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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

VOL.18.9

諸事雑感


   トランプが打ちだした関税引き上げは世界各国に通貨安を引き起こし、順調に推移してきた世界経済の低迷と混乱を引き起こしつつある。特に貿易戦争とはやされている対中国との関係が際立って悪化しつつある。昔だったら武器、弾薬の使用で既にドンパチの戦争になっているところであるが、今の時代、そう簡単に済ませることではない。大規模戦争とは、北朝鮮に対してなら牽制策で云うことはできても、経済、軍需大国の中国に対して威嚇的にも謂うことは不可能である。云ったアメリカが反対に火の海である。もとより中国も然りである。地球全体が火の海と化して、人類の破局を想像することは難くない。だからまかり間違っても、トランプよ、これは絶対の禁句である。

   それにしても素朴な巷の奥さん方はもとより子供たちまでが、どうしてあんな男ががアメリカの大統領になって出てきたんだろうと訝しく思うくらいに、出鱈目のやりたい放題がまかり通ってしまっている現実に皆が困惑していることである。選挙に勝つためなら何でもやると云ったトランプを、今のところ誰も止めることはできない。しばらく忍の一字で耐えて、挑発に乗らないようにしていくことが必要である。カナダもメキシコも、二国間交渉で手詰まりの様子だから、これからも熾烈な戦いは日本やEUに対しても早晩やってくるだろう。穏健なカナダのトルドー首相も、トランプの恐喝には怒り心頭のようである。トランプ流の強引さに期待する人もあって、確かに頼もしさはあるが、一面的なのが困ったものだる。滅茶苦茶な手法に、共和党の内部からも不満は上がっている。大統領の権限は絶大だが、だからこそ自ずから自制心が求められるところであり、いわば日本風で云えば謙虚さであり、謙譲さでもある。外交は力だけでなく、こうした精神面での要素の発揮も必要である。持ちつ持たれつ、友愛の精神と云ったらあまりにも少女趣味的かと聞こえるかもしれないが、相手を敵として捉えて入ったら、秩序も規則も成り立たなくなってしまう。トランプが金よこせと相手かまわずののしって保護主義を強めている間に、中国の習近平は一帯一路の政策を進めており、今回もアフリカに5兆5000億の経済支援を行うと、専ら友好ムードで地域拡大を目指している。トランプとは全く正反対の外交政策を打ち出している。

   アメリカが世界に仕掛けた貿易戦争の矛盾は、随所に出てきている。例えば対中国輸出の大豆の関税引き上げで、大豆生産の農家は輸出激減に悲鳴を上げていると云う。もともと衰退していく鉄鋼業を救うために、競争力の弱い鉄鋼生産の再開で、国内の割高な製品を使わなければならない企業は、国際競争力に負けてしまい、跳ね返りで倒産する企業も出てきている。トランプはよく考えて理路整然と行動しなければならない。将来とも駄目な製鉄業やアルミ製品、石炭企業を育てるのではなく、将来アメリカが発展していくIT産業やAI,ロボット、医療部門、宇宙、航空機産業の新分野など、限りない広がりの産業の育成こそ、真の雇用を生み出すものだと思っている。新たな企業に、雇用を振り向けていくことが肝心なのである。企業間の労働人口の移動を能率的に進めることが、より生産的な効果をもたらすのである。理不尽なことでも、もはや構ってはおれないと云った、なりふり構わぬ感じのトランプである。まるで病魔に憑りつかれた患者のようなものである。自信過剰自国優先が結合してしまうと、ちょんでもない方向へ状況を追いこんで行って、結果自国に跳ね返ってくると云うことを忘れてはならない。

   発展途上国の通貨安は、きわめて悪質な連鎖反応を示して、新興国の国民生活を圧迫しつつある。発端はもともとアルゼンチンの超インフレ経済の破たんである。これによって世界の金主元の金の流れが新興国から、アメリカを始め他の先進国に流れが大きく変わってきてしまった。しかしさらには、トルコの対アメリカ外交の失敗があげられる。スパイ容疑で拘束したアメリカ人牧師の開放について、エルドアンがあらぬ抵抗を示したのが、トランプの逆鱗に触れ予期せぬ経済制裁を誘発してしまった。トルコからの輸入品に対する大幅な関税引き上げである。輸入差し止めに等しい。これでトルコ経済はマヒ状態になって、通貨リラの暴落につながってしまった。エルドアンの立場も窮地に追い込まれている。スパイ容疑と称して、一人の人間を拘束してどれほどの利益があるか、それとも国威のメンツにかかわるものととらえたか、いずれにしても選択が誤っていた。国外追放で解決すべきであった。下らぬところで盾突いたエルドアンの見当違いが墓穴を掘ってしまった。今の国際状況の中では、一人の為政者の言動によって、国の存亡がかけられている実態を如実に示された事例である。

  事情は違うが、ミャンマーの状況もひどいものである。これは人間性欠如の、人道問題である。アンサンスーチーの政治的感覚も下劣でだらしがない。50万、60万の難民の問題は、彼女が率いる政権で起きている悲惨な人道上の問題である。私は以前、彼女はノーベル平和賞の資格がないから返上すべきであると云った。返上しなければ取り消すべきだと云ったことがある。かなり前のことである。ノーベル平和賞も間違って渡してしまう時があるから、要、注意だ。素朴な人たちは、それを信用してしまうからである。     9月3日


