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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.15.01


謹賀新年

      皆々様のご健勝と、ご繁栄を心から祈念申し上げます。

                                    平成27年元旦 

      
            元旦詠歌 二十首


    新玉の年を寿ぎはらからと酒酌み交わし先を祝へり

    三段のお節料理をまなか置きいざ蓋開けむ元日の朝

    手作りのお節料理の品々を備へて祝ふ元日の朝。

    孫ふたり佳と麗とが遊びきて年越しそばを食める年の瀬

    初春の大き仕事に期待して慶事となして成果収めん

    東急の人と六日に要談す我がオフィスに精気みなぎん

    孫ふたり佳と麗との賢さの年ごとに増したのしかりけり

    初春に孫の家族が祝ひきて皆健やかに過ごしゆかまし

    初春の日差しさしいり我が庭にヒヨドリ高くさえずりにけり

    仏壇のほとけに向かひ手を合はせ無事息災を祈る今朝かな

    初春に文房四宝を取りそろへ威儀を正して正視するかな

    一の字を上より太く書きおろしわれが気概を示す豪気に

    聖句より艱難辛苦は忍耐と練達を生み希望を満たすと

主とともに行くこの道に憂いなし信じて希望を満たし行くべし

    風なくば木の葉も揺れず音なしの世のしじまにそ吾は立ちけり

    太き枝を四方にめぐらしあめつちの間を席巻しそびゆ欅よ

    正月の料理の品に意味ありて酒になじませうなずきにけり

    喜びにさえずりて鳴くヒヨドリの枝より枝に飛びかいにけり

    朝焼けのあとちらほらと雪の華舞ひおり来れば天使とも思ふ

    庭畑の小梅の枝に梅いちりん咲きてあたりに匂ひ放てり   
     1月1日


昨日二日から快晴を迎えた正月である。今日も真っ青な空か広がって、穏やかな日和の正月を迎えている。これに引き換え、西日本と北海道にかけては、冬型の気圧配置となって、ところによっては猛吹雪の天候に見舞われている。雪の多い年は豊作の前兆と昔から言われているが、深い雪に覆われた北国の人々の生活を思うと、無事にこの冬に堪えて頑張ってほしいと励ましの言葉をかけずにはいられない。青森県の、温泉で有名な焼山では既に3メートルの積雪だそうである。
   この日も所要があって事務所に向かった。温かい日差しに恵まれて、銀座界隈にはたくさんの人であふれていた。遠出を控えた人たちかもしれない。外国人観光客も例年より多く見かけるのも、日本経済が良好で、円安がかなり影響しているかもしれない。二日からデパートをはじめ小売店なども一斉に店を開いて、正月商戦たけなわである。小生のように仕事をしに事務所に赴くものは見かけない。その証拠に事務所のビルも締まっており、特別な鍵を以て事務所に入っているので、ほかには誰もいない。実に閑散としているが、仕事はその分はかどりやすいというものである。
   家内から早く帰ってくるよう電話が入って、夕方5時過ぎ事務所を出たが、夕方の空が紫に澄んで、白い銀紙を張ったように丸い月が浮かんでいた。会社を出て、ウインズⅡの商店街を通って行ったが、次のコーナーで外堀通りを渡り、銀座プランタンの店に入っていった。いつも店の外を通り過ぎていくばかりで、店の中に入ったのは今までで三度目である。この店はもっぱら女性専門の商品を売っている店で、男の人はあまり入らない。しかし物は試しで、いったいどんな雰囲気の店なのか知っておく必要もある。長年地元の人間として、この地域で仕事をしお世話になってきている以上、なにがしかの責任みたいなものを感じたのである。店の客の中には男はいないと思っていたが、店の中を通り抜けてきただけで数人の男性を見かけた。さすがにきれいな商品の陳列で、目の保養になったのは確かである。一階のみであったが、主に化粧品が多く陳列されてあった。道すがらの銀座三越や、松屋でも一階は豪華絢爛の化粧品売り場になっていて、こちらの方は意外と入りやすい感じである。和光は一階には結構はいる機会が多いが、さすがに目を引く高級品を売っていて、男性物も目を奪う高級ブランド品ばかりで、圧巻である。以前贈り物にモンブランの万年筆をここで求めたが、この店に入ると、いまだに裕福な気持ちになってくるから不思議である。この日はプランタンから数寄屋橋までぐるりと、銀座の四つ角にきて、そのまま何も買わずに地下鉄の日比谷線に乗って居眠りして帰ってきた。
  この日の夜は、娘夫婦がハワイ旅行から帰りに拙宅によって一緒に食事をすることになっている。すき焼きだそうだから、女房の云う通り早く帰ることにした。無粋だと思ったが、土産を買わずに、一目散に家路についた結果である。時間があったので風呂に入り、和歌を五首ほど気ままに読んでいた。娘夫婦が、玄関のドアを開けてにこやかに入ってきた。こちらはお土産を忘れずに、ちゃんと持って帰ってきていた。すき焼き鍋の匂いもしてきた。去年は病院通いをして胃を半分に切られてしまったが、ありがたいことに食い気だけは達者である。 艱難辛苦をはねのけてきた一年の後半であったが、信仰心を以て、信念堅持で立ち向かっていくのが人生だと痛感している。                                                1月3日

今年の新年礼拝

   まばゆいまでの青空が広がって、今年最初のの日曜礼拝に臨んだ。大勢の信徒がにこやかに出席し、バートン牧師の説教の後の聖餐式に臨んだ。説教の題は「無理のない良い人生」であった。思い当たる節があってよくよく考えさせられた。何事も無理をしてはいけないことがわかっていても、気づかずにいて、災難を持ち込む結果になる。昔、昭和経済会の顧問をしていた、参議院々長を務めた安井謙さんが「ほどほど人生」という本を出版して贈っていただいたことがある。いみじくも今日の説教は、それと重ね合わせて聞くようにも感じたが、説教でもそのように諭すみ言葉があって、正月早々にきわめて現実的な教訓を聞くことができた。礼拝が終わった後も、お茶と団らんの席が応接会議室で、いつものメンバーで語り合った。内科、婦人科の大武先生、外科の塚本先生、元丸紅勤務の菊山兄、元NHK勤務の松本兄らと私の五人である。あとからバートン牧師も加わったが、途中から青年会に出席のため席を外した。お茶の用意をしてくれるのは、教会の花、中山姉妹である。信徒がめいめいに持参した菓子などをいつも出して和やかに歓待にに応じてくれる。それぞれ思い思いに話を交わし、いつも二十分ほどでお開きになる。大武先生は九品仏駅近くに最近まで医院を開いていたが、おんとし八十八才である。今は藤沢の鵠沼の自宅に居を構えていある。教会には朝早く自宅を発ち、ここ自由が丘駅にまで通ってこられる。畏敬すべき大先輩である。
    私はこの日、説教を聞きながら思いのままに二十首ほどの和歌を詠んで、週報に書きとどめた。いつもたくさん詠んでは、後始末に困っているが、家内が、お父さんにはそのための専属の秘書が必要ねといみじくも云った通りで、最近はつくづく感じるところである。

