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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

vol/17/3

 トランプ大統領の好評な議会演説


注目されていた(心配であった)トランプ大統領の議会演説は、政策の実施に当たって穏健な弁舌に終始して、強力な米国第一主義の政策推進でその全容が概ね具体的に示された。施政方針演説では、共和党議会の圧倒的な支持を始め、マスメディアからも好感をもたれた。CNNの世論調査では85%がこれを好意的に支持したと報じた。こうしたことを受けて日本時間の1日11時半から始まった二ユーヨーク株式市場は寄り付きから大量の買い物が入り200ドル以上の高値更新から始まり続騰である。トランプ氏の人気は実際的であり,期待する声が日増しに高まってきている。
   一国の安全と繁栄は、単純に云ってその国の指標となる株式市場の動向によってあらわされる。トランプ氏が大統領選挙によって勝利が決まったその日から、ニューヨーク・ダウは連騰を続け、今日までにざっと3000ドル近い値上がりである。しかも順調な足取りがその特徴である。ここまで来ると一部ではバブルを指摘したりして、さすがに過熱感が出て来るのはやむを得ない気がする。しかし調整場面は大した下押し圧力とはならない。企業業績、雇用統計、消費動向などの経済指数を見ても追い風になっている。しかしながら相場に行き過ぎは禁物である。相場は思惑の世界の要素が、1割の時も、9割の時もあるから、期待が多すぎると反動もある。急激な値上がりは、反面、急激な調整場面に出会う結果にもなる。要注意とは云いながら、投資家が選挙当時から比べると、量、質ともに可なりの力を付けてきているので、トランプ政権がアメリカ第一主義を掲げる以上、相場的には底堅いものがある。景気上昇に対する資産効果も出てきている。日本にしても同様の動きである。ここで中央準備制度理事会の金利引き上げもうわさされ、見通しがはっきりしてきたことで、逆に経済環境にも不安材料はなくなってきている。トランプ氏が云う強いアメリカは単なる言葉ではなく、軍事予算の5兆ドル余の増額の決定にもあらわされている。5兆ドルと云う金額は日本の国家予算の、一年当たりの歳入に匹敵する。
  対立と分断を避け、信頼と融和を呼びかけたトランプ大統領の信頼度が、一般市民にも理解される有利な情勢が日増しに出来上がってきている。トランプ氏には賛否両論が沸騰する世相であったが、相対的に支持する拙者の見方も的中した。人前で、トランプ支持と云うことを憚ってきたくらいである。アメリカ政治が、国内はもとより世界に無益な混乱を齎さないことを期待している。勝手気ままな第一主義は保守主義につながり、利己主義となって、ほころびてくる可能性があるから、早晩見方が冷静になって軌道修正されることもあっていいのである。そして国際社会に協調して一筋の道に向けた努力となって結実することを祈っている。一筋の道とは云うまでもなく、平和と繁栄である。
   雨降って地固まる、訴えてきた強烈な政策と信念はそのまま置くとして、トランプ氏自身の性格と、反感を買うような毒舌を排し、穏健な言い回しを以て、選挙によって支持された独自の政策と信念を貫いて行ってもらいたい。文字通り民主主義の根幹に触れる、現実的は成果である。

