line

公益社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2018年08月17日 RSS ATOM

HOME > 理事長室より

理事長室より

vol.18.8

    危険な暑さ

「命にかかわる危険な暑さです。こまめに水分を取るようにしてください。塩分の補給も怠らぬよう注意してください。外でも家の中でも熱中症に注意してください」。連日の天気予報官の警告である。
  日本列島が、釜戸に投げ込まれたような暑さである。命に係わる暑さは、外に出ると全くその通りだ。自分の体調を気にしながら、外の条件を考えながらの外出である。戦時中、敵機襲来の空襲警報が流されると、命にかかわる事態だから、防護体制を整えて備えたものである。どこから攻撃を受けないとも限らない空襲である。命の保証はない。猛暑からくる熱中症にしても、緊迫性はないものの、その表現は的中するほどに、小生は緊迫感を以て聞いている。
  「命に係わる危険な暑さ」ということが、異常気象を指しているだけに深刻である。広くとらえて行けば、その遠因となるべきことが、地球温暖化に起因しているということであるがゆえに、事態はなお深刻といわざるを得ない。この時期に、命にかかわる危険な暑さは、日本だけのことではない。全世界に、つまり地球規模で発生している異常気象である。その結果、自然災害が各地で起きている。それはとりもなおさず、人間社会を襲ってきているということである。
  人類の歴史は、つい最近経験した産業革命の時代以来、たった二世紀半ほどの間に、地球環境は急速に悪化してきている。人間の作り出していく文明が、大きな自然破壊につながって来ている。そして今日、この事態を招いているというわけであるから、人間がこれから如何に対応していかねばならないか、それに気付いたということだけでも、救われる気持ちである。事態は、あと間一髪ということかもしれない。命に係わる危険な事態とは、自然界にのあてはまることである。
  火星が地球に大接近して、身近に感じられるようになった。赤い色がひときわ大きく夜空に輝いている。火星に人類が下り立つ日もそう遠くはない。だからと云って、駄目になった地球を放り出して、月や火星に逃げて行けるかと云えば今のところ不可能というしかない。それ以前に、地球は生物が生存していくに最適な条件を備えている、この恵み溢れた地球を、人間が勝手に汚したり傷つけたりしてはならない。地球は、神聖な存在である。     8月2日


記録的猛暑となりぬこの年の異常気象は世界規模にて

解決に無限の努力を要するとパリ協定の地球温暖化は

トランプの地球温暖化はでっち上げと狂言に見る学識の無さ

中國にたしなめられてトランプの滅茶苦茶政策の狼藉顕わに

炎天の焼けつく空に気迷ひの鴉が一羽鳴きて飛びゆく

青空に入道雲のもくもくと芋虫のごと動き立つかな

炎天の猛暑の拍車の幾日となほ七月も末を迎へり

病院の帰途公園のベンチにて恙なく聞く蝉しぐれかな

米中の貿易戦争蟻地獄
跳ね返る保護主義の弊害が
西日本豪雨被害の捨て案山子
トランプの暴れ侍秋の陣
風邪なびく開聞岳へ麦の秋
じっとして動かぬ雲や麦の秋
耕運機エンジン高き大暑かな
九十九里波がしら高き夏の果て
雲荒れて峰に崩るる大暑かな
麦の秋荷車遅き牛一頭
麦の秋山小屋に住む老夫婦
稲作の豊年満作恙なき
薄暗き空に火の星赤き星
蚊の泊まる甲に一瞬いのち絶つ
たっぷりと血を吸ひし蚊の動かざる
胡瓜もみ母の優しき飯一膳
蜘蛛の囲の左右に揺れて喜雨近し
青柿の散らばり落ちて情け落つ
アカシアの花に雫のはやり歌
蝉鳴いて全山揺るる夕べかな
冷奴白磁の皿に光りけり
夏旅の涼しきゆうべ書生居り
友逝きて阿蘇岳は燃ゆ草千里
秋晴れの富士の高嶺に朝光り
盆の月長尾峠の薄明かり
火の星の地球に最短距離となり
火の星の赤く隈どる良夜かな
ひとり旅ザックの軽ろき夏野かな