    賛美して主の大庭にきたれかし愛と希望のひかり浴びつつ

    身に負ひし我れが重荷を主はかわり背負ひたまへり日々の歩みに

    初春の礼拝にきて歌へかし讃美歌七番のいつくしみの歌

    大いなる正義の神のみ座に伏しわれが力を活かしたまへや

    新玉の年を迎へて祈る主のみたまに沿ひて進みゆかまし 

    青年と腕組み果すこの業を年初の道のしるべ示して

    七転び八起きと古人の語れるに我が来しかたを振り返りけり

    さんさんとそそぐ日輪の陽をあびてこの人生を強く歩まん

    法界のおきてをみ手に神の座すみくらに伏して乞ひ願ひける

    信仰の確信に立ちこの年も強く明るく歩みゆかまし

    会衆の喜び集ふ教会の鐘鳴りひびく初春の朝

    神様の愛とめぐみをこの身にそ授かるときを尊しとす

    わが神の我に与ふる大いなる商機を成就せんとこの年

    慰めに生き神の道歩みゆく励ましの道歩みゆくわれ

    新玉の年を迎へて庭に出で天地の間を背伸びして立つ

    正月の空晴れ晴れと明け染めて多摩の堤にながむ初富士

    新年の話題に箱根駅伝の青山学の踊り出でけり

    初優勝畑氏青山学大の青年学徒の笑顔たのもし

    この年の初の詣でに高みより長む不二やまの雪にひかるは

    遠望す富士の高嶺のしらゆきの輝き放つ大和まほろば

    王道を胸をそらして主とともに進み勝利を手に収めけん

    わが意志を示し初め書きに一の字を左右に太くひきてうなづく

讃美歌を声高らかによどみなく歌ひて過ごす今朝の礼拝
  
    

      
                                         以下三十首ほど  続


東京株式大発会

   アベノミクスの将来の動向と成果は、いみじくも東京株式市場の動き次第である。経済の指標を検知しながら、その未来予測を織り込んで刻一刻と変化してやまない。安倍政権の人気の度合いも株式市場の動きである程度の予想は察知できる。期待と思惑が交錯して、市場に参加する投資家の目は鋭く、長期、短期にかかわらず、休む暇なく賢明な様相である。
   内閣が代わっただけで経済の様相は一変して、昔より華やいだ感じで、日本と日本人にとっても世界に胸を張って立ち向かうことができた。政治家の優劣の顕著な例として、利口と馬鹿を対照的に比べて、事態がいかに深刻な状況になるか、きわめて鮮明な理由の付く事例である。今日利口な指導者によって日本が暗く長いデフレから脱却して、経済の歯車が、ようやく前に向かって動き出したのである。これ以て幸いと云わねばならぬ。
   今日の東京株式ははじめ大きく売られて始まって200円強の値下がりであったが、途中から盛り返しプラスに転じるときもあった。しかし結局42円安でこの日の取引を終えた。ニューヨークやEUの株式が軟調であったためもあって、若干の値下がりで終わったことは、目先を強気で押す投資家が沢山いることの証左と見た。証券会社の経営者などの意見を集約すると、強気筋は当然として、年内ダウ2万円を超す予想の人もたくさんいた。投資家にとってはその程度の予想を立ててもらわないと、アベノミクスの腰砕けを意味することになっってしまう。そうなったら安倍さんはもとより日銀の黒田さんだって、顔面蒼白、心穏やかでない。選挙で民意を確かめた安倍さんだから、この辺りは心配することもないけど、経済は魔物だから、一寸先は闇とは言わないが、経済外的要因で、何が起こるかわからないのが世界である。長期的に見て上下を繰り返しながら、右肩上がりの長期トレンドを目指した相場展開となることだろう。
   昔、スターリン暴落があって、世界に震撼が走った事件である。その頃と今では世界は大きく変わって、そうした一時的ショックを和らげる世界的フレームの変化や、経済的連携が強化されていることは事実である。ただ最近になって原油の急落が、マイナス面に及ぼす面が目につくようになった。産油国の一部にデフォルトをを懸念する情報もあったりする。もちろんロシア経済の打撃は大きく、国内経済の沈滞とインフレが心配だし、加えてウクライナで欧米から経済制裁を受けているので、これが次第に効いてきている。又EU内部の揺れも懸念材料だ。ギリシャの大統領選挙の結果によっては、ギリシャの財政危機が再び浮上して、金融混乱を招きかねない要素もある。民族意識の台頭で、イギリスやフランスなどには政治的にEUを離脱する機運も一部にあったりして、油断は禁物である。しかしそうした世界的なうねりから練磨された相場が、これから大きく展開していくことが多くの人たちに期待されているから、この雰囲気を日本はいち早く察知して、自分の足元と環境を強力なものに構築しておく必要がある。技術革新と、規制緩和で、産業のすそ野を大きく広げていくべきである。
   もとよりオフィスに来る人たちは、押しなべて何らかの形で投資資金を持っている。日経平均が上がっていたり、保有する株が上がっていたりすると、先ず表情が違っていて、悲喜こもごもであり、それとなく推察できるから面白い。あるお客さんの場合は、持っている銘柄までわかったりしているので、今日はご機嫌ですねと、こちらからの挨拶も違ってくる。最近ではご婦人たちが経済意識を高めて、男性顔負けの熱の入れようである。こちらの方は家計をつかさどる方々だから、消費の動向に直結してくる。株が上がったので真っ赤なフェア・レデイーを買ったと云うずば抜けたご婦人がいて、近所の話題になったりしている。背の高い長い顔をした派手な奥さんである。昔、宝塚にいて一世を風靡たシャンソン歌手、越地吹雪に似ているが、赤いカーフスを首に巻いてマントヒヒがフェア・レデイーを運転して山の中を疾走していくようなものだろう。一見して想像すると、野性的にも見えてくる。町内でこの人を呼んでささやかな会合を開いたそうである。鼻息荒く、評論家以上に熱弁だったらしい。久しく見なかった力強い光景である。女性の社会進出は歓迎すべきことながら、今も昔も同じこと、めんどりが時を告げると、その家は傾くとか、雌鶏が雄鶏より声高く鳴く家は不吉なり、といういわれもある。こんなことを云うとクリントン夫人に叱られてしまうが、要は、妻がでしゃばって権力をふるうと、どうもよくない結果を生み出しやすいということかもしれない。決して女子蔑視の考えではなく、生理学的にそういうことが立証されていることであって、そもそも男女の差とか相違とかに由来するものである。丹下清子さんも、はしゃいで乗っている感じだから、フェア・レデイーを運転していく奥さんも、余りスピードを出したりしないように活躍を祈る次第である。
    社会に出て活躍する女性諸君たちは、企業や勤労者と同じように、文字通りアベノミクスの成否を占う人たちであるから、おろそかにできない。女性の社会進出は単に労働市場の拡大だけでなく、金融市場への参加を促して余りあるものがある。株式投資資金を以て新たに分野に企業家として進出をもくろむ女性もいて、女性の地位向上に大きく寄与していることはいいことある。安倍さんが女性にもてる理由がこうしたところにもあって、これが選挙で大量得票を手にする業かもしれない。上がったところで売り損ねるのが、浅はかな男性諸君である。 いずれにしろ日銀総裁が自ら以てこれ以上の株価を期待するところ大だから、あらゆる手段を講じてそのための政策運営にあたるかもしれない。 期待外れのないようにお願いしたいところである。欲をかかずに、「まだは、もうなり、もうは未だなり」の売買のタイミングもある。 小石が流れて,木の葉が沈む、とは相場の世界での格言である。理屈通りにはいかないということもある。 投資家を、万軍の兵士が守らんことを。    1月6日

