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公益社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2022年12月07日 RSS ATOM

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理事長室より

VOL.22.12

  師走

  今年も早や師走に入って、身辺に慌ただしさが漂ってきた。来しかたを振り返ってみたところで漠然とした時の流れに、浮き草の如く過ぎ去ったことしか脳裏に浮かんでこない。具体的におきた事柄を列挙して、その成果を確かめようとするが、自分を納得させるものではない。しかし、成し遂げた事例は例年よりも確実なことがはっきりしているので、あえて自分自身を説得しているところである。完結を求めて日々努力研鑽に勤めてきているが、「ヴェートーベンの未完成交響曲」ではないが、それゆえに未完の素晴らしさがあって、将来に向けた継続性を確約できる成果がある。完成のあとに来るものは満足と終焉である。不満があるから努力のし甲斐がある。完成なき道の魅力である。全うを果たし得なかった道の、捲土重来の未来を展望するのである。一つの現場を成し終えても、次の波が押し寄せてくる。未完の希望であり、喜びである。未完を未熟と称してもよい。 それは即ち、継続性と希望の証しである。12月1日

ドーハでのワールド・カップ

  驚きと、歓喜の波が日本中に広がっている。世界の強豪チームである、ドイツとイタリアを撃破した日本サッカー・チームの快進撃に正直のところ、我々みんなが驚いている。そして世界のサッカーファンも一様にびっくりしている。初戦でドイツを2対1で破ったが、対コスタリカ戦で1対0で惜敗した。そして今日の早朝からの対イタリア戦ではまさかの展開で前半の1対0で苦戦気味だった試合を、後半、3分して最初の1点をゲット、続いて5分後に一点を追加、その後は双方互角に熱戦を繰り広げて緊張の連続となり、結局試合終了、日本が2対1で逆転し、強敵スペインを下した。

  こんなことを申しては頭脳明晰な森保監督並びに、優秀なる選手諸君に失礼極まりないが、まさかという一抹の不安をぬぐうことができなかっただけに、専門家までが、口を大きくしては言えないが、E組の対戦チームを見る限り、決勝トーナメントに進出するとは思っていなかった。繰り返しきたドーハの悲劇が魔をさして、又の弱気を隠し切れなかった。しかし結果は白熱した戦いに終始し、各戦況も申し分ない戦いを演じて、サッカーはもはやヨーロッパからアジアに移るといった印象である。サッカー場での華麗さ、スピード、技能といった面でのサッカーの面白さを遺憾なく発揮して日本人の持って生まれた天性の反映につながるものであった。

ドーハの悲劇を喜劇にスペイン戦2対1の逆転勝利に

カタールの灼熱の地に展開す日本サッカーのここに雄姿を

グランドを発電しながら走ってる疲れを知らぬ益荒男たちよ

堂安の必ず勝つと前を行く有言実行の真ともなりしか

選手らの発電しながら駆け回るカタールの空灼熱のもと

長友のムードつくりに適任の己を賭して皆を鼓舞せり

強烈に俊敏的確のシュート蹴り万座を沸かすヒーローたちよ

堂安のビッグマウスは実力と闘志を示す自信なりけり

カタールの海岸線の遥か果て熱砂の地にそ近未来都市

強豪のドイツ、スペインを撃破して決勝直線に進む日本

サッカーもワールドカップ22回日本チームの躍進に酔ふ

ドーハの悪夢を勝利に変へし夜の歓喜に沸きし日本列島

サッカーの勝利の期待を胸にして快進撃に先ず驚きぬ

スパインに逆転勝利の一瞬をとらえ歓喜の日本列島

ドーハの奇跡にあらず実力と日本チームのサッカー戦略

日本の勝利を祝し先ず一杯松竹梅の酒酌み交はし

ブラボーだみんなブラボーだと吠え叫ぶ進めブラボーだ優勝にまで   続   12月2日


    日曜教会

小春日和の穏やかな空に、 教会の鐘が鳴りひびいてきた。キリストの降誕節に入って今日は第一週目である。十字架の前には初めて四本のろうそくが設けられて、今日は一本目に灯がともされた。信じる信じないはその人、それぞれの心の持ちようであって、一切の窮乏と飢え、恐怖心を解いて平穏の世界に安住できれば、平和な世界に生存を確約できれば良しとする人たちの願いを少しでも果たすことができれば幸いである。完全性を追求するパスカルが「人間は考える葦である」、とまで言い切ったが、人間が未熟で至らぬ存在であることは確かである。であるがゆえに不可能な環境に在りながら、可能性を求めて生存を図る努力をしなければならぬ宿命を負っている。この難しさを少しでも回避して、己を高見に挙げてくれる力のあるものにすがりたいとする欲望の生じてくることは致し方がい。弱きものよ汝の名は汝なりとでもいうべき。人間の存在はかくもはかなく空しいものにとらえるのも、賢者の証しとすべきである。

