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VOL.19.3
トランプ、金首脳会談、イン・ハノイ
米朝の首脳会談の不発にて今後の成果に成果期すべし
ベトナムのハノイで開催された米朝首脳会談は残念ながら、大山鳴動ネズミ一匹はおろか、目的とした合意事項について何一つ着地点を得ることなく物別れに終わった。問題が大きく一気に踏み出すには準備が足りなかったと云うことか、兎も角問題点をあぶり出したことで先送りしたことを以て良しとすべきである。功を急ぐあまり,後に禍根を残すことがないよう懲りずに、次回のチャンスを辛抱強くうかがうことが大切である。この点だけはかろうじて合意に達したようである。
金氏はピピョンヤンを必発して陸路三日間の長旅であった。中国内陸部を経てハノイに着いたときは平和の使者の面目を保って早くも凱旋気分で嬉しかった。一方、国内の問題を抱えてロシア疑惑の追及の渦中にもまれるトランプ氏は、ハノイでの成果を引っ提げて一気に汚名を挽回しようと、意気高揚、ハノイに乗り込んだ。我々も難関を突破して、終戦決議を以て朝鮮半島の平和的基盤を築くものと期待していた。期待が大きかっただけに、会談が不調に終わったことは一時的にもショックであった。雨降って地固まるの喩えがある。 両首脳があっただけでも両国の事情があからさまになって、良しとすべきである。
北朝鮮の非核化を目指すアメリカ、経済制裁の全面的な解除を求める北朝鮮。両者の思惑が叶わずに別れたが、金氏がアメリカの大幅な譲歩を期待しすぎた感がある。ともあれ軍事大国を目指してきた北鮮が、経済発展を目指す方向に大きく舵を切ったからには日本も、千載一遇のチャンスと受け止めて、経済交流と拡大を目指して、積極的に金氏との接触を伺っていった方がよい。 何はともあれ、北鮮が核実験やミサイル発射をやらないと云いきったからには、再び緊張の罠に追い込むことだけは避けて、窮鼠猫を噛むの事態だけは絶対に避けて、門戸開放の道を開くべく最大限の協力を図るべきである。日本のとなりで核兵器使用の国が存在する情況だけは何としてでも阻止したいし、それは極東の安全保障上欠くべからざる条件である。平和の希求を目指す国としても、在ってはならないものである。
続 3月1日
雨音の久しくたたく夜半より耳に妙にも聞こえ来るなり
春雷を伴ふ雨の吹き止みて光みなぎる午後の空かな 3月1日
米朝会談の不発
米朝会談は不発に終わったが、就中、金正恩の姿がどことなく憂いを含んで見えたのが印象的であった。貧苦にあえぐ人民の生活を何とか救済しようと頑張って出てきたはずだが、トランプとの会談の結果は、期待に反し裏切られた感じはいがめない。金正恩の落胆がにじみ出るような思いが、胸中に透かして見えるような感じを受けて、金青年が好意的に見えて、何となく不憫に思ったのである。トランプに比べてみると、人間的に純粋、清潔に見える感じがして、世間で云う程の悪人然としたものでないことが分かってきた。指導者とか国家のありようとかを度外視して考えると、レベルの高い育ちのせいだろうか、素直な表情から、そうしたことが窺えるのである。
取り巻きやヴェールに隠れたところがあって、一般的な思考から隔離された悲劇的なところもないではないが、人間的な温情主義を感じる。そうしたところが老練、狡知的なトランプをして、彼は素晴らしい優れた指導者、好きなタイプだと云わしめる点かも知れない。北鮮の、今まで隠されてきた一面が明らかになりつつあることは好ましいし、これからの外交関係を前進させていくためにも明るく良い結果をもたらしてくれるのではないだろうか。会談は決して失敗、失望に終わったのではなく、お互いの信頼関係を更に進化させていくものと確信したい。 3月2日
紅白の梅咲き匂ふ屋敷にて囀り高きうぐひすの声
戦争と殺戮のなき平成の御代の改元に望む平和を
失念
パソコンをいじくっていて 「しまった」と思ったが最後、折角書いた文章が消えてしまい取り返しのつかないことになって、慌ててしまうことがある。今回もそれでしくじって、がっかりしているところである。会社の仕事の合間に書き綴っているので、電話かかかってきたり、客が見えたりしていると、タイミングを逸してついキイボードの操作を慌てていくことになって失念のリスクが大きいことは承知している。今も、確か多くを打ちこんできた作品を消してしまった。残念である。