パリ銃撃事件

   無法者で跳ね上がり分子が、どこの国にも地域にもいることは仕方がないが、そうした暴力的反社会的勢力をいかに抑えて、秩序を保つ自助能力があるかを我々はとわれている。小規模の時も得れば大規模にわたって、多くの人的物的被害を無差別に受けないとも限らない。いじめや家庭内暴力から、大きくは9・11事件のように世界的な広がりを以て影響を及ぼしてくる。いじめや家庭内暴力にしても、9・11時事件にしても、警察や治安当局がしっかりしていれば、未然に防げる案件ばかりである。要は、ことの大小に限らず、治安と防備体制がしっかり確立して入れば、そうした人物やグループの行動を未然に防げるわけである。広く拡大するとこうしたテロは、戦争とは峻別されるべきものであって、動機や目的は狂信的な心境を以て個人的、単独に行うか、周囲を扇動、教唆してやりかすかにかかっている。実行犯は妄想に駆られて、思慮分別にかけた、低劣な性格の持ち主に多い。格差社会がもたらしたとする擁護論があるが、責任を負わずにほかに転嫁する犯罪意識の癖である。自己の能力不足、欲望を晴らしえない人物が、己を顧みる力不足に気づかずに、不満を第三者、不特定多数の要因になすりつける独特の性癖である。
   自由を謳歌し薫り高い文化を育み、自由と人間賛歌の歴史的、世界的街のパリで起こった銃撃事件は、世界に震撼を走らせた。ニュースの報道を見るかひり、黒覆面で降り立った実行犯の二人は、悠然と新聞社に入った。ことは白昼公然と新聞社を訪れ、会議室に入り、幹部、編集人、記者たちが会議中のところを狙い撃ちして12人全員を射殺、街路においてあった車に乗って逃走した。見る限りそれを阻止して犯人の逃走を妨害したり、狙い撃ちする警備人や警察官はいなかったように思う。大した反撃にも出ず、犯人を現場から逃走させ、実行犯は現場から姿をくらました。あわてた当局は、犯人追求に出たものの、行方が分からず捜索する人海戦術で捜索するありさまだ。町の警護や治安の状況は一体どうなっているのだろう。我々旅行者にとっても不安を将来に残す形になった。日本だったら取り逃がすことはないだろう。ゆめゆめそんな事件が起きてはならない。しかし日本とて油断はならない。危険ドラッグで犯罪を起こす程度ならましだが、テロに準じた事件などはいつどこで起きないとも限らない。人口密集地で起きようものなら被害甚大である。昔のことながら、オウム真理教の地下鉄サリン事件があったが、あれはまさしくテロの最たるものである。あの残虐行為は今も生々しく映ってくる。あれなどは当初のうちから世間を騒がせて物議を醸していたものであり、異様な行動を以てすでに警戒すべき事柄であったが、初動捜査以前に厳しくマークしておくべきであった。テロと称して狼藉者が暴れ出し、善良な市民を脅かす事件が絶えなくなって、せちがなさを感じる世間である。世界的に衝撃が走った今回のパリの襲撃事件は、以て他山の石としなければならない。
フランス政府は警察や特殊部隊まで繰り出して全土に9万人近い治安関係者を投入して、武装した二人の実行犯人を追跡しているが、いまだ犯人を捕捉するに至っていない。この二人は兄弟と云われているが、上空からもヘリコプターまで出して逃走先をしらみつぶしに探している。人質を囲い民家に立てこもっているとも言われているが、情報が錯綜していてはっきりしたことは分からない。国際テロ組織アルカイダで、かなり高度の軍事訓練をしてきた人物と思われる。治安当局もかなり以前からマークしていたとも言われているが、それにしてはその後の動静について見逃しがあったのではないだろうか。
   わき道にそれるが、最近は、日本でも個人情報の漏えいを気にするあまり、以前のように大っぴらに調べたり資料を求めたりすることが困難になってきた。それ自体は何もとやかく言うつもりはないが、過剰に過ぎて、日常生活においても随分と苦労していることが多い。あまり隠ぺい的な制度を敷いたりすると、これを逆手に悪用する人物が出てきたりして、個人情報保護法なるものも角を戒める最近の主張もある。一方で情報公開を求めていながら、傾向として矛盾した点も多く散見される。銀行などでも一定条件などを超えたりすると、知っているくせに本人確認を求められることがある。冗談にもならないが、本人はこの自分だといっても承知をしないので、窓口の御嬢さんに支店長を呼んで確認してくれと云ったら、支店長が出てきてやはり本人確認が必要なので、という始末である。先日挨拶に来社したはずではないかと云っても馬の耳に念仏で、どこ吹く風といった調子で、相当の無神経なやつでないと務まらない。その上に、本人確認を求める方は、やに役所ぶったりする傾向があって始末が悪い。いじわるは門燈で悪い気がしたが、再度確認する意味で、支店長が変わったばかりとは言いながら、この間挨拶に見えたではないかといったら、これは失礼しましたという始末である。気でもおかしくなったのかと云ってやったら、謝りながら本人に間違いありませんと、サインして納得したというから、どこかが狂ってきていると思うに至った。最近では興信所が仕事にならないで困っているという次第だ。頻繁に必要とされた住民票が簡単に取れないらしい。過剰な個人情報保護といった風潮が、犯罪や、テロが間否犯罪を誘発したりする要素がないとは言えないだろう。住民票が逆に犯罪やテロの隠れ蓑となる可能性の方が大きい様な気がする。
   パリの新聞社で銃撃犯罪を犯したテロは、狂った思想と行動で矢鱈若い命を無残にして一生を犠牲にしたことにもなるが、どうせ銃撃戦で粉々な身になることだろう。そうした無残な自分の姿を、せめて生きている間に想像しなかったのだろうか。アラーは偉大なりと叫んでみても、宗教の違う身にとっては、意味がさっぱり分からない。意味がほかの人にわからないことを強制されても困るし、ここは落ち着いてお互いに立場の自由を尊重しあいたいものである。自分だけが犠牲になっていくなら勝手だが、関係のない人様まであの世に引っ張り込んだりしないようにしてもらいたいものである。もとよりイスラムを冒涜する漫画記事を新聞として発行したからと云って、人々を殺めたりすることもあるまい。あるいはその影響の大なるを懸念した結果の犯行であっても、表現の自由といった基本的人権を擁護する主張だってあっていいはずである。
   同時に大切なことは、自由には秩序が裏返しにあるということである。自由には行動の責任が付きまとう。ところがどこにも跳ね上がり分子がいて、混乱の先陣を切って英雄視するが、未熟社会には得てして台頭する思潮である。イスラム思想の過激化は、穏健派にとってもつらい面があって、あらぬ被害を蒙っていることは否めない。絶対神の信仰にしても、根源的なところは皆共通したイデアがあって、互いに争いあうものではない。いうなれば神は、即ち根源的な存在は一つである。人間社会を構成する地域や民族によって、信仰の仕方については多様性があって然るべきである。信仰心を以てすれば、人間の命をを否定する神はいない。ましてやお互いに殺傷しあううような残虐な行為を神様はいかなる理由があるにせよお許しにはなったはいない。素朴な言い回しになるが、神は人の命を守り、各人各様に健全な人生の幸福を求めて努力する姿に、温かいまなざしを注いでくださるものである。愛和の精神の涵養に努めていくところに、真の信仰の道が開けてくるのではないだろうか。
   自由を象徴するパリの空のもとで起きた衝撃的な銃撃事件である。一刻も早くテロの恐怖から逃れて事件を収束し、銃声の代わりに平和の鐘が鳴り響いて、人々の心に平安の日が早く訪れてくれるよう祈っている。        1月9日

