line

社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2019年09月18日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

Vol.19.6

外国に保護主義を煽るトランプ氏

   日本での行事を終えたトランプ氏は、今、英国を国賓として初めて訪問中である。トランプは、英国のメイ首相との共同記者会見で、混乱が続く英国の欧州連合(EU)離脱問題について、「英国はEUを離脱するだろうし、離脱すべきだ」と迫った。強硬離脱を掲げる英国の政治家と相次いで接触を図り、支援する姿勢を鮮明にした。
   しかしこれについては、英国はいずれの方向に進むかは別として、自分自身でEU離脱問題を解決するだろうし、又解決すべきである。トランプの謂うことが全て正しいわけではないし、アメリカの過剰な保護主義政策は、次第に翳りを見せてきている。他国に行って盛んにけしかけている感じで、傍から見て居ても甚だしく見苦しく、不快の念を禁じ得ない。英国も往時の盛況はないし、それでいてプライドだけは過剰であり、今以て捨てきれないでいるから始末が悪い。
保護主義、単独主義は今の経済的に強大なアメリカだから云い得るものであって、どこの国にも可能なものではない。イギリスがEUから離脱することによって、自国の落日の日が早まるだけである。嘘かまことか知らないが、エリザベス女王は英国に動乱が起きた場合には、素早く退避する術を講じているとのうわさも流れる始末である。極右勢力の台頭で、それほど国内政情が悪化しているイギリスである。国内を説得し切れなかったメイ首相は調子に乗って舞い上がり、予告したように死に体で、政権を放棄してしまった。そんなメイさんに例えばトランプが何を云ったところで最早得るものは何もない。賢明なメルケルが忠告しているように、英国は、EU連合に参加していることによって、経済的には相互幇助、協力関係に立ち、安全保障上の擁壁構築にも役立っていることに気付くべきである。うっかり、がっかり、,ばったりを繰り返す英国の始末にはあきれ返る。
  が、しかし即ちEU結成の要因と成り立ちの原点に返って考えるべきであって、目先の利益にこだわると取り返しの着かない結果にもなる事を銘記すべきである。もう一度国民に賛否を問い、正気の沙汰を確認すべきである。前の首相で,、ついうっかりをやってしまったキャメロンが、EU離脱の是非を求める再度の国民投票を盛んに唱えている。
                                             6月5日


6月10日午後一時から、衆議院議員石破茂氏を招き定期講演会を銀座三笠会館で行った。安倍さんの後は石破氏と、政界は専らのうわさの大人物である。定刻十分前に見えた石破氏と初めて挨拶を交わし、今日の講話に謝意を述べてお茶を飲みながら親しく、三分ほど言葉を交わした。その間、石破氏の政治家としての信念を直接垣間見ることが出来た。三十年間議員生活を送ってきたが、今日ほど世界が悪く乱れていたことはかってみたことがないと述懐することしきりであった。憂国の念赤裸々に吐露されてくださった。
  この瞬間に私は、石破氏の政治家としてのゆるぎない素質、心情、信念を見て取ったのである。安倍さんは自民党総裁総理として立派な業績を上げて来ている。これは厳然たる事実である。しかし自民党々規によって総裁の任期もきびしく決まっている。今も、二年の任期を一年延ばした結果である。安倍さんが良いからと云って又任期を延ばすわけにもいくまい。安倍さんの後となると、それにふさわしい人材は雨後の竹の子でドングリの背比べである。背比べをしていい人材が豊富ならいいが、目に留まるものがいないとの感はいがめない。安倍さんの後を継いでいくとなると、人物的にスケールが小さく、今の自民党ではみつからない。しかし安定政権は国家と国民にとっていいことではあっても、長ければいいと云うことでもない。コップの水も長く置いておくと、濁ってくる。長期政権が続くと老朽化に病んで、士気のゆるみや組織の腐食が進み、活力を失って行くことになる。一方、長期政権は、独裁化への道に繋がらないとも限らない。気づかないことだが、それは安倍さんにとっても自民党にとっていいことではない。だからこそ自民党の総裁の任期が決められているのである。
  最近の言を俟つまでもなく、国民の前に出て堂々と自説を披歴し、総裁選挙に臨んで石破さんは戦って幾多の洗礼を受けてきている。党内の支持を訴え数で根回しした安倍さんが、運に勝って勝ったに過ぎない。石破さんは国会内では劣勢に立つが、地方党員では勝っている。政策自体に優劣があるわけでもない。政治家として、鍛錬された精神も揺るぎないものがある。安倍さんに次いで、石破さんの存在意義はもとより、自民党の中に厳然として、その標識は立っている。安倍さんが打ち立ててきた自民党の力は、それとして、混乱なくそれを引き継いでいくことも自民党の政治家としての責務である。政局の持続的安定こそ、自由改革の気風こそ国の発展の基礎である。今や内外の時局は重大な岐路に立っていると云っても過言ではない。一見派手に見える安倍政権に手詰まり感が漂って来ていることは、いがめない。これは安倍さんの責任ではない。事象の必然性である。聞き及んで久しいが、安倍さんの次は石破さんだと云う話も公然としている。熟慮して大観すれば反って即ち、抵抗勢力さえなければ、「安倍さんの後を継ぐのは石破さんでなければだめだ」と云うことである。それは小生の、大局的に見ての感じである。
                                 続く    六月十日