トランプ氏の議会演説に称賛の声に安堵し望み湧き出ず
この先もまだ不透明の政策に株式相場も揺れ動くなり
 
       3月1日  PM11:50


トランプ氏の口調の次第にやわらぎて威厳の風貌帯びてくるよし
人がらの次第にやわらぐトランプ氏器に叶い身構へ在りし
穏やかに語る大統領に威厳ありはちゃめくさまはいともあへなし
政権の施政方針演説に過激発言のなきにほっとし
物言うに理屈と根拠の在りしゆへ実現させて信を問ふべし
過激的、攻撃的に劇場的これではなんとも受け入れ難し
アメリカの強硬路線の台頭す北朝鮮の軍事挑発
火遊びも加減を要す北鮮の核実験とミサイル発射は
無謀なり北朝鮮の軍事的挑発行為のおぞましきかな
米議会共和、民主の攻防にトランプ政権の跨ぐ巧みに
EUの諸国に極右勢力の台頭するは危険なりしも
発端と目的を見てその理念今ぞ知るべしEUの誕生
EUの誕生の意義を忘却し利己主義に行く国の危ふし
イギリスの大英帝国の妄想に妄想にはかなき夢を追いかけるさま
メルケルの理想と現実を両腕に堅く抱きて進む姿に
EUの信念堅持のメルケル氏理念も高く現実的に
トランプも吠えるばかりが能じゃなしメルケル首相に見習ひてゆけ
EUの盟主を誇るメルケル氏孤立保守主義の波に対峙す
メルケルの実力長けて他を離し分けても男のだらしなささよ
EUを抜けるイギリスの将来に暗雲立ちて前途けはしき
見比べてじゃじゃ馬ならしのメイ首相EU離脱のうたたかたの夢
トランプの移民難民排斥に司法判断の否と下さる
北鮮のミサイル発射実験に選択肢有り米軍行動
火遊びを又繰り返す北朝鮮に怒りあらはのトランプ政権