短歌同人誌  淵の編集

  
   短歌同人誌・淵の編集を目前にして忙中の間、しばらくの時間を仕事から離れて、くつろぎの時として過ごすことができた。うたを詠んだり、編集したりして大変でしょうと人様から言われたりするが、私にとっては決してそうではなくて、むしろ忙中の閑を楽しむ癒しの時間である。歌を好き勝手に自由に詠んだりしていると、頭の中に澄み切った酸素を注入してもらえるこうな気分になって、詠めば詠むほど清涼な血液が全身に及んでくるのである。そうした時は考えたりする余裕がないほどに、思いが言葉になってすらすらと文字に代わってくるのだから、不思議である。出来上がった歌は、思慮の浅い上滑りなものかと云うと、そうでもないところが救いである。むしろ深く考えたり思いつめたりして詠んだ歌に限って、技巧的で自然な流れで詠まれていないような気がして、自分のものでないような気もしてくる。やはり素直は心境の自分のものであってほしいし、うまい下手も議論すべきには違いないが、そうした時間は私にとっては無駄なようである。無造作に書き流したものばかりで、添削したりして、もっと時間をかけるべきだとする人もいるけど、どうしてもなじめない。
   わたしの和歌を詠んでくださっている友人のひとりに写真家のSさんがいる。不思議なお付き合いで、お目にかかったことはないが、短歌同人誌を通じて親しく手紙を交換するようになった。尾張の名古屋は、瑞穂の郷に在住されているが、先日の頂いた草書に、私のホームページに載った和歌の一つがどうしても読みにくいという知らせとご指摘であった。控えめなご指摘で恐縮してしまうのだが、その温かく優しい心配りに普段味わえないゆとりと温かみを感じて、何やら心が豊かになってくるから不思議に感じたのである。いつも時間に追われて仕事にあくせくと過ごしていると、生活の過ごし方に反省を通り越して、無味乾燥な気分になってきて嫌悪感すら抱くようになるものだが、親友との手紙のやり取りから、人の心とはいったいなんだろうかと落ち着いて考えてみるようになるものである。そんな時日本語で美しいという一文字が、ひとことが浮かんできて、わたしにとっては、それが動機になって大和言葉を使ってまた和歌を詠んでいこうとする楽しみが湧いてくるのかも知れない。
   ホームページに載せた和歌を訂正できたのは、友人のご親切な通知であったが、気が付かなければうっかりしてこのまま載せ続けることになるところであった。新春に教会に行った時に詠んだ二十首ほどの詠歌の一つであるが、「会衆の喜びみつる教会の鐘なりひびく初春の朝」の一首がここで正しく読もうとしたうたである。快晴に恵まれたこの日、牧師の説教を聞きながら、漫然として思うままを教会の週報に、まるで落書きするように何首も詠んだもので、あわてて文字に打ったら、誤字、誤植だらけの一首になってしまって気づかずにいたものである。平凡な一首であるが、分かりやすいものかもしれない。こうして気が向くと、イライラを解消しようとすると和歌を詠む癖があるから、毎日、何時どこででも何十首も読んで、あとになって整理に困惑してしまうのである。精神衛生上、私にとって和歌を詠むことは、長い意味で考えてみると、金のかからない健康長寿の秘薬かもしれない。貧乏人にはうってつけであると感謝している。1月17日

   私が気まぐれに散歩に出たりすると、必ず寄ってはいる店がある。尾山台駅近くのコーヒー喫茶店のドトールである。安いから入るのではなくて、店の居心地がいいからである。これと云ってとりえのある店ではないが、なんとなく気が休まる感じで歌を詠んだり原稿を書いたりしているのである。家内が買い物に出かけてくると、ここに私がいることが分かっているので見つけたとばかり笑いながら入ってくる。入ってきたついでにと云って妻はカフェレオをおいしそうに飲んだが、こうした折には一緒に帰るときもあるが、先に帰ることが多い。私がここでのんびりとしながら書き物をしていることが分かっているからである。ちゃんとした書斎なるものはないにしても、家では、何時でもゆっくりと落ち着いて物を書く場所はいくらでもあるが、それとはまた違った意味合いがあるのかもしれない。若者がよく本を読んだり、中にはパソコンをたたいたりしていることもあるが、それと同じような理屈であって、取り立てるほどの意味合いはない。ただそこの席が空いていれば座っていたいし、ついでに書き物をしていたいといった軽い意味合いである。その時、妻が先に帰ったあと、私は三十分ほどいたであろうか。奈良の旅を黙想しながら、一枚の紙に二十首ほどの和歌を詠んで店を出た。外は今日の穏やかな日和の名残をとどめて、この時刻には静かな夕暮れがせまっていた。駅前の市場は買い物時で活気にあふれていたが、久しぶりに鮮魚の「魚辰」の店に寄ってみた。いろいろな魚が活きよく並んでいるのを見て回るのも楽しいが、旦那から、「朝、御嬢さんのテレビ見てますよ」などと声をかけられたりすると、素通りするわけにもいかない。夕飯は鍋にしようと勝手に決めて、あんこうを二さや買うことにした。
   鮟鱇で思い出すのは、東北大震災のあった二年前の年、疎開先の友人、A君の案内で北茨城の旅行に出た先の宿屋で、アンコウ鍋をたらふく食べた時である。鮟鱇のきもの刺身を食べてみたが、これまた絶妙な味覚であった。それと学院、大学時代からの親友・T君の案内で、神田神保町の老舗街にある、アンコウ料理の老舗で粋なアンコウ鍋を食べたことである。以来、冬は鮟鱇鍋に限ると思うくらいに鮟鱇が好きになってしまった。ドトールから魚やに至るまで話はやや生臭くなってしまったが、如何にも庶民的で気楽なものであると、万葉集の高貴な調べを織り交ぜて、気分は多少滅茶苦茶になりながら家路についたのである。 「 鮟鱇の所在分からぬ個所も食べ 」  三郎

