line

社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2018年08月07日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

VOL2018/1/1

·


謹賀新年

鐘の音や気概大きく去年今年
去年今年星の満座に月渡る
初空や茜の空に鷹一羽
初景色輝やく嶺に富士の山
わが意志と思惟を貫き去年今年        三郎

皆さんのご健康と、ご活躍を祈ります。
    元旦

去年今年(こぞことし)と云って俳句の季語に当たり、この言葉は正月の季語です。新年、初春、三日、松の内、など沢山あります。去年今年とは、去年から今年に移り変わることですが、言葉には、過去を顧みて未来を望む、と云った万感の意もこみあげてきます。悪いことは忘却の隅に捨て去り、厄を払い、新しい溌剌とした気概を以て未来に臨んでいくと云う、ある種闊達な精神が窺えて来ます。


   天気晴朗の正月三日

初春の光りほがらに照り映えて真澄みの空の広く明けゆく

ひむがしの空大らかに明け初めて初日に光る富士の白雪

正月の酒酌みかはしはらからと幸多かれと祈る此の年

大晦日の夕方になって例年に従い、長男家族が拙宅にやってきた。昔と違って、暮から大晦日にかけては、正月を迎えるために主婦は大掃除で大変である。子供の頃はよく手伝いを頼まれた。くたくたになって元旦を迎えたものである。今は核家族だから、本家や実家の掃除の手伝いなどやってくれるはずがない。家のなかや外回りが綺麗に済まされたあと、大挙してやってくるのである。
ゆうがた6六時、年越しそばを食べて過ごす。満月を見ながら近くのぎん屋に向かった。もとより満員の盛況だったが、客の回転は速い。待つこと十分。個室の良い席が取れた。締めて六人、各人思い思いに好きなものを注文する。落語の蕎麦屋ではないが、小生は、そばの醍醐味はもりそばに限るとの思いから、大盛りの、盛り蕎麦を注文する。この店のそばは、味に深みがあって堪能できる。
隈なく晴れ渡る青空を眺めながら、除夜の鐘をきき、幸先良い元旦をむかえた。
朝、天気晴朗の空である。正月料理をたしなみながら、気分は横溢。地元の玉川神社には早朝から長い列が作られて、善男善女が願いを込めてお初詣にやってきている。いつ絶えるともわからない人の列である。私たちはここ数年、他の場所を選んでお参りしている。環八を渡って玉川堤に下って行く。途中のナザレン教会を左に曲がり田園調布に向かって行くと、左手に小高い森がある。そこに瀟洒な神社がゆかしく立っている。宇佐神社と云う。五十段ばかりの石段を登っていくと僅かな平らな場所に出る。祠は北側に発っている。保育園にウサギが遊んでいるような温かい雰囲気の境内である。下に多摩川を望み、遠く駿河連峰の山なみが遠望できる。この日も富士山が快晴に空に輝いていた。人影もまばらだが、社務所には正装した巫女さんがお札を扱っていた。
二日には家族全員がわが家に集まり、新年の酒を酌み交わし新年を祝い、妻が作った三段のお節料理をいただいた。みんな明るく健康に新年を迎えることが出来、神様に感謝する。娘夫婦は暮れの28日から台湾旅行に行って二日の日に返ってきた。一家団欒に大輪の花が咲く。昼は終日、燦々と降り注ぐ太陽の光り、夜は煌々と光る月の光り。お父さん、見事な月よ、と妻が云いながら窓の外を指す。庭に出てみると、金色に光った大きな月が真上にかかっている。満天の星も輝いていて、素晴らしい月見だ。そして除夜の鐘をきいた正月は、すべての厄を打ち払い、清新の気に満ち満ちて、希望と自信をこめた大いなる年のスタートとすることが出来た。山に、海に平原のふるさとに、赤々とのぼる朝日影を仰ぎ、幸いなるかな、素晴らしい精気横溢する新年の三が日であった。      1月3日


営業開始

今日4日から営業開始である。年末から正月にかけて十分に英気を養った。いざ出陣である。目指すところは一歩先を制して、市場を開拓していかなければならない。同時に従来の得意先の充実を図り、勝機を逃すことのないようインパクトを与えて行かなければならない。それが事業の持続的発展につながるからである。会津八一の学規の一つに、日に新面目あるべし 、とある。

迎えた平成30年度は、先進国の経済拡大が続く専らの観測である。超金融緩和政策で資金供給が経済の後退を阻止して市場環境を大きく整えてきた。大成功お言っていいだろう。デフレ脱却の出口が見えてきた。例えばAIなど活発な技術革新に依る新たな需要の拡大は、歴史的展開を刻んできている。潤沢な資金供給がそれを後押し居てきた。完全雇用に近い状態である。アメリカのシェールガスの発見と発掘技術の向上によるアメリカ経済の質的構造改革は大規模である。それをニューヨーク株式市場が遺憾なく示してきている。経済のダイナミズムを促した。中東原油への依存度をなくした。アメリカはむしろ原油の輸出国に転換した。
こうした力強い背景が、企業家に期待と自信を持たせた。ニューヨーク証券取引所は連日の大商いに活況を呈し、ダウは連日の高値更新を記録中である。生産、消費共に好調な指標である。FRBの低金利政策の見直しも受け入れ可能な市場環境になりつつある。株高によって資産効果もはじけ、資金の回転は順調である。アメリカに雇用をのスローガンも字幕が薄れるほどに失業率の低下は著しい。むしろ労働力不足の問題が持ち上がってきている。完全雇用の実現が経済のピークを齎す危険性がある事を経済学者のケインズは言っている。このところのコントロール如何であろうか。
そこで日本は中國、ロシア、EU,アフリカなど、広く動向を掌握し、先頭を切って独自の経済外交を進めていく必要がある。資金と技術を以てアフリカ諸国にも楔を打ち込んでおくべきだ。北朝鮮の動きも変わってきている。劇的変化の予測も推測される。将来の北朝鮮との経済交流を視野に入れた政策決定の思案など準備しておくべきだ。    1月4日