自分で書いたことだから思い出して書きなおしたらいいではないか、多少の違いが生じてもいいのではないかと思うのだが、イライラするばかりで、納得を得ない。そうした時はしばらく机から離れて、そうした焦燥の念から逃れることにしている。そうでないとし仕事が前に進まないからである。こうした経験は今回に限ったことではない。今までにも何回となく経験して苦い思いをしているにもかかわらず、性懲りもなく来ている。こうなったからには、そうした状況に遭遇した時の身の振り方を考え置くことにしている。
ミサイルの再び発射の噂にて違ふ北鮮の何ぞ思惑
劇的なトランプ、金との会談で幼稚な始末に終わる結果が
北鮮の金氏が思想の転換を図ると思ひきやさにあらずとも
権力の座に就き民を顧みず再び奈落の道を行くかや
対立と戦争の危機を回避して英知に満ちた姿勢貫け
大沼大兄の快気祝い
あけぼのの明け行く空に花の雲かすみ立つ日のおぼろごころに
木曽路にて祝ふ大沼大兄の快気祝ひに語る来し方
大沼さんご夫妻が玉川神の教会に転会してきてから二年が経過した。ご自宅が九品仏駅に近く、九品仏境内を隣に構えた閑静な住宅街に在って、自然環境は抜群の地域である。転会してきた玉川神の教会は、ご自宅から二百メートルほどのところに在る。それまで通っていた教会は横浜に在って、いつも車で第三京浜を運転して通っていらした。何かと不便を感じてきたので、近くの玉川神の教会に訪ねてきたときに、受付で最初に応対したのが、運よく、幸いなことに私の家内であった。お互いに人柄を感じとって親しみを得て、大沼さん夫妻のお気にも召して以来、毎週の日曜礼拝にお見えになるようになって、その後に転会を決意してこられるようになった。 礼を以て温厚で親しみ深く、信用のできる人柄が気に入って、以来親しくお付き合いしてきている。 真面目で律儀な点も印象に残り、頻繁に接触しながらも交わす会話は短く、家内同士の会話は別として、別段掘り下げて窺ったりする機会もないままに過ぎてきた。
先だってのこと、ご夫妻が体調を崩してしまったとき、家内が食べ物などを用意して届けたりしたことを大変感謝して、その時以来、元気になったことのお礼に食事に誘われていた。私が仕事の都合で延び延びになってきていて、今日土曜日のお昼にご一緒することになっていた。近くの木曽路と云うしゃぶしゃぶの洒落たお店に席を取って頂いており、大沼さんを迎えに車で窺った後、12時の予約の木曽路に向かった。窓際に明るい席が予約されていた。大沼さんからの贈り物に、奥さんが刺繍した綺麗なカードを十枚ほど、賑やかな色使いが目を引いたが、丹念な作品を頂戴した。書棚に飾るには優しい雰囲気が出てきていいかもしれない。しゃぶしゃぶの上等な料理を中心に色々な添え物が出て、贅沢三昧な食事を楽しんだ。
ご主人は大変几帳面な性格と伺えて、ご自分の来し方を話されて、それを以て気持ちがすっきりとしたと述懐し、クリスチャンとして懺悔したような感じでいると云われていたが、面白いやり取りで、そんなことを申していたら小生などは懺悔しきれないくらいで、むしろ純粋に告白と云ってさりげなく受け流す程度のものではないかと考えたのである。拙宅の庭畑でできた野菜類は今が旬の食べごろで、収穫しては新鮮そのままに差し上げているが、店頭では味わえないわが家独自の作った生り物である。大沼さんはそれを大変感謝して食されていることを知って、自慢げに満足している。例えば、ほうれん草は根元の赤い部分が煮物としては柔らかく、最高に美味だと云ってくださっている。まさにその通りで、通の人でなければわからない。ほうれん草にしろ、小松菜にしろ、ましてや大根の葉にしろ、一本の蕗で、一本の株で十分な量が食されるほどに育ったものである。この一本の蕗と葉が、家庭菜園の醍醐味であって、食してこれ以上の珍味を味わうことは出来まい。特に寒い冬を通り越してきた野菜類は、春先に大きく育って十分な栄養と味を蓄えている。
大沼さんは、歳こそ大きな差はないものの、私の母校の大先輩であることもはっきりした。改めて思うに、最初から親近感のこもった方だと尊敬していたところであるが、同じ母校と知ってさもあろうかと合点した次第である。これからの話の中で、会話の中で共通した思いを抱いて話すことも多かろうと、枯れんな味わいを持った大沼ご夫妻との交際が楽しみである。
続
大相撲春場所