     みほとけのまろきひたひにみこころのあつきおもひをひめてたつかな

     なにげなくかなしみおびてこうふくのてらにあしゅらをたづねゆくなり

     さるさわのいけをめぐりてものもひにふけるときにそながむつきかげ

     みほとけのまゆねよせたるまなざしのとほくをかざしうれひふかきも

     ほほゑみてうつつごころにものもへるみろくぼさつのおはすこのてら

     いざゆかむわかくさやまのたもとまでほとけのおはすてらのみちゆき 

     いちねんをいだきてたてるしょうねんのとほきをみつむまなこすずしき

     わかくさのもゑいづるころうつくしきあしゅらのきみのたちまひてゆく

     おくやまのわびしきやどのとびいしのまをながれゆくわきみずのあと

     つまとゆくごじゅうのたうをあほぎみつてんぴょふのよのおもひいだきつ

     ほのぼのとゆらぐみくらのらうそくのひにうかびいづみほとけのかほ

     ゆびさきをかすかにほほにふれてみてわれもひかれてこころみるかな

     おほてらのやねのいらかのさざなみてはるのひよりにかがやきてみゆ

     あまたらすおほきほとけはあめつちをみてにおさめておはしけるかな

     ほっきじのてらのふすまをひくそうのころもにはるのかぜのすぎゆく

     いにしへのひとのよすがをつきかげにしのびてきこゆみこのふえかな

     はるたけきひよりとなりぬいかるがのさとのおとめらなにをかたらむ

     なにげなくかなしみおびてこうふくのてらのほとけをたづねゆくかも

     やまとじのたえなるはるのみちゆきにむかしのたびのあはれしのぶひ

     おほやねのいらかなみうちはるのひにかがやきひかるみほとけのさと

     くさもゆるわかくさやまにみをふしつねがえりしてみるはるのそらかな

あらかべのへいにはりつくかれつたのあとにすをはるくもがまちふす

                                                  他

民主党代表選に就いて  ( 敬称略 )

   今まで公言はしなかったものの、民主党代表選に就いては深刻に考えていたことである。一強政党の自公民政権に対峙できるのは野党の民主党にしかないが、この民主党は実は腑抜けの輩ばかりで勉強不足の努力不足、頓珍漢野郎ばかりである。あまり期待できないならほっとくしかないが、日本国と、日本人の将来を考えるとき、民主党の存在を軽くあしらえないところに悩ましさがあって、何とか民主党の実力を支持したい気持ちでいっぱいなのである。そんなに深刻に考えている時にも、政治家喜劇芝居とか何とかに出演する鳩山の腰抜け野郎が女装して、ふざけた役を演じているなんて、実はとんでもないぶざまな真似をして喜んでいる知能程度である。一時だったとはいえ、あんな奴が民主党の党首になって首相になって、国民をリードしていくということがあったのだから、いかに国民を侮辱した政党かが浮かんできてしょうがない。さりとて目下のところ野党第一党の地位を占めているわけなので、その動向を決める今回の代表選については、目をつむっているわけにもいかず、ひたすら念じるところがあったが、期待する地点に着地できて幸いだと思ったのである。
   どうでもいい代表選だったが、若造の細野でもなく、学者タイプの暗い長妻でもなく、網膜剥離が災いしないかと心配していた岡田に代表が決まって、良かったと思っている。穏健で落ち着いた岡田なら、民主党のこれからの改革と前進に向けて発進することができると期待している。細野は経験不足で原発事故の対応も拙劣だったし、恰好付けが先に出てはしゃぎすぎである。かといって長妻だとすると地味で今の安倍に比べたら明るさで落差がついてしまう。だとしたら消去法で行っても岡田しかないだろう。落ちるだけ落ちた今の民主党から選ぶとなると、岡田以外には見当たらない。
   ここで民主党が泥船になって激浪に晒されて沈没されても、自民党に対峙する政党が他にいない。維新の会なんて滅茶苦茶な政党だし、リーダーとなるべき人物がいかさまで誇大妄想家だから、あんな跳ね上がりの若造に日本の政治にかかわってもらっては困るのである。橋本とか云った男だが、見栄とはったりで来た薄っぺらな人物である。ヤジ的であり扇動、挑発的であり、蒙昧な民衆が乗せられて無為に動かされるだけである。大阪あたりで吉本興業の真似でもしてもらっていればいいのだが、余計なことを考えて人迷惑な話である。その太鼓持ちが大阪知事をやって下で支えている。まるで小泉の下っ端の田舎芝居を打って、蒙昧な大衆の関心を得ようとするあがきである。とてもじゃないが、まともに正視できるやからではない。あんな政党と合併して健全な野党を形成するなんて駄法螺をふく細野じゃ、判断無能、見識劣等の誹りを受けて、民主党の姿はいっぺんに消えていくに違いない。
  だとしたら泥船で沈没寸前の民主党を何とか救済しなければ、へっぽこ議員ばかりそろった民主党をなんとしても大きく一人前に育てていかなければ、この先の日本の政治は自民党一党独裁に等しい状況になってしまって、議会民主主義の根幹を揺るがす結果にもなって、決していいことはい。いつまでも安倍さんが良識的な民主政治を牽いていけるとばかりは言えないので、民主主義の体制的根幹だけは保っておかなければならない。根底にうごめく右傾化の勢力の台頭を許してはならないからである。一見してバラバラな意見を内包している民主党だが、ここは政治経験の豊かな岡田が党内をうまく取りまとめ、人事を含めて斬新な構想で強引に引いていくしかないだろう。欲を言えば従来型の労組寄りの政党でなく、ある程度の保守的な色合いを飲み込んでいくような包容力がないと、国民の意識と乖離して一般的な支持を取り付けることはできない。原点に帰る姿勢はいいとして、その原点とは何か、今の時勢にあったものなのかの検証も必要である。原理原則を貫くことは必要にしても、世の中は常に変化し流動しているからこそ、臨機応変の思想もあながち否定するわけにもいかない。民主党が成長して、他の野党がついてくるようにならなければ、成長した意味がない。最初に数を合わせて大きくし、名前を変えたりしても、肝心の中身がインチキで通そうとするようでは最初から瓦解の憂き目にあうだろう。図体だけ、数だけ寄せ集めればいいともいえない。問題は中身である。民主党自身が、自公民と対峙して引けを取らないような実力と形に成長しなければいけないだろう。今自民党の右傾化を、理性的に止めているのが公明党である。それと組むかくらいの聡明さがあってもいいだろう。維新の会などは、いつでもそろばん勘定でやってくるから、民主党と云っていながら自民党にだってぺたりとくっついてしまう代物である。あんな支離滅裂で、はったりな政党は、もともと当てにならない。
   いつまでも青臭く原理主義を持っていたでは、一方的な偏見に移って政治家としては落第である。まずもって民主党の魅力を岡田が背負って先頭に立ち、ある時は自民党に政策面で対峙、或る時は協力していく柔軟性が求められる。そして党内の若手を主導し、取り込んで内部から活性化いくことが必要である。岡田が主張していたように、先ず自分自身が生まれ変わって、豊富な政治経験の上に立って、清新な第一歩から踏み出すような気概を内外に説明出来たら最高の出来だろう。いいチャンス到来である。さらに岡田は頑張って、安倍の向こうを張って出る、力の涵養に努めるべきだ。外務大臣の経歴を持つが、安倍外交の向こうを張って、安倍政策を呑み込むくらいの迫力を以て、一か八かの意気込みも必要である。
   岡田は、ちびちびした小手先でなく太っ腹を以て、自民党の政策を乗っ取るようなつもりでロシアとの外交問題の解決をやってのけるくらいでなければだめだろう。原油の急落でロシアの経済は四苦八苦の様相だし、これは石油市場の構造的変化がもたらしているものだから、一時的なものではない。北方領土を有利に解決する秘策を持っていくのも適宜を得ている。あるいは尖閣諸島の問題を大ナタを振ってやり遂げることもいい。国内問題も、安倍政権は地方再生を大きく掲げているが、こうした時の起爆剤には、以前の蒸し返しでなく、斬新な首都機能の地方への一部移転を提案してみればいい。地方活性化を持続的に進めるには、機能と人口の一極集中化を回避して、国土の質的改良計画が一番である。霞が関の省庁の一部移転が、その地区を中心に周辺に広くインパクトを与えることは確実である。官僚の抵抗もあるが、これが一番の特効薬である。問題を抱える過疎地の自治体の財政再建のためには、その地区への移住を進めるために相続税を軽減ないしゼロにするといった奇策をとってみれば、住民の増加を期待できるだろう。何か一つでもいいから胸のすくような仕事を手掛けてもらいたいものである。素人が考えても、このくらいの案がすぐに出て来るではないか。
   安倍政権の足元をすくうばかりが能じゃない。援護射撃もやってみたらどうだろう。自民党内でがたがた騒いでいるが、憲法改正などくそらえである。現在の法整備で十分手を尽くせるという古参議員もいるし、根底の平和憲法の精神だけは普遍的なものだから、これを堅持することが大切である。暴力的、戦闘的イスラム国に、日本国憲法の精神を以て啓蒙するくらいの地道な活動だっていい考えである。グローバルな時代の精神に逆行して、国際的に紛糾の絶えない時代がやってくる兆しだが、こうした時こそ日本国の平和憲法が威力を発揮して、世界に日本国憲法の精神を広めていく結果にもなってくる。暴力的なイスラム国を認めるわけではない。しかし彼らの指導者との接触はどうなのか。イスラム教を信奉する多くの信者は、決してかような非人道的な行動を支持してはいない。加担しているのは暴力を是認し、そうした教育を受ける蒙昧な人たちが、入信していく末路にあって、もともとそうした人物ではなかったのではないか。テロを構成するのは世界の無法者、狼藉者が集まった集団みたいなものだが、先頭に立つのは大多数の一兵卒の者たちで、首謀者は一握りの黒幕、理念なき極道ものである。
   最初は混とんの中から次第に形を形成していく過程は、宇宙の成り立ちでからも推察できるが、人間の歴史も一面においてそうした見方もできるわけであるが、戦争と残虐行為が人間の不幸をどれだけ起こさせるか、そこが問題である。イスラム国も、昔であったならそうした過程を経て、新たな国が民衆の信望を得て生まれるということであるが、民主主義が制度として圧倒的な今の時代では難しい話である。これを以てマルクスが提唱したことのある暴力革命というわけである。かってはキューバのカストロ然り、イランのホメイニ然り、最近ようやく改善の兆しの見えてきたように、穏健に話し合いのきっかけをつかむことが必要であって、やって出来ないことはない。ドイツのヒトラーみたいな時代は来ないにしても、それを小型化したグループや暴力集団は出てくるだろう。跳ね上がり分子が伝播しないうちに鎮圧することが、社会秩序を保つ上に大切なことである。
   世界地図を見まわしてみても、経済的貧富の差が歴然である。貧困にあえぐ弱者が社会に存在するように、世界地図を見ても、経済的に貧困にある国々もある。こうした国々には、政治的混乱が続いたりして、国民の不満が堆積している地域も多い。テロの温床になりやすい地域でもある。こうした地域に対する経済支援も、国際的に連携して行って、教育的啓蒙を図るべきである。更には現在、不幸なことに混乱が続いて、テロの温床となっているイスラム国のような政治的真空地帯もある。紛争地区に刺激を与えるような言動は、出来るだけ避けることが肝要である。巻き添えを食わぬことである。矢鱈に空爆を以て攻撃しても、効果は限定的で疑問視されていて、むしろ憎悪と復讐の念を強めるばかりである。
   野党とはいえ政治家として、国民の為にやるべき仕事が沢山ある。網膜剥離の治療が終わって、岡田の顔が一段と冴えた感じだが、眼光鋭く先を見据えるチャンスが与えられたに違いない。活躍を大いに期待したい。 決して安倍首相の肩を持つわけではないが、安倍に好かれるようなパワーを持った人物に成長してもらいたい。 それは日本のためであり、ひいては世界の為になることだからである。      1月19日