憂国の情切々たるや沛然と驟雨の如く胸に迫り来
我が国の前途を憂ひ梅雨入りの雨蕭々と注ぐ胸うち
憂国の情しきりなりしばらくの余に訴ふる時の束の間
梅雨入りの銀座の三笠会館へ行く道すがら紫陽花の咲く
敵味方なし自民党の政治とし国民本位の次期の政権
日本の人口減少に憂慮せり歯止めかからぬ先を憂へり
何十年あとの先には人口の半減なりと衝撃の弁
石破氏を讃えて俳句の三十句さりげなく詠み壁に飾れり
石破氏の政論正し皐月富士今朝の美空を望み作れり
人口の減少地域に経済の発展なきは時の必定
衰退の地に人影も畑もなき人口減少はその前触れなりき 
石破氏と語らふなかに憂国の士の燃へ滾る思ひ及び来
この国の波立ち騒ぐ在り方に幾重悩むや君が思ひの     石破茂先生の講話にて 6月10日



束の間の浅草


梅雨の間の12日の正午、所用のため浅草に行った。幸いにも午後から快晴となった。自宅から自由が丘の東横線、中目黒駅から地下鉄日比谷線で銀座に出、会社には寄らずにそのまま銀座線浅草駅行きに乗り換えて田原町で降りた。昔は国際通りと云ったが、その大通りをビューホテル方向に行って左側に一つ入ったところが現場である。浅草は近年観光都市として栄え、土地の公示価格によると、浅草の繁華街は値上がり率が全国一だそうである。実感こそないが、一部の土地が投機の対象になっているくらいで、それは景気の良さを反映したもので歓迎したいところである。美加氏は浅草の土地は「土一升、金一升」と云ったくらいであった。戦後の間もない頃の渋谷、新宿辺りは未だガさ藪で狸が出た時分である。

  地下鉄の田原町で表に出たところ、外国人の観光客で人並みの多いことにびっくりした。スタイルの良い色白の西洋人もいるが、中国人をはじめとして、概して東南アジア系の人たちが多いようである。耳に入ってくる周囲の言葉は、もはや何を云っているのか見当がつかない。英語でないことは確かである。色白の西洋人は、北欧系の人たちかもしれない。しばらく行くと雷門方角に行く交差点に出る。そこを見通すと、スカイツリーが大通りを押しつぶすように威圧的に突っ立っているのが先ず目に飛び込んできた。隅田川に寄って行ったらそのスケールが圧倒的につかむことが出来よう。パリのエッフェル塔や東京タワーのような気品の良さはないが、ずんぐり、むっくりの重量感は充分味わえる気がする。いなせな男も、たっぷりとした重みのある方が良いかもしれない。