赤星の白き半月に寄り添ひて天空を行く夏の夜の空

熱中症騒ぎの日本列島に蝉しぐれ聞く秋近きかも

自民党総裁選の波立たず静かなるごと林の如し

自民党安倍総理を追う人材なきされば北辰の如く立つべし

トランプが仕掛けた貿易戦争にアメリカ農民の苦境に立たさる

アメリカの大統領に異端者の出て対立と混迷を来す

広島の原爆投下の惨状を肝に銘じて忘れ得まじき

対立と抗争の世界情勢に日本の立ち位置の使命大なり

トランプの出過ぎ場当たりはしゃぎ過ぎ出鱈目ときて打つ手なきかも

十一月中間選挙に敗北をきたせば反省の余地はあるかも

今日の世界の平和を希求する努力を反故に致すトランプ

日本の兎にも角にも良識と学識のある民は誇りに


   第百回夏の甲子園


第百回目を迎えた全国高校野球選手権記念大会が、8月の5日に聖地、甲子園で幕が切って落とされた。炎天下の開会式には皇太子も出席し、第一試合の前には元大リーガーの松井秀樹が始球式の球を投げた。松井選手は石川県の星稜高校のOBである。かって優勝を賭けた試合で松井選手が活躍した名門高校である。
真夏の炎天下で始まる高校の野球試合は、文字通り、毎回熱戦が繰り広げられて、優勝校が決定されるのであるが、今年は全国から史上最多の五十六校が代表として参加した。開会式で錚々たる行進をする選手たちを見ていると、意気盛んな少年たちの馬力を見せつけられ、全身に血がみな切り、我々も思わず発奮してくるのである。この爆発するエネルギーが熱気あふれる試合にみなぎって、各校の校歌を高らかに斉唱し、その高まる意気を感じて応援するのである。これはまさしく青春そのものである。そして甲子園は宣誓に立った中尾君が云っているように、「勇気、希望を与え日本を平和にしてきた証し」と述べた点である。堕落し、腐りきった大人にない、溌剌とした青春の気概を歌い上げて余りあるものであった。
若者たちにこの精神が盤石にある限り、日本の将来に不安はないと確信した。約十七日間にかけて少年たちの熱闘が繰り広げられるが、白く輝く太陽のエネルギーを跳ね返しながら、選手諸君が充分な力を遺憾なく発揮して、甲子園球場に悔いの無い思い出を刻んできてもらいたいと思っている。その間、この暑さでは無為だと思われる、仕事に向ける力を君たちの応援に注ぎたいと思っているので、全力投球で頑張ってもらいたい。

今回の甲子園球場で注目しているのは、百二年ぶりという慶応高校の出場と活躍である。大会第一日目の試合では、慶応は中越高校と対戦した。攻守ともに息をのむ熱戦が続き、慶応の攻撃で二対二で九回裏を迎えていた。二死で一、二塁に走者を出してバッターボックスに立った宮尾選手は、見事センター前に強烈なライナーをかっ飛ばし、さよなら打点を打って慶応を勝利に導いた。胸のすくような一打であった。熱戦の末二、回戦進出を決めて幸先の良いスタートを切った慶応の今後の活躍が期待される。      八月五日