すっきりとした陣容の整なはでトランプ政権の焦せる政策

経済の好調にのりニューヨーク市場の堅調は唯一頼みと

トランプの矢鱈と喧嘩を打って出る相手かまわず所構わず

ツウィッターてふ芝居道具を持ち出して終日飽かず打ち鳴らしける

トランプの自国第一を採る間にも他国支援を採る習近平は

噛みつきの顔突きだしてトランプ氏静かに笑みて立つ習近平氏

メルケルの哲学的思索の面立ちも比べて見劣るトランプ氏の顔

あじさいの色あせゆけば自ずから薄紫の色あひもよき

しとしとと降る雨に濡れあじさいの色深まりし紫の色

浅草の地よりこの地に住みつきて等々力の水なじむ我が身に

湧く水にしたりて泳ぐ古池の錦の鯉の鮮けきかな

哀しくもトランペットの音にふれダンスホールの淡きともしび

満ちたりて日々ありがたくすごす身の神のご加護に在ればさらなり

色々なことさまざまに想ひ来て苦しきことも喜こびにけり

詠むほどに我れがつたなき和歌なれば放題に詠みうなずきにけり

柿の実の僅かに赤く色づきて名も富有なればいずれ頼もし

うしろがみ長く結びて初々し乙女もいつか老ひてゆきしと

ローマにて死すと映画の昔在り心さかひに思ひいたすも

緑こき植えこみに咲く百日紅うす桃色の厚く重なる

憂うつな日となりしには株式の下がりて終るゆえにありしに

少年の心はやてに走りすぐ夕日に向けて力強きに

スマホ見る細身の女の姿よき今ようなりし世相映して

オフィスにパリの街角を油絵に描く師匠の如何に居はせし

人柄の良き人なれば描く絵も気品の高きものとなりけり

関根氏と初めて語る経堂てふ街の小さな喫茶店にて

温和なる笑みを浮べて関根氏のその人柄のよきあかしなり

関根氏の絵とエッセイを懐かしく知る秋の夜の昭和経済

関根氏の人がら映す作品の昭和経済を繰り返し読む

むら雲の渕を黄金に塗りそめて月の光とたわむれし夜は

静かなる夜こそたのしむら雲と月の光にすぐるひととき

大寺の紫尾の黄金に輝やきてくまなき夜にそ光放てり

雲の間の月の光に照り映へる瓦波打つ東大寺の屋根

おもかげを映して往時の大寺を大佛池の今の静けさ

台風の近づ着てきぬ大型の21号の本邦を目指す

この夏はよく台風の生まれける異常気象の現れなりき

尾山台駅に着く身に携帯の鳴りて妻より有無を確かむ

自宅より我を迎えに車にて駅まで来しは笑みし妻なり
    9月3日

   台風21号の接近

 強烈な台風21号が、四国の室戸沖に接近している。この夏最後の台風と思われるが、この台風が実は昭和36年に四国、近畿地方を襲った室戸台風に匹敵する非常に強い台風と、警戒を強めている。満潮位と重なって上陸すると、沿岸一帯は高潮や高波による、浸水の恐れもある。内陸部では河川の氾濫や、がけ崩れや土砂崩れの起こる危険性がある。「記録的短時間大雨」に警戒する必要がある。今のNHKテレビによると、台風は12時25分現在、徳島県南部に上陸した由である。
 関東地方は今のところ台風の直接的影響は出ていないが、時折、雨風が強くたたきつけている。急に日差しがあったりして、野分特有の荒れ模様の天候に変わりはない。相変わらず、変化の激しさが続いている。オフィスから見た空は、現在青空が広がって、初秋の光りが輝いて見える。多少の台風の余波を受けてはいるが、台風21号はこのあと勢力を保ったまま近畿地方を横断して日本海に抜け、北上を続けていくものとみられる。被害が最小限に留まればと祈っている。

 今日は台風21号の上陸の予報であったが、傘も持たずに出勤した。途中、晴れ間も広がって秋空が輝いて広がっていた。このところの涼しさは、ついこの間までの「殺人的猛暑」をすっかり忘れさせるもので「喉もと過ぎて何とやら・・・」、今度はきっと「殺人的極寒」 と、飽きが過ぎて、冬の到来を嘆くに違いない。何はともあれ、昨今の秋の味覚と共に、その清涼感を味わっているこの頃である。


秋刀魚焼く秋を待ちわび壺やより炭、七輪を取り出して見ん

七輪に備長炭を積み重ね焚きつくほのほの赤々と燃ゆ

七輪の火に網をのせ久々にさんま焼く日に雷鳴を聞く

秋刀魚焼く煙りの青く立ちのぼり辺りに匂ひ立ちて美味しも

漆黒の備長炭を積み上げて焚きつき燃える力強さよ

秋刀魚焼く七輪の火の飛び跳ねて線香花火の火にも思へし

銀鱗の秋刀魚三本買ひ求めうち一匹をさしみにて出す

小生が秋刀魚のわたが好きなゆへ家内の嫌ひな分もいただく

しみじみと秋刀魚のわたを味はひておろしにたっぷり包み食めしも      9月4日


   自然災害のもろに受けて

空と陸の自然災害をもろに受けこの一週間のまほろばのあと

   中心気圧921ヘプトパスカル、最大瞬間風速70メートルという大きな勢力を持った台風21号が、そのまま四国は徳島の南に上陸した。台風の通過する地域では、厳戒態勢を敷いてこれに備えたが、台風は物凄い勢いで大阪を直撃した。折から高潮の満潮時に重なり、台風の風に巻き上げられた海水が10メートル以上にまでに吸い上げられて大阪湾を直撃した。途中の関西空港基地は言わずもがな、完全冠水、滑走路や施設が水浸しとなった。航空機の発着は不能、被害甚大である。加えて湾内に居たタンカーが風に流されて漂流、関空との連絡橋に激突して連絡が途絶えたため6000人余の搭乗客らが孤立して救援を待った。今のところ復旧の見通しは立たないが、往路だけの通行を可能にして、空港の再開に向けた努力をしてもらいたい。
   大都市を直撃した台風の脅威は凄まじかった。港湾の駐車場に置かれた車が、強風に煽られて宙に舞った。大型トラックが横転して風に引きずられれている。強風の強さは推して知るべしだ。インフラの損壊は甚大である。経済活動が停滞して社会生活に支障が大きくならないよう、早急な復旧に全力を傾注してもらいたい。台風はそのまま近畿地方を横断して能登半島の上空を北に向かって進み、日本海沿岸や北海道に広く及んで各地に爪あとを残している。