  仕事を済ませた後、関係者の一人と雷門近くの喫茶店「珈琲館」に入った。並びには老舗ですき焼きの「ちんや」がある。客人は昼食を済ましてきたと云うので、洒落たつもりで名指しの「珈琲館」に入り、店が薦めるコーヒーのブルーマウンテンとケーキを注文した。物足りないので、結局、昼食の腹ごしらえの食べ物を追加して注文することになった。だったら最初から、すっきりとした昼食を注文すべきであった。その方がまとまりがあった。浅草は小生の生まれ育ったところである。訊ねてきたので聊か自慢げに、若者の客人に青年の頃の話をした。いささかなりとも参考になればよいと思ったからである。若者の客人が、今は勤め人でいるが将来何をしていったらいいか、戸惑うことがあると云うので、敢えて青年の話の相手をしたまでである。「人間万事塞翁が馬」、それを云ってみたところで判るはずがないと思ったので、どんな大不況が来ても家族を養えるだけの土地を買っておくべきだ。それには約六反歩の、田畑になるような土地を確保して置けば六人の家族を養って行くことができる。先ずそれから始めよ、と云ったのである。余裕があれば別荘代わりに質素な小屋を建てて使ったりすれば、子供の情操教育の一環にもなると。ところが青年は「そうか、自分は実家が農家なので畑を継ぐことが出来るし」、というので、「それなら心配することはない。思う存分金を使って行けばいい。それが君の場合には、人生の投資になるかもね」と。何故それを最初に言わなかったのだと、心中少なからずがっかりしていた。

  喫茶店を出て、店先でそれぞれに別れた。小生は何気なく歩を進め、雷門をくぐり仲見世に入って行った。仲見世通りは、外人観光客で一杯である。中には安っぽい借り衣装の派手な浴衣を得意げに着込んで行く外人が結構いたりした。日本の羽おる着物が面白いのだろう。行き交う人たちはさまざまで、不図戦後のごった返していたロックのあたりの光景を思い出していた。正面に宝蔵門と、浅草寺の本陣の高い大屋根が目に入った。

  学友の一人が、この仲見世通りで装飾品とか小粋な小間物の店を出している。店の屋号を「たかしま」と云った。彼は子供たちに店を譲って、最早店には出ていないだろうと思いながら、店の前を中を覗きながら通って行った。女性が一人、店内にいたが、やはりいないやと思いつつ過ぎて行った瞬間、「いよおー」と、店の奥で手を振る男の影があった。良く見ると友達の高島だった。表に出てきて「懐かしいなあ、久しぶりだなあ、元気だなあ」と云いあって、飛び出してきた高島と握手した。「今日は所要があって浅草にやってきたが、帰り際、浅草から地下鉄で帰るので途中懐かしく寄ってみたんだ、仲見世に入ってきてよかった、まさか店に出ているとは思わなかったよ」、と云った次第であった。
  小さい店なので立ち話だったが、そこにやたらと派手な服装をした女性が自転車に乗ってやってきた。高島は小生を指して「学院の佐々木君だよ」と云うなり、「まあお若い」と云ってその女性が近付いてきた。「俺の上さんだよ」、と高島がいうので、見たところ思わず「奥さんも若いですね」と云い返して励まし合っていたが、意外にも元気で感じの良い明るい上さんだなと思ったのである。下町っ子らしい小柄でしゃきしゃきした上さんである。「ここでは狭いから、どこかでお茶でも」と上さんは高島に勧めてくれていたが、小生があとに用事を控えていたので、「もうしばらくしていとまを」と云って高島と立ち話を続けていた。昔からひかえめで遠慮がちな高島だったが、商売柄、その後の如才ない仕草が身についてきたのだろう、安心して思いついたことを話し合い、再会を約束して別れてきた。

  学生時代から高島は小柄で青白い友人だったが、そのくせ当時から弁論部に所属して盛んに声を張り上げていた記憶がある。弁論大会などに出たりして、小さな体からどうしてあんなどでかい声が出て来るのか、とてもそんな光景を想像することができないくらいに思っていた。浅草の仲見世で、昔同様、お土産品や小間物品など扱って、達者な姿が嬉しく思ったのである。ご承知の通り仲見世は、小さな間口の店が軒を連ねて長屋敷に張り出している参道である。六坪ほどの間取りで、賑やかでちまちましている店が並んでいて、店を覗きながら本堂までの長い道のりを楽しんでいける。高島の上さんが派手なのは、店の小物の売りものを好き勝手に身に着けているからではないかと、思ったりしていた。