イスラム国が、日本人を人質に

   まるで私のホームページを読んでいるのではないかと思うくらいに、昨日、二人の日本人がイスラム国過激派\に人質として拘束され、身代金2億ドルを日本政府に要求してきたという報道が、飛び込んできた。拘束されていた日本人は昨年来行方不明となっていて、ジャーナリストとして現地周辺を取材して活躍していた斉藤氏、会社経営者の湯川氏と判明した。テレビでは、人質とされた二人と、身代金を要求する犯人の一人の映像が頻繁に報道されているが、実行に72時間を区切って要求に応じるよう主張している。応じなければ人質を殺すというものである。残忍極まりない行為で許し難いものである。
   シリア、イラクの政治的、統治的混乱に乗じ、その真空地帯を実効支配するイスラム国は、勢力を拡大しつつも国家としての形成はなく、組織も未熟で整っていないが、シリア、イラクにまたがる三分の一ほどの地域を支配し、次第に勢力を拡大してきていることは不気味である。欧米諸国は暴力的国家形成に対抗して、有志連合を以てこれの撃滅を図っているが顕著な効果が現れていない。国際社会は忸怩たる思いでこの様子を見ているが、これに対抗する有効な手立てを持てないでいる。地域によっては行政を敷いて、支持を得た統治機構を築いている地域もあるといわれている。基本的にはイスラム教を活用し、恐怖支配を置いて地域を収めている。国家形成の初期の段階である。財源は占拠した石油資源であり、人質にした身代金である。そしてシリア、イラクの内戦の混乱に略奪した武器弾薬を以て地域を拡大してきている。しかしその期間はわずか7か月間程度である。報道によると戦闘員を勧誘し、世界の80カ国から若者をあつめて1万5000人が戦闘に参加しているという異常な状況である。
   イスラム国は昨年6月、イラクで二番目に大きな都市「モスル」を占拠して周辺都市を次々と陥落していった。カリフにアブバクル・バグダデイという名の人物を選んだ。カリフとはイスラム教の預言者ムハマンドの代理人を意味する。つまり一神教を標榜する、最高指導者を決めたことになる。次々と地域を支配していくと、やがてはイスラム国の建設につながってくるし、地域と人口がどのような規模になるか判然としないが、内戦が続くシリアとイラクがだらしがないから、その無政府地帯をついて地盤の確保に躍起である。組織の構築がモザイク的だから、脆弱である。アメリカを中心とした有志連合が、これに対して石油施設などに猛爆を以て対応しているが、イスラム国の体力もそがれていることも事実である。
   しかし既存の施設や行政をそのまま使って住民の支持を得、司令塔を発揮している地区もあるようだ。一見、秩序立っているかに見えるが、こうした不穏な分子の組織が、政情不安の周辺諸国に蔓延、拡散していくことを警戒しなければならない。第一次大戦の結果、連合国によって勝手に線引きされて作られた今の国境が正しくないとする見方が、この地域の不安定な要因になっていることもある。シリアのアサドや、イラクの体たらく政治家にとって代わる国と期待されるような状況を推論する人もいる。シリアやイラクの政情不安化にある民衆が、イスラム国の台頭で、その支配下にあることがむしろ安定した生活を確保できるとしたら、従来の世界が考えているより違った見方をする結果にもなりかねない。
近事では、毛沢東が蒋介石総督を追撃して中国全土を支配下に置いて中華人民共和国の樹立宣言と、統治の正当性を世界に認知させた歴史を我々は知っている。結果が安定するような状況なら一種のクーデターが、こうした地域に起きているとみることもできるが、情報合戦でもあり、現在のような野蛮的な行動がある以上、立派な指導者を立てて、イスラム国家樹立を目指すものと云う、うかつな見方はできない。はたまたアメリカをはじめとする有志連合の猛攻にあって、必ずしも目的は達せられない運命かもしれない。暴行、略奪、人質といった忌々しい報道がイスラム国の本体を疑わしめている。物理学的には宇宙誕生ではないが、当初のビッグバンから爆発を繰り返し、個体を形成していく長い過程があるが、そうしたたとえすら考えられない原始的で滅茶苦茶ぶりである。あの混沌とした地域で、混乱の中から新しい組織や社会が形成されていくという想像もあるが、あの野蛮性では国民や国際社会からの支持を得ることは難しいかもしれない。だが学者の中には歴史的生成過程を見てきて、歴史観的な見方をする人もいて、一つには指導者の手腕と動き次第だが、イスラム国の動向を侮れない点もある。
   人質解放は時間との戦いで、緊迫した状況が気になるが、なんとしてでも救出に成功してもらいたい。彼らは日本の人質を解放すべきである。さもないと我々民主主義を標榜する世界の仲間から、一層の反撃を食らうことになるだろう。彼らの要求と行為は、真のイスラム教を冒涜する結果になる。今回の人質事件は原油施設の破壊や、原油の急落でイスラムの戦闘資金が枯渇してきているということもあって、人質を使って多額な身代金の要求に日本が標的にされた感じである。 過大な要求額を見ると、実現不可能を見越して別に目論見があるかもしれない。 こうしたテロがいつどこで起きないとも限らない。我が国のテロ対策と治安の維持を、常に怠ってはならない課題である。 1月22日