五七五七七に詠む我ながら森羅万象のいみじく在りし

ひな祭り

すこやかに育つ初孫ひな祭り

はまぐりの吸いもの美味し雛まつり

愛すべきひとと別れぬ流しびな

居酒屋の神棚に置く内裏雛

おなごにも生まれたきかな雛祭り

甘酒や白いばらにも雛そろひ

白いばらおなご艶めく雛祭り

多摩川に流されて雛波の海

トランプのそばに贈らんひいなかな

われが身の周りに花のいいな哉

ひいなたち店にも多き白いばら 

若き日の夢路を巡り春の宵

雛段のはるかに高き内裏雛

つかの間の逢ふ瀬も悲しひいな哉

プーチンの脇に置きたるひいな達

うるおひの妻の顔見て宵の春

めでたさや夫婦善哉内裏雛

雛段に菜の花匂ふ仮の宿

みちのくの旅の一夜の雛の家

旅に出て宿の一夜の雛飾り

清流に流されていく流しびな

雛段を飾りて高き鶴ヶ城

雛飾り孫と祖父母が共演し

間近かなり新横綱の春の場所

春場所は優勝を期す稀勢の里

大関を目指せ春場所の琴奨菊

床の間に雛を飾りてにぎにぎし

去年より綺麗になったひいな達

箱の蓋あけて笑顔のひいな哉

十字架に揃えてみたやひいな達

月の夜に顔皆白きひいな哉

十字架の主と共にありひいな達

美しきセーヌ河畔の宵の春

土芋を室より出してあたたかき

   三郎     3月3日


北朝鮮のミサイル発射 危ない火遊び

このところ北朝鮮が立て続けにミサイル実験を繰り返して国際世論の反撃をくらっているが、そうした中で三月六日には弾道ミサイル四発を日本海に発射した。うち三発は日本の排他的経済水域に着水した。しかも七日には北朝鮮中央通信が、実験は、在日米軍を目標として攻撃訓練にあったと発表したのである。これには驚いた。まさしく日本を標的にした実施訓練である。今、米韓合同軍事演習が大規模に行なわれているが、北朝鮮の今回のミサイル実感は、日本への度を越えた、いわれなき当てつけである。高度250キロ、飛行距離1000キロ以上であり、目標地点への到達もきわめて精度の高いものとなっている。ミサイルの弾頭に核兵器を装着すれば、危機である。コントロールの効かない無鉄砲な相手だけに、まさかの時の日本の迎撃態勢は完全なものと思っているが、万全を期していてもらいたいものである。移動式発射台でミサイルが同時に何発も撃たれてしまっては、手の付けようがない。今回の実験では、4発のミサイルを同時発射して高い技能を有するまでになっている。脅威は増すばかりである。現実として今回のような場合に、日本に向かってくる飛行中のミサイルを、途中で正確に撃墜できるような体制が日本側にないとすれば、我々は日々重大な脅威にさらされていることになる。それと云うのも日本に対する敵対意識過剰な北朝鮮が、そこなるからである。
   トランプ政権では、北朝鮮に対する対応のなかには軍事的、先制的攻撃も選択肢にあるとされているだけに、相互の挑発的行動はぜひとも避けてもらいたい。基本的な問題は、そもそも南北に分断されている朝鮮半島の問題であって、直接日本に係わりのある話ではない。それなのに在日米軍基地があるからと云って、日本自体を標的に訓練されてはたまったものではない。38度線で止めておいてもらいたい話である。韓国の体たらくな政治経済状況の下、いつ北朝鮮の暴発を招かないとも限らない。窮鼠猫を噛むの喩えではないが、追いこんでばかりいくと何をするかわからない。挑発、暴発に怯えるわけではなおが、方向転換して一方で、或いは水面下で、北朝鮮との外交的努力と解決の突破口を模索することも検討の価値がある。北朝鮮の金様と直接対話の場を作って、あちら様の要望を聞いてやったらどうだろうか。トランプ様の勇断に期待したいところである。いっそのこと、金様御一行を、ワシントンに招待してやるくらいの太っ腹が欲しい。今のトランプ様ならできないことはない。規制緩和、規制解除の得意の技を北朝鮮にはめて、制裁緩和、制裁解除でためっしてやらないと、国際社会に参加できないではないか。先ず隗より始めよである。
即ち、有事の際に在日米軍基地への攻撃を担う北朝鮮人民軍の戦略軍火星砲兵部隊なるものの訓練であったと報じたのである。そして訓練は成功したと云うのである。そしてミサイル攻撃の精度を高めるために、これからも更なるミサイル開発を進めて行くと発表した。今回、日本を名指しにして攻撃地点を設定したことで、誠に由々しき問題である。今までの挑発的行動とは違って、北朝鮮の脅威は現実のものとなり、新たな段階に入ってと云うことになる。油断大敵である。北朝鮮の大敵は韓国ではなくて日本と、基地を置くアメリカだと云うのだから、いつの間にか日本が戦争的攻撃のの具体的標的になってきてしまった。日本は戦争を放棄している国である。戦争をしなければ仕掛けることもしない、平和国家である。精神的には丸腰の状態である。あらぬ因縁を付けられた形だ。狼藉の限りとはいえ、これではたまったものではない。科学技術に勝る世界に冠たる平和国家であるが、訳なく理不尽な攻撃を受けるとしたら、それを阻止するあらゆる手段を講じなければならない。頼もしい同盟のアメリカが居てくれるが、こればかりは何とも言えない。見て見ぬふりをされたら、と危惧することもある。妥協する道ではなく、交渉の道を独自で探ることも大切である。
又北朝鮮が、トランプ政権が対北朝鮮の政策の見直しを図るということ、そしてその現実的政策を見誤っているとしたら大きな誤算である事も知らなければならない。トランプ政権はアメリカ第一主義を唱えている。安保政策もその中に入る。アメリカを敵視し、アメリカ本土を射程圏にミサイル攻撃が可能と判断すれば、アメリカの自国防衛のための先制攻撃は可能である。アメリカの軍事力はもとより、その精度はうかがい知れない程のレベルの高いものである。北朝鮮の核ミサイル基地や軍需施設は、ピンポイントで一瞬のうちに木端微塵に破壊できる。専門的にはサイバー攻撃を以て、軍需施設の計器を破壊し、機能不全にすることも出来ると云う。北朝鮮の度重なる挑発は、アメリカのトランプ政権の決断を促すものである。国連を始め、中国も含めて世界は北朝鮮の度重なるミサイル実験に対して、厳しい非難と警告を発している。中国にしても、いつまで北朝鮮をかばっていられなくなるはずだ。子供の火遊びではないが、北朝鮮は反省、自戒すべきである。