   また一昨日は深夜午前3時半、北海道の南部(厚真町)を震源とするマグニチュード7の地震が発生した。強烈な揺れに見舞われた北海道だが、苫小牧にある最大出力の火力発電が停止、それによって自動的、連鎖的に他の発電システムも停止して北海道全域が停電して、社会的機能が全く停止してしまう事態となった。広大な北海道が真っ暗闇となった。想像できない事態である。札幌の繁華街、不夜城のすすき野も真っ暗闇で仕事にならない。綺麗な函館の夜景も、真っ暗闇である。明けて全道は、山崩れや住宅地、道路の損壊で深刻な状況である。山肌が地滑りで跡形もないくらいだ。下には人家が埋もれていて、多くの犠牲者が出ている。被災地の救援活動にしても、停電のため何もすることができない。広範囲にわたって、照明と動力がいうことを効かない。これではいくらなんでも、献身的で有力な自衛隊の諸君にしても、お手上げである。
   北海道の全域に渡って、停電で真っ暗闇と云う異常な事態である。停電によって交通機関、通信手段はもとより、病院や役位所などの公的機関が機能停止である。例えば蓄電不足になった携帯やスマホは、通じない。即ち、全ての社会機能が停止してしまっている。前代未聞、こんなことは初めての経験だろう。機能的に仕組まれている送電の停止とは云いながら、こうしたシステムはこれから考えて是正して行かなければいけない問題である。

   台風の襲来、地震の発生と、日本全土が自然災害で揺らいでいる。西日本を襲った豪雨の被害の生々しいあとの、未だ癒されない状態に襲った今回の気象災害と自然災害の恐怖である。地球の温暖化現象によって引き起こされているこの現象。そして活動期に入っている地下のマグマと地殻変動。一時的なものではなく、もしかすると毎年のように引き起こされていく現象かもしれない。だとすると今までの経験則が通じないことも出て来るに違いない。そうしたことを踏まえて将来にそなえてしっかりした対策が必要だし、国民の災害に対する考え方と備えも根本的に改めて行かないといけない。有事に備えた万全の対策と姿勢が求められてくる。 9月7日


被災地の素早い努力に感謝

  台風21号で甚大な被害を蒙った関西国際空港と、震度7の強い地震に見舞われて全道に送電不可能となった北海道電力。地方経済の重要な基幹産業の要である二社だが、懸命の復旧作業によって最大の難関を突破して一部再開にこぎつけたことは、以て幸いとしなければならない。関空は三日目に国際線の一部発着を可能ならしめたした。又、二つの滑走路の内、冠水を免れた一本を復旧することが出来た。第一ターミナルの復旧については今のところ目途が立っていない。今回の想定外の自然災害に対処して、迅速な復旧に向けて成功したことは、今後の範とすべきことであり、関係者の労を多として敬意を表したい。
  又、北海道の地震による北海道電力の全道への供給が停止されたことは衝撃であった。電力停止は即人間社会の生活を悉く停止しさせ破壊するものであり、深刻な事態であった。被害の克服については、その復旧に一週間以上の時間を要するとして、その経済的混乱と損失を深刻に危惧するところであった。にもかかわらず、北海道電力は昨日までに全道の99%の停電地域に対し送電を可能ならしめた。両者とも普段の訓練と技術力を発揮して、無用の混乱を回避させたことは、以て立派と云うしかない。改めて感謝して敬意を表したい。
  北海道の地震によって犠牲者が多く出ることが心配だが、山の崩落によって下敷きになった人たちの救済に、現場では自衛隊、消防隊、警察の職員が懸命な捜索活動を行っている。一刻も早く、一人でも多く被災者を救い出すことが出来るよう祈念している。二次災害にも注意して救援活動に奮励いただきたい。

  自然災害によって蒙った社会的被害は甚大であり、今後の復旧についてはかなりの時間を要することは致し方がないが、政府も被災地の救援と復旧については、閣議で補正予算を振り向けていくことで緊急事態を迅速に切り抜けたいと決議している。各自体も懸命な対応を以て被災者の救済に当たっているところである。       理事長   佐々木誠吾   9月8日


  大坂なおみ選手が全米オープンテニスで優勝の快挙

   注目していた全米テニス選手権試合で、日本の大坂なおみ選手が優勝決定戦に進み快勝し、日本に初めての優勝をもたらした。8日、テニスの四大大会最終戦、女子シングルスの決勝が行われ、大坂なおみ選手がアメリカのセリーナ・ウィリアムズ選手にセットカウント2対0で勝って優勝を果たした。NHKテレビの報道で知った。四大大会のシングルスで日本選手が優勝するのは、男女を通じて初めてである。
  優勝もさることながら、大坂選手のあどけない表情と話しぶりや高ぶらない姿勢が、ファンの好感を呼んで、別な意味で人間的評価を得ていることは、選手生活の持続的活躍にも大いに影響を及ぼすことに違いない。未だ20歳である。これからの更なる成長と活躍が期待される。錦織選手は決勝戦に進んだが、世界ランキング一位のジョコビッチに惜敗した。錦織選手にとって、このジョコビッチ選手が厚い壁になっている。今回は、勢いに乗って優勝を果たすかと思っていたが、残念である。しかし実力は肉体的、精神的にも以前に比べて勝ってきている。決勝に臨んだのもこれが初めてである。今後に期待したい。
                               9月9日

     
      四大新聞の休刊日

最近も四大新聞の休刊日がちょくちょく有るような気がする。 土曜日の午後に起きた事件は、新聞は休みだから朝刊に載らなしし、無論夕刊にも載らない。すると次の朝刊が休刊日(月曜日)となるので、月曜日の夕刊にならないと土曜日や日曜日の事件は乗らないことになる。ニュースについて、この空白の間を埋めることは難儀な気がする。一般の読者は、その間の情報の入手を新聞でなくテレビやラジオ、インターネットで知ることになる。これでは新聞の依存度が益々低下することになるのでないだろうか。新聞にはニュースの提供のほかに、評論や批評する欄も設けてある。更には大事な社説もある。識者はそうした情報を欠くことにもなるので影響は大きい。
  ひと月の間に定期刊行物の新聞が一回、二回と生じるようになると、新聞社としてはコスト減で利益になるかもしれないが、一か月分を払っている読者にとっては、その間のニュース提供が行われない部分で損をしていることになるし、そうでなくとも読者離れが加速するのではないだろうか。けさ早く、家内に長官を持ってきてくれるように頼んだところ、「今日は休刊日で長官は来ていませんよ」と、流暢につげられた。因みに、日曜の夕刊は来ないし、翌日の休刊日、つまり今日の朝刊は受け取っていない。新しい一週間の始まり、気合を入れようと思っている愛読者は、気の抜けた朝を迎えることになる。今日の夕刊でないとそれまでのニュースについては、新聞では入手できないことになる。
  例えば一昨日から昨日にかけてのニュースとなりうる事件は、今日の夕刊でしか見られないことになる。大坂なおみのテニスの優勝などは今日の夕刊でしか読めないことになる。ニュースの遅延が甚だしく、新聞の使命を果たしていないことにも繋がってくる。 これが時々刻々変化する経済、政治情勢のことに至ってはなおさらである。溢れるばかりの情報社会に生きている我々である。新聞が来ていないとすると、正しい情報を得ずに一日を過ごすことになるし、心情的にも社会から放り出されたりして遊離したような気持になってくる。変なもので、休刊日がある日に限って重大なニュースがテレビやラジオで入ってくる。新聞の記事の大切さ、使命の重さ、大事な事柄である。休刊日については、一考を要する問題だ。    9月10日


