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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.16.10


      名門、東芝の再興を期待す


   東芝については最近、原発事故を起こした東京電力と連動し、企業体質の悪いうわさが絶えないでいる。両方ともかっては日本を代表するトップ企業の座をほしいままにしてきたが、ここにきて巨大企業にありがちな企業としての社会的責任の欠如はもとより、ガバナンスの点について重大な欠陥を内蔵した結果を露呈し、実は大事件に発展していった大きな原因である。社会に還元すべき利益を、挙句に自分たちでほしいままにこれをを浪費、或いは懐にかすめ、やりたい放題であった。贅沢を極め、ばらまいた保養施設などを初め浪費する先を漁っていたのである。東芝の土光敏夫さんは昭和経済会の顧問をしてくれた時期もあったが、戦後の日本経済と企業集団をけん引していった、哲学を持った清貧の士であった。そして野武士の如き風格があったのが印象強く残っている。そうした土光さんの意志は当然ながら、企業経営にも反映されたはずであったが、その後の東芝はその教訓を生かし切れずに野放図な姿に戻ってしまったのである。しかも不正会計処理をして投資家の目をを欺いてきたのである。
リーマンショックは、資本主義、金融・資本主義経済社会に大きな警鐘を鳴らしたはずである。最近こうした傾向は世界的現象でもあるところを見ると、悪の手に染まる企業が多いのは何故だろうか。成長を追い続けてきた大企業の行き着くところかと、根本的に考えさせられる社会問題でもあり、資本主義そのものの根幹に触れる問題でもある。

最近の東京都知事選挙によって小池知事が誕生したのを契機に、都の巨大な組織と膠着した構図が、都民に莫大な犠牲を強いている実態の片鱗が窺えてきた。築地にある東京都卸売市場の豊洲への移転についてはどろどろとした利権の黒い金が動いていることも分かり、ずさんな計画と隠蔽体質は悪臭ぷんぷんで手の付けようがない。土壌汚染はもとより、水質汚染、特に地下水にも基準値を上回るベンゼン、ヒ素などの有害物質が出てきていることも分かった。建築違反の可能性はもとより、建設費用についても膨らむ一方の点で、多くの疑念を残している。それ以前に豊洲に移転する意思決定にも大きな疑問があることもわかってきた。いろいろな困難な状況を考えると、日本のジャンヌダルク、小池知事も大変な苦労である。巨大な積年の牙城の伏魔殿を切り崩すには、相当の覚悟が必要である。積年の膿をここで出し切らないと、将来に禍根を残すことになる。そうした時の結果は、やり損ねたということで知事に跳ね返ってくる可能性もある。都民がはっきりと理解できるような対応と結果が、東京都に対し求められている。思い切った外科手術が必要である。石原元知事は、東京都を伏魔殿とか、奇々怪々と云ったりしているが、そんな無責任な話どころではない。杜撰な行政の責任はトップの慎太郎にある。就任早々大変なご苦労であるが、円滑な行政を推進していくためにも、小池知事には毅然とした姿勢で頑張ってもらいたい。