甲子園球場で慶応高校に影ながら応援する理由がある。息子が世田谷の等々力小学校を卒業して慶応普通部に入学、慶応高校に進み、そのまま大学を卒業したからである。どうしても贔屓目に見てしまうのは致し方ない。六大学野球では早稲田、慶応の決勝戦に神宮球場に足しげく応援に行ったもので、思い出は尽きないものがある。しかしながらこれまで慶応高校は、さっぱり音沙汰なしの状態が続いてきたがゆえに、見失いがちであったが、今回は何と百二年ぶりのくじ引きを引くような幸運にあたったのである。選手のたゆまぬ練習と努力によって、技能を見上げてきた結果である。奇跡を演じるような感覚でもよい、是非とも上位進出を果し、更には優勝を目指して奮闘してもらいたいと念じている。多くの人たちに感動を与え、スポーツのだいご味を味わいたいものである。大学もそうだが、高校にも「陸の王者慶応」の応援歌を連呼してもらいたい。
息子は僕と違ってスポーツ選手を経験してきている。初めはサッカーに熱中していたが、半月板損傷で諦めた。しかし、スポーツの精神と醍醐味は断ちがたいものがあったようだ。大学時代にアメリカのジョンズホプキンス大学の経済学部に留学した。その際、彼はアメリカに古くからあるスポーツ、ラクロスを日本に最初に持ち込んだ男である。ラクロスを通じて選手たちとの交流も広く、国際感覚も培われてきている。
最初に慶應義塾大学にラクロス・チームを結成し、幾多の困難を克服しながらこれを全国に普及して行った。卒業して帰国後、四、五人から始まったラクロスは今や全国に普及、登録されている学生、社会人を含めラクロス・プレイヤーは2万6000人に及んでいる。これを統括する日本ラクロス連盟の組織も作られて、選手チームの交流試合はもとより、外国チームの日本への招へい試合や、海外遠征試合も華々しく活発を極めている。そうした生きた国際交流の功績顕著なるを以て、卒業式には初代石川塾長賞も受けているし、アメリカでは若くしてメリーランド州の名誉市民に選ばれている。又留学での実績は云う迄もなく、当時の学生諸君は、卒業後はそれぞれに優秀な職場の第一線で活躍し、広い国際ネットワークを以て見る目を奪うばかりである。そうしたことを考えると、彼の職責においても相互、相乗作用で、会社の仕事もずば抜けた感覚で活躍しているし、親ばかだが、これからの人間は与えられた仕事を活性化し成就していくためにも、又、人の上に立って働く場合でも、学術、知識、語学はもとよりだが、狭隘な見方から脱して、さらには真のスポーツ精神を以て心身を練磨し、国際的な感覚と教養を身に着け、広く人間性を発揚していくことが大切になってくる。大人の風格を留めて、社会に貢献する姿勢が肝要である。論語の言葉に、「例えば北辰のそこに在りて、例えば衆星のそれに向かうが如し」 である。北大寮歌の一節に「厳かに北極星を仰ぐかな」の心境である。・
スポーツ経験のない小生が、長じてから遅まきながらスポーツ競技に大いなる関心を示してきているのは、息子や娘の啓発に依るものかもしれない。斯かる事情で、今回の全国高校野球大会の勝敗の行方は、始まったばかりとはいえ、重大な関心を以て観戦しているところである。  
 白熱する試合と同時に、高校生たちが高らかにうたうそれぞれの校歌を聞き、その建学の精神を窺い勉強することも楽しみである。それこそ現代的意義を以て地方の特性を習得し、以て地方活性化に大きな起爆剤になることも願っている。それは青少年職の双肩にかかっているし、政官財が一体となって、青少年諸君たちの願望に応えて行かなければならない課題である。大きな空、大きな土地、大きな家、大きな鎌、そこに大きな財政支援を行えば、人口減少は一気に歯止めが掛かってしまうだろう。都市化から田舎化への道を開拓しなければならないと、わずかな発想が直ぐに浮かんでくる。 
「見よ、丘に立つ我が旗を・・・」 之は慶応高校が歌っている応援歌だが、青春を謳歌する応援歌を、敵、味方なく溌剌と何度も聞かせてもらいたいものである。  

全国高校野球大会は、今年は百年の節目を迎え意義深く、我々国民は祝福すべき甲子園球場に臨んでいる。全国の男子高校生たちの熱闘と歓声はオリンピックを凌ぐ、これぞ我が国の、平和の祭典である。男子若人の祭典ながら、サポーターと応援団は全ての老若男女を熱狂的に取り込んでいる。主催者は「朝日新聞社」である。同社が長きにわたり信念を堅持し、今日まで営々として高校野球の本大会の運営を維持し、その大役を果たしてきていることに改めて心から敬意を表したい。   8月8日


原爆投下73年

広島、長崎に原爆が投下されて今年で73年目を迎えた。蒸し暑い昼の盛り、一発の原子爆弾の威力を示されて、日本はようやく目が覚めて、敗戦の日を迎えた。東京をはじめとしてほとんどの都市がアメリカ軍の空爆によって既に壊滅的な打撃を受け、日本が白旗を揚げて無条件降伏するのは時間の問題とされていた時期である。しかし本土決戦を唱える軍部の根強い抵抗があったことは歪めない。こうした日本の情きょぷを把握していたアメリカも、原爆投下は苦渋の決断をした結果である。しかしそれによって罪のない市民が何十万と無残な犠牲となったことも忘れてはならない。原爆投下は既に死に体の状態の上に投下されたもので、その方法にも大きな疑念がアメリカ国内にもあって疑問視されてきている。大日本帝国と軍隊に思い知らせるために、日本の無人の島に原爆を投下して、その残忍な破壊的な威力を示して、「これが広島、長崎に投下されるとしたら、お前たちはどう釈明し謝罪するか」と、アメリカにも選択する術があってほしかったと思う。そうすればお互いが残酷、残忍な悪魔的、非人間的行為を行わずに済んだのではないかと。