それにしても下町の歴史的な繁華街、しかも仲見世に代々店を張って生計を立てていると云うことに就いて驚きを禁じ得ないで、妙なところに感心していたのである。伝統的な風習を継承していく中で、派手で賑やかという感覚を通り越して、目の前に行き来する大勢の人並に年がら年中晒されているわけである。最近に至っては、グローバルの観光客の波に乗って多種多様の人種を相手に、気が狂わずによくぞ努めている、あっ晴れと云うしかない。高島は、こうした地元の街の発展に尽くし、五月は浅草三社祭を始めとして 四季折々の観光行事に長老として采配を振るってきている。 学校こそ違うが、他に浅草富士小学校時代の佐野君が居て地元で頑張っている。昔から青年たちの先頭に立って、金竜の舞など演じたりしていた。益々の健闘を願っている。  6月12日

浅草の幼馴染があきんどで達者にをるは頼もしきかな

仲見世の人混みのなか会釈する愛嬌のある外人美人よ

われもまた羽織はかまに雪駄履きかんかん帽で行かんべえかな

縮緬の羽をり袴も甚平も風情よろしく仲見世を行く

浅草の仲見世は今外人の観光客のスポットとも謂ふ

スマートな若い女性の外人の観光客の微笑みて行く

愛嬌をふりまく明るい外人の女性に挨拶交わす親しき

父が言う関東大震災の惨状の幻の影目の当たせん

崩れ落つ十二層の左手にスカイツリーの今空に立つ

仲見世の人混みに立ち遠く見る観音様の高き屋根かな

青空を我がものと飛ぶ鳩ぽっぽ寺の敷地に住みて慣れしに

豆を買ふ素振りをすれば立ち寄りて鳩がポッポと鳴きてねだれり

ふるさとは遠きに在りて思ふとも近きに見るは粋に思へり

大寺の屋根のいらかのさざなみて初なつの空あやに光れり

初なつの仲見世通りを人混みに紛れて行くは愉快なりけり

豆腐やさん

拙宅の近くの九品仏駅商店街に、手作りの古くからの豆腐屋がある。作っている場所と、販売している場所が仕切ってあるが、同じ場所でやっているので、店の間口も商店としては大きい方である。通りから豆腐を作っている様子を窓越しに見ることが出来る。豊富な水をたたき一面に流しながら、気持ちよく豆腐の製造過程をつぶさに見届けることが出来、朝から豆腐を買いに来る主婦の姿もある。
  朝から出来立ての豆腐に醤油をかけて食べるのは、絶妙な味である。 豆腐の仕込みは、朝が早い。この店も、老夫婦とはいかないまでも、中年の年配の夫婦で、しかし精力的に働いているようである。客が来ると作業を止めて、水を払いながら隣りの販売所に移って応対している。忙しく気持ちの良い光景で、之こそ朝の風物詩である。
  九品仏寺は古刹にふさわしく、境内は古木がうっそうとしており、辺りは森閑として人の気配すら避けている感じである。その九品仏のお寺に近い豆腐やさん。松並木の参道を豆腐屋まで歩いて行くと、京都の古寺の近くの雰囲気である。南禅寺の近くにも、豆腐料理の店があった。

手際よく水槽の豆腐を手に浮かせ寸切りの身を泳がせをりぬ

水槽に幾つも豆腐を沈め置き如何にも豊かに見えて探りぬ

水槽の白き豆腐の大玉を自在に泳がせをるは頼もし

友人からの連絡

   大企業に勤務し多忙で知的な地位に就いて活躍する後輩の友人から、昭和経済を恵送したところ、お世辞ではなく、メールで次のような感想文を短く伝えてきてくれたので、これを転載して、更に小生の創作、論文の掲載について努力発奮の機会としたいと思った次第である。