   ここで東芝、東電などの企業を挙げたのは、それが日本企業の恥部をさらけ出すトップ的事案だからである。同時に規模が大きくなるばかりが良いというわけではないことも実証したケースである。企業の統治能力の欠如から、企業の倫理性が欠けて社会的使命感に欠落した社風が拡大侵食していくのみである。利益追求のみに走って、利己的になり、他社に対する迷惑など気にしなくなってくる。特に原発事故で膨大な放射能汚染を広大な地域に拡散せしめて国民を苦しめ、天文学的損害を与えた責任は、処理の方法も分からずに野放図な状態と云って差し支えない。日本経済を底深く沈めた責任の痕跡は深刻で大きな影響はいまだに続いている。市井の多くの人がいまだに仮設住宅の生活を強いられて、帰宅できない人たちが沢山いる状況だ。土地の放射能汚染除去も続いているし、そうした風評被害で甚大な損害が出てきてしまっている。例えば私が所有する土地は放射能の風評被害で莫大な損失を蒙っている。表に現れない事案である。
   原発事故の現行犯、その東電の銀座支社であるが、私が事務所に毎日通う途中の銀座3丁目の一角を占めてビルが建っていた。銀座並木通りに面して1,342,44㎡の約350坪の敷地である。銀座プランタンの裏に当たる超一等地である。ここに悠然と構えていた東電の銀座支社のビルがようやく解体が始められた。今日現在、解体工事は竹中工務店によってほぼ完了した。周辺を読売新聞が古くから大地主として君臨してきているので、所有関係が大きくかかわっている可能性もあるが、敢えてそこまで調べる興味はない。ただここでそうした敷地全体を使って業務を遂行しなければならないような理由はなかったにもかかわらず、無計画の贅沢三昧、場当たり的な経営に甘んじていたということである。原発事故以来、被災者に対する補償などが浮上しているさなかにも、悠然として保有していたのを見て、資産売却を透明性を以て進めて、被災者には誠意を以て対応すべきであると思っていた。
  東京電力は企業として、原発事件が起きる前から、独占企業として利益を吸い上げ挙句に企業は活力を失い、初歩的な努力企業を怠ってきた。むかし、大学を卒業して就職する先に、高給を以て優遇する東京電力は抜群の人気があった。学友にもいたが、いつも胸を張っていたのは結構なこととして、退職後のあの事故で肩身の狭い思いをしているが、良い時に運よく定年退職にありついてよかったと胸をなでおろしている。しかしもともと優秀な学生であったし、上級幹部として派手な振る舞いは目についた方だが、それなりの自意識の過剰なところもあって、言うなれば世間知らず、威張って過ごしてきただけに、心境としては天と地との差で一面寂寞の人生観を味わっていることだろう。そんな良心的なやつでもないよと他の友人がの賜ったが、そうかもしれない。長々と既得権の温床に浸かり、のんびりとしながら堕落に走っていった。優秀な人間であっても、世俗の波にもまれているうちにいやらしくなっていくのが常である。反骨精神も次第に欠如していく。経営理念、人間的良心の欠如が、人為的被害として社会に与える結果となった。
原発事故は天災ではない。人災である。人災の後始末も自力では賄い得ずに、結局国民の税金に頼る始末である。原発事故を起こした福島原発の回復はままならず、廃炉決定後の費用も10兆円を超すという推測だから、この先どんどん膨らんでいく可能性がある。そう思いながら銀座支社の取り壊し状況を今年の5,6月頃からいつも見ながら通勤してきた。他にも色々と沢山の土地や建物等所有していたに違いないが、第三者委員会の設置などによって公正に売却が進められてきたようである。電力業界全体の責任であり、関西電力を初め、他の電力会社が持つ不要な資産もどんどん売却して原発の処理に充てるべきである。保養地や贅沢な施設は無用である。勿論高額な高級幹部社員の給料カットはもとより、役員の報酬も大胆にカットすべきである。要するに社会通念に従ってスリム化を諮れということだ。 
   目についた銀座一等地のビルの跡地は、解体されることになった。何らかの批判と指摘があったに違いない。解体後の敷地は、3丁目よみうり商業施設となって、数年後先にはお披露目となるのだろう。無用となっている高額な土地に、経費を使う無神経さは歴然である。活用せずに無駄に放置していては、地元の迷惑になること甚だしいものがあっただけに、竹中工務店によって町の繁華街の模様が活気ある姿に変られていくことは幸いであった。銀座三丁目はプランタンがあったりして四丁目とは違った趣がある。別に御木本の宝飾店のユニークな建物もあったりして、東電の跡地の所業ビルの建設は、この地に一段と活気を呈していくことだろう。
   かって当会の顧問をしてくださり、日本財界を背負って立っていた土光さんの東芝である。それだけに東芝の信用を失った凋落ぶりには胸が痛む思いである。再起を期して頑張ってもらいたい。原子力政策は、国が大きく関与している産業であるが、時代にそぐわない面が多く出てきて、世界的に既に斜陽的産業である。不滅のエネルギーとして脚光を浴びた原子力発電は、その危険性が人類生存の有無にまで問題が及んできている。現実的に昨日、使用済み核燃料の再利用を可能とさせると期待していた、青森県の六ヶ所村にある「もんじゅ」が、危険な事故を繰り返しながら稼働しいまま廃炉と決まった。莫大な資金の投下であったが、無駄になった。時代の発展には、賢明な人間の英知が求められる。これを教訓にして、これからの官民一体となった努力が必要である。
   東芝の社長だった土光さんが、そう申していたことでもある。土光さんはかっての鈴木、中曽根内閣て第二次臨時行政調査会の会長を務め政府に答申した。徹底した公理化案であった。それゆえ国鉄は現在のJRに民営化され、巨大な国鉄の組織は民間企業の経営方針に委ねられて大胆な改革を行って行った。専売公社もJTと名前を変えて民間企業の形式を以て社会に再出発した。電信電話公社も然りである。NTTとして世界市場に臨んでいる。土光さんの答申がなかったら、改革のための努力を怠り倒産している企業である。石坂泰三の懇請を受け、当時の不況にために業績悪化に苦しんでいた東芝の再建を頼まれて、これを引き受けたのが東芝である。
  しかしながら今日の東芝の醜態を見ると、その後の東芝が、土光さんの経営理念とか哲学を身に収めることが出来ず、ぐうたらな経営に甘んじてきた結果が、今日の不正会計を続けてくる結果になったのである。蛮勇と正義感の強い土光さんの理念を貫いていれば、こんな結果にはならなかっただろう。不適切会計処理なんてきれいごとを云っているが、要は粉飾決算である。粉飾とは経営的に詐欺でありインチキ会計と云うことであって、これを信じてきた人々に多大な迷惑をかけることになった。社会的責任は大きい。この姿を、大物財界人として君臨した石坂泰三、土光さんはどう受け止めて慨嘆するだろうか。大御所を以て臨んできた二人が居れば、この国で、世界で不透明かつ自制の原発産業から撤退しろということだろう。放射能汚染に苦しむ原発事故の被害は莫大であり今も、これからも続いて行き十字架である。
   一企業の不正と悪行によって多くの社会の人々が苦しめられている実態は、戦争ばかりでない、一歩誤ると大企業の経営指針と結果ひとつで、一般社会にもたらされる大惨事にもなりかねないのである。東電は、その象徴的事例である。そして大企業を潰すと、多くの関連した中小企業の連鎖倒産が発生して、被害は外に及んでいく。そのための責任が大企業にある。これを云いことにして中小企業の犠牲の上に、大企業がぬるま湯につかってしまうという構図が、一面にある。これも改めなければならない。東芝と日立は日本の電機産業の発展を担ってきた大企業であるが、日立と対照的に違うところは、常に時代に先駆けて自らを改革して進んできたことである。企業の売上高を挙げることではなく、得意とする分野の技術革新を進めながら、収益性を高める経営姿勢を貫いてきた。そのことは直ちに企業の競争力を高めることにつながるからである。これから世界市場に参加していくには、常にそうした経姿勢が企業に求められることは当然である。
  最近でも日立はグループの工具事業と、半導体製造装置事業を売却するための調整に入っている。日立工機と、日立国際電気の事業の一部売却を決めた。選択と集中を進め、収益力の向上を図るための方向に舵を切っている。土光さんだったら、先ず自らを戒めて、同じような方向への努力を進め、関連、下請け企業の協力を求めると云った姿勢を貫くであろう。東芝のもとで傷みつけられた下請け業者が悲鳴を上げてきたということになると、本末転倒である。自らを改革の俎上に載せて、企業経営の透明性を示し、下請け業者の協力があって、親会社の発展が期待されると云った単純な構図が分からない幹部がいたからこそ、東芝のような醜い姿をさらす結果になってしまうのである。先達の教訓をないがしろにし、日本企業の伝統的な経営手法を軽視した結果である。 東芝の再興を促す意味でも、土光さんの経営理念と哲学をもう一度身につけて邁進してもらいたいと期待している。     10月3日


     三郎の我がまま徒然俳句 (百句)

猪の荒れて田んぼの案山子のふて寝かな
立つ鹿のまなこ涼しき興福寺
立つ鹿のまなこに映る五重のたう
穏やかな鹿のまなこや秋の月
角立てて女鹿に遠く牡鹿をり
まっしぐら走るいのしし山の坂
秋雨に心もなどか濡れにけり
武蔵野の秋の時雨の通り過ぎ
軽井沢今年の夏の短かけり
黒き岩いまだ生きてる浅間山
山小屋のともしび灯る八ヶ岳
満天の星のきらめく八ヶ岳
幾星霜過ぎしアルプスの登山行
キャンプ張り過ごす星座の八ヶ岳
アルプスの峰遥かなり夏の宿
豪快に夏雲の立つ槍ヶ岳
青苔の蒸す清流の千ヶ滝
岩松を採らんとのぼる少年ら
三段の四段に袋田滝けむり
我もまた岩とりの少年期
秋の月浮かぶ紺青の海のなか
野分来て姿いずくに磯の船
秋深し家にいもりの二匹居て
吹き抜けの玄関の戸につくいもり
立秋やいつからとなく暮れにけり
立秋や障子のお茶の湯のしめり
厄日とも実りの恙なくすぎて
吹きあれし二百十日の那須高原
暴れん坊台風襲ふ今年かな
18号巨大台風の襲ひくる
蔦紅葉静まり返る御用邸
不思議にも生きるアサドや化け屋敷
論戦の始まる国会と我が都議会
毅然たる姿勢で臨む小池知事
国会は一般質問の蓮肪議員
歯切れ良しときめく女性の論戦に
汚染水臭気プンプンの豊洲市場
都議会の利権が絡む夏の陣
小気味良し小池、蓮肪両代表
小池知事徹底究明罪と罰
明かや都民の目線北斗星
一等星光る都政の小池知事
ぼんやりと生臭石原元都知事
北鮮の威嚇射撃のさかり猫
地の揺れに原爆実験蟻地獄
北方の領土返還鮭帰る
プーチンとアサドの顔の瓜ふたつ
難民を救え銃火の嵐より
政治屋の貧者を犠牲に盆踊り
トランプの脱税促進のごぼう引き
歴史上変人奇人の大統領か
優劣の比較無き米大統領
コスモスや女性指導者の競演す
都議会のボスと云う熊暴れをり
面白しトランプ・クリントンの夏狂言
一騎打ち小池・石原の夏芝居
都議会も暴力団の組組織
あっ晴れの小池、蓮肪花満開
役人は腑抜けのからの夏のせみ
腐敗都市嘘八百の市場長
馬鹿づらを晒す石原夏芝居
昔知事今馬鹿者の蟻地獄
直木賞飛んでもないのが多く出て
気違いと利口の区別できぬ秋
蟻地獄都民を犠牲に元都知事
その部下も同じ穴への蟻の列
豊洲市場砂利を吐き出す浅利かな
女性蔑視慎太郎の舌ざくろ
内田ボス都議会に這う毒蝮
石原の何も知らない糞大臣
痴呆症進む兵士や敗戦忌
スズメバチ女王に化けた慎太郎
石原に続く猪瀬升添化け屋敷
都議会の奴らむじなの同じ穴
金を持ち地獄まで行くむじなかな
毒を盛る豊洲さんまを都民食べ
年の暮れ賄賂稼ぎの市場長
鮭一本口に小判の市場長
吉本の芝居馬鹿堕ち夏の陣
クリントン・トランプ論戦吹流し
論争のトランプ・クリントン夏芝居
富士やまに初冠雪の空高し
少年よ大志を抱け百日紅
小生とクラークさんとの誕生日
誕生日集うはらからお花畑
娘よりKENTの誕生祝いもの
父の日に娘のくれる舶来品
丹波栗出たぞスーパー店の先
豆鉄砲喰らう神社の鳩ぽっぽ
箱根路の堤と五島の夏の陣
虫の音の澄む月の夜の山の宿     続    10月7日

