澄んだ声で讃美歌を歌う調べは魅力的です。しかも彼女のお宅は音楽一家なのです。
梅雨寒や寝たり起きたり日曜日ハロウィンお化け南瓜に声かける 美々
永い間の母と子の二人暮し、その母堂を亡くし傷心の美ど利姉ですが、時に、ひとり旅のしょう然とした姿を想像しています。独身を通し、いつまでも乙女心を失わないのです。しとやかで小柄な装いが、彼女の趣きに繊細な思いを深めるのでしょう。名古屋で服装学院を経営していました。書と俳画に深みが増しています。再会を約しながら果せず、専ら手紙の交換です。長良川で屋形に乗り、鵜飼いを楽しんだのは遠い昔のこと。
戦争は嫌です地球春嵐春雨に影となりゆく二人かな 美ど利
各自、独自の世界に君臨する姿があって、しかも一句々灯に共感を覚え、昔労を打ち返した人の、人生の楽しさ、嬉しさがこみ上げてきます。それに習って、それぞれの人柄がしみじみと思い起こされてきます。忘れもしません。かつては一雄を始め、匠村、野鶴、柴泉、重男と素晴らしい数々の俳句を詠まれた重鎮がいました。残念ながら鬼籍に入って久しく、しかし思い出は俳句とともに鮮明に焼きついています。古来、「虎は死して皮残す」、「人は死して名を残す」とはいいますが、昭経誹壇は長い歴史と共に、その人間性、文学性、芸術性が結晶したような喜びがあると思うようになりました。
先般、旅の行く先々で「句碑」を見かけました。文学碑について、本誌の巻頭随筆の執筆者であられる大内義一先生(早稲田大学名誉教授)は、「政治家や役人の顕彰碑は、文学碑と性質が全く異っている。(中略)・・・文学碑を好み、文学碑を求めて旅をするのは損得を無視して清らかな詩情と、美しい息吹を求めてのことである」と、大内義一随筆集第三巻「文学碑」に著されております。句碑にしるされた一句を味わいながら、人となりが窺えて奥ゆかしく、旅ゆく人の心を和ませるものがあり、心に触れるものがあります。可愛いらしい句碑は、銅像とは比較にならない美しさがあり、教養と人となりが窺えて、後世に伝えて感動を覚える気品さがあります。「人は死して句を残す」とでも云いましょうか。十七文字の言葉の中に、それぞれの広い世界が広がっています。
(機関紙『昭和経済』56巻5号巻頭言より)
平成17年4月15日
社団法人 昭和経済会
理事長