おどろくべき株高

昨年に続き、2018年度に入ってからのニューヨーク株式の奔騰、驀進ぶりは驚くばかりである。更なる企業業績の向上と、経済指標の期待数値の上方修正が追い風だ。しかし過熱して買い過ぎれば、バブル化である。IT,AIと云った新技術の革命的活用に依る、将来の大変化を期待している。希望に満ちた経済社会の大変化を織り込んで、株価は進んでいる。実体経済から異常に乖離してはならない。しかし、現実の非常に興味を引くのは、トランプ政権の混乱ぶりと、アメリカ経済とは別の問題としている状況である。

それと以前から予想していた北朝鮮の挑発姿勢の膠着状態が逆に、南北朝鮮半島に対話の機運が盛り上がってきて、一触即発の緊迫した状況が徐々に緩和されてきている証左とする大きな期待が背景にある。トランプと金正恩との激しいやり取りが常態化して、これ以上一歩も進みえない状態になりつつある。これ以上の攻撃が無駄だとわかったとき、理性的に思慮する余裕が出てきた。そこに少しの突破口が開けられれば、一気に問題は解決の方向に進む可能性がある。ピョンヤンで開催される冬季オリンピックへ、北朝鮮が、韓国の呼びかけに対し参加の意思を表明してきた。国際的な株高も、こうした背景を読み込んでいる。

IT産業、AI産業の爆発的は前進と普及。そのこと自体が、ピープルズ・キャピタリズムの問題意識を、根本的に変えている。即ち戦争は売り、平和は買いの常道が始まっている。相場は相場に聞けの理由なき理由か。              1月6日

日曜礼拝

新春の鐘の音ひびく教会の祈りも新たわれがこの年

あめつちの全てを愛し限りなく神の恵みの溢れみちたり

今年最初の日曜礼拝である。穏やかな日本晴れが続いている。妻を乗せて車で一緒に行く。定刻10分前に礼拝堂に入った。窓から日がさす南側の席に座った。説教は創世記三章から、み言葉の取り次ぎがあった。アダムとイブが禁断の実を取って食べてしまったところである。隠れる私、探す神と題して。今年は乱れなく、平穏に仕事に励み、世のため人のために働くことが出来るよう、願いを込めて神に祈った。
礼拝後、シニアの会主催の短いフィルム鑑賞があったので出席した。鑑賞者二人。明治、大正、昭和の初期にかけて北海道で受刑者の教育と宣教に当たった牧師、その後家庭生活学校も開設、留岡幸助の苦難の回顧録の紹介である。留岡牧師の、キリスト教的愛の教育に一生を捧げた物語で感動した。
そのあと女性会が作ってくれた昼食にあずかった。十人ほどの席上、正月の間イスラエルに旅した女性の話なども雑談的に聞く。


初春の光りかがやく大空を教会の鐘鳴り渡りゆく

此の年の穏やかに過ぎ争ひのなき日と神よなさしめ給へ
                                        1月7日


南北朝鮮の閣僚級会談
風雲急を告ぐ


一気に動き出した南北朝鮮半島情勢である。
独裁者の心中は図りかねるが、今の韓国の首相の言動も図りりかねる。日本国に対する姿勢である。友好親善の手を差し伸べているが、不可逆性のある問題についていちゃもんをつけることがわからない。例えば慰安婦問題。そして竹島問題。浦を加うぇせば羨望、妬み、やっかみ、不信と複雑である。
米朝の互いにこぶしを振り上げて罵倒、恫喝し合うよりも、互いに合図をしあって話し合いをする方が、より建設的である。
米、朝、韓の動きに、人の良い日本国が、梯子を外されないようにすべきだ。油断は禁物。
韓国、北朝鮮の対話は、オリンピックだけではない。それは単なる踏み台。事務レベルから一気に閣僚レベルの上級会談に急展開。独自の南北朝鮮の協議である。
かってトランプが云った、金正恩は賢い男だと。それは間違いない。安倍さんしっかりしてくれ。私もそうだがね。