ある日のメモ帳  単発のうた

マハティール首相再投に我も又奮起してなほ身を興すべしと

公文書改ざん隠蔽は朝めし前役人に及ぶかかる風潮

行政が歪められたと前次官この発言は真なるかも

マハティール九十二才の政治家の健丈の身に託す国たみ

マレーシア首相に再投のマハティール九十二才の健丈の身に

云ってない記憶にないと放言し嘘を暴かれひらき直りぬ

官僚の意識の随落の甚だしいつの時よりかくなりしかと

さまざまな予兆を覚ゆ手術前万が一にも身をととのへむ

さまざまな手術を受けて今に生き我が身に医師も驚きをりぬ

脳神経外科の名医の診察を受けて我が身を医師に託せり

下垂体腫瘍摘出の手術にて妻、娘とも案じつつ来ぬ

名医にて神技の結果を賜りしその後の回復顕著なりしか

さまざまな苦しみもあり自らの体験をなほ綴らんと思ふ

病室の暗闇に居りせん妄てふ幻覚に遭ひ終夜悩めり

せん妄に二日不眠に三日経て疲労困憊の我れがありけり

ローマ書の便りにイエスの教え得て苦難に向か不我を見つめり

あの時の苦しみに克ち今は我が勝どき上げて前に進めり

公僕の自覚なくして役人の職に就く身に国は滅びぬ

役人の公平無私に中立と正義の自覚なきはうとまし

信を置く友ら次々と亡くなりて生きる化石の友もありけり

人望の篤きひとりの友人が今認知症にて施設に居りぬ

いつの日か認知症状のあらはれて実存意識のなく生きにけり

K大を出て有名企業に活動すされど生きる化石と今はなりけり

あれほどの親しき仲の君はなく意味なく笑ひ視点なきなり

妻も子も分別できぬ知識にて何故かと驚くばかりなりけり

ありさまを聞きてしばらくちゅうちょせり友を見舞ふに恐ろしさ故に

木曽路へて御嶽山に登らむと友の勇姿の今に偲べり

豪力を自らつとめ荷を背負ふうしろ姿の友はいずこや

恐ろしき認知症の病状に万事を認識する能はずに

退職後悠々自適の生活にされどインテリの日々に過す身

朝な夕な愛犬を連れて健脚の身をきたへゆく友の在りし日

新緑の輝やく夜に妻と出て冷やしそうめんを飯むは楽しき

弁護士に預けし金の何百万素知らぬさまに悪ろきインテリ

堂々と嘘を云い吐きはばからぬ高級官僚の性の浅まし

範となる高級官僚の品行の恥なきさまに下劣極めり

範となす地位にある身が下衆に舞ふ部下にしめしがつかぬありさま

柳瀬てふ首相秘書官が嘘言癖天下にさらし恥をかきをり

平然と嘘を述べきぬ国会に首相秘書官にて国を憂へり

子供にもしめしがつかぬ悪癖を流すリーダーのお粗末の弁

けなげなし芝生の中に生え育つ努力のし甲斐のねじり草かな

芝刈りに生ゆねじり草の株を除け花の盛りを楽しみに見つ


けなげなし芝生の中のねじり草

夕映えにテレビアンテナゆれにけり

夕焼けの雲の消えゆく暗さかな

初めての蚊が手の甲に止まりをり

慣れぬ蚊の針さすことも出来ぬまゝ

サラダ菜の波うねりきて庭の畑

夕映えのかげりてくればひとり在り

夕立ちの天気予報の当たらずに

ひまわりやヘリコプターの旋回す

端座してカントの純粋理性批判

端座してカフカの古書を手に持てり
                                    9月13日

強力な野分の台風二十一号室戸にまさる大型とも云ふ

台風の去りたるあとの関空のすべて水没に客の慌てる

関空に風速五十一メートル台風二十一号のあと

タンカーが風に流され激突す連絡橋の損傷の大

おおなゐの揺れにおののく北海道すべての域の停電ねりき

犠牲者の四十一名のあはれなり震度七強のゆれに怯へて

山肌の大きくえぐれ削れけり人家を襲ひ逃げる間もなき

美しき函館の灯も消え失せて暗黒の夜を迎ふ二日目

復旧に半年要す空港の安全運航の再開までに

台風のすぎたる空の晴ればれと富士の嶺高く遠く望めり

初めての秋風の吹く輝やきに江の島の影澄みてさやけき

山手線めぐりて東京駅に着く都心に集まる人の群れかな

壺やより古き道具を持ち出して祝ひ事にて趣きありぬ

   9月14日

高木新二郎君を弔う

信念を貫き通す友ありてはやてに逝くは悲しかりけり 

  敬愛する高木新二郎君が去る八月十九日自宅で逝去した。
  信念を貫いて、艱難辛苦、努力研鑽して人生を全うし、忽然として逝った朋友の高木新二郎君の  ご冥福を心から祈り、ご遺族に対し慎んで哀悼の意を申し上げる次第である。