        
       ロシア・ルーブルの急落


このところプーチン大統領の顔がさえない。それもそのはず、国家収入のほとんどを原油の輸出に依存してきただけに、最近の原油価格の急落で収入が激減し、ロシアの通貨ルーブルの急落で国内インフレが加速し、国民生活に対する不安が急速に高まって、かってのプーチン王国の人気に陰りが出てきている。柔道と乗馬で鍛えた筋骨にもたるみが出てきて、影響は表情にも如実である。プーチンの白い顔がますます蒼白になってきて感じである。生活のイライラが昂じ、強い酒をあおったりしていると精気に欠けて覇気がなくなってくる。しっかりしてもらわないと困る。そもそもクリミア半島で物議をかもし、小事にこだわり大事を忘れた先見の明に欠けた決断が失敗だった。石油を武器に使った軍事政策が失敗だった。その怨念がウクライナに飛び火して、欧州を混乱に陥ちいる今日を招いている遠因である。原油はその後の市場価格にもよるが、主として政治的思惑に使うこと自体が強引であり拙劣さをいがめないのである。理論と合理性がない外交的政治は、えてして失敗に終わるケースが多い。原油が高止まりしている時は、自重して原油政策からの依存率を低くして万が一の時に備える知恵がないと落第である。当てにして梯子を外されるというものである。ベネズエラ然り、世界は賢明なサウジに習っていくべきである。そのサウジでは国王が亡くなったが、新たに継いだ国王は、悠然として従来の政策を継承していくと述べた。世界は一時原油価格が上がったりしたが、しかしすぐに元の木阿弥に戻った。原油価格も半年前の水準から半分になっている。こんな激変は近来見なかった現象である。周辺では原油相場に手を出した人がいたりして、押しなべて資源株や、資源相場に手を出したりした人たちは、プーチンじゃないけど顔が白くなっている。昔から言われていることだが、相場で儲けて蔵を建てた人はいないということかもしれない。だからと言って手をこまねいていたでは事業は務まらない。リスクを負って挑戦していくところに、開拓者精神があるゆえんである。商社の丸紅飯田だって資源事業を大きく手がけ、石油資源だけでなく、食糧事業にも進出し、資源と称する全般に、市場進出を図り、 穀物の相場に狂って見通し誤りを、1600億円もの多額な損出を出してしまった。情報収集と分析に長けた商社でさえ、海外投資戦略を誤ってしまったのである。優れた情報網を張り巡らして万全をきして打って出たつもりが、逆の結果を生んでしまった。大企業の商社にして然り、未来を予測して戦略を練ることがいかに難しいかを如実に示している。海外投資や資源開発に向かった大手商社の中でも、莫大な損失を蒙っている商社など合わせると1兆円以上に及ぶとも言われている。ブームに乗った先の落とし穴である。
   石油に頼るロシア経済だが、このところの市場ではロシアの通貨のルーブルが売られている。ロシアの国債の信用の格付けが投資不適格とする水準に引き下げられたからである。「BBプラス」と云うランクだと、償還期限が来ても国債が償還されないことを意味する。これでは誰もが信用してロシア国債を買わなくなってしまう。即ち投資不適格となって、市場での資金調達が一段と難しくなってしまう。1月27日現在、ルーブルは1㌦が68・3ルーブル前後で取引されている。昨年8月には1㌦35ルーブル前後であったものからすると、貨幣価値は半年足らずで半分になってしまったことになる。これは危機的状況で、ロシア経済はちょっとやそっとでは回復しそうにもない。この痛手は今後ますます、いろいろなところで起きてくることだろう。ロシアの国民は穏健でおとなしいから、政権にたてついたりしないが、中枢で不満が鬱積してくると、プーチン政権だってのんびりしていられなくなるだろう。いくら秘密警察が暗躍する国とはいえ、そこまでは強権的に取り締まることはできないだろう。今頃はシベリアの奥地の別荘で、プーチンは世の中が落ち着くまで息を殺して潜んでいるのではないだろうか。先に立つ身は、常に孤独である。
こうした中、怠け者のギリシャでまたひと騒動がおきている。EU加盟国のギリシャが、際立ってのけ者にされているが、乱脈な経済運営で、EU諸国との足並みがそろわず、加盟各国から財政再建に真剣に取り組んでいくよう勧告を受けながらやってきているが、どうもうまくいかないで、援助ばかり受けている。EUからは金食い虫で道楽者扱いだが、国民は国内の緊縮改革路線を不満として議会選挙に臨んだところ、政権与党の緊縮財政に反対する急進左派連合が躍進して、EU政策に反旗を翻した。選挙に勝ったからと言っても、勝手な行動を許せば、ギリシャ自身がEUから突き放されるし、おのずと自制する政策になるに違いないが、このギリシャが新たな欧州発の金融危機の火種とならなければよいと思っている。今回の選挙で、うやむやしていたものが吐き出されたから、むしろ雨降って地固まる、すっきろしたのではないだろうか。政権を奪還したからと云って、国民が期待すような政治が行われ経済生活がにわかに回復するとは思えない。期待しすぎてむしろ逆を行く場合が多い。政権交代して経済がうまくいくようになったのは日本の安倍政権だけであって、自慢になるかならないかは別として奇跡に近い事例である。アメリカも今の経済状態の回復と好調さを見れば、同じことが言えるかもしれない。おばあがさほどに人気が出てこないのは、外交関係で失敗が多いからかもしれない。ほかの国〃は経済停滞に困っている。安倍さんが恵まれた環境と評価を得ているのは、ひとえに平和憲法のおかげである。戦争をしていないから、どこからも反撃を受けないし、戦争で人を一人も殺したりしてきていない、ここ70年の貴い歴史がある。その間、秩序を以て自由に国民経済の向上に専念できるからである。即ち経済活動において、国民の創意工夫と開発へのチャレンジ精神を十二分に発揮できているからである。
他国の通貨を気にしてばかりもいられないが、日本にしてもひところ80円台まで付けた為替が、今は118円前後で、国際通貨価値は4割近く下げている。しかしこれは自民党への政権交代後、劇的な政策変更がもたらしたもので、政策的にアベノミクスのしからしめるところであって、デフレ脱却を目指しての、輸出国日本の先ずは人為的政策の結果である。円安効果と北米の輸出増加が重なってトヨタ自動車は史上最高の利益を計上して記録更新中であり、安倍さんがもくろむ賃上げに先陣を切って猛進中である。こうした動きが産業全体に及んで来れば、実質賃金の向上と合わせ、消費者の購買力がついて経済の好循環に入っていく勘定になるわけであるが、今はその剣が峰である。企業が新規の設備投資に踏み切れば景気の上向き志向となって、金の流れは企業の設備投資に傾いていくことになる。企業の業績回復が納税意識を高め税収につながり、財政再建の道筋をつけていくことにもなる。王道を行く道筋が描かれている以上、ここでアベノミクスがくじけてはいけない。    1月28日