天高し庭師の手入れ済みし庭
手ぎわ良く枝落とされて秋暑かな
留守の間に匂ひこめたり金木犀
月見草ならぬオクラの花咲きぬ
コスモスの揺れる草っぱの富士の山
懐かしや父・母の影月見草
常ながら花野に立てる母の影
敗戦の焦土に立てる父の影
秋刻む白き時計の校舎かな
誕生日身内の祝ふお花畑
新米を出荷する日の朝まだき
新米を包む匂いの米俵
新米を積み上げて見る秋の空
店頭にお光る秋刀魚の銀の肌
便り来て封を開けたり良夜かな

都議会に怒る都民と阿蘇噴火
追撃の手を緩めまじ都民の目
老醜をさらす石原、森、内田
都議会の腐廃に憤怒、阿蘇噴火
オリンピック資金に蠢く汚染腐廃
駆け引きの凄まじきかな五輪祭
久しぶり澄み切ってみる秋の月
小気味良き小池都知事の切り込み戦
奮闘す小池都知事の今朝の秋
八重椿東京五輪の期待さる
新知事のてんやわんやの初仕事
老醜に五輪精神の汚染さる


大国の威厳を落とす選挙戦
トランプの乱痴気騒ぐ秋の陣
選挙戦非難暴露の痴話げんか
恥ずかしや米大統領の選挙戦
両候補とも老齢の先のなし
野暮案山子米大統領の選挙戦
下劣なり非難中傷の政治劇
トランプはビルも強姦と根切り虫
新鮮味欠く米大統領の選挙戦 
ハロウィーインお化け屋敷の両候補
ハロウィーイン金髪助平トランプ爺
トランプの助平爺々の狂い咲き
どこにでも居るトランプの暴れ獅子
クリントン・トランプ演説吹流し
トランプの形相変へて夜盗虫
大統領資質に欠ける両候補
すさまじきトランプ・クリントンの選挙戦
意外にも受けてるトランプ選挙戦
改革と脱皮を掲げるトランプ氏
すさまじく毒舌交わす政治劇
両候補とも貉と評価同じ穴
アメリカの知性を疑ふ選挙戦
舌鋒の品無くあぶり油虫
                         続              10月10日