  高木君は、早稲田中学時代からの朋友であり、唯一敬愛する親友として互いに助け合ってきた仲間である。早中を受験して入学した僕は、クラスメイトの一人に高木新二郎君を選びある程度の距離を置きながら付き合っていた。彼は特に目立つようなところはなく、地味な存在だった。gが、頭脳明晰で、学業成績は抜群であった。期末試験の結果が発表になる時は、全学年中いつも五番以内に入っていた。それを見ては、小生はうらやましく思い、頑張らねばいけないと反省していた。因みに弟も早稲田中学に入ってきたが、高木君に似て頭がよかった。こちらも成績はいつも五番以内に入っていて、小生は兄として少なからず引け目を感じていたが、一方で自慢して自分も勝るとも劣らずだとクラスメイトには印象を持ってもらっていた。高木君は自ら認めているように、決して少年期にある様な美少年ではなかった。その頃から誰が付けた歌、ウォートンと云う仇名を付けれれてクラスの人気者であった。仇名そのものが人気者の証しかも知れない。生来その仇名は消えずに友人たちに愛嬌を以て通じていた。彼はむしろその仇名を逆手にとって自らを演じ、個性的な人柄を発揮していたように思う。人柄のよさである。社会科の独習で発表会があったが、彼は大人びた話しぶりに、先生よりも貫禄を示す場面があったりして小生は威厳すら感じていたのである。少年ながら重々しい演説口調であったことを記憶している。彼は僕と違ってすべての科目に優秀な才能と学力を示していた。僕は疎開先の小学生のころから島崎藤村の若菜集を読んだり、千曲川のスケッチうを愛唱するくらいに文学に傾倒していた。
   成績に自信が持てなかった僕は、この際学校を変えて心機一転、弟のような学業を積み重ねて行こうと思った。そして高木君に伍して切磋琢磨の学習時代を過ごしたいと思っていた。僅かな時間であったが、ひそかに学院の受験に猛勉強をしていた。中学時代の友人たちと離れていくのはさびしい気がしたが、新天地を求めていくと云う希望にもつながっていた。中学三年生の時、早稲田高等学院を受験して移っていく最初の年でもあった。新生高等学院が特別に受験生を募集する時期であった。希望を叶えて受験に合格することが出来た。新学期になってふたを開けてみたら、早稲田中学から学院に入ってきた学生が二十名以上に膨らんでいたことが分かって、その中に高木君もはいっていた。僕には驚きと喜びが錯綜していた。彼は僕と違って中学で優秀な成績を収めていたのだから、わざわざ転校するまでもないと思っていたが、しかし結果は僕にとって失望に似たものがあったが、又一緒になってあと三年間学習することが出来ると云うことは実に楽しく幸せに思っていた。目標とする友達があって、今度こそは何とか追いついて見せると云う期待に胸が膨らんだ。弟はそのまま高校に進み東大受験に合格し、法学部に進んだ。社会に出てからもエリートコースを順調に進んで行った。母は、弟については心配していなかったが、僕のことについては、身体は弱いし、学校の成績はあまりよくないと云うことで将来を心配していたようである。
高木君とは学院の新学期が始まった時、廊下で彼とぱったり出あったことで彼が学院に受験して入学してきたことを初めて知った。惜しいことにクラスが違っていた。学院では必修の英語の他に第二語学を選択して必修とすることになっていた。この第二語学がある事は学院の魅力の一つであった。僕はドイツ語を選んだが、彼は何故かロシア語を第二語学に選択していた。ドイツ語を選んだのは、中学時代の末期ごろからドイツ語を勉強し始めたからである。当時東大の文学部に席を置き大学院まで進んでいた小笠原雅人さんが昵懇でいて、家庭教師をお願いしていて物珍しく教わっていた。そして読み書きできるほどにまで学習していた。ゲーテやハイネの詩をドイツ語で朗読したりしていた。だから学院に入ってドイツ語の授業になると、皆より一段と先を進んでいた僕は得意げであったことは言うまでもない。そうすると英語、国語、社会、数学と云った科目についても弾みがついて面白いように試験の結果が良くなってきた。加えてクラス委員になったりしたことで皆の信頼を得るに至ったことは、学院生活の上で大変有意義なことであった。
  学院に入学して間もない頃、ある時、廊下で高木君にぱったり出あった。「佐々木君、これを読んだことがあるか」と、いきなり尋ねられた。右手に持っていた分厚い本を僕に見せたが、まだ読んでいないと僕は返事した。「これを読まなければだめだよ、ぜひ読みたまえ」と云うので、分かった有難うと云ってそのまま別れた。勧められた本とは、マルクスの書いた「資本論」である。学習時代、彼と言葉を交わしたのは、これが最後となってしまった。その後彼の所在と消息は分からないまま続いて行方は不明となり、勿論学校も除籍処分となって仕舞った由であった。早熟な彼は、僕と違って社会主義、共産主義の思想に傾倒して、政治活動に参加していくようになったと思われる。 彼と音信不通になってから 五年近くが経過したと思う。 誰も彼のことを口にするものも居なくなってしまったし、行方不明と云いながら、ひょっとすると死んでしまったのではないかと思ったりしていた。生きていれば何らかの連絡があると思ったからである。そんな不思議な時間と記憶喪失の時が過ぎて行った。
   成績抜群の彼を追って一生懸命になって僕は彼を追って行くつもりでいたが、その彼が忽然として姿を消してしまったので、一時は目的を失っていた僕であった。しかし先にも述べたように、僕は学院の学習生活で実に充実した時間を過ごしていくことになった。立派な先生方に接することが出来その高邁な教鞭に浴することが出来、人生の大きな部分を占めていくことになる。高木君が学院に居て一緒に勉学していたら、彼こそが卒業式の右総代になって花を飾ったに違いない。しかし情熱的な社会運動に飛び込んでいたがために、それが果たせなかったと僕は勝手に想像している。その代わり、僕が学院での卒業式の右総代を務めて、自分なりの成績を収めて大学に進学していくことになった。人生とは実に不可解なものである。そうした状況は、これからも未だ続いていくに違いない。  (そう思った時にも、身近にいた高木君は今度こそ本当に僕の傍から遠くに離れて行ってしまった。寂寞の感、覆い難きものがある。) 