連日大入り満員の春の大阪場所であった。終わってみれば全勝優勝の横綱白鵬の盤石な強さを発揮した味わいのある場所であって、平成の最後を飾る場所でもあった。横綱稀勢の里の悲愴感のこもった引退劇を始め、日本の国技でありながら、外国人力士に多くの土俵を手にされ、古来の強靭な伝統を守りきれなかったことが惜しまれるが、若干二十二歳、先々場所優勝の関脇貴景勝の個性的な取り口の、押し突きの手が冴えて立派な土俵を務めたことで、若手の将来の活躍が期待される結果となった。喜ばしい最後の場所を印象付けた。貴景勝は、大関に昇進することが確定した。二十七日の臨時理事会で、正式に発表される。
貴景勝、報せのあとの記者会見で心境を求められたが、大関にとどまらず更に高みを目指して頑張っていくと述べていた。つまり横綱を目指すと云うことである。力強くはっきりしていて、頼もしく感じた。少年の頃からの夢である。真ん丸お月様のような童顔である。そこからあの凄まじい突きと押しが、これからの土俵を沸かすに違いない。突きと押し相撲は、力試しの相撲の原点である。そこから派生的に、色々なわざが土俵に表現されて勝敗を決するからである。モンゴル出身の横綱に肉迫し、それに代わって、日本の力士のなからも陸続と横綱を目指す若手力士が台頭することを願って、次の夏場所、新しい元号のもとでの土俵勝負を堪能させてもらいたい。
3月24日
打ち鳴らすやぐら太鼓のいとほしく平成の代の幕を閉じるに
すっぴんの力士に豪華絢爛の衣装の行司の仕切り良きかな
ふんどしの力士を仕切る庄之助華美絢爛の衣装きざはし
日本の良き伝統の大相撲世界に知らすモンゴル力士ら
イチローも白鵬も天才アスリート前人未到の記録打ち立て
面白き平成相撲は白鵬のワンマンショウにて幕を閉じけり
白鵬の高揚感で春場所は三本締めでくくる目出度き
型破り横綱白鵬の土俵下お手を拝借の相撲人生
自らの賜杯を祝ひ観衆と三本締めでくくる横綱
白鵬の力を前に物言いを能わず日本相撲協会
横綱の又やってしまった独演会万歳三唱、否お手を拝借
大相撲若手力士の台頭にいよよ興味の増せる土俵に
童顔の貴景勝の晴ればれし大関昇進を決める一番
下からの突き押し技の巧者なり貴景勝の決めて一番
明暗を分けし大関栃の心、貴景勝のとった一番
心・体・技の要を示す土俵上勝負にかける白鵬関なり
大関の昇進確定の貴景勝童心の目にうるむものあり
明暗を大きく分けし栃の心、貴景勝との土俵の一番
新元号
天皇の退位と共に、皇太子の天皇の即位が決まっている。それと共に平成の元号が改められて新しい元号が定まる。その発表が一週間後に迫った。特定された有識者からの提案を基に、さらに政府関係者の間で検討され、正式に決定されるはずである。
平成の元号が決まった時には、その出典が明らかにされたが、中国の史記に在る「地平天成」と云う言葉から平成の文字を採ったとされている。地平天性という文字から直ちに意味するところが推察されていみじく感じているが、今回はどんな形で表現されてくるか、待ち遠しい思いでいる。
平易にして意味深いことが望まれるが、親しみ深いことが重要である。日常生活から切り離せないものであり、あらゆる機会に書いたり読んだりすることゆえに、書きやすく読みやすいことが第一である。即ち簡単で、平易な言葉であることが強く要望される。難しい意味合いや漢字等を取り上げてひんしゅくを買わないよう配慮して、先ず簡潔、平易であることに努めてもらいたい。有識者たちの賢明な判断を期待したいところである。
平成の御世を離れて万世の平和と栄えの御代を迎へん
元号は平易簡潔を旨として平和と栄えを願ふことばに 3月25日
平成の名は中国の史記の書よりいみじく採りて意味合い深き
史記に記す「地平天成」は文字のごと地自ずから天に在りしと
忌み嫌ふことの多くと有りしかど良きこともあり平成の御代
平成の初めに阪神大震災のち東北の大震災と
火の山とおおなゐの地にこの国の成り立ちを見てたたり避けなむ
天災の襲ひ故郷を失ひし不幸の人の未だ癒えずに
吾輩に平成の代は何ぞや問はれしもなほおぼろなる哉
あらたかな元号を得てこの先の世をば達者に過ごし行かなん
いくあまた優れた友を失ひて寂しさのみのつのる御代かな
線香をあげ友の死を弔ひてあはれ壺に入る君を偲びぬ
色即是空南無阿弥陀仏を朝に夕に唱へば如来の姿目にせん
平成は戦争の無き世と有難く思ふことこそほめたたへけん
満開のさくら
ぼんぼりの灯る目黒の川沿ひに春らんまんの花の宵かも
散る花の川を覆ひてしだれ咲く今宵の月のあきらけくこそ
しだれ咲く宵のさくらの目黒川みなもに映るおぼろ月かな 3月26日
さらば石炭鉄道