わずらはし世のしがらみを断ちて聞くみやまの奥の水の音かな     10月11日

十字架の主はあがなひて諸人に愛と力を与へ給へり              12日

秋の日の真澄の空に十字架のかがやく今朝の道を行くなり          15日 日曜礼拝

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       日曜礼拝


    暦は正直である。十月に入ってからの気温が俄かに下がり始め、田舎に行ったりすると稲の脱穀の音を久しぶりに聞くことが出来、聴覚を飛び越えて臭覚に訴えるような世界に浸かるような気分で、牧歌的な匂いを懐かしく思ったりした。拙宅の近所でも昔から代々農家を営む住民がいて、今でも熱心に有機栽培を広く地元住民に奨めている。収穫された野菜は、農協を通じて市場に出荷するくらいである。広々と土を耕したそうした場所に近づいていくと、小さい時に経験した田舎の生活がほのぼのとして浮かんでくる。日曜日の礼拝のため、教会まで行く途中に、大平さんが経営する地元でも有名な大平農園があって、その辺りには一年を通じて、四季折々の訪れを明かす田園の風物詩を居ながらに楽しむことが出来る。その道のりは拙宅を出てすぐ近くから始まって、九品仏の広い境内の端まで続いている。教会に行くまでの間だが、多くの植物の生育していく風景と、小鳥のさえずりを聞きながら、澄み切った心境になって、あたかも聖霊にいざなわれていく感じである。
    夏の暑い盛り、いつものように日曜礼拝に出席した。この日は百日紅の花が見事に咲いて、朝のすがすがしい空気に触れて鮮やかに目に映った。10時半から始まったこの日の礼拝では、家内が礼拝の司会を務めた。玉川神の教会の牧師は二年前から女性の牧師が務めている。藤原智子師は、長年バーナード・バートン牧師のもとで副牧師を務めていたが、そのあとを継いで玉川神の教会の牧師を務めている。バートン牧師は活火山の,丁度阿蘇山の爆発的噴火のような、噴き出るマグマのような激しい語り口調であったが、藤原牧師の説教は、森を流れるせせらぎのような静かな語り口調である。今日の説教題に従い「イエスの教えの広さ、長さ、高さ、深さ」を説いている。その教えとは即ち、イエスの愛である。
    今朝は聖書エペソ書の第三章十四節から、そのみことばの取り継ぎを受けて「すべての聖徒と共に」と云う説教題であった。今朝は、たまたま玉川聖学院を五十年ほど前に卒業した女性たちが、まとまって出席していて、さながらクラス会の様に賑やかであった。華やかな服装で、会堂は晴ればれとした雰囲気である。礼拝が終わったあとのお茶会では、いつものように持ち寄った茶菓子を囲んで、まるでクラス会の本番のようになった。
   これらの女性たちは教会では古く、それぞれに個性豊かで、教養にあふれた人たちである。誘われて私もその仲間に入れてもらったが、話題を聞いていると驚くほどに程に話題が共通しているので、話がはずんでくる。共通するところは先ず時代性というか、戦後にすごした青春時代に痛快な味わいがあって、現代の若者にとっては、自由と豊かな思想に関しては、むしろ垂涎の的ではないだろうか。否、我々が体験したような天真爛漫な学生時代を、今の若い学生諸君が現実に味わうことが出来ないことを気の毒に思うのである。
   われわれの学生時代は、まだ戦後の混乱期にあった。生活物資に事欠き、苦しい毎日の生活であったが、心は充実していた。未来に希望があった。現代は物が豊富に出回っており、何一つ不自由なことはなく、贅沢な感じすらするが、豊かであればあるほど競争心だけが走りまくって、人の心は反って荒んでいる。機械化、組織化された大量生産時代に生きることは、むしろ大変かもしれない。スピードにも後れを取ることはできないが、パソコン、スマホと云った機器を駆使した情報化時代の競走の中に生きていると、人間性を失いがちになってくる。チャップリンの映画、「殺人狂時代」の画面をそっくり見るようなものである。人間的な付き合いが、希薄になってきているのは確かである。
   今日集まっている女生徒たちが学生の頃、学校での催しをさぼって、四、五人の仲間と渋谷まで二本立ての映画を見に行ったりしたそうである。結構おてんば少女だったんだなあと、私は合点して思わず話に乗り出したくらいだ。団体行動を拒否して、個人主義に傾倒する辺りは、魅力的な思想と行動である。それをきっかけにいろいろなことに飛び火して、爆笑のお茶会になってしまった。しばらくは昔話に花が咲いて、懐古趣味に酔う感覚であった。お茶会と云えば、岩金さんは教会の古くからの会員で長い間役員をしていた。同時にお茶の先生で、神田の湯島天神近くの自宅から教会に来ている。下町育ちで気っ風も良く、センスのある服装は若々しい。和服の時が多いが、グレイス・ケリーに似ている。
  アメリカのインディアナ州から一時帰国中のアドコック・恵子さんは、結婚してすぐにアメリカに移住した。それまでは玉川聖学院で英語の教師をしていた。英語はペラペラで明るい性格である。話題は限りない。津田さんは眼鏡をかけていて頭のよさそうな人である。クラス会のメンバーのなかでは真面目な女性で、模範生だったそうである。いつもお母さんと一緒に映画を観に行っていたそうだ。大室さんはピアニストである。讃美歌をいつもきれいな声でうたっていて、音楽に造詣が深い。ピアノ演奏はプロ級である。松本さんは岩金さんと同様、家内と仲の良い友達の一人で、ご主人が教会の役員で活躍して下さっている。
   女性グループの仲間では他に比較的若く、涼しい趣きで気性のスマートな中山さんがいる。教会では、いつも進んで裏方の仕事を手際よく済ませている。多彩な知識を持ち、世間のことをよく知っている。とりわけ自由が丘の街の界隈について聞けば、生き字引のようなものである。最近は初めてできた孫の世話で忙しく、お茶会の世話を終えると、孫を連れて早々と帰ってしまう。中山さんと家内は、玉川聖学園卒の経歴ではないが、彼女たちと仲良しで、よく一緒に旅行にいったりしている。 お茶会では、内科医の大武先生と大沼夫妻、金城夫妻と小生が加わって女性たちに紛れこんだ形だったが、今日の礼拝後のお茶会は、ひときわ華やかな楽しいものとなった。
   話題は、渋谷の映画館に二本立ての映画を見に行ったことに加え、学校で決まったクラスの旅行に参加せず、別に五人グループが別行動をとり、西湖に旅行にいったりしたこともあったそうだ。それを聞いた小生が、その勇気ある行動に感嘆して、あっ晴れだと私はコメントしたのである。まことに大らかで、健康的な女学生たちの思想と行動である。私も高校時代に早稲田の穴八幡神社の近くにあった早稲田映画館が、二本立てとか、時には三本立ての映画上映をしたりしていたが、あの時に見た映画は池部良と原節子が共演した「青い山脈」だったり、高峰秀子主演の「二十四の瞳」であったことを感慨深く覚えている。「青い山脈」は、戦後の貧しい時代にあって、若者たちに生きる喜びと、将来への夢と希望を与えてくれた明るい作品であり、名作であった。みんなとの尽きない話に、これからが私の出番だと思ったが、帰宅する時間となったので止む得ず打ち止めとなった。もうあと一杯、美味しいお茶をたててもらって席を立ち一同と別れた。
   みんなの学生時代の出来事の話があって、私もふと自分の学生時代を思ひ出すことになって、久しぶりに懐かしく思いおこすことが多かった。次々に思い出すことをエッセイにまとめて書いてみようと、机に向かった。戦後間もない貧しい社会であったりしたけど、やはり僕らの時代は学習はもちろんだが、人間的に充実していて良かったなあと、しきりにうなずくばかりであった。食べるめしは事欠くことがしばしばであった。戦後間もない頃の夏のこと、水戸郊外の芳野村小学校に通学していた時のことである。授業の際、復員将校であった厳しい教師の考え方と教育指導に反抗して、僕らのクラスの生徒たちが立ちあがって授業放棄を起こしたことがあった。早熟だったなあと述懐する思いである。暴力反対、平和日本の建設と黒板に書いて、授業をボイコットし、裏山深く逃げて戸田のため池でおふくろが作ってくれた握り飯を食ったことが思い出される。みんなも同じであったが、小生は貧しい服装に草鞋を履いていた。ざら半紙にゲラ刷りされた教科書を、風呂敷みに大事に包んでいた。思い出すたびに、目頭が熱くなる。子供ながら懸命に生きようとしていた。そして中学を経、高等学院時代に立派な先生方の高邁な授業に浴したことなど、充実した思い出が脳裏によぎったのである。忘れ得ぬ思い出の数々である。
   今日の礼拝は家内の司会で進められて、小生はいつもより会堂の比較的前の方の席について、藤原牧師の内容の深いみことばの取り継ぎを得たこと、そして往年の女学生たちの、今は上品な熟女たちのはしゃいだ話も聞くことができた。祈りのあとの、神様の恵み豊かなひと時を得て、楽しく素晴らしい日曜礼拝であったことに感謝したのでる。
10月17日

