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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

VOL.1.1

新年あけましておめでとうございます。
 今年も皆々様のご健勝、ご多幸をお祈り申し上げます。

  大空に隈なく照らす初日の出輝き染むる大和まほろば     元旦

大晦日に息子の家族一家が泊まりがけで来た。夕刻、近所の蕎麦処「ぎん屋」で年越しそばを食して帰宅したあと、大晦日恒例のNHK紅白歌合戦をテレビで観戦。毎年のことながら出場者の入れ替えが激しく、今年は新規参入の若者たちが多くにぎわっていたが、その歌にはついていけないので、テレビは専ら孫たちの独占下に。これがうたかと思うような知らない歌が多く、総じて思うことは言語不明、意味曖昧が特徴のご当地ソングが専ら、が殴り放題の振り付けリング。あっと出てきた石川さゆりとくれば「天城越え」、熱唱もさることながら妖気、鬼気迫る顔に、それだけはもう勘弁してくれとばかりに扇子で顔を覆うほどの凄まじさ。
    ゆく年くる年の鐘の音に聞きほれて庭に出れば、近くの九品仏寺の鐘の音が夜空を渡って響いてきている。空を仰ぐと澄み切った紫紺の空一面に星が瞬いて、赤い星も見える。清浄で穏やかな大晦日の夜である。真砂の星の中を幾つかの人工衛星が飛んでいるかもしれない。人間が勝手に作り出していく「宇宙時代」が、これから華々しく世間を騒がしていくだろう。綺麗な夜空を汚さないでほしいと願うばかりである。つい愚痴が出てしまうが、宇宙時代と米中が、ここでも競い合って人工衛星を沢山飛ばしあっている。平和的開発を目的としたのであれば大いに結構であるが、地上ではドンパチの戦争ができないからと云って、宇宙で肝試しに代理戦争を繰り広げられてはたまったものではない。宇宙での覇権争いと云っているからには、否定できない代物である。ロケットの代わりに、かぐや姫の方がどんなにいいかわからない。

    除夜の鐘が止んで、新年を告げる時報である。力強い響きが籠っている。みんながお互いにおめでとうの挨拶を交わし合った。すると電話のベルが鳴った。ニューヨークの明子からである。娘夫婦は今、ニューヨークに居る。この時、ニューヨークは朝の十時、十時間の時差がある。ニューヨークからの、明るい溌剌とした明子の電話である。貰ったのは、爽やかな年賀の言葉である。
   娘の明子は、ニューヨーク証券取引所の取引開始と終了を告げる鐘を鳴らすために、28日のテレビ番組を終えた後、すぐにニューヨークに飛び立って云った次第で、大役を果たしたあとニューヨークに一日滞在して、二日の日に帰国する。忙しい中、時間に合わせて新年のあいさつの電話を入れてくれた。有難いことで感謝である。今年一年が、何事が起きても勇敢に乗り越えて恙なく、皆が邁進して行けるように祈りつつ安穏の床に就いた次第である。      元旦


    元旦のお昼過ぎ、皆で裕介の車に乗って近くの宇佐神社に初もうでに行った。宇佐神社は世田谷の一番南に位置した場所にある神社で、環八を渡った先の尾山台の静かな住宅街にある。多摩川に向かって下って行く途中にあり、瀟洒なたたずまいが気に入って、数年前ここにお参りした時から初詣の場所としている。最寄りの玉川神社、等々力不動尊、九品仏寺と云った有名なところもあるが、正月三が日は初詣の人たちで込み合っているので、混雑を避けて静かな宇佐神社を初詣に一家団欒して楽しみに参上している。
   小さな祠の周囲はこんもりとした樹木に囲まれているので、まるで奥山に来たような感じである。静かな台地となっている境内も含め、多摩川を見越して遥かに相模の連山を眺め、富士の霊峰をはるかに見つめることが出来て、眺めた景色は雄大であり素晴らしい。穏やかな陽気に、遠大な希望も湧いてきた次第である。ここで古いお守り札など改めるものを返して、新たに破魔矢とお札を買い求めた。こうした縁起物は、いつも息子が買ってくれるので、遠慮なく息子にまかせている。
    元旦の夕餉は、暮に準備しておいた食材で、孫たちの好きな「すき焼き」を楽しんだ。妻は発奮して正月のお節料理を作り、食卓を囲んだみんなを喜ばしてくれている。