佐々木理事長様

前略。

本日の石破氏の講演を聞き逃したのは残念でした。

あらためて送っていただいた昭和経済の雑誌を拝読したところです。

雑誌の最後に講演のお知らせがのっており、やはり大事な機会だったのだなと思った次第です。

今回の雑誌では、以下のところの文章がすっと頭に入りました。


・借金づくめ

・官僚の質的劣化

・山際総長のジャポニスムと先端技術

・FBの落とし穴

・十日間の休暇

・天皇

・義兄様の昇天

・石炭と石油と原子力

特に義兄様の人生行路のところは読み直しました。

実は、同居の義父が先週より腰痛からくる足の痺れで苦労しており、しんみりしているところでした。

(現在83歳、長野から上京し、日本橋三越で紳士服一筋。高校時代100mで全国優勝した元韋駄天)

まずは心から、お礼まで。         森口真一


    同人短歌誌・淵のあとがきについて


今回、225号の淵のあとがきを書くよう依頼されたので、少々趣向を変えて独創的に書いてみることにした。大学時代に早大名誉教授の稲垣達郎さんの授業を一般選択として受講した時に、文学論の中で「感情移入」という言葉があった。著者の思いが作品を読んでいる間に、読者の気持ちに知らず内に入り込んで、作者と一体となって経験すると云う感性の状況変化を述べているものだ。そんなことを踏まえて、淵の投稿者の歌の評論を請け合った次第で、それぞれの歌を詠んでから自分の思いを短歌として打ちこんでみた。つまり「返歌」である。そうしたことを含めて、あとがきに講釈を独断的に書いてみた。 以下その文章である。          6月21日

                    *

  あとがき     佐々木誠吾

  前号評の依頼を受けて、同人の寄せられた短歌をつぶさに読み味わいながら、一首からほとばしる歌ごころに魅かれていて、そのなかから最低二首を選んで感想を述べていくと、難しさが分かってきて戸惑う心境である。どのうたにも、作者の情念があるので、選ぶに甲乙付け難い。

  同人の歌を読んでいると、不思議と自分にも歌ごころが湧いてきて、おなじような心境になってつられて詠んでいってしまうのである。文学用語でいうところの「感情移入」である。大学で政経学部の選択科目の一つに、かの有名な稲垣達郎名誉教授の文学論を取ってみた。面白く興味深い授業であった。その中に出てきた用語で、小生は今でも惜しげもなく利用している。遠い昔のこと、教授から教わったものは、それだけしか覚えていない。それでいいと思っている。哲学、論理学で云うと、帰納法と演繹法があるが、小生はこの場合に、演繹法を以て臨んでいる。つまりひとつの原理原則、普遍的なものをもって、一般に広げていくことである。

 先日、竹取物語を読んでいたら、「野山に混じりて竹を取りつつよろずのものにつかひける。・・・」、竹を細工しながら何かと生計を立てている翁の心境にもなって、和歌を詠み続けていたら、さながら竹取物語の登場人物になり切って、切々と詠む始末であった。同様に、竹の中に居た「かぐや姫」にもなり切って、詠んでいたが、かぐや姫は女性であるが故に、その心中をあでやかに、こまごまと吐露していくとなると、いくら「感情移入」とは云ひながら、結構むつかしいことにも気がついた。かぐや姫に云い寄る勇夫たちもそれぞれだが、こちらの方は男の気持ちが判るので、面白ろおかしく詠めていくことができた。

 今回、前号評を受け持つにあたり、同人のうたを読んでいるうちに、返歌として自分の気持ちを伝えてみたいと、無意識に近い状態で即席に詠んだ歌を、添付してみた。誰かほかの人であったら、また別な歌がこみあげて来るかもしれないと思い、読者の領域が広がりを以て迫ってくるようにも感じた。
 会津八一の和歌を詠むにあたっても、感情移入の事象を以て、作者の和歌の神髄に迫っていくことも大いに触発される場面があって、道人の「南京新唱」の和歌を堪能することが出来るはずである。感情移入を用いて道人になりきって優れた和歌が詠めて来るかもしれない。そうして優雅に詠めた和歌は、その人のものである。
  同人各位の研鑽を祈念申し上げるところである。