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         日本の国債を買う中国

    10月23日付、日本経済新聞の朝刊の記事によると、中国の中央銀行が日本の国債の購入を急増させている。中央銀行は、中国の外貨準備を運用しているので、中国政府が買っていることになる。今年の1月から8月までの買い越し額は約9兆円で、前の時期に比べて3倍にふくらんでいる。世界的な低金利が続いているので、日本の国債の利子が高いわけではない。もっぱら世界の金融情勢を見ながら、安全な国の債権を買って置こうとするものである。日本の国債に魅力があるから、投資先として選んでいることは確かであり、中国政府からすると、日本の国債の格付け、即ち評価は、まんざらでもないことが窺えて、安心した。国力は、その国の実力を示すものであり、いろいろな側面から見た色々な要素が織り込まれている。
    国債についてちょっと学習してみると、国債とは国の借金である。国債の発行、即ち国の借金証書を以て国が借金するようになったのは、50年前の1965年の時であった。それまでは健全財政を貫いてきたたがバブル崩壊で、財源不足と、景気対策のために政府はそれまでの鉄則を破らざるを得なかった。当時の国会は佐藤政権下にあった景気浮揚のために、発行に踏み切った。その結果日本経済は不況を脱出しその後60か月に及ぶ「いざなぎ景気」を生み出したのである。国債発行の是非をめぐって紛糾したのである。しかし政策的には、国債発行は成功した。一方で味を占めた政府は、経費節減とか人員削減といった厳しい行政改革策をとらずに、安易に借金に手を出して、これがその後の75年の石油危機で三木内閣が歳入欠陥を補充するため赤字国債を発行した。これがその後に於いて慢性化してきてしまった。1994年以降、毎年の予算の編成で、恒常化してしまった国の借金は、積もり積もって平成15年(2003年末)で、何と1049兆円にも上ってしまった。借金の利息を払うために借金をするという二重苦にも見舞われている。まして世の中は高齢化が進み、医療や年金で、必要な金は増える一方である。歳入、即ち国の稼ぎでは賄うことが出来ないところに来ている。不足する部分は、借金で穴埋めせざるを得ない。今の国債残高からはじいてみると、足元がすくむ感じである。国民一人当たりに換算すると826万円にも達する借金である。国は、一秒間で120万円、一時間で36億円ずつ利息を支払っている勘定である。まさに借金の蟻地獄である。
安倍さんはそこでアベノミクスと銘うって景気浮揚に懸命だが、なかなか思うようにいかないでいる。景気が回復して企業が儲かり、家計が潤って来れば税収が増えて国の借金の返済に回せる構想を描いて頑張っているところである。東証上場企業3000社の業績は好調で、その分利益を計上しつつあるが、中小企業にまで及んでいないのが実態である。中央の経済は都市の再開発を巡って活況を呈しているものの、地方は景気停滞が進んでしまっている。こうしている間にも、経済の成長が止まりつつあるのが現状である。経済の活性化の二極化が進んでいるので、この辺りに上手な政策が功を奏していくと、車の両輪が動き出して前に進んでいくことになるが、期待通りに行っていないので、忸怩たる思いである。
   日本の国債残高は平成14年で1049兆円と、対GNPは246%で、世界一の不名誉な数字である。この数字は現在も増えこそすれ減ってはいない。この数字は、二位のギリシャの177%を軽く超えてる。ギリシャは財政破綻の烙印を押され、最近はEUから追放を食らうところであった。因みに三位がジャマイカ、そしてレバノン、イタリアと続き、アメリカは14位で対GNP104%である。数字で見る限り、日本が如何に最悪状態であるかが分かる。その国債を信用して今、経済大国の中国が買ってくれている。
   政治的には何かと険しい両国の関係だが、経済の面でがっちりと組んでいれば、自ずと誤解は解けて相互理解につながっていく。そして良好な国際関係を持続的に維持し、さらに発展させていける。それは地域の平和と安全については無論のこと、今後の世界平和に貢献するところ、まことに大であると云わねばならない。 諸国間のことについては、あらゆる事態を想定して、万が一の時には平和的にどう解決を図っていくべきか、当然のことながら常に考えて行かなければならない。    
                                          10月23日

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岩本ランコさんからのメール

   次に掲げるホームページはニューヨークから、敬愛する米国ジャーナリスト・岩本ランコ先生(当会々員)が送ってきて下さった最新の貴重なお便り「五番街から」である。あと二週間に迫ったアメリカ大統領選挙の行方を占う論調なので、私のホームページの欄を使って、喫急に読者諸兄にお届けするべく、彼女の注目する話題と、鋭いコメントとして掲載する次第である。実は、昭和経済会の私のEメールを開けたら、ランコ氏のメールがすぐに目に留まったので、ラッキーなタイミングであった。先生は最近、体調不良を云われて心配して速やかな回復を祈ってきていたが、その後、力強く回復されたことを、私は神様に感謝して祈っている。                                                          10月25日

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   「五番街から」  10月24日 2016        岩本ランコ


「五番街から」10月24日2016

あと半月足らずでアメリカの新大統領が決まる。米建国240年の歴史で初めて、女性大統領か、ビジネスマン大統領の登場となる。本来なら、この歴史的新大統領の登場を祝うムードが米国に充満している筈だ。が、2016年の米国民のムードはそのまる反対で、困惑、絶望、苛立ちで満ち、歓迎ムードはどこを探しても見当たらない。
 米国民の殆どがヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの両者が「嫌い」で、大統領になる資格がない、と感じているのが、頻繁な世論調査などからぴんぴんと伝わってくる。ヒラリーは嘘つきで彼女の言うことは信用できない、トランプは暴言、奔放な発言でえげつない・・・、がその主だった理由といえよう。
 両候補者を嫌い、どちらにも投票したくない米国民の悩みは深い。筆者のアメリカ人の友人が、「選びたくない候補者に嫌々投票するより、棄権したほうがオナラブルな(尊敬に値する)選択に思えてきた」と言った。棄権の選択はオナラブルだろうか、と別のアメリカ人の友人に言ったら、彼女はきっとなって、「オナラブルどころか、デスオナラブル(不名誉な)行為よ!投票権を放棄するなんてとんでもない!アメリカ市民としての責任放棄よ!」この友人はアメリカ生まれだが、両親はソ連時代にロシアからアメリカに移住したロシア系ユダヤ人。
 両候補のやり取りのレベルが時と共にこれでもか、と低くなっていくのも、米国民の嘆きと苛立ちに拍車をかけている。米世相がとげとげしくなって、メディアの報道が甲高くなり、テロまがいの事件が増加している世相の背景には、2016年の大統領選が大いに関係していると言えるだろう。