急展開の朝鮮半島


適宜を得た、南北朝鮮の電撃的提案である。朝鮮半島に解決の糸口がかすかに見えてくれば、極東の軍事衝突は回避できる。対立、不信に依る悪魔の拡散、しかも核戦争は回避できる。その反動で朝鮮半島に和平への壮大な道のりが急速に開けてくる可能性がある。
それを期待して投資家に安心感が広がり、世界の株価はなおも一段高を演じるだろう。しかし慎重に考えて、逆も又真なりで、ふたを開けたら違っていたこともある。理屈通りにいかないのが世の中である。木の葉が沈んで小石が流れるとは。世の中は思い通りに行かない。だからデコボコが生じる。デコボコは早晩均衡状態に収斂されるが。最近妙な事実を知った。いずれお話しする機会があるかも。
9日の閣僚級レベルの南北朝鮮会談に歴史的に注目したい。急展開に決まって、日米も付いていけないくらいである。積年の相互不信を払しょくし、確信して民族の幸せのために。平和の祈りを捧げつつ、成功を祈ろう。
情熱的に決まったものではない。国際的な制裁が効いて、国情としてもはや限界である。ここが潮時と当事者が考えた。自滅を避けた賢明な決断である。金正恩は賢い男と、トランプが云った通りである。
1月7日

学び舎の朋友の死

昨年12月31日に、高等学院、大学時代の朋友のk君がなくなった。明けて1月2日の夜、奥さんからの電話、そして息子さんからの連絡で知った。学生時代からまじ愛読書家で、静かな男であった。誠実で実直な性格が自分の性格に合ってここまで付き合えた。訃報は予期せぬもので突然であった。沈痛の思いである。
代々、目黒の柿の木坂の大きな屋敷に住んでいたが、現在、厚木に近い大和市に移っている。厳父は千五の石炭事業で成功した実業家である。空襲旅行をした時は、厳父のひと声で行く先々で歓待を受けた。当時の八幡製鉄、高岳製作所などの工場などを見学しながら、良にとめさせてもらったりした。
K
K君が目黒の柿の木坂から、現在の大和市に映ったのは二十年ほど前になる。南に温かく相模連峰のなだらかな山なみが好きだったのだろう。通夜の日、私は会社を早く出、東京駅から横浜へ、相模線に乗って大和駅に降り立った。慣れぬ道のりで寒い夜であった。5日の通夜に赴いた。
私が供えた生花の札には、早稲田大学・朋友として母校を記して自分の名前を書いた。彼の棺の一番近いところに置いてくれてあった。身内として座ってもらいたいと奥さんや息子さんの言葉で、云われるままに一番前の席に座った。真正面に飾られた写真が、彼の人がらを十分に示して、穏やかである。無二の親友である。最近も電話をして健康を確かめたばかりである。赤が好きで、赤と黒のチェックのシャツを下着に着ている。温和な笑みをたたえる写真は、彼そのものの写真である。祭壇の、その下に棺が置かれてある。写真を見ていると、その中に彼の亡骸が置かれているとは思えない。焼香する時も私には、ほとけとなった棺の彼を拝顔することができなかった。勘弁してくれとつぶやいた。信じられないからである。彼の最後を見届けに来たはずのものが、無意識にそれを拒んでしまった。男らしい君のほがらかな写真だけで十分である。
通夜のお浄めの席では、奥さんの隣で終止話を伺い、息子さんたちがかわるがわる隣に来てくださり故人を偲び、昔の懐かしい思い出話に耳を傾け合ったのである。世話になった九州一周旅行や、拙宅で飼った三十羽のにわとりと卵の話など。光陰矢のごとし、随分遠い昔の話だ。
帰宅して寝床に着いたが、その頃になって熱いものがこみあげてきたのである。   1月5日