一月晦日の雪

   慌ただしかった今年の正月が過ぎようとしている。目が覚めたら庭が一面まっ白の雪化粧である。そしてしんしんと雪が降っていて、この分だと大雪になるかと心配していたが、出勤時の10時ごろには雨に変わってきた。二センチほどの積雪と思われたが、テレビの画面には、首都圏をめぐらす鉄道の交通手段が一斉に遅れ気味となって、ダイヤが混乱している様子を伝えていた。この程度の雪で、都市機能の一部が侵されてしまう東京の脆弱さぶりである。月末で勘定の支払いがあったりして、会社をさぼるわけにはいかない。事務所に連絡したら、事務員さんがいつものように定刻に出勤してくれている。小生を気遣って、滑らないように気を付けて出てきてくださいという。雪が降ったりすると履物に困る。とかいせいかつになじんだひとはb、おおむね長靴は履いたりしないようである。長靴の用意してない家も多い。雪模様の空を見て、長靴を履いてゆこうかと思ったが、庭畑の仕事に使うようなもので、紳士に合ったものはないという妻の話である。確かに野暮ったさがうかがえる。しかも、ひびの入った黒の長靴では、いくら雪の中、雨の中と云っても、魚河岸の旦那ならいざ知らず、銀座経由で通勤の社長さんでは、いかにも恰好が悪い。長靴でもエナメルのように光っていればまだしも、ぼろぼろに近い代物である。最近は街中でも長靴を履く人を見かけなくなった。時代と、感覚の流れのせいだろうか。
   それに比べて女性の長靴はカラフルで、おしゃれな装いとなって魅力的である。女性の履物と云えば、やはり化粧の付いた派手な靴とか、サンダルになるが、ブーツも履いている人を見ると恰好のいいものである。履物がきれいだと、視線がつい上の方に行ってしまうから不思議である。お金持ちとか、おしゃれな人とか、美しいひとほど履物にお金をかけるらしい。高貴なご婦人にしても履物を見れば和服の高級さが判定できるということである。今日は幸いなことに雪にならずに済みそうである。車で自由が丘駅まで送ってもらい、帰りを気を付けていくように妻に言った。滑ったりしないでねと、逆に注意された。
   地下鉄に乗って銀座で乗り換え日本橋に降りて、三井住友銀行によった。一月も晦日で混み合っているかと思ったら意外にすいていて、送金の仕事がはかどった。いつもは事務員さんがやってくれているから、たまにこうした仕事をしたりしていると慣れないせいか、疲れてくるものだが、今日の小雨に変わったお天気で、気持ちも鎮まるというものだ。単発で大きかったものだから、小生が昨日のうちに小切手を用意して、引き出して送るだけにしておいた。それでも面倒である。送る金だからかもしれない。しかもこれは完全に戻ってこないものだからである。つまり何のことはない、吐き出すものである。
   帰りは京橋で降りたついでに、八重洲内科医院に立ち寄った。女医で医院長の長尾先生とは20年以上のお付き合いである。お世話になっているというよりも、親しみが心のつながりに似て、いつもあたたかく接してくださっているので、お世話になっているという堅苦しいものではない。この日は薬をもらって帰ろうとしたら、出勤してきた長尾先生に、後ろからお元気ですかと声をかけられた。久しぶりにお目にかかれてうれしくなったのである。弊社で努めていた事務員さんが、以前に長尾先生を訪ねてきて、「長尾先生はアメリカ帰りなんですって、しかも綺麗な方ですね」と、いみじく言っていた通り、いまだにそのままの印象で、私自身もうれしく思っている。先生は美しく気品にあふれている。いつも静かに笑みが絶えず、何かあれば親しく相談に乗って下さるので、多くの患者さんが診察を受けに見えている。人柄の大切さを、身を以て実感している。医は仁術なりという言葉が古くからあるが、本来の意味するところは、人間性にあふれた意味合いを以て、その及ぶところは計り知れない。人の人命を預かるわざをもって、博愛の精神が基本になっているから、立派な医術を持っているお医者さんは、常に人の命を救済するという温かい愛の精神にあふれた人でないと、その職務は果たせない。そうした使命を以て患者さんに接してきている証拠として、私たちは先生の人柄を見て、心温かさを身に覚えてくるのである。
    所要の薬をいただいて、しばらく立ち話をしていたが、「その後の身体の具合はどうですか、とても良い感じに見えますね。それに何時も若々しく宜しい環境ですね、素敵ないでたちで。それも現役で働いているからでしょうね」と、励まされたり、褒められたりすると、先生の見立てには客観性があるので、自信を持って帰ってきたのである。その時、私も同じ言葉を返して、今朝の出金は大変だったのではないですかと云ったら、「今日は一番町から来たのです。いつまでもやめられずに働いてばかりいて」と笑っていらした。長尾先生の若い清新な魅力さが、また冴えるように思えた。まさか、長靴を履いてこないでよかったと私は思った。 1月30日


    
   


   
                  
   
   

2015.01.01

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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