  聖書の難しい解説は宗教学者に任せておけばいいのであって、小生ごとき素朴な信仰者にとっては、この世に在って超人的な力と知恵と情けをもった完全者を立てて、一念を託して己を励ますといった情念に駆られるだけで、人生感が自ずと変わるというものである。イエスは、あなたの一切の悩み、重荷を背負って付いて来なさい。私がそれを解いて悩み、重荷から解放してやりますから、とお仰ゃって下さっているではないか。しかも我々が犯した一切の罪をイエスが肩代わりしてくださるとまで仰っておられるのである。そして完全者として存在するイエスが、新しき息を吹き込んでくださるといっておられる。イエスが全ての犠牲を負ってくださるから、あなたは自分の正しいと思った道を歩んでいきなさいと言って、道を諭してくださっている。イエスとともに主の歩かれる道を進みなさいと諭してくださっているのである。死を賭して自らが十字架にかかり、我々のために犠牲になられた。しかも死から生き返って正に、復活の身となりこの世に降臨された。その証しとして、その死のあがないによってわれわれは命の息を吹き込まれたのである。生きた命の息である。主は即ち、愛である。素朴な小生の心境であるが、「十字架の死のあがないにより今にあるわれが命の如何に尊き」、と粗末にできない心境である。主は我が見方であり、我が救いの主である。常に小生を命あらしめ、慰め、そして救い、鼓舞奮励してくださっている。それに応えていけば、それは、それこそ我が道であり、わが命である。

歳の瀬の忙しき日にも安き得て秋の日差しに主とともに在り

良しあしを正しく分けて神の意を果たして行くは全ふなりき

すずしろの等しく育ち並びをる景色の惚れて抜くあたはずに

大根の葉のみずみずしく土に出る実もすがすがし旨し冬の日

葉の落ちて枝に輝く柿の実のたわわにひかり暮るる秋かな

歳末に大き仕事を成し遂げて良き新年を迎へんと欲す

主宰者の息子が家に立ち寄りぬラクロス優勝の式典に出て

優勝旗とカップを渡し祝福す息子の責務も又大なりし

在るままに伸びたる柿の枝なれば其れゆへ旨しこの秋の実は

我が価値を如何に維持して示さむと説教を聞き深く思へし

干し草の散る安宿の隅に居て黄金の王座に居ますキリスト

産声をあげ幼な児は隅にいてくまなく世にそ光てらせり

キリストの愛のひかりを身に浴し降誕を待つ我ら罪びと

混濁のこの世にありて有りがたきイエスの恵み授くわが身の

植木屋の五人が枝を丁寧に払ひ落として暮るる秋かな 

この身にそ生きる真の意を託しイエスの祈り有り難きかな

戦争のなき平和なる国に生き神の恩寵と覚ゆつらつら

この年を振り返り見て主とともに在りて生きしは幸ひなりき       12月4日

  シベリアから寒気を含んだ等高線が南下してきた。日本海側と東北、北海道地方は今冬始まって以来の積雪に覆われた。関東、東海地方にも今年一番の寒い風が吹いて、いよいよ本格的な冬の到来と思われる。

拙宅の庭にある柿の木もすっかり葉を落としてしまった。次郎柿と富有柿の日本の柿が古くから植わってあるが、豊作に恵まれた柿の実が、まだ採り切れずにたくさん枝について初冬の日差しに美しく輝いて、まさに名画のひと刷毛、一幅の絵である。 味覚も優れて今までにないくらいの収穫と絶品の味覚を館の主としては誇りに思っている。今日などは今年一番の寒さに、柿の実が一段と引き締まって見ごたえがあり、一層美味しく見える。事実、粒も大きくみのり、実には殊のほか歯ごたえがあってきりっと締まり、割ったところが飴いろに光って甘さも濃厚である。 

庭畑に植えてある野菜類は大根、春菊、小松菜、ほうれん草といったもので今が収穫時期である。大根と小松菜は食べごろであって、新鮮な朝の食卓に毎日置かれている。 このところの寒暖の差で葉緑素が濃密に含まれてきているので、葉っぱが分厚く、味も濃厚で深みがある。近所の人にも差し上げたりするが、 お店で買う野菜類とは違った味わいが楽しめて嬉しいとは奥さん方の専らの弁である。こうした野菜を作ったものとしては、有難いお褒めの言葉で鼻高々である。         12月5日 

公益社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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