   白頭の系譜を尊び、王朝の権威としてこれを守り、継承しようとする北朝鮮の主張がある。朝鮮の分断以来、七十年以上がt経ち、そもそもそのおぞましき南北朝鮮の民族的対立と怨念は根深く、将来に亘り消し難たいものがある。互いの憎悪の念は根深く、消し難いものがある。民族統一を優先して考えれば、対立、戦争では実現できない。新しい統治の仕組みを朝鮮半島で考えるべき時に来ている。朝鮮半島に紛争の起きないような仕組みを、皆が英知を絞って考えることである。このままだと永遠に統一できないし、危険な要素を助長するのみで、大国の思惑にいつももてあそばれて終いには埋没されてしまうだろう。それは混乱を誘発するのみで、決して解決にはならない。現状を見るに、大規模な米韓合同演習、片やミサイル発射と核開発の欧州でエスカレート続きである。既に戦争状態である。
   朝鮮半島に立憲君主制の政治体制を確立し、北朝鮮の白頭思想と、韓国の民主制度を融合した形で、今の独裁的な金体制の存続を担保してやることである。 それが南北朝鮮の統一する現実的可能な案であり、朝鮮半島に国家的独立を打ち立て、平和を維持していく現実的構想である。 
  しがらみのないトランプ政権に、積極的平和外交を推進していくための試金石として、北朝鮮の対応を考えてもらいたい。歴代の政治家が第二次大戦後果しえなかった難問の残骸の一つである。今以て火薬庫の一つである北朝鮮を国際舞台に引き出して、韓国との統一について積極的に参加させる糸口を与えてやること、それには妄想ではあるが北朝鮮の権威を認めつつ、統一の道筋をつけてやってほしいものである。井戸の蛙に理解できるかが問題である。 
そうした上で、南北朝鮮が平和的話し合いで統一を果し、疲弊した北朝鮮と、低迷する韓国経済に対し、日本国と、日本国民が総力を挙げて朝鮮半島の経済支援に取り組んでいくこと、これこそが両国の国益に適ったものであり、ひいては、極東アジアの繁栄につながって行くものと信じている。     続 3月8日