国内で唯一の石炭運搬鉄道が3月の末を以て運休すると云う報道記事が、25日の朝日新聞の夕刊の社会面に大きく乗っていた。親しみを以て読んで行ったが、朝日新聞がこうして社会的な記事を情緒深く書いていたので、心に触れる思いがした。「太平洋石炭販売輸送」(釧路市)が運営する臨港線で、北海道釧路市中心部の春採(はるとり)湖の湖畔をゆっくり走る石炭列車である。石炭産業全盛時代から続く94年の歴史に終止符を打つことになる。
臨港線は、太平洋炭礦の石炭を釧路港まで運ぶため、1925年に開業した。選炭工場のある春採と、積み出し港がある知人(しらと)を結ぶ全長はわずか約4キロの路線である。昭和も明治も遠くなりにけりの思いが強いが、鉄道ファンにとっては一抹の寂しさを胸に残していることだろう。
友人が父の代から北海道で石炭産業に係わっていたこともあって、石炭事業の盛衰については間接的に知っていたことであった。厳父も亡くなられたあと、友人が事業を引き継いでいたが、戦後の30年代になってからエネルギーの主力が石炭から石油に変わり、石炭事業も衰退の一途をたどっていった。友人は盛況を極めた「黒いダイヤ」で成功をおさめたのち、石炭産業から大きく事業の転換を図り、その後の時代の時流に乗って舵を切って行って成功している。
朝日新聞に記事の記事では、今も坑内掘りが続く釧路市で、SLの機関車からジーセル機関車へと姿を変えながら一世紀近く走り続けてきた石炭運搬船用の貨車が、姿を消していく寂しさを綴っていた。「さらば石炭鉄道」と大きな活字が、哀愁をこめて目に映ったのである。
昔、優秀な成績を収めて大学を出た同期の友人が、勇躍して石炭会社に就職して行った時代があった。三井山、住友石炭、常磐炭鉱と云った会社である。初任給が他社と比べて抜群であった。飛ぶ鳥を落とす勢いで周囲の垂涎を買っていたが、その後あっという間に衰退、倒産の憂き目に会ってしまった。待望された人の、その後の人生がどう変わっていったか知る由もないが、浮世の浮沈の激しさをまざまざと知らされる出来事である。国策として投入された優秀な人材と資本が、あっという間の時代の変化に埋没されていった。爆発的に広がった石油産業に依った、高度経済成長の時期もまた凄まじかった。世界に石油大国が、資源大国と称して肩を張って跋扈した。代表的な国がサウジであった。石油危機の時は、日本は土下座外交を以てサウジ詣でをしたのである。そんな時もあって、振り返ると昭和の末と平成の時期は石油を巡って目まぐるしく世界が変転した。
今石炭の活用が真剣に考えられている。石炭は地球上ほぼ無限に等しく埋蔵量が確認されているが、燃料としての石炭はCO2の排出があって、大気汚染と地球温暖化の加速のためその使用が規制されてきている。石炭産業の衰退は、時代の趨勢と市場の変化によるものであって避けがたい状況にあった。この石炭の有効な活用を発見し、発明できればノーベル賞級のものとさえ言われてきている。クリーンエネルギーの転換と利用こそ、今世紀の最大の画期的事柄と云ってもいいくらいである。石油の化学記号が、複雑多岐な構造を示しているように、石炭も然りである。高度な技術によって石炭を単なるエネルギーとして原始的に捉えるのではなく、高度な資源としてとして多目的な活用に供していくと素晴らしい世界が展開されてくるはずである。 3月26日
今また、重厚長大の産業に代わって電子産業のソフトエコノミーのコンピューター時代を経て、IT,AIといった精密人工頭脳の時代へと大きく発展して、社会生活は激変している。こうした時こそ、人間が落ち着いた心境になって、自分の本来の姿を取り戻す、ルネッサンスに目覚めなければ、自分を失っていくとも限らない。
雪原を走る孤高の機関車に銀河鉄道を思ひ起こせり
ロマンなり釧路湿原を右に見て阿寒をめざす蒸気機関車
白煙を時に黒煙を噴きだして機関車の行く大草原地よ
石炭をくべるかまどに火炎たち雪原を行く蒸気機関車
機関士の賢明に焚く石炭を手早く腕を繰り返しけり 3月29日
すめらぎの計らいに依る新元号公布を明日にときめきをりぬ
如何ならむ名の元号かと気がかりに心待たれる明日の発表 3月31日
新しき元号の今日の発表にいかなる名かと未だ待たれる
元号と共に生活する日々に切り離し得ず要諦なりき
元号と共に活動する日々に社会と密着する要なり
自らの失敗談や欠点を述べて努める人もありけり 4月1日
ミスからの成功談と勲章を述べて努める人もありけり
社団法人 昭和経済会
理事長