ヒラリー・クリントンが嫌厭される理由

 トランプ支持者は別として、米庶民が彼を嫌がる理由は、彼の自爆的発言、暴言と言い切って良いだろう。彼ほど型破りな大統領候補は前代未聞。理性より感性で口を開く傾向が強いから、支持層には「本音」で話すと好かれるが、一般には危険視されることになる。
 クリントンが嫌われる理由はトランプの場合より根が深く複雑だ。その主だった件を出来るだけ簡潔にあげると――
● 彼女は30年近くスポットライトのもとに生きてきた。夫のビルが大統領になる前から、彼女は当時珍しい「プロとして働く女性」だった。当時の米社会が抱く理想的女性像は、「夫を支える家庭婦人」だったから、クリントンは既に異例的存在として注視されることになった。日本ほどの男性天国ではなかったにしろ、米国でも男性はアンビシヤスな女性、大望を持つ女性に対して根深い偏見をもっていた。野心的女性は、それまで男性オンリーだった分野でのライバルとなるから、「嫌だ」(嫌いだ)となり、色々な表現でけなすことになる。
● 「嘘つき」のイメージがクリントンに張り付いたのは、夫のビルが大統領となって4ヶ月も経たぬ1993年の5月に、彼女がホワイトハウスの旅行部門の7人の男性を首にしたことである。理由は、彼女が贔屓にしている友達グループに旅行部門のビジネスをやらすことだった、と伝えられる。首にされた旅行部門の主任は30年勤務の信任厚い男性だったこともあり、大騒ぎになった。というのは、ホワイトハウス発の首にした理由が、最初の「不正行為疑惑」云々から3転、4転しうやむやになったことなどが影響した模様だ。
 ヒラリーは、この件に自分は一切関与していない、と終始言い続けたそうだが、残っている書類から、彼女の「命令」でやったことが証明され、此処に「嘘つき」のイメージの誕生となったと伝えられる。
 夫のビルも色彩豊かな「言い逃れ」で知られる。1992年の選挙活動中、マリファナを吸った件を追跡され、「吸ったけれど、吸い込まなかった」や、ホワイトハウスのインターン生だったモニカ・ルインスキーとのセックス・スキャンダルで弾効騒ぎとなった際、「あの女と性交していない」と彼女を指差して言ったのは名高い。
● クリントン財団への外国(ロシア、サウジアラビア、中国など)の寄付が、彼女の国務長官としての外交政策を左右したのでは、という疑惑。ウオールストリート金融界でのスピーチ謝礼が2万5000ドル+財団に支払われていることなどから、「資金集めのためには、何でもやる」との認識を生んでいる。

クリントンとトランプの相違

 一言でいうと、エスタブリッシュメント(クリントン)とアンチ・エスタブリッシュメント(トランプ)の闘争である。
 前者は、政界・主要メディア・学界など、社会を動かす権力機構を指し、後者は、低所得・低学歴・ブルーカラーといった社会の権力機構の外の存在となる。
 クリントンが当選すれば、オバマ政権「第3期」となり、大きな政府、経済成長率約2%ほどの緩やかな成長を目指し、これまでと大きく変わることは無い「安全な見通し」となる。
 トランプが当選すれば、と彼の支持層は自分たちのフラストレーションを知り、もっと自分たちに公平な社会改革を目指してくれる、と信じている。トランプは経済成長率4%を目指し、それを可能にするため、ビジネス課税率を現行の35%から15%に引き下げ、連邦政府の規制た統制を減少する小さな政府を目指す。貿易など外交政策は、「アメリカ・ファースト(優先)」政策を打ち出している。
 改革には危険が伴う。あらゆるエスタブリッシュメントと衝突・戦っている感じのトランプに、それらができるだろうか? 
 両候補の最大の相違は―――
 クリントンは民主党から祝福され、オバマ夫妻だけでなく、ゴア元副大統領までクリントンのキャンペーンに参加していることだ。
 反してトランプは、共和党首脳部(下院議長のポール・ライアンを筆頭とする)の支持なく、民主党寄りのメインメディアのネガティブ報道、クリント陣の「トランプは女性軽視者、差別者、痴漢行為者」猛攻撃に対処する羽目となり苦戦中。
 11年前、30年ほど度前に、トランプの痴漢行為に遭ったという女性を11人ほど集め、証言させるやり方で、「こんな人物は、絶対大統領になる資格なし」というキャンペーンで、ミシェル・オバマまで登場し、トランプの女性軽視、痴漢行為を指摘するスピーチをやる始末である。
 トランプは身に覚えが無い、と激怒して、選挙が済んだら、嘘の証言をしたこれら女性を訴える、と言っている。
 ミシェル・オバマに対する批判も囁かれている。この女性問題に関する「トランプの場合は『言葉』による批判だが、セックス・スキャンダルを実施したビル・クリントンのことを棚にあげている」のはダブルスタンダードではないか、と。

 日毎の世論調査では、クリントンが絶対優勢だが、11月8日の投票結果がどうなるか、は誰にも判らない、といったところ。理由は、トランプ支持者の多くは、そのことを明らかにしないからだ。誰に投票するかと訊かれて、「まだ決めていない」とか、「判らない」と返事する人たちは、殆どトランプ支持者といわれる。政治通のジャーナリストが2016年の大統領選をunpollable election(世論調査が出来ない選挙)と嘆いているそうだ。

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     改めてランコ女史から正式なメッセージが届きました。不具合から文章が途切れた形になっってしまいましたが、パソコンの再度のトライで無事ランコ女史のレポートを各位に届けることが出来ました。アメリカの大統領選挙は世界的な政治的イベントであり、興味津々の世界的話題ですが、それを追撃して健筆をふるう迫力あるランコ女史のレポートのご提供に深く感謝いたします。
                                           10月30