四天王寺・絵堂の聖徳太子像


春雨に漂い匂う睡蓮の花の愛しく咲きし夕べに
四天王寺の壁画に太子像描く画伯の筆の艶めき
法隆寺、四天王寺の太子絵に威徳を偲ぶ春は来にけり
我が友に諭されて詠む聖徳の太子を偲びこころ熱きも
華やぎて太子の威徳を偲ぶ日にいざ曼荼羅の幟立てなむ
この国の栄えの基礎を打ち建てし太子の威徳を偲ぶ春の日
徳政のみ世をおさめてくにたみの栄へを祈る聖徳太子は
この国を平和に収め徳政のまつりのことを済ます太子は
徳政の国を治めてかしこくも民に交じりて暮らす太子よ
この世にて楽しくあらめ限りある人のいのちの尊かりけり
現世を生きるわが身に光さし主のあがなひに守られし身よ
等々力の地にその昔大いなる水の湧き出で流れ落つると
等々力の岩間に染みて湧き出づる水の豊けき音の立ちけり
浅草の地より水と樹の豊かなるよくぞこの地に移りくるかな
侘びさびも自ずと在りし我が住める家のあたりの風情なるかな
等々力の渓谷を行くその間にも流れる水の清く映れる
我が意をばすべて満たして建てにける館にあればいとしかりけり
好みにて造りし庭も身にあひて野暮な風情も親しかりけり
ささやかな畑もあれば百姓の日も味はへて生きる心地す
トランプの屋敷ほどにはいかねども気概はでかく宇宙をも呑む
のどけしや春の日差しにうつらつら夢路に白きかすみ立つなり
うぐひすの庭のあたりにさえずりて妙なる声に妻と聞きほむ
うぐひすのいづくに鳴かむ声のして遠くにも聞く近くにも聞く
うら藪に来て早や鳴きぬうぐひすのこの世のものと思へじに聞く
うららかな春の日差しにゆるむ気のゆとりにイエスの影も浮かび来
蓮の葉の茂る池もに亀が首突き上げ泳ぐさまのおかしき
親しげに鳴くうぐひすの声に惚れ部屋にこもりて描く曼荼羅
春たけき日永にすぐる池之端そぞろ歩けば月の昇り来
おとなへば鐘の音近く寛永寺しばらく立ちて聞けば日暮れむ
朧夜に文房四宝をおもむろに出して墨字を眺む我なり
静まりておぼろ月夜にさすらひつ鹿の鳴く音にたどるこの寺
風光る岸辺に出でて野の草を摘みて背負いの籠に入れなむ
風光る空に十字架の高く立ち虹の色にも放ちけるかな
この世をば憂しと思へど限りある命をもやし意義あらしめん
主の道を歩みて人生の意義深く日々の節目に合いひまみえけり
大いなる神の恩寵に授かりて我が人生をみたし行かまし
うららかにうつらつらつらうつらつらひねもすイエスと過ごす春の日
みほとけは慈悲に満ちたる眼差しをなゐの被災の人にそそげり
悲しみと救ひのみ手を差し伸べてほとけは被災の人に臨めり
この世にも楽しきことの多からめイエスと共にありし我が身は
うららかやうつらつらつらうつらつらイエスと日永すごす春の日
十字架を仰ぎて歩む我が道に春を盛りに花の咲きそふ
十字架の主のあがなひに今ありし我が身を覚へ仕へゆくなり
十字架のイエスを仰ぎ我れが身の在りしを祈り従ひてゆく
主の熱き道のりを行く信仰と修業に勤むパウロ先生
十字架のあがなひにより在りし身を覚へて祈る朝な夕なに
近ごろに親しき友を失いて諸行無常の思ひ深きも
信厚きみたりの友を失ひぬ腹心ゆへに口惜しきかな
水仙の咲く庭に立ち菜の花のゆらぐ畠に匂ひ嗅ぎをり
菜の花のゆるる様より匂ひ嗅ぐ野暮ったき身を好む我なり
華やかに咲く花よりも土起こし種まきなどを趣味とするとも
剪定の翌年に咲く白梅の色つややかに光り放てり
我れが詠むあまたの歌に人生の喜び充ちて日々をみたせり
限りあるこの人生をいかに生き悔ひなきものと致させしかな
寝ることも惜しみあるままに歌を詠む心と情けの動くときゆへ
起きざまに土を起こして菜をつみて野暮な暮らしも味はひ深き
そこここに水引くあとの窺うへて豊かな土地に在りし等々力
お隣の農家の主は朝早く野菜つくりに車ひきゆく
浅草を離れこの地に移り住み恵み豊かに幸ひなりし
慈悲深きイエスはこの世を悲しみと望みを持ちて眺め給へり
境界に生後五か月の子が見えて祖母の優しき膝に座れり
礼拝の間に聞くアーメンと幼な児の如何にもイエスのおはす気配に
会堂の隅にアーメンと云ふ稚児に確かにイエスのそこにおはせり
春の日のぬくき日差しにうつろひてイエスと居はしうつらつらつら
春盛る花のいのちの短さをはかなく思ひ暮るる旅かな
山川をわれ越えへくれば遥かなり雲井に眺む星のまたたき
水仙の咲く日だまりにいつしにか数へるほどの蟻のゆくなり
ありんこの歩くさ中に立ち止りふと思いつく仕草するなり
のどけしや春の日差しにまどろみて夢路に立てるわが友の主よ
まどろみに尚粛然と立ちおはす聖徳太子の威厳満ちたり
大根のむらさきの花こまやかに咲く夕べにも薄き月かげ
ぼうたんの芽の吹き出でてくれないの色濃く春の雨に濡れをり    3月14日