 朋友の逝去を悼む

川滝の逝去を通じ悟りけむ人のいのちのさすが虚しき

川滝の信頼厚く友情を貫く友もめずらしきかな

豪邸を柿の木坂に築くとき臼井もおりて心強きも

その臼井去年の二月に亡くなりて我が寂寞に追い打ちをかく

我が友の臼井が逝くは右腕をもぎ取られたる心地こそすれ

高鳥もわが社に居れば頼もしくその高鳥も忽然と逝く

建築の神髄を得て理念あり当代きっての建築家と見ん

川滝が建たる屋敷は今もなほ柿の木坂に在りて偲べり

友情を貫き通し人生を語りし友のみたり逝きたり

願はくばイエスか阿弥陀のもとに居て安らかに身を置かれおらまし    合掌    1月11日


幸いなるかな、止まらないニューヨーク株式

経済状況が大きく変化してきているとはいえ、ニューヨーク株式市況の驚異的奔騰、連騰には驚くばかりである。さまざまな物議をかわし、素質を問われるトランプだが、相場の方はお構いなしだ。天井知らずと云うわけにもゆくまいが。
トランプの大統領就任後一年がたつ。その間ざっと7000ドル強も上げっぱなしで来ている。ものすごい馬力である。うなぎのぼりの株式相場。結構な話で、投資家の笑いが止まらない。一方で、経済的格差の拡大はなおさらのこと厳しさを増す。株を持つものと、株を持たない者との経済的格差は広がるばかりである。株式は賭け事ではない。しかしこうも華やかに株式が膨れ上がっていくと賭け事と勘違いされてくる可能性がある。全員参加の賭け相場と云う奴だ。あぶない橋を渡る感覚で市場に参加してくる人も増えよう。危険である。しかし大方の人が、株を持つ余裕すらないとなると、富の偏在が問題になってくる。
税制を含め富の再配分が課題だ。差別発言もここから出てくる。貧富の差を以て、労働者諸君を便所小屋などと二度と云わないように
トランプ政権の内外でのぐらつきにもかかわらず、経済指標に基ずくアメリカ経済の回復、拡大基調は泰然たるものがある。FRBの落ち着いた金融政策、法人税の減税措置、国内のインフラ投資など追い風になっている。アメリカ経済の拡大さ、史上最高値の株式市場、こうした環境は、北朝鮮のちっぽけな軍事的脅迫をはねのけるに充分である。
廃棄に困って1万5000発の核兵器を有する世界の今日、核実験、ミサイル実験と云ってもうんざりするが、事が無鉄砲な世間知らずの北朝だから、始末に悪い。簡単にボタンを押されても大変だ。ピョンヤンオリンピックの参加表明で、このところ静かになっているのは幸いである。アメリカもその間は軍事行動を起こさないと互いにけん制し合っている。知らず内に長続きしていくことは一番いい。そして、ピョンチャン・オリンピックには沢山の美女軍団を派遣してもらって、世界の尾錠王国を世界に知らしめてもらいたい。薬物使用でメダル獲得に狂う馬鹿者なんか、比較でない。美女軍団は、平和の祭典にすがすがしい光景となろう。金髪の薄くなってきたマントヒヒを狂わせてやってほしい。背の低い太った豚とは、トランプが云ったことだが、どっちもどっちである。友好親善こそが大事であって、メダルなんか海に捨てて帰ってこい。             1月17日


驚くべきニューヨーク株式の連騰。


再度記述したいが、経済状況が大きく変化してきているとはいえ、ニューヨーク株式市況の驚異的奔騰、連騰には驚くばかりである。即ちアメリカ経済のダイナミックな底上げと云うべきか、短期間に仕上げた歴史的記録である。株式の先取り、先見性も凄まじい。消費者の購買力を上げ、企業家の投資意欲を加速させる。世界の膨大な資金がアメリカに集中されて、こうした潜在力を充たしてくれる。資本主義的に磨き上げられた、アメリカの新経済社会である。さまざまな物議をかわし、素質を問われるトランプだが、相場の方はお構いなしだ。天井知らずと云うわけにもゆくまいが。

トランプの大統領就任後1月20日で一年がたつ。うなぎのぼりの株式相場。結構な話で、投資家の笑いが止まらない。日本も含め、おこぼれを頂戴する外国の株式市場も連鎖的に株価を上げて、笑いが止まらないようだ。株価の上昇は概ね社会の不安、不況という暗い影を払しょくし、社会が景気に湧く明るい姿を演じ、連鎖的に経済の歯車が順調に回っている。今これが世界的な景気回f苦に繋がっている。
注目は経済の劇的な質的変化である。それを睨んだ株式の先取り、先見性も凄まじい。大学で習った経済学者ヒックスの「経済の社会的構造」、これを教材に使ったことを思い出す。ケインズの景気循環論の理論を飛び越えてしまっている感じである。随分と古い話になるが。今のアメリカ経済は、このうねりの上にダイナミックに乗っている。

一方で、株を持つものと、持たざる者との経済的格差は拡大するばかりだ。ここから出てくる社会的不満も不安の影である。経済的格差の拡大はなおさらのこと厳しさを増す。税制を含め富の再配分が課題だ。差別発言もここから出てくる。貧富の差を以て、労働者諸君を、肥おけとか便所小屋などと、こうした汚い言葉を二度と云わないように。 一生懸命に仕事をしていても、ちょっとした言葉の使い方で傷つけられる人が多く居る。指導者たる者、そこに留意して教養の高さを示す必要がある。そんな配慮のないところがとランプらしいと云ってしまえばそれまでだが、下らぬ舌禍事件で政治生命を落とすこともある。 矢張り必要なことは政治家としての理念、教養を持つことである。    1月18日

井伏鱒二とその息子

名門雑誌の短歌同人誌、淵(会津八一)を引き継いで、編集し発行しているので、いろいろなところから詠歌や句作を頼まれる。岩波書店の短歌研究や、その他の機関にも登録されて周知されているからだろう。頼まれたりするが、ほとんどお返していないことを申し訳なく思っている。依頼を果せないというわけではない。相手の気持ちに合わせて詠んだり作ったりすることが苦手なのだ。苦手と云うよりも不安なのである。
ことばを以て自分の意志、感情、思いと云ったものを自在に表現、記述する喜び、充実、達成感と云ったものを味わうために創作している。
井伏鱒二の息子が早稲田中学から高等学院時代で一緒だった。何かと気の合った仲間同士だったように思う。しかし学院では彼は第二語学にフランス語を選んで行ったので、クラスが分かれてしまった。おやじとそっくりな丸い顔をしていた。名前を秋元大助と呼んでいたが、残念にも若くして早世してしまった。愛嬌者で何かと話題を振りまいていた。彼が云っていたが、おやじは昼間寝ていて夜になると目をさまし、書斎で物書きをしている。常に自分の思い通りのことを書いていると云う。出版社から頼まれて書いたことがなかった。おやじの作品は、文字通り創作である。その時は井伏鱒二が著名な作家だということは知らなかったし、作品にも触れたわけではなかった。ただ大助は、お前に頼まれれば、おやじに頼んで色紙に何か書いてもらってくる、と。そんなもの要らねえと云って、一緒に三朝庵のそばを食いに行ったことがある。あの時、井伏鱒二に「山椒魚」とだけでも書いてもらって置けば思い出に残って良かったなあと、今にして思っている。
                     1月19日