中学を卒業して以来、特別な関係でもない限り高木君のことはみんなの意識からすっかり薄れていたし、忘却の彼方だと云っても過言ではなかった。僕が大学四年の時、確か論文の作成に熱が入っていたいたころである。図書館の閉館のベルが鳴ったので、書類を整理して九時過ぎに鞄を下げて玄関を出た。丸い月が掛かっていた。大隈銅像の前を過ぎ、大隈講堂の広場に出てから、左に折れると早稲田車庫前に通じた細い通学路がある。浅草から早稲田に通っていた十年間は、いつもこの通路を利用して通っていた。この夜は特に遅くなってしまった。空には雲がかかったりして、辺りが暗闇になる時もあった。この細い通学路の半ばを過ぎた時、前方から人の影が映って近づいてきた。 月夜とは云いながら、月が雲に隠れて辺りが見づらくなっていた。人通りもないことゆえ、無意識に左に寄りながら歩いて行った。黒い人影とすれ違ったが、しばらくして佐々木じゃないかと呼び止められた。 名前を名乗って呼び止めたりするからには、自分をじっくりと知っている人物に違いない。立ち止まってその声の人影に振り向くと、おれだよ俺だ、高木だよと名乗りながら近寄ってきた。 
  何、高木?高木とは、高木新二郎君かと問い返した。暗闇なので顔がはっきりと確かめられない。しかしすれ違いざまに彼は、僕のことを佐々木だとはっきりつかんだのである。 最初、五メートルほどの距離を置いて向き合っていた彼が、闇の中を近付いてきた。確かめたいと思っていた彼の顔だが、確か黒っぽい帽子を深くかぶっていたと記憶している。このありさまだよと云う彼の声に聞き覚えがある。悔悟の意味ともとれるものを感じた。おやじには勘当されてしまったしね。元気で居れば、そのうち会おうではないか、と云って、僕が言葉を云い返す余裕もないまま、闇の中に消えて行った。呆然として立ちすくむ僕は、しばらくその場に釘付けになっていた。その時の彼は、如何にもみすぼらしい恰好をしていた。しかし しっかりとしとした体つきだった。草履を履いて素足だった。よれよれの衣服が労務者のようにも見え、左手に風呂敷包みを抱えていた。 あの時、僕は引き留めて彼と話し合うべきだと、あとになって考えた。しかし、あの時は驚きと衝撃で少しばかり足がすくんでいたかもしれない。 お互いに離れ離れになっていたし、消息不明の彼が生きていたのだから、一体どんな男になっていたのか判然としない不安がないと云えばうそになる。付近は明かりが全く灯っていない場所である。月が隠れて暗闇の中である。まさか立ち話をして済ませるわけにもいかない。戦後の間も無い時期のことである。今のように近所に喫茶店があるわけでもない。暗闇に不審な男、怯えていたことも事実である。ただ確信が持てたことは、彼の話しぶりは健全でしっかりしている、いつか会えるはずだ、彼も僕にそう云っていたと云う確信と期待である。彼が僕にマルクスの書いた資本論を読むように勧めてくれたことが、不図脳裡によぎった。その時、僕は彼の生き様が理解できた。彼はきっと、又どこかでどういう形でか知らないが、きっと僕と会ってくれるはずだ、と。
   彼が僕にマルクスの資本論を読まなければだめだと云ってくれたのは、あの時から七年前になる。彼はマルクスの資本論を徹底的に勉強し、その他の資料や文献を以て共産主義の理論と思想についてもっと更に勉強したに違いない。共産主義国家の樹立、それは共産主義者の究極的目標である。その結果、労働者によって資本家から生産手段をはく奪し、最終的に革命を以て資本主義を潰さない限り、真の共産主義国家を建設することは不可能であると云う、一般的な結論を理解し信じたに違いない。それは共産主義の教条である。しかもそれは暴力革命でしか実現できないと云うことである。彼はまじめになって、早くから実践活動に転身したのだろう。革マル派の武闘派の一員として学生運動に加わっていったのである。だから僕から遠い存在となっていたのである。僕らの青春時代は、体制派と、反体制派の対立構造にあった。その中で煩悶していたのである。それは青春時代に生きる証しかも知れない。彼の青春時代の正義感と情熱を否定することはできない。熾烈な派閥、抗争事件にも遭遇してリダー格にのし上がっていったに違いない。後に語ったことは、そうした組織を代表して近くソヴィエトに渡る予定にあったが、スターリンが亡くなって中止になり、後には権力闘争に負ける結果になって、生命の危機を感じてオルグから脱出を図って逃走したと述懐していた。そして二十歳までに足を洗うべきだと気が付いたのである。僕が闇夜に彼と遭遇したあの頃、人目を避けるように人並みの社会人として自立し、努力し行動していたのである。そして孤独と貧苦に耐えて、一生懸命になって新しい世界に向かって自分自身の道を切りひらき力強く歩んでいたのである。その後も十年間は逢うことがなかった。無論、消息はなかった。僕は、高木君とあの夜、偶然に遭ったことは、誰にも話さなかったのである。
   それからまた約十年が過ぎた。三十才になったある日のこと、浅草の実家の自宅に一枚のはがきが届いた。高木新二郎君が弁護士になって仕事を始めたのでぜひ会いたいと云うのである。僕はびっくりした。まさに青天のへきれきだ。と同時に朗報に小躍りして喜んだ。これは本当なのかということである。おふくろが高木君に僕の会社の居場所を教えてくれた。そして間もなく銀座一丁目にある当時の武蔵ビルの七階の事務所に彼が訪ねてきた。元気で居る彼の姿を見て僕は泣きべそをかかんばかりに喜び、彼に僕の胸の内を伝えたのである。長いこと心配していたからである。早稲田の大隈庭園の横の細道、暗闇に会ってからまたも行方不明の身で十年が過ぎてしまった。その彼とまた再会できたのである。なんという幸運な運命のいたずらであったか。彼の苦節十年を思わんばかりであった。そしてイソ弁として新宿の都電の大久保停留所の前に事務所を構えている、弁護士の事務所の一角で働いていると云う。ついてはどのような事柄でもいいから、困っていることがあれば仕事として分けてほしいと云うことであった。僕は快く引き受けて、高木なら頭は良いし独学で得た資格であり、しかも人並み以上に苦労してきたに違いない。我慢して何にでも期待に応えられると確信した。