新横綱・稀勢の里登場の春場所


待望の大和横綱の登場に十九年目の稀勢の里関

綱取りを度々逸す稀勢の里されどようやく王座仕留めり

十九年ぶりの日本力士の横綱に土俵を沸かす稀勢の里関

堂々の新横綱の土俵入り重量級の稀勢の里関

稀勢の里横綱に湧く春場所の浪速の街に王将の歌

心技体、三位一体の技量にて新横綱の稀勢の里なり

気前良き大阪場所に幟り立つ桜吹雪の天守閣かな

王将の歌を歌ひつ優勝を目指す力士の浪速節なり

桜咲く大阪城を遠望し大金星をあげる力士ら

夕映えの空に灯が付く通天閣おらが闘志も又燃えにけり

呼び出しを待つ土俵したの稀勢の里無念無想の虚無僧に似て

虎河豚に似たる力士の多かりき気は優しくて愛ぎょふありぬ

高安に豪風、正代、逸の城、宇良に喩えて泳ぐ河豚とも

大型の逸の城に立ち向ふ小型の宇良の動きにて勝つ

全勝に快進撃の稀勢の里横綱土俵の勝ち越しを決む

稀勢の里土俵際のしぶとさに相手を起こし下手投げ打つ

柔軟な身体をそらす琴奨菊得意のがぶり寄りが冴えけり

関脇に無念落ちたる琴奨菊この場所大関に帰り咲くかや

あれ程に琴奨菊に声援を送るも優勝の後は冴えずに

がぶり寄る琴奨菊の怪力も新婚生活に精気抜かれり

白鵬の休場なれど補いて若き力士の熱気あふれり

うたかたの夢と思えぬ稀勢の里、琴奨菊の全盛時代は

稀勢の里、琴奨菊の両力士あっ晴れ野武士の如き風貌

イケメンで女子にもてる遠藤の綺麗な力士と謂うべくあらん

前頭十両力士に頼もしき出世頭とならん人材

ひさびさの日本力士の横綱に連日湧きぬ相撲番付

華やかに綺麗どころが慎ましく桟敷にをるは春場所らしき

豪快に投げ打つ横綱稀勢の里相手は土俵の下に転げり

立会いにぶつかり合いし肉弾の行司も駈けずり回る土俵に

稀勢の里貫禄示し堂々の相撲に相手を押し倒しけり

横綱と同門、高安の快進撃ともに全勝の十日目の場所

面白くなりぬ春場所の稀勢の里横綱相撲を楽しみに見ん

突っ張りに勝機をつかむ高安の果敢に素早く打ちかえす身よ

横綱に見事昇進の稀勢の十九年ぶり見る大和力士よ

怪我のなき土俵に勤む稀勢の里これぞ優勝への王道なりき

その昔素早き小兵の舞の海いま解説の席に座りし

石浦の足腰強く粘りあり小柄の身にて技を発揮す

番付は早くも星のつぶし合ふ今白星を行く稀勢の里関

がぶり寄る猛進撃の琴奨菊あな大関に返り咲くかや

重量の力士を襲ふ天敵は相手にあらで招く怪我なり

中空に高くはだかる通天閣難波に春の風の光る日

切り傷を深く負ひしも重々し横綱相撲の稀勢の里なり

がぶり寄る琴奨菊の怪力に俵に押さる稀勢の里関

立会いに左手差して回し取り相手を封じ攻める横綱

大相撲土俵をめぐる懸賞金幟りのあまた立ち景気付く

横綱に日本力士の土俵上いよよ楽しくなりぬ相撲は

砂かぶり土俵際での観戦に奮い立つ身の若き日を思ふ

御座敷と歌舞伎と相撲を楽しみて江戸っ子冥利を味はいにけり

賞金の束を抱えて仁王立ち勝ち名乗り受け花道を行く

がぶり寄る琴奨菊を土俵ぎわ俵に立ちてすくう横綱

連日の満員御礼の垂れ幕に湧き立つ場所の稀勢の里関     3月21日


               *

      おめでとう、新横綱の・稀勢の里の優勝 兎に角、書くことが多いなあ・・・・