トランプ政権一年  (フェイスブックから)

トランプ政権が発足して20日でちょうど一年が経つ。何かと物議を醸して話題を撒き散らしてきている。野獣派であり、異色的である。これも国内の不満を巧みに汲み上げて選挙戦で勝って、大統領になったが故である。なった時は自分でも、まさかなるとは思っていなかったので戸惑っていた、という暴露報道がなされている。アメリカ第一主義を唱えて政策的にも国際間で軋轢を起こしている。結果、孤立しているのだ。しかしなんとか一年をやり繰りしてきている。今のところ評価を正しく下すには早い。
性格もあるが、性急的で舌禍が多すぎる。俗にいえば田舎丸出しで表現が汚い。仁徳に欠ける点がある。しかし大統領にそれを求めるには困難だろう。側近に就く周りが注意しないといけないが、傲慢で独善的なところで損をしている。これも意識して意図的なところもある。刺激させて反発を買い、巧妙にかわして鋭く反撃している。
政府機関の主要な人事で約4000人の政府職員の内三分の二が未だに決まっていないと云う。これでは稼働不能に近い。民間経済がしっかりしているから崩壊しないでいられる。アメリカの強みである。
良いところもある。株価の上昇が顕著である。世界経済を含め、景気循環がたまたま回復過程にあって運よく乗ったまでである。前の政権下での政策が功を奏してきている。トランプが誇張していたように株価の上昇もある。これはピッチが速すぎて危険である。失業率の低下もある。トランプ政権にとってはこれからが正念場である。今は未だ助走段階。中ソが隙をついて力を伸ばしてきている。これからの国際政治力が問われるところである。ロシア疑惑は懐中のダイナマイトだ。弾劾で失脚しないことが重要だ。 


 次のテーマは成人の日、ピョンチャンオリンピックと北朝鮮の参加、河野外相の活躍、体調不良の克服、写真家の友人などの投稿かな。頭の中に積んであること、そのまま書きたいことが沢山ある。今夕、急いで車を飛ばして多摩川の堤に行く。今日の夕日は実に綺麗な感動的な光景だった。瑞雲を背に輪郭を保って落ちていく真っ赤な太陽、荘厳そのものだ。富士山のシルエットも加わる。大寒に入って、寒波が襲ってくる前の束の間の安らぎの空である。低気圧と重なると雪を齎すこともある。雪に弱い東京だ。そんな時は厄介だなあ。  1月20日

東京に大雪


関東地方に大雪が降った。本州南岸に低気圧が停滞し、そこにシベリアからの寒気団が下りてきて大量の雪を齎すと云う予報である。東京都心でも23センチを記録。拙宅の世田谷等々力辺りでも30センチ程の降雪である。雪に慣れない都会の人たちにとっては散々な目に遭った。
私はこの日に約束の商談があって1時半に会社でT社との商談に入り、二時半に終わって窓の外を見たら大粒の雪が強風に煽られて降り始めていた。三時に慶応病院に定期検診を予約していたので慌てて会社を出た。有楽町から秋葉原に出、中央線に乗り換え信濃町に。既に横殴りの吹雪になっていた。それでも病院は混雑していたが、幸いこの日は診察が早く済んだが会社には戻らずに急いで帰宅に着いた。山手線で代々木経由、恵比寿に出て地下鉄日比谷線に乗り目黒駅に。ここまでくれば安心である。企業の間では各社とも社員に早めの帰宅を促した結果、帰途を急ぐ通勤者で車内は混雑。中目黒駅ではホームに乗客があふれて、東横線のダイヤの乱れでが原因。ようやく自由が丘に着いた。駅頭は大勢のタクシー待ちの客が並び、戸惑う人でごった返しいる。こんな光景は珍しい。都会の雪に弱い実態をまざまざと見せつけられる一日である。
運よく来たバスに乗って二つ目で降りたが、車中もぎゅうぎゅう詰めである。これで事故でも起こされたら大変である。停留場から家までの僅かな道のりは、横殴りの吹雪のなかである。ビニール傘をさして積雪の道を注意深く歩いて行った。人通りのない道は雪が積もるだけ積もっているがゆえに、短靴がずぶりと埋まって歩行がままならない。横殴りの吹雪のなか、何やら冒険心も湧いてきて気を取り直し、むしろ元気が出てきた。足を取られぬよう、足を滑らせないよう、転んだりせぬよう気を付けて、家にたどり着いた。女房が心配して出迎えた。銀色に降ってくる激しい雪のなか、一面の銀世界を味わいながら帰ってきた気分はむしろ格別であった。

風呂に入ってから先ずはビールを一杯。そして庭の雪景色を眺めた。素晴らしい雪明りの景色である。雪山賛歌ではないが、雪中行軍の鍛錬も加味して、青春を取り戻す思いで自分の体力に自信を持つことが出来、このことで普通より三年,否、十年は加算して長生きできる計算である。周辺の景色の借景だが、隣近所の雪景色に包まれて清浄な気概に浸っているのが至福そのものに感じた。雪舟が描く、それとも墨絵のような幽玄の世界を逍遥し沈思黙考・・・・又いい知恵が出るぞ、わははははははは・・・・・。    
国民が大雪に慌てている時に、安倍さんが国会で施政方針演説。力強い口調で自信満々の体で結構なことであるが、問題は中身である。慌てる隙にではないが、じっくり勉強しなければいけない。憲法改正?、そうか、じっくりと、じっくりと。