    高木君との付き合いは数奇な運命のいたずらとでもいおうか、振り返ると実に奇々怪々で、紆余曲折、波乱万丈の気がしてならない。 弁護士になってからのその後の彼は、実力を遺憾なく発揮して次第に頭角を現して行った。行った。努力して、登れるところまで上り詰めてたと云っても過言ではない。彼との交友、切磋琢磨の記録を書いてゆくときりがないし、それを書いてゆくと差しさわりの点もお互いに出てくる。ホームページにはこれ以上書かずに、後日、昭和経済に書いて載せることにしたい。彼の青春時代も然り、彼は日刊工業新聞に連載で一か月間、自叙伝を描いたりしているが、書くことは限られている。僕からすれば、長編小説が二冊や三冊に匹敵するものである。
   最初から三羽烏と云って協力し合ってきた内山君は若くしてこの世を去って行ってしまった。今また高木君が急逝した。寂しい限りである。ながい人生と、艱難辛苦に耐えて戦ってきた人には、謎の部分もあるし、それが結構痛快なところがあって奔放で無垢な点が抱腹絶倒の場面を提供してくれる。それは強化し所では教わらない人生君である。事実は小説よりも奇なりとは、このことであり、彼との交友の場面かも知れない。文字通り人生劇場の青春篇と、出世編、愛欲編、 成功編と続くものである。彼の偉業については後日、落ち着いて回顧しつつ 語っていきたいと思っている。

先日、お香を上げに久が原のご自宅に訪ねた。
お骨箱に収まった彼を前に信じがたく、目頭が熱くなった。一体これは現実なのかと、絶句して万感胸に迫るものがあってじっと考え込んでいた。霊前に座し思わず、慎んで般若心経を唱えたのである。君は人のため世のために十分に働き過ぎた、安らかに眠ってくれと念じながら。親友、高木新二郎君のお冥福をお祈り申し上げる。 続

止まない米中貿易戦争

  7月6日、アメリカが中国に対して高額関税措置を発動してから、中国が報復措置を取って貿易戦争は熾烈を極めてきている。7月6日の発動は340億度ドル、そして第二弾が8月23日に発動され、これが160億ドルと膨れ上がってきている。そして今回の第3弾は2000億ドルと更に拡大されて止まるところを知らない。第2弾まではハイテク分野までであったが、今回は幅広い消費財を含む5700からの項目が対象である。飴蘆花市民の生活に直結してくる可能性がある。中国も,これに対して対象項目を広げ対抗措置を取るはずである。貿易戦争は正に蟻地獄である。既に両国の経済情勢に、負の効果として微妙に影響が出始めている。

  アメリカでは中国の対抗措置によって、関連産業が資材のコスト高にあって、競争力が落ちて販売量の低下を招いている。中国でも同様で産業が委縮してきて、景気に暗い影となってきている。好調な経済環境にあるアメリカでさえ、景気後退の産業が出てきてる。中国は景気停滞の中で、生産拠点を海外に移す傾向が出て、国内経済の縮小を招く結果になっている。いずれにしろ関税撤廃をめざし経済拡大を図る風潮に逆行しているわけだから、結果は世界貿易の縮小と後退を招くものであることは明確である。貿易戦争は、両国のみならず、世界に伝播して、特に新興国の経済にも大きな影響を及ぼしている。これは問題である。

  日本はTPPはじめとして多国間の連携を深め、国境なき経済の拡大と均衡を目的に、国際舞台で活躍中である。この流れを持続させ、独善的な保護主義貿易を推進中のアメリカの欠陥を埋め合わせて行く努力は必要である。日本は貿易で食べている。平和を維持するためにも、自由貿易の理念と実際上の大切さを歴史を通じて勉強してきている。モノ、人、金の国際間の円滑な流れを促進していくことが至上課題である。     9月18日


聖徳太子

  日いづる処の天子が名指しして日没する処の隋の揚帝と

  荒波に小舟を出して隋国へ使者を遣はす聖徳太子は

  十九才推古天皇の摂政に国の栄の基礎を築きぬ


  聖徳太子が入滅して、今から四年後に千四百年を迎える。大阪市四天王寺では太子の威徳を偲び盛大な法要を行う意向である。戦乱に等しい時代である。全国に散在して勝手なことを行っていた豪族たちを配下に収め、天皇を中心とした国家体制を以て我が国の統一を図った。国を治めるには秀でたリーダーを祀り上げて組織立てることが必要である。
  太子は推古天皇の摂政に就くと、直ちに改革に乗り出した。親戚の蘇我馬子と協力して壮大な国の骨格を築き、国の安定に務めた。

  中学生の頃、授業でならった聖徳太子のことについて簡単に思い出してみると、太子は精力的に活動し短い命を以て幾多の改革を果して行って、のちの時代の行く先を定めて行ったことがわかる。国の統一を図りながら、外国との交流を進めて行こうとする新鮮な思想が鮮明である。四十九歳で崩御されたが、もっと活躍される立場にあって惜しい気がする。小さい頃に歴史で習った内容を、かすかな記憶をたどって書き置きしてみたい。

1  冠位十二階を決めて役職の基準を従来の家柄重視から、実力重視に変えた。官吏の登用を能力主義に基準を置いたこと

2  十七条の憲法を策定して、広く人民にこれを知らしめ安寧の基礎を築いてこと。和を以て貴しとなす、とは日本人の根本的な精神を象徴するものとして有名な言葉である。

3  中國に遣隋使を派遣して進んだ文化や、政治の仕組みなどの研究に邁進したこと。607年には、小野妹子を中国大陸、隋に派遣し、中国との交易を開始したこと。

4  宗教に仏教を取り入れて民衆に普及を図ったこと。従来は祖先を祭って信仰の対象としていたが、神をまつるに仏教を以て高度な意識を民衆に根付かせ、信仰として確立を図ったこと。
仏教の普及によって明日香に法隆寺、大阪に四天王寺を建立し、絢爛たる飛鳥文化をもたらした。