あをによしならやまこえてふるさとのくもわきたちぬあめちかきかも

なつかぜのふきすぐあしたおほてらのおほきほとけにあひにゆくかな

米・中大国の体制の違い

  マルクスも、ケインズも夥しい研究成果の結果引き出した真理に近い学説を以て、今日のアメリカの資本主義的経済体制と、中国の社会主義的経済体制を、対比して説明しようとしても不可能に近い現実を見せつけられて、おそらく困惑してしまうのではないだろうか。今や、中国の国家主席の習近平の発言は、声高に自由貿易と市場経済の重要性を説いているのに対し、アメリカのトランプ大統領の発言と政策は、自国第一主義を以て保護主義的な政策を強烈に進め、他国に対して強制しているのを見ても、全く対照的で、逆転の様相である。

  一体全体、世界を二分するほどの経済大国のアメリカと中国の主張と政策を見るにつけても、どちらが自由主義的な資本主義の国であり、どちらが共産主義的な社会主義の国であるのか、見分けがつかなくなってきている。歴史的展開の、不可解と云うべきである。トランプと云う人物がアメリカの大統領として地球上に現れて以来、兎も角も自国第一主義を唱えて、矢継ぎ早に関税引き上げを打ち出して、貿易の断絶、縮小を促し、結果、世界経済の縮小を齎している始末である。米中の貿易戦争によって、世界各国が影響を受けつつある現状を憂慮せざるを得ないでいる。

  こうした状況に在って、あすからG20が大阪で開催される。経済が地球規模で拡大し、ネット社会で瞬時に繋がる現代社会に在って、今迄のようにお互いが好き勝手に地球を食い荒らしていくようでは、情けない。ここらで踏みとどまって、互いが連携し合い資源の効率的な利用を図っていくこと。産業廃棄物の縮小と再利用を図る事。地球温暖化に歯止めをかける事。貿易の自由と公正と秩序。経済格差を解消すること。こんな常識的な課題が突きつけられている。先ずは正空経済をけん引している米中の経済大国が、率先して経済の自由と公正と秩序を確立すべく、理解し努力してもらわないと、話が先に進まないだろう。

  日本が議長国を務める。どんな議論がなされて、どんな成果を得られるか、世界が注目している。主要国会議の議長を務める安倍首相の時局認識と活躍は重大であり、世界をまとめ上げていく上で、手腕を発揮してもらいたいと念願する次第である。 


我が国に国際舞台のG20活躍の場の平和外交

トランプと習近平の対話にて世界経済のかかる命運

アメリカとチャイナの政策が逆転すコペルニクスの逆転の理

資本主義、社会主義の区別なき米中経済の思想、政策

マルクスもケインズも予想だにし得じ米中経済社会の様相

米国の保護主義政策に中国の自由主義政策とはこれ如何にやと

資本主義、共産主義の区別なき米中経済政策の今

関税の引き上げ唯我独尊のアメリカ経済の好調の今

日米の安保の破棄をちらつかすトランプ発言の真意の如何にや      6月27日

圧巻なり世界主要国の首脳らが一堂に会し対話すすめり

二分する世界を米中大国が自由と公正の旗手となるべし

  今日から大阪でG20が威勢よく開催された。敢えて威勢よくとしたのは、それぞれの国が、元気を弾き、云いたい放題を云ってまかり出たりする懸念があるから、議長国の日本としてはそうならないように願っての故である。主要会議の議長を務める安倍首相は、大忙しである。云いたい放題の各国首脳の意見を上手に取りまとめて、決議するところまで持った行かなければならない。
  とりわけ米中貿易戦争まっただ中で、席上火花を散らされてもかなわない。そうではなくて、お互いが冷静になってこれ以上の混乱を招くことが無いように、現段階でこれらの拡散を防ぎ、これを止揚する方向へ持っていき、世界貿易の自由と公正と秩序を確立してもらいたいが所以である。
  議長国の安倍首相を中心に、世界主要20カ国の首脳と地域の代表者が一堂に会し、並んで記念撮影を試みたが、その光景は賑やかであり、さすがに圧巻である。その迫力を以て、世界を覆う悪弊と悪事を撃退し、希望に満ちた明るい世界へと導いてもらいたい。2日間の議論を交わす過程で、充実して実り多いことを期待する。     6月28日