関東地方に大雪


関東地方に大雪が降った。本州南岸に低気圧が停滞し、そこにシベリアからの寒気団が下りてきて大量の雪を齎すと云う予報であった。午後になって俄かに降りだした雪は、東京都心でも23センチを記録。拙宅の世田谷等々力辺りでも夕方までに30センチ程の降雪である。吹き溜まりには35センチぐらい積もっている。雪に慣れない都会の人たちにとっては散々な目に遭った。
私はこの日に約束の商談があって1時半に会社でT社との要談に入り、二時半に終わって窓の外を見たら大粒の雪が強風に煽られて降り始めていた。三時に慶応病院に定期検診を予約していたので慌てて会社を出た。有楽町から秋葉原に出、中央線に乗り換え信濃町に。既に横殴りの吹雪になっていた。それでも病院は混雑していたが、幸いこの日は診察が早く済んだが、会社には戻らずに急いで帰宅に着いた。山手線で代々木経由、恵比寿に出て地下鉄日比谷線に乗り中目黒駅に。ここまでくれば安心である。企業の間では各社とも社員に早めの帰宅を促した結果、帰途を急ぐ通勤者で車内は混雑。中目黒駅ではホームに乗客があふれて、東横線のダイヤの乱れでが原因。渋谷駅では改札の入場を制限したとか。ようやく自由が丘に着いた。駅頭は大勢のタクシー待ちの客が並び、雪の降りしきる中、戸惑う人でごった返しいる。こんな光景は珍しい。羽田での飛行便の発着停止、交通機関の乱れ、道路の渋滞、稼働不全に近い東京の都市機能の脆弱なさま、都会の雪に弱い実態をまざまざと見せつけられる一日である。
運よく来たバスに乗って二つ目で降りたが、車中もぎゅうぎゅう詰めである。これで事故でも起こされたら大変である。火でも出たらみんな蒸し焼きだ。怯えながら二つ目の停留場で脱出した。停留場から家までの僅かな道のりは、横殴りの吹雪のなかである。ビニール傘をさして積雪の道を注意深く歩いて行った。暗い夜道は雪明り。人通りのない道は小気味よい程静かである。雪が積もるだけ積もっているがゆえに、短靴がずぶりと埋まって歩行がままならない。横殴りの吹雪のなか、何やら冒険心も湧いてきて気を取り直し、むしろ元気が出てきた。足を取られぬよう、足を滑らせぬよう、転んだりせぬよう気を付けて、家にたどり着いた。温かいわが家である。女房が心配して出迎えた。何回か車を運転して迎えに行こうかと試してみたが、断念したらしい。銀色に降ってくる激しい雪のなかだったが、一面の銀世界を味わいながら帰ってきた気分はむしろ格別であった。

風呂に入り先ずはビールを一杯。そして庭の雪景色を眺めた。素晴らしい雪明りの景色である。雪山賛歌ではないが、雪中行軍の鍛錬も加味して、青春を取り戻す思いで自分の体力に自信を持つことが出来、このことで普通より三年,否、欲張って十年は長生きできる計算である。借景だが、近所の雪景色に包まれて清浄な気概に浸っているのが至福そのものに感じた。雪舟が描く、それとも墨絵のような幽玄の世界を逍遥し沈思黙考・・・・又いい知恵が出るぞ、わははははははは・・・・・。    
国民が大雪に慌てている時に、安倍さんが国会で施政方針演説をした。慌てている隙にではないが、内外の課題山積、じっくり勉強しなければいけない。憲法改正?、そうか、じっくりと、じっくりと。明日から代表質問だが、特に憲法改正については問題解決を腑抜けのぼんくら野党に期待しても仕方がない。要は国民の意志によって決定されるもの、こちらは信頼して大丈夫である。        1月22日

同人短歌誌、淵が出来上がった。同人各位、ならびに岩波書店を始め関係者各位に発送した。たまたま巻頭に新年の詠歌を二首載せたのと、ついでに読んだ二十首ほどの和歌をここに掲載することにした。  詠歌に励む同人各位の真摯な姿勢に敬意を払いたい。 日頃の詠歌を通じて情操の練磨に務め、感性の高揚を図り、以て人格の陶冶に務めることは、人生に有意義な意味合いを齎すこと計り知れない。1月23日