戦争は残酷である。一人として人道的な人間の現れることをも拒むからである。皆が一様に殺傷劇に加わって己が欲望を充たさんとして、良心を絶ち、蛮行を奮って憚らない。神もほとけもない世界である。


広島に原爆投下の惨状を振り返り来て七十三年

十万の民を一瞬に殺害す原爆投下に正論は無き

日本の愚かさ加減の如実なり国土を廃墟と化せしにもなほ

原爆を無人の島に投下して威力を示す術もありしに     八月七日

諸事雑感

赤星の白き半月に寄り添ひて天空を行く夏の夜の空

熱中症騒ぎの日本列島に蝉しぐれ聞く秋近きかも

自民党総裁選の波立たず静かなるごと林の如し

自民党安倍総理を追う人材なきされば北辰の如く立つべし

トランプが仕掛けた貿易戦争にアメリカ農民の苦境に立たさる

アメリカの消費者物価の奔騰す貿易摩擦の結果顕わに

アメリカの大統領に異端者の出て対立と混迷を来す

広島の原爆投下の惨状を肝に銘じて忘れ得まじき

対立と抗争の世界情勢に日本の立ち位置の使命大なり

宇宙軍創設と聞くトランプのむしろ地球救済軍の創設へ

箱根路を巡り長尾峠まで風光明媚の地を妻と行く

この夏のお盆休みは久々にフジビューマンションにて妻と過ごさむ

台風の去りたるのちの富士の嶺に輝き渡る虹の大橋

青黒き山の稜線を振り返り秋のさやけき月の出づるを

黒松の影の妙なる夕闇に映れば寂しわが心かな

オフィスも休暇の会社続出にこの暑さゆえ我も出まじと

トランプの出過ぎ場当たりはしゃぎ過ぎ出鱈目ときて打つ手なきかも

十一月中間選挙に敗北をきたせば反省の余地はあるかも

今日の世界の平和を希求する努力を反故に致すトランプ

グローバル時代に貿易戦争の勝者も敗者も無き顛末に

TPP参加を促す米国に保護主義政策の被害あらはに

限りなき貿易戦争の底知らず挙句の果てに蟻地獄とも

今でこそ貿易戦争と云うなれど昔にあれば戦火まじえり

関税の引き上げにより国内の物価値上げに跳ね返りけり

トランプがひとり騒ぎて経済の秩序を乱し損失多き

アメリカの関税引き上げに中国も同じ枠にて報復に出ん

日本の兎にも角にも良識と学識のある民は誇りに


終戦記念日


七十三回目の終戦記念日を迎えた。七十三年前の今日、八月十五日は、疲労困憊し切った暑い日照りの日であった。生き残った人たちは、それぞれの状況の中で感慨深く、終戦の日を迎えたに違いない。むごたらしい戦争を体験し、生き延びてきた人たちも次第に少なくなってしまった。戦争の真実を語れる人も、今の若い人たちには遠くかけ離れた世界にしか映らないであろう。否、まさかと思うほどに理解できない世界かも知れない。しかしそうした状況に在りながら、戦争を知らない人たちに、今、戦争という不気味な幽霊が覆いかぶさってきているような気がしてならない。戦争を交えなくとも、今を勇ましく生きる人たちは、自分たちがそうした状況下に巻き添えを食らってしまうような事態を想定するだろうか。ありえないことだと思うに違いない。そううあってほしいし、小生も、そうした心配は、単なる創造であって杞憂に過ぎなけれが良いと思っている。

つい最近まで近くの北朝鮮との間では、北朝鮮がミサイルを発射して保有する原爆にスウィッチを入れるかもしれないと云う緊張状態にあった。日本もミサイル防衛システムを駆使して、迎撃態勢に入っていたりした事は、つい最近までにあった生々しい事実である。幸いにも韓国の文大統領の手腕がきっかけで米朝が話し合いの席に立つことになって、一時的にしろ戦争という最悪の事態を回避することが出来た。又、アメリカのトランプ政権が保護主義政策を打ち出して以来、最近は厳しい貿易戦争に発展しつつある現実、昔なら武器弾薬を撃ち合って生殺しの戦争状態に突入している状況である。貿易問題でこじれていることが、解決の糸口が見つからなくなってしまったときに、どこにそのはけ口を持っていったらいいのか。その時の仕方によっては、はずみでどのような結果に追い込まれていくか予断を許さない。戦争という火種はあらゆるところでくすぶっている。力ずくで仕掛けた関税引き上げで、相手から同様の反撃を食らい、話し合いの思惑が外れている。報復が続くとしたら、最後の選択肢は限られてくる。交渉決裂と云って、昔なら戦争という手段があったが、今は簡単にそれが出来ない。しかし、トランプのような異質な政治家が出てきて、場当たり的な手法に出られたら、滅茶苦茶である。実際に出てきてしまっている。だから恐ろしいのである。