   G20の成功裡に閉幕す


  米中の激しい対立で、対立と分断が懸念されていたが、日本国が議長国となって開催した世界的行事の大阪G20サミットが、対立と混乱を避けて基本的理念に於いて大きな成果を得ることが出来、まことに立派であった。世界の混乱を回避して少しでも友好的に前進することが出来て幸いであった。我々経済人も、当面を憂慮することなく安堵して職場に復帰することが出来、喜ばしき限りである。不満を云えばきりないことながら、日本国と、議長を務めた安倍首相の労を多としたい。会場の雰囲気で首脳たちの考え方も大きく変化し、不可能と思われていたことが少しでも解決に向けた努力が払われ、先に向かって前進することが出来たと云っても過言ではない。関係各国の首脳たちの努力に対し、深甚の敬意を表したい。

主軸なきG20ノ閉幕すさは成功裡に手を打つはよし
米中の首脳を脇に安倍首相指揮棒を振る晴れの舞台に
米中の二大経済大国を脇侍に据える日本
トランプと習近平の大人がおほむね会議を振り回しける
世界にて主要各国の首脳らの仲良きことは全て良きかな
主軸なき会議は踊るも良しとして対立抗争よりは未だまし
米中の貿易戦争の対話にて一時休戦の結論を得ん
米中の首脳会談の成功す課題を対話の道に求めて
G20兎にも角にも各国が参加の意義を会得するよし
台風の目となる米中対立の経済覇権の様相を呈す

メンバーの全てが自国第一主義唱えし居れば有象無象に
メルケルもマクロンも又プーチンも影なしトランプ習近平ゆえ
とめどなき軍鶏の喧嘩に双方の野垂れ死に伏す誰も止めなば
米中の覇権争いの浮き彫りにG20の場に皆おとなしき
G20傘下の世界のGDP八割を占む責務大なり
米中の狭間にありて安倍首相調整役を見事果しぬ
せはしなきトランプに比し習近平泰然自若の面構えの好し
米中が手を合わせればこの地球先の命も光り差しけむ
恙なくG20会議の閉幕す議長を務む我が安倍首相よ
米中の狭間に在りて安倍首相笑顔に皆を説きほぐしけり     6月29日

半期を過ぎた令和

  今年もあっという間に時が過ぎて、7月に入った。7月1日月曜日の出勤である。気分的に溌剌として、いいスタートを切った。そしていつものことながら、今年の勝負はあと半年である。特に今年は混乱する気候変動に振り回されて、季節感がなくなってきてしまった。入り乱れる季節感は、日本人にとって馴染めないもので、日にちの計算すら混乱してくる始末である。これが原因で金の計算も狂ってきてしまうと、大変である。そうならないでほしいと思っている。心配されたG20の大阪サミットも無事に済んだし、荒れてていた米中の貿易戦争も一時休戦となって、今朝の東京株式も計算が混乱せずに頼もしい動きになって、1日から上昇していることは歓迎である。それにしても国際会議では終始トランプの動きに神経をとがらせている始末で、会議は踊るの中心人物はいつもトランプが牛耳っていて、そのほかの首脳は影が薄れてびくびくしている始末であった。EUのあの輝かしい姿は、一体どこに行ってしまったのか。現代の歴史の上でこそ、EUの結束とその波及が望まれるべきなのに、歯車が逆転してきてしまっている。難民問題で、ケチがついてしまったことは残念である。その対応は間違っていた。実行力のある手法を以て、手を打つべきであった。
  一方保護主義を掲げるトランプの影響力は大きく衰えを見せないでいる。確かに、スタミナと行動力は抜群である。その本質と才能については諸説紛々、謎が多く真価を突きとめることは難しく、評価はまちまちだが、所詮、天才と気違いは紙一重、結末は幕を下ろしてみないとわからない。判らないから仕方がない、無難であることを祈るばかりである。

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