  大阪春場所で、期待の新横綱の稀勢の里関が、十四勝一敗で先場所に続き連続優勝の快挙をなした。何と、日本出身の力士が22年ぶりに成し遂げた優勝の賜杯である。おめでとう。感動の場面に、日本中が喜びに沸いた。
今場所結びの一番となった最後の土俵。優勝を狙う大関照の富士との一番、不可能と考えられていた勝因を聞かれて、一戦、二戦を振りかえった稀勢の里は、見えない力が湧いてきたという。これは無心の稀勢の里に、神が乗り移ったのである。私はそう信じたい。千秋楽の結びの一番を終えて、豪快な意地を見せた横綱稀勢の里に賭ける大相撲に、館内は割れんばかりの歓声である。解説者の舞の海は、こうした光景はいまだかってなかったと述懐するほどの感激ぶりである。こうしたうねりを見ると、これからの大相撲に対する日本人の関心に注目が集まってきた。日曜日の午後、久しぶりに千秋楽を妻と見ていたが、会場の熱気が手に取るように伝わってきて不思議と、万感胸に迫る思いである。悲壮感があると思いきや、稀勢の里の意外と冷静沈着な表情に、心を打たれたのである。伏し目がちな平常心は、いつもと変えあらぬ表情である。無念無想の境地とも思われた。

  十三勝で迎えた十三日目の対日馬富士戦で敗れ、土俵下で右肩を強打して右肩筋肉に大きな痛手を受け、土俵を後にした。休場が心配されるほどであったが、翌日辛抱強く出場、対横綱の鶴竜との試合に臨んだが、左肩損傷で左腕がぶらりと下がる始末でまったく左腕が使えない。戦えずして簡単に押し出されてしまった。土俵際まで押した鶴竜は、稀勢の里の体をかばうように押し出しを決めたのである。この状態だから、これからの勝負は、喩え出場を強行するとしても面子にかけて土俵にあがるのが精いっぱいである。誰もがそう思ったのである。これ以上、右肩の損傷を傷めずに、大事をとって休場は必至とおもわれた。多くのファンはもとより、残念無念だが無理をせずにと云う気持であった。相撲解説者の元・横綱北の富士関も気を配るような解説であった。親方も休場を進めたらしい。しかし稀勢の里は無言で翌日、千秋楽の結びの土俵での、対照の富士戦に無我夢中、無心をかけて出る覚悟であった。悲壮な決意で、しかし無心の心境で臨んだに違いない。
   稀勢の里にとっては、今場所好調で来ている十三勝一敗の大関照の富士には、結びで一勝して、更に優勝決定戦に持ち込まなくてはならない。これは至難の業である。稀勢の里の胸中、いかばかりかと思うところである。
 本割で照ノ富士を突き落として13勝2敗で並ぶと、決定戦は立会いの瞬間、照の富士にもろだしを許した稀勢の里はあわやと思われたが、土俵に押されながら右からの強烈な小手投げを打つと、大関は一回転して身体を崩し東土俵際に座り込んだ。照の富士は気が抜けたような顔をして、一体どうなっているんだと云わんばかりの虚ろな表情であった。稀勢の里はかくして、土俵中央に戻って万感の思いで仁王立ちとなった。かくして大関を退け、初場所に続いて2場所連続で賜杯を抱いた。左肩から腕付近を痛め、紫色した内出血の跡が広がっており、痛々しかったがテーピングをして出場していた。

 新横綱の賜杯獲得は、先代師匠だった隆の里(元鳴戸親方)ら史上8人目で、1995年初場所の貴乃花以来22年ぶりである。大阪の春場所、結びの直接対決で本割、優勝決定戦と2連勝して逆転優勝にこぎつけたのは快挙であり、痛快であった。 3月26日   続