初春をさやけく迎へ一族と酒酌み交はし祝ふ朝かな

ひむがしの空おほらかに明け初めて初日に光ふるさとの富士


          *

この年も楽しくあれと神々に祈る朝にも小鳥さえずる

初春を寿ぐ節のめぐりきて瑞雲を背に朝日昇り来

いざゆかむ我が信念を持続して今年も歩む王道の先

多摩川の堤に立てばこの年の最后の夕日燃えて落ちゆく

赤々と燃えて落ちゆく西方の夕日に黒き富士の影かな

新玉の年ほのぼのと明け染めて初日に光る富士の白雪

見渡せば目にもさえぎるものなきに築波の山の遠くそびへし

我が意志と思惟の堅固と在らめかし新玉の朝果てに誓へり

我があがむ三位一体の神在りて賢き思惟の岩に立つ我

瞬間に我が判断を下したり適宜を得しに動き始めり

奥の瀬の里は吹雪に荒れくれてしじ間に深く眠りけるかも

秋田県大曲てふ町に住む朋友の今いかにありしや

殊のほか吹雪く今年の寒波にて山なみ白く里も埋まると

年の瀬の空を仰げば自ずと気付かずにをるこの星の光りまたたく

万天の空を仰げば散りばめし真砂の星の見にもまばゆき

束の間に詠む我が和歌の二十五首思惟の限りを尽しかしこき

セイローと興発、理化の動き出す掉尾の一振とは良くぞ云ひける

ドトールに入り余が席に憩ふ間の思索ののちに妻の迎へ来

クリスマスキャロルの歌を思ひ出す寒夜の月の影の冴えけり

主と共に歩むわが身に迷ひなしヨハネもパウロも踏みし石なり


·

·
   貧富の格差の拡大

...
去年、世界が生み出した富の8割を、上位1%がこれを独占。37億の人間がその恩恵にあらずとはこれ如何に。経済発展の矛盾が加速する時代に。富の再配分をいかに考えるか。平和的な解決方法の模索こそ重要課題。金融資本の独走でバブルが心配である。こうした時代にこそ、独裁政治の台頭が懸念である

グローバルが進む世界で、富の不均衡を平和的に解決していくには、国際的協調が必要だ。トランプの保護主義的な政策が、利己的で愛和とヒューマニズムの精神に欠ける点で落第であり、もはや前時代的である。ダボス会議に出ると云うから、図太い度胸である。反省してもらえるなら結構だが。

              1月24日
記録的寒波到来

肌を指すような寒さである。東京の都心でマイナス4度を記録。昭和45年に付けた記録以来48年ぶりという。北海道ではマイナス41度を付けた由。北国の一帯は猛吹雪と豪雪に見舞われている。昔訪ねた青森県の酸ヶ湯温泉では、積雪が3メートルを越したという。日本列島が、猛烈な寒波に包まれている。八丈島でも10センチの降雪。雪と寒さの影響は随所に出てきている。今日は仕事先の日比谷から会社に帰らずに、そのまま地下鉄に乗って尾山台に。駅近くの喫茶工房で暖をとる。それほどに寒さがきつい。路上は場所によっては雪があり路面凍結で危険だ。零下の気温もそうだが、この北風の寒さ、いつまで続くやら。庭に積もった雪は当分解けそうにもない。妻は楽しんで雪だるまを作っている。昔はもっと大きなものを作った。そうか、昔はこの程度の雪は当たり前だったような気がする。 「雪やこんこん、あられやこんこん、降っても降ってもまだ降りやまぬ・・・・・」。降りやまずに、いつまでも降っていた思い出の歌だ。          1月25日


青物野菜の高騰   出たあ、白菜一個1400円!


寒さが続いて以前から野菜類が高騰して台所の家計を直撃している。尾山台にあるスーパーオオゼキに寄ってみると確かに青物野菜類が高い。大根、キャベツと云った大衆物が普段の倍以上だ。大根は半分に切ってあるし、白菜、キャベツなどは一個を四つに切って売っている。白菜一個1000円か。五年前のこと、浅間高原キャベツが出来過ぎて、ただで出しても運送費に金がかかるだけマイナスになってしまうという理由で、農家はブルドーザーで潰していたことを思い出す。白菜もそうだ。潰すにだって金がかかる。農産物は収穫量が天候に左右されるから、市場の価格の乱高下が激しいことは致し方ない。
それにしても今は衣食住に関しては何でも手に入る。品物は何でもそろっている。値段さえかまわなければ、今の日本にないものはないと云うことだろう。便利で有難い世の中である。でも不平不満の絶えないところ、それは所詮、人間の欲望には限りがないからだ。
 横着な小生がフェイスブックに参加して二か月がたつ。フェイスブックに投稿される楽しい写真を見ていると、日本は平和で飽食の時代にあるなあと、しみじみ思うことがある。スマホで撮った豪華な食材の盛り付けや、ご馳走を見ていると、みんなは毎晩こんな贅沢な食事をとっているのかと感心してしまう。欧米化の影響で油肉やステーキが山盛りで、仲間どうして飲んだ食ったしている。炉辺談話ではない。馬鹿騒ぎを演じている。子供の頃は異色立って礼節を知ると教えられたが。不足に生きて感謝を知り、飽食に生きて不満不足が生じる。フェイスブックを見ていると、友達の宴会続きで栄養過多の摂取、思わぬ病気を招きかねないような気がする。食うことと練る事しか頭にない。
古い昔のことを言っても始まらないが、食文化が筋を間違えて飽食に走っている。外での宴会ならまだしも、家でパーテイーを開き、寿司の職人を自宅に呼んで握らせて食うと云う家も出てきた。贅沢を通り過ぎて無茶苦茶な話である。無粋と云えばそれまでだが。金もないのにやる始末である。昔の一膳の銀めしに二個のたくあん、一杯の味噌汁が何とも言えなく懐かしく思ってくる。有難さが身に染みる。家の食事を見ても結構な品ぞろえである。これはきっと父ちゃんに元気で働いてもらっているという、母ちゃんの賢明な心遣いである。これも平和な世の中だから、味わえることである。気張りなく、三枚のノリと大根のおろしが実にうまい。 感謝の一言である。   1月26日