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これより11月に更新

混沌,、接戦模様のアメリカ大統領選挙

   あと六日後に迫ったアメリカの大統領選挙だが、民主党のクリントンと共和党のトランプとの間でし烈な戦いを演じて、票田の獲得は緊迫した状況になっている。米国ジャーナリストで卓見の岩本ランコさんがメールで論評を送って下さったように、互いに暴露、非難、中傷を以て相手を攻撃し、政策論議がないままに終わろうとしている、悲しい現実の選挙戦である。大統領候補としての見識のみならず、どちらもどっちで資質をも疑われるような事態で、有権者は両者ともアメリカ史上最悪の候補として諦めもようだと、多くの世論調査で明らかになっている。そうはいっても選挙の結果はアメリカのみならず、世界の指導者を選ぶ選挙だけに看過することはできない。その動向は大いに注目されるところである。先月28日に米連邦捜査局が、クリントンの私用メール問題の捜査再開を公表した。クリントンに、新たに疑惑が発生したとのことである。私用メールには、相当に根深いものがあるようである。
   それ迄やや優勢を伝えられていたクリントンにとっては、まさに逆風、激震である。ワシントンポスト紙などが10月30日に行った全米世論調査では、トランプがクリントンを1ポイント上回ったという。1ポイントだから、誤差の範囲内ではあるが、短期間に情勢が大きく変わっていることは確かである。ここにきてメール問題でトランプがクリントンに肉迫し、選挙民の支持率を高めているようである。このままの勢いだとトランプ優勢と云うことにもなる。情勢は全く見通しが立たない。今日の7チャンネルのテレビ東京を見ていたら、ニューヨークで特別取材中の親愛なる池上彰さんが、見通しが不透明で取材していてもお手上げの状態と云っていたように、選挙戦では両候補とも滅茶苦茶で信頼度は失墜し、甲乙つけがたく、勝敗の判定は今以て難しい状況だと云っていた。選挙人の判定基準は、どちらがより勝るかではなく、。どちらがより悪くはないかだと云うから、困ったものである。しかしながら結果を見るまでは何とも言えない情勢である。
   一般的に憂慮されていることは、トランプは全くのアウトサイダーで、どんな思想を持ち、どんな外交政策を持っているか判らない点だというが、あれだけの支持率を以て突如台頭してきた人物だから、かなりの信頼度を持っていると云えないこともない。ただ我々が知らない部分も多く存在しているかもしれない。あの過激な毒舌ぶりも型破りであり、多分に演出しているところもあって、その場に立てばじっくりした思考力を発揮するかもしれない。我々もあのタフな野獣派ともいえるが、その変革を求める革新的なところに魅かれる所以である。何をやりぬかすのかまったく知らされていないからリスクが大きい。こちらは小物だが、フィリピンのドテウテ大統領が居るが、あれと似たり寄ってりのところがある。ぶっ殺すと云ってみたり、あれ程に程度が悪いとは云わないが。しかし実力を以て実業の分野では力を発揮し、多くの経験を積んできているところは、一つの大きな信用に値えする。この人物に賭けたみたいと云う気がしないでもないが、事は魚屋で物を買うのとは違うから、軽はずみな判断は下せないところが、もどかしい。ところが魅力に欠けるところはクリントンだったら従来型で、変わり映えしないという面もある。せっかくの機会だから、帰ることの人物を、そこに宣教の意義があるから、これを行使したいと思うかもしれない。しがらみのない人物で、体制を一度はぶっ壊してみる挑戦的なところは、最近、我々が経験するところである。小池東京都知事の選出がそうである。
   アメリカの大統領だから、そもそもカウボーイ的なところの型破りが出てきても風土的にも当然だし、良いのかもしれない。実業の世界で単独、あれ程に成功した人物の実績も、それなりに評価することも出来る。あ、エロ化の大統領選挙ではしがらみのない人物、それを求める民衆が多くいることは、左様に世の中、世界が大きく変質してきている証拠かもしれない。そうでないとこの混沌とした世界が、大きく力強く改革されないからである。そのように善意を以て、楽観視するより仕方がないような気がする。問題は閣僚にどんな人物を登用するかである。仮に財務長官に、米連邦準備局の有能な元高級職員を起用するようだと、評価が急速に尚高まること確実である。トランプの意外性を、評価して好感を呼ぶだろう。トランプになるとしたらジェットコースターに乗っていくようなスリル満載の政治舞台になって、興味津々である。黙っているけど、ロシアのプーチンも、中国の習近平も内心、ハラハラドキドキかも知れない。
   レスリングでいえば、久々の大物の登場である。昔、全盛時代にブッラッシーと云う乱暴なレスラーがアメリカからやってきて日本のリングを沸かしていたが、あれと顔つきも体つきもそっくりである。どんな技を仕掛けて来るか、分からない。ヒラリーであれば、今までの通りで大きく、大変化して世界が変質するようなこともないだろう。夫のビルクリントンを、そして国務長官時代のヒラリーを見れば、大体は想像がつく。改革と云っても、穏健な政策を実行して大波乱は想定しない。しかし、世界情勢は激変してきている。それに対応するには従来型で果たしてアメリカの国が今までのような位置づけで成り立つのだろうか、それによってとりこまれている国々の結束にも大きくひびが入ってきはしないか、大きな問題を孕んできている。トランプは金髪をふりかざしてダンプカーの様に暴走したら目も当てられない、そんな不安と危惧の念を隠し切れない。ワシントンポストのその後の調査では、30日トランプが46パーセントで、クリントンを1ポイント上回ったが、2日の調査ではクリントンが47パーセントで、トランプを3ポイント上廻った。クリントンの今後の節制を促し、初の女性誕生が望まれる。目下のところ、目が回るような接線である。そう思いながら、どきどきはらはら、あと数日の情勢を見守って、結果を待つしかない。
  いずれにしてもどちらが大統領になりか知れないが、こうした状況を考えると、運命的なこともはらんでいる。民主主義を貫くアメリカは将来ますます発展していく素質と民族性を持っている。ニューヨーク・マンハッタンの海上に立つ「自由の女神」が燦然として輝きを放って立つ限りは、そしてアメリカの開拓者精神が堅持される限り、アメリカの大国としての風格と実力は発展して安泰であり、世界をリードしていく上でも常に模範的であり、確信的なものがあるからである。   11月2日


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      日本国憲法公布の日

穏やかな快晴に恵まれた今日11月3日は、日本国憲法が公布されてから70年目に当たる記念日で、国民的祝日である。光陰矢のごとし、公布から70年が過ぎた。国民の多くはその意義を忘れかけようとしている。この地球上に未だ戦乱の時の止まざるを憂えつつ、平和憲法を堅持し、その憲法に守られて、自由と平和裡にその果実を得ながら今日まで生きてきている歴史と現実を感謝するのである。今日のように混とんとした世界情勢に在ればこそ、率先して日本国憲法の意義を世界に発信していく責務が我々にはあるはずである。他国の紛争地に於いて、戦争が起きてから我が自衛隊が駆け付け警護に当たるのではなくして、戦争が起きないように世の中を治めて行く英知と努力が必要である。地域紛争が依然として絶えない現状は、慨嘆の極みだが、だからと云って国際社会がこれを看過するわけにはいかない。残念ながらその地域紛争の裏には、大国の思惑が絡んでいるので、姑息であり始末が悪い。
   戦争放棄を定めた第九条が今、改憲の議論の的になって危機に瀕しているが、戦争のない国として世界にその存在を明らかにしてきた日本の今こそ、混沌の世界を打開する力を持っていることを認識すべきである。自衛のために戦力はこれを放棄しないというこの条文も合わせて理解すべきである。そしてかかる平和憲法を堅持する日本は、決して楽観視、油断するわけではないが日本と日本国民には、その英知と勇気を十分に持って、それを発揮する卓越した能力がある。
   日本の経済的成長と発展は、自由と平和を標榜する日本国憲法によって、果されてきている歴史的事実が厳然としてある。これをもと日本は現在も平和的外交を通じて、世界各国に強力な経済的協力と支援活動を続けてきている。対立と抗争から、和解と平和の道を邁進していくことこそ、輝かしい日本の未来が世界に広がっていくことを確信している。私たちはもう一度、日本国憲法を顧みて、その意義を理解し、繁栄を享受している現実を凝視すべきである。戦争によって多くの国民の命を奪われ、廃墟と化した国土の悲惨な有様を顧みて、今日の繁栄の享受することの意義を厳粛に顧みるべきである。もとより現実に起こり、又将来に起こるかもしれないリスクは多々あることは否定しえないが、憲法の精神を堅持して、しかるべく対処していく努力は必要であることは言うまでもない。