三月決算を迎えて、連日掛け持ちで多忙な日々を過ごしていたので、連日の大相撲春場所の動向が気になって仕方がなかった。因みに今日は昭和経済会の理事会・総会開催の日である。うっかり今朝まで忘れているところであった。たまたま事務局長の山本君に他の用件で電話したところ、今日の開催日に気が付いて、出先からそのまま会場に向かって間に合ったという次第である。三日前に他の集会を同じ席で開催し、議長を務めた関係で、何かと用件が重なり目がくらんでしまった。理事会、総会は12時から中央区八重洲の会場で行われたのである。差し迫った商談や会議など重なって、ことは斯様な次第で番狂わせの状況だが、そのため大相撲についてはホームページに書きとどめることが出来なかった。19年ぶりの日本出身の横綱席の誕生であり、本来なら、大阪春場所に初めて登場する横綱・稀勢の里について、期待と熱狂の胸の内を和歌に詠んで、既に五十首を発表しているのであるが、更に稀勢の里の鬼気迫る肉迫した様相を詠み綴っていきたいところであるが、ここ一週間、叶わないで来てしまった。十一日目以降の土俵が気にならないはずがない。仕事で一杯だったので、テレビで束の間の取り組みを観戦するのが精いっぱいであった。
  図らずも稀勢の里が生まれ育った牛久という地名は、思い出の場所でもある。友人の営業マンに投資用として奨められて、40年ほど前に駅近くの土地を買うようになって、当時の常磐線に乗って利根川を渡り、土浦の先にある牛久を訊ねたことがあった。野暮ったい駅であったが、現地を見て付き合いに買うことにして、その足で名物と云う地元のうなぎ重をご馳走になり水郷に向かった思い出がある。情緒ある水郷の旅先の方が印象強かった。土地の方は地目が農地で、しかも調整区域で買うことが出来なかった。横綱稀勢の里の登場で、ふるさと再生に勢いついて発展の措置を築くことが出来れば、故郷への恩返しが出来ることだろう。

  地元の稀勢の里ファンはもとより、老若男女、全ての人たちが稀勢の里を応援して、大げさでないが日本中が稀勢の里横綱関の活躍に湧いたのである。圧倒的な闘争心を内に秘めて無表情に近く、十二日まで白星で悠然と勝ち越してきた稀勢の里であったが、十三日目の対日馬富士戦で思わぬ結果を招いてしまった。不覚にも立会いに遅れた稀勢の里、身体を低く落として猛然と寄る日馬富士に、稀勢の里は押されてそのまま土俵下に転落し、左肩を殴打し自らの重みも加わって左肩の筋肉を大きく損傷した模様である。土俵下で起き上がれずに激痛にこらえて歪む、稀勢の里の顔が悲痛であった。相撲ファンの落胆と同様は隠し切れない。今場所はこれで万事決すと、みんなが内心でそう思った。 横綱は、悲劇のヒローにも映った。翌日の14日目、無理して土俵に立った稀勢の里は、左肩全体を堅くテーピングして痛々しく悲壮感が漂った。案の定、対横綱鶴竜戦でも、武器である左腕がほとんど使えずに戦意を失い力なく押し出されたのである。もはや休場やむなしと思われる一番であった。 
   勝負の世界である。どんな苛酷な場面に遭遇しないとも限らない。気力、精神力だけでは太刀打ちできない。しかし稀勢の里はその苦境を乗り切って、横綱の意地を見せつけたが、本人は極めて冷静、自分に見えない力が加わってきたと述懐したのである。三位一体の境地に、神の力が乗り移ったとしか言いようがない。十三勝一敗で賜杯を狙う照の富士である。怪我の激痛を負いながら、土俵際に押された時のあの踏ん張りと、左手の強力の発揮は言葉では表せない。決勝かけた一戦でも、もろだしを許したものの右からの強烈な投げを打って、稀勢の里を破った。もんどりうって一回転した照の富士だが、自分に何が起こってのか判然のしない顔で、呆然自失にぼんやりしていた。勝敗の差ははっきり捨ていた。勝因を聞かれて、見えない力が働いたと謙虚に喝破した人間稀勢の里、その至言たるや、お見事。   3月27日

  


社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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