9月20日


   自民党総裁選挙

  自由民主党が良いところは、総裁選挙で戦って勝敗が決まった後は、結果を踏まえ一致結束してお互いが党内で切磋琢磨して政権を運営していくところである。野党の諸君にはそうした成長した大人の思惟と方策が欠如している点である。だらしなさは見るに見かねるものだ。現実と遊離した存在がいつまでも続いている。
  昨日行われた自民党総裁選挙では、安倍さんと石破さんの一騎打ちとなって安倍さんの一党強の驕りとマンネリに自制の楔を打ち込んだ結果となった。想定していた数値より石破さんがこれを越して安倍さんを追撃した結果が出て、国民の間はもとより、自民党内でもどよめきが起こったくらいである。初めは静かで遠慮しがちな戦いが、終盤になって激しさが増して、次第に相手の弱点を突く真剣な論戦に移って行った。国民が期待する状況の展開に、我々も関心を持つにいたった。それまでは安倍さんの優勢ばかりの情報で、初めから勝敗が決まったものと、無関心の体であったが、「正直に真実を語らない政治家は国民の声に耳を傾ける政治家ではない」と、森、加計に見られたような曖昧な政治的処理の仕方に核心が移り、ようやく根本の政治姿勢を問われるようになったことで、白熱を帯びてきた。嘘や忖度といった風潮は政治の世界であってはならない。これが過去の歴史の失敗をもたらしてきた遠因である。
  今、自民党の中に蔓延している長いものには巻かれろの風潮を打ち破ることは、なかなか難しい。党内に異論を唱える者がいなくなって、辺りの様子をうかがって物をも云えぬ政治家ばかりが生まれてきてしまった。これは自民党にとって大きな油断であり、弊害である。それに敢えて立ち向かっていった静かなる男、石破茂は立派であった。安倍政権の打ちだす政策、そしてその実績を事細かく論じて、矛盾点を指摘して論戦を挑んでいる。それは国民の不平、不満を汲んだものであって、政治の未来にひとすじの光りを与えるもので期待性があった。批判の無いところには進歩がない。
  自民が成長し、将来に渡って確かな政権運営を持続させ、国民の信任と期待に沿って行くには、避けては通れない道筋である。そうした点で敗れることを承知で信念堅持、持論を展開し、透明性を以て自ら将来の政権担当を腕ずくで担おうとした心意気は政治家として立派であった。総裁選で善戦した石破は、自民党の将来と成長にとって大きな役割を果たしたと云っていい。安倍に比べ云いようのない不細工な顔だが、話をじっくり聞いていると説得力があり安定している。石破の不細工な顔が引き立ってくる。実に味わいのある男らしい顔をしている。野武士的なところが、謂うに言われぬ風格を秘めている。これは国際的にも通じたものだ。

安倍さんは、長期政権担当を続けて実績を積み、内外に広く顔を売って知られてきている。これからの内外に対処して日本の存在感を高揚させ、持続的努力を払って行くには有利な情勢である。政治、経済の運営には持続性,、継続性が必要である。機は熟している。総裁の任期もあと三年である。限界をわきまえながら、政治に透明性を発揮して、森、加計、官僚の公文書改ざんのような下らん問題を抱えないで、一強政治にうぬぼれずに、取り巻きの嘘と忖度を排除したクリアーで国民のための政権運営を行って行くべきである。特に今の安倍さんにとって油断こそ禁物で、驕りこそが最大の誘惑であり敵である。異なった意見をくみ取りながら、これからは今までの成功の果実を集約して、国民的な合意を得られるような結果を引き出すために努力研鑽する必要がある。憲法改正に固執するあまり、国民の意向を無視するやり方が混乱の火種と思われる。安倍内閣で片付ける問題でもない。立党以来の党是、願望だと云うが、一方で立党以来、世界情勢は大きく変わってきている。それを今日まで毅然として乗り越えてきた憲法の理念は、厳然として存在している。つまりこうした時代に憲法に手を付けずに来た現実がある。憲法の理念、理想を標榜して努力をしていくところに現実の大きな意義を見出すべきである。なお、これを機として同時に国会での自民党議員諸君の自覚と研鑽、そして更なる奮起を促し、健勝を祈る次第である。     9月21日


ニューヨークの国連総会で、一般討論が25日から始まった。注目のトランプ大統領は各国が吸いすんするグローバル化を拒絶して米国第一主義を明確に打ち出した。そして保護主義貿易や移民排斥を強調した。貿易政策では、破たんした悪い貿易協定を見直し、新しい貿易の再交渉を進めているとした。巨額の貿易赤字を巡っては、中国を非難して貿易不均衡は全く許容できないと主張した。又移民政策では、不法移民っが多くの犯罪を引き起こし、犯罪ネットワークを通じて暴力組織に多額の資金を提供している都市、移民の抑制を主張した。
   こうした自国第一主義の政策に対して、各国から懸念や非難が持ち上がった。自国の利益を追求してもっとも凄まじい無法状態が蔓延していると、フランスのマクロン大統領が非難している。そしてパリ協定に従わない国との貿易協定を結ぶことはやめようではないかと、呼びかけた。トルコのエルドアン大統領は、経済制裁や保護主義の蔓延には黙っておられないとし、今迄の通商合意を破棄したりするアメリカの気まぐれに対し非難した。イランのロハウニ大統領も、米国がイラン核合意から離脱し経済制裁を再開したことについて一方的な制裁は経済テロだと激しく非難した。そしてロハウニはイランは合意を完全に順守しており、アメリカは交渉のテーブルに着き、j国際機関に戻り、経済制裁を科すべきでないと訴えた。
   いずれの国もアメリカとの間で解決すべき事件を抱えており、問題解決のために大なり小なり米国から制裁を受けたりしている関係に立っていることもある。泣く子と地頭には勝てないと云うが、経済、軍事の大国力を振りかざす地頭である。こうした状況で中、露も各国に同調してアメリカをけん制する立場に立っている。結果、国際社会でも米国は孤立化していると云っても過言ではない。むしろ米国の強引な保護主義的な貿易交渉で、米中の関税引き上げ戦争にまで発展している。その悪影響が世界各国に生じてきているし、逆に米国内に惹起し始めていることの矛盾が明白である。米国はなかなか手を引く様子もないゆえ、長期化する可能性が大である。国連事務総長が総括的に懸念を示しているところである。世界を相手にアメリカの自国第一主義がどこまで認知されて行けるか、混乱の末に腰砕けになるか、これからが正念場である。

   今度は、日本との交渉が気になるところである。強引にねじ伏せてくる相手は算盤勘定の百戦錬磨である。茂木経産大臣はアメリカの通商代表のライトハイザーと連続の交渉中だが、粘り強く終結を引き込む意向だが、これを踏まえて明日は安倍、トランプの日米首脳同士の会談となる。国益のぶつかり合いだが、首尾よくいってもらいたい。9月26日
  
 
  

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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