   この日、久しぶりに熟睡した小生は、昼過ぎに家内と一緒に近くの等々力不動尊の境内を訊ねた。車で数分の場所だが、駐車場に車をとめて散策に及んだ。瀟洒な山門をくぐり参詣した後、私一人で本堂内陣に上がって、僧侶の朗々とした読経を静かに聞く機会に恵まれた。荘厳な堂内にも深く心を打たれた。正面奥深く不動明王が祀られている。たまたま回廊の正面に立って僧侶が灯明をあげる堂内の粛々とした様子を伺うようにみていたところ、白装束の女性が気づいて声をかけて下さり、堂内に案内してくれたおかげである。
   この等々力不動尊は、山門をくぐると武蔵野の林のなかを行くような気分である。赴く先は、深々と茂る大きな樹木の中に立つ等々力不動尊の本堂とその境内である。折から菊祭りと、七五三を祝う準備の最中で、休日でもあり多くの参詣者が訪れていた。本堂の横袖から渓谷に向かって深く下方に向かう階段を下りて行くと、清冽な渓流が川上から続いてきていて、澄み切った水の流れが、その先の多摩川まで及んでいる。この水の流れを、別に矢沢川といっている。矢沢川は多摩川の支流の谷沢川が、武蔵野台地を侵食して、昔から長い間を経て形成されたと云われている。私たちはこの渓流に沿って川上のゴルフ橋辺りまで行ったあと、引き返してきた。この間、片道約一キロの道のりでる。いたるところに豊かな湧水が、染み出ている。居ながらにして渓谷の美しさと清冽さを満喫できるので、最近は行楽の至便な場所として訪れる人たちが多い。渓谷沿いには、古代時代から奈良時代にかけて住んでいた地元有力者の農家の墓と推定される、横穴式古墳が傷付かずに発掘された場所もある。   
  不動尊の境内を渓谷の方に下りきった場所には、瀟洒な茶屋があり休息ができる。そこで甘酒の一杯でも飲みながら, 足もとの池で、湧水の水に泳ぐ鯉を眺めているのも乙な気分である。その茶屋の前には小さな稲荷堂が立っていて、そばには不動の滝がある。切り立った崖の斜面から水が滲みでて、一年を通して絶えることがなく落ちている。滝修業の聖なる場所でもある。一帯に樹木に覆われた渓谷美は、十和田の奥入瀬の小・渓流を思わせる雰囲気で、昔の旅を思い起こさせるに充分である。この渓流は都内随一の景勝地であり、一帯には名状しがたい緑陰の気が横溢して、今回も心身共に洗い清められ光悦にしたる思いである。 

夕立の俄かに過ぎて夕映えの空つややかに光る我が街
等々力の渓谷の道たのしみつ草陰になく虫の声にも               続く                                                   11月3日
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二日後に迫った米大統領選

   アメリカばかりでない。全世界が注目している米大統領選が、あと二日後に迫った。行くへを追って、テレビは連日のごとく、ほぼ休みなくその行方を追って報道が過熱していて、視聴者も混沌とした情勢で結局のところ振り回されている。興味本位で面白おかしく行方を追っている分では、これほど緊迫してインパクトを与える番組はないかもしれないが、そんな浮ついた気持ちになれないでいるのが本音である。政治家も、大企業家も、投資家も、消費者もおしなべてこれからの世界がどう変わっていくか真剣に考えて、その行方に大きな関心を寄せている筈である。今日の教会でも礼拝後の茶話会で、そのことが話題になったくらいである。聖なる教会で不浄の話など憚る心境であるが、さほどに関心を呼んでいる今回のアメリカの大統領選挙だということだ。
  政治的経験が豊富で熟達しきったクリントンには飽きが来て、変わり映えがしないし、トランプについては政治的経験のないことが不安で、野獣派的な風貌がそのまま性格を表して信頼性に欠ける点がある。いずれも事実で、これを以てして、アメリカ史上最低の、レベルの低い大統領選挙戦になってしまった所以である。たとえは悪いが、あたかも映画の「美女と野獣」を想起する一面もある。終わってしまえば、やっぱりそうだったかということで、安堵と希望を託す心境になるが、それまでは世俗の波に揺さぶられていかざるを得ないということかもしれない。椅子に座れば、それなりの落ち着いた姿勢に変わるだろう。誰がなるにしても、アメリカの自由で公正な繁栄をめざし、以て世界の平和に貢献してくれる政治を期待するばかりである。ニューヨーク・マンハッタンの洋上には、自由の女神が厳然として立っていることを忘れてはならない。

  悪いうわさに凝り固まるわけではないが、今、両候補に上げられている欠点は、大きく述べてそれぞれ三づつある。
  先ずクリントンである。相変わらず私用メールの問題である。公私混同の性癖だとすると問題である。国家安全保障の重大な案件にも、秘密漏えいの危険性がある。卑近で小粒な例だが、前の東京都知事に舛添がいた。公私混同の金勘定で、墓穴を掘った。せこい性格で、大物の地位についても勘定はせこい手法をとるケースで意地がきたない。クリントンにとっては、良いお灸をすえたことになればいい。 次は健康不安説である。アメリカの大統領職は世界一忙しい。その激務に耐えられるかということ、職務を遂行していけるかである。いうなれば24時間体制の身体である。咳こんだり、疲労とはいえふらついたりするようだと心もとない。 三つ目に、数々の多額な献金の不透明な点である。財団を作りそこに多額な献金を集めている。これに疑惑の目が注がれている。金銭に透明性がないと何かにつけて疑念を持たれ、又自らに隙を与える結果になる。 金に執着があると、上り詰めた政治家にとっては、不適格要素である。 
   トランプについての欠点は、周知となった数々の不埒な暴言である。教養のなささ丸出しである。云いっぱなしの無責任が性癖だとすれば、言動に信憑性を欠き、信用できないということになり最大の欠点である。同族経営者にありがちなワンマン経営と、独善主義が災いの種である。政治的無経験が、それに拍車をかけると滅茶苦茶な結果となる。世界が少なからず混乱してくる。 次に、脱税問題である。繰り返し行っている形跡がある。税法上は、経営者としてすぐれた勘があって成功者の道を驀進するが、法的に合っていても、えげつない手法だと倫理的、道義的に如何なものかと、真の企業経営者としても人格的に疑われるところである。 第三に、甚だしい女性蔑視の言動である。卑猥な言葉を吐き、夫の元大統領ビル・クリントンの不倫問題を取り上げ、被害に遭ったという数人の女性まで持ち出してくる演出は、男として余りにもえげつない。勝つための攻撃材料としては脅しにかけるようなもので、この品格欠如で、果たして外国の要人を相手に対等に国際舞台に立てるだろうかと訝しくなってくる。既に烙印を押されて、馬鹿にされて居る。
    以上は私がそう認識してコメントしているのではなく、外国メディアはもとより国内の新聞やテレビ報道で公然と人々に周知されているほんの一部であって、未だ他に列挙する悪事の、所詮は政治の世界のこと、聞くに堪えない酷聞があるかもしれない。光輝ある米国大統領の候補者としては、いずれも落第である。運動中は、ひたすら相手候補に対する激しい非難、誹謗、中傷に終始している。真剣でまともな政策論争を、聞くことはできなかった。これを以て、アメリカ史上最悪、最低のレベルの大統領選と酷評されるのである。困ったものである。
   下らぬレースに早く終止符を打って、クリントン、トランプが正気に戻り、正常な職務につくことを願っている。戦いの終わった後は、キリスト教的精神に立ち返って、愛と受容の気持ちを以て互譲の精神を発揮し、兎に角、早く正気を取り戻してもらいたい一念である。前にも述べた様に、大統領の権限は絶大だが、閣僚の人選についてしっかりした人間を登用して、側近にも正常な神経を持った人材を選び、大統領の人格的、能力的欠陥を補充することが喫急な、重要な仕事である。  11月6日

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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