日本は国土を縦断爆撃されて廃墟と化し、原爆の洗礼を受け、二度と戦争をしない、起こさないと誓って平和憲法を作り、今日に繁栄を築いてきた。戦争の恐ろしさを世界で一番身に染みて知っている国である。しかし、次第に風化されてきていることも事実である。現実は逆に向かっているともいえる。1万5000発もある原爆の処理を巡って人類は大きな課題を背負っているかと思えば、トランプは小型原子爆弾を使用すると云っている。これに対しプーチンは、あらゆるミサイル攻撃を完ぺきに撃退しうる迎撃ミサイルを開発したと云う。まさにミサイル、原子兵器の開発競争を行っている。縮小どころか米、中、ロとも、軍事予算は益々膨れる始末である。更には宇宙軍の創設まで云い始めている。狂い始めた歯車は止まるところを知らない。

いつもなら、終戦記念日と称して通常的な感慨を述べて回顧するところであるが、今迄何度も同じようなことを繰り返し述べてきた。心に繰り返し述べてきても、世代は大きく変わり、戦争の危機感など今の若者にはさらさら感じるところではない。確かに昔のように戦争など簡単にできることではない。小規模な小競り合いは起きたにしても、大国間を揺さぶる様な戦いは、ほとんど起きないと云ってもいいかもしれない。それほどに大国の軍事規模は拡大されて、それを使用することが不可能なほど困難を極めていると云った状況である。引き金を引いたとたんに、壊滅状態になるからである。

 しかし戦争を僅かでも体験された今の天皇が来年には退位される。元号も平成から何とかという名前に変わるだろう。戦前、戦後から切り離された多くの若者たちの時代になって、価値観、認識感も大きく変わるはずである。そうした時に戦争という歴史観を上手に脱却して平和の旗手として行くことが出来るかどうか、いささか心もとない気がする。経済と戦争は、今までの歴史が示すように表裏一体であった。人間に物欲がある限り、ついて回るものである。如何に世界が対立の構図から、連携の構図へ転換していくか、それが試されている。
  世界は分断からグローバル化へ、と言いはやされて既に長い年月が過ぎた。紛争の無い平和的な発展を期していくためには、国境を払い人、物、金の自由な往き来が必要な条件であっても、世界はそうした流れに乗って発展しているだろうか。新しい世界を目指して理性的に英知を発揮して行くだろうと期待していた経済、軍事大国の意アメリカが、これに逆行して強烈な保護主義政策を打ち出して来ている。謂うところの貿易戦争とまで事態は険悪な様相である。一例だが、関税を引き上げ他国からの製品を締め出し、自国の産業を有利に発展させていこうとする。政策的には互いの報復の打ち合いに終始して、留まるところを知らない。昔だったら交渉決裂で、直ちに戦火を交えているだろう。中国の報道官ががトランプに対して関税引き上げの追い打ちをかけてきたときに、アメリカに対し理性を取り戻せと主張し忠告したことが実に印象的である。 
  相手の都合や立場を無視して、自分さえよければいいのだと云うあまりにも虫のよすぎるアメリカの態度には、さすがのEUのメルケル氏も返す言葉がないと云った感じである。トランプ率いる今のアメリカには経済大国、民主主義国家と云った哲学的な素養と風格は、微塵も感じられない。利益追求第一主義で突っ走るトランプの姿は、がつがつしていて、その間にも人間的な多くの大事なものを失っている。経済学者の大河内一男氏がかって卒業生に贈った言葉があるが、肥った豚になるよりも、痩せたソクラテスになれ  とは若い世代を背負って行く日本の若者たちに改めて告げたい言葉である。       8月15日


公益社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


copyright (c) Showa Economic Study Association サイトマップ プライバシーポリシー お問合せ