湯沢の本白根山が噴火

歩降りしきる雪の世界の無にありて雪の降る音を澄ましきくかな

大寒気居座る列島上空に連日身を切る北風の吹く

白雪の山肌を突き火を噴きぬ湯沢白根の山動きけり

白妙の山肌を突き赤き火を噴き本白根やまの怒れり

水蒸気爆発とも云ふ本白根岩山裂けて噴石の飛ぶ

割れし山より赤き舌なめり出で火の山噴きて湯場は怯えり

爆風と落石のなか逃げ惑ふスキー客らの火の山近く

豪雪と闘ふ北の人々の今日の暮らしの如何あらむや

みちのくの酸ヶ湯温泉の積雪の早や十尺を越すと伝へり

十和田湖の奥入瀬は今凍て尽きて死するが如く黙し動かじ

澄む水の奔流のいま奥入瀬は極寒の日に黙すのみなり

ほとばしる岩間の水の音も絶へ奥入瀬渓流の豪雪のもと

北風の身を切り肌を刺す夜の凍てつく雪の上を滑りく

豪雪に埋るる里は影なきに雪のしじまに眠りけるかな

豪雪にうもるる夜に秒針のかすかな音に命覚へり

聞き得ざるかすかな音に澄まし聞く雪のしじまに鳴りし音かな

青野菜高騰止まず冬の陣

鮟鱇より高値の白菜これ如何に

天慶合同歌集

「天慶」と云う合同歌集の謹呈を受けた。私は短歌と俳句に広く係わっているので、発行元から色々な作品を頂く。その中に天慶と云う合同歌集があって、66ページの葉書ほどの小冊を開いてみると逝去された師匠を慕って年一回発行する歌集である。今回は第6号である。投稿している人は約25名、ほとんどが女性で、高齢の方が多いように思う。先ほど、お礼の歌を一首詠んで、発行元に感謝のファックスを打った。大寒波到来の今年は一週間前に積もった雪が、そのままに残っている。拙宅でも、庭には一面の雪がまだ残ったままである。気温が低いので当分解けそうもない。作った雪だるまが形をとどめて凍っている。そうした中で椿が桃色の花を咲かせている。去年から咲いては落ちているが、新しく咲いた花が、低い枝に一つ咲いている。鮮やかであり、清冽な感じがして、思いを梅に喩えて詠んだ歌である。

天慶の同人姉妹の歌に触れ梅の一輪咲くを見るなり      1月27日

*


平幕の栃の心が最高優勝を決め賜杯を手にした。ジョージア国出身の30歳と3か月。14勝一敗の好成績で、連日力強い相撲を見せて土俵を沸かせた。快挙である。
横綱力士がいない方が活気があって、惰性がなく見応えのある春場所であった。懸念されていた場所だったが、いざ蓋を開けてみると連日満員の盛況であった。相撲ファンの支援と温かい協力のおかげである。最近は何かと不祥事の絶えない相撲界であって、胡散臭い感じがして不愉快であった。伝統相撲に随分と信用を落としたものである。
この際、伝統とは云いながら、制度改革を断行した方がいいかもしれない。相撲協会も遅まきながら組織改革に乗り出して、外部有識者を取りいれて見識あるレベルの高い機関にすることだ。公益認定がずさんだったかもしれない。
横綱も成績如何によっては番付けに制限を付けた方がいい。居座りの、腑抜けな力士で役立たずである。後輩、若手力士の進出を阻み、若手の士気を削いでいる。

栃の心は地味な力士である。しかし仁王のように筋肉隆々として鍛えた体は見応えがある。右廻しを掴んで引きつけられたら、怪力で相手の上体は浮いてしまう。これを武器に土俵外に押し出す。右上手も強烈に決まる。殊勲賞、技能賞も手にした。栃の心の左もも靭帯裂傷、大きな怪我を克服して再起の末の優勝は立派であった。まだ活躍できる年齢でありすぐれた素質を確認できる。怪我をせぬよう来場所も続けて大いに期待したい。 君の母国では、愛しい妻子を始め家族が歓喜して心から祝福と声援を送っている。    1月28日

大相撲の春場所で優勝を果たした栃の心の母国は、地理的に云っても馴染めないところかもしれないが、異国情緒に満ちた地方のようである。ここで生産されるワインは、格別に芳醇な味覚を楽しめそうである。種類も沢山あって、舌の肥えているシネマ・DE・ワイの杉山さんにも十分に楽しめるかもしれない。豊富な食材も勉強すると奥深いとのことである。それと魅力的なのは古い町並み、人々の落ち着いた生活、緑の草原、広い牧場、綺麗な谷川、雪に輝く山なみ、静かな村のたたずまいの景色など北欧に見るような異国情緒たっぷりな感じがする。一度行ってみたい冒険に誘われてくる。横着してモーター付きの自転車をこいで出発する、これなら小生にもも出来ないことは無かろう。思い切ってハーレー・ダヴットソンを現地に送っておくか。快適なドライブで楽しい思い出がたくさんできることだろう。米国の詩人ウルマンの歌ではないが、青春とは年齢ではなく、心のありようだから。


寒中に咲く梅一輪のりりしさにしばし我が身を省みるかな         2月1日

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