    今日は仕事始めである。十時に出社した。何本かの電話があって、会員の東武都市開発の夫社長を始め、二組の年賀の来客があった。しばらく、事務所あてにきた年賀状を整理して知人、友人の様子を楽しみながら拝見する。年々減少気味の年賀状であるが、スマホやメールでの交信は何となく味気ないない気がする。世相を反映して年賀のあいさつ回りがなくなってきているのと同様、年賀状もお互いに失くしていくような気がする。以前は年初めには年賀のあいさつ回りで忙しかったし、年始は正月の風物詩の一つであった。いつの頃からか、年始に回る人や車はすっかり消えて行ってしまったようである。銀行に借金がないから、弊社の場合はあいさつ回りをする必要もない。
   若いころはむやみ矢鱈に借金をして事業拡大に走ったが、状況はそうではなくなった。社会も、イケイケどんどんのがむしゃら時代と違って、経営者や従業員の考え方が大きく変化してきた結果である。がむしゃら時代に蓄積してきたものが大方充たされて、いかにしてスマートに働いて生活していくかという考え方に変わってきている。丁度、産業構造が重工業経済から軽工業時代に、そしてソフト社会に移行していくようになって、結果、今や長寿社会と人口減少社会にいかに対応するかという見方に時代が変わってきた。  そうした変化、現象は、我々の日常生活の足元でまざまざと見せつけられており、体験することが出来る。そうした時に一番重要なことは、単純なことながら自分のしっかりした価値観を以て、周囲の変化に翻弄されないことである。

   今年は、銀行や証券会社を除くと、7日から営業を開始するところが多い。その証券会社だが、大発会の今日、いきなり700円以上も急落して始まったが、昨年の大納会の日経平均から470円前後の下落を以て、この日の取引を終えた。昨日3日のニューヨーク市場が600ドル以上急落したことから、その流れを受けて東証も大幅な値下がりとなった。FRBの金融政策に一喜一憂する神経質な展開だが、今年は加えて米中貿易摩擦の激しさが、株式市場に暗い影を落としてきていることはいがめない。その影響でアップルの業績予想が下方修正されたことが、株価急落の引き金になった。    1月4日


水仙のわが家に咲きぬこの土地の南西の隅に穏やかに咲く
すがすがしクリーム色の水仙の花咲きにけり二つかたまり


昭和天皇の和歌

元旦早々の、朝日新聞の第一面のスクープに目を見張った。昭和天皇の詠まれた和歌の幾つかが大事に保管されていたのである。天皇の、内面的な様相を記した貴重な和歌である。歌を味わいながら、学者たちもこの一連の和歌に就いて歴史的に捉えようとするに違いないが、大元帥として絶対的権力を行使し得た天皇としては、大戦を交えて如何に苦悩を続けていらしたかを、一連の和歌から推察することが出来る。開戦、敗戦に深くかかわってきた身だからである。もっともそこから自戒と反省の記録を教訓として、日本と国民が、これから如何に進んで行ったらいいかを探求するよすがとすることが出来れば、大きな意義を持つことに違いない。
   記事では、どのような歌が詠まれているかの全体像を未だつかみえないでいるが、陛下の二首を拝読すれば、作者の心の内と、人がらと、和歌五七五七七のしらべが推測される。万葉調の格調の高いしらべが、小生の性分にもあっていて、これからの機会を捉え、いみじく詠んで味わってみたいと思っている。戦中、戦後の混乱期に会ってご自分の心を示して卒直に詠んだ歌が多く含まれているものと思う。従って、これから朝日新聞がどのように昭和天皇の和歌を取り上げていくか、大いに関心のあるところである。天皇の和歌の調べとしては、ご自分の気持ちを平易に素直に詠んでいるので親しみやすく、且つ情緒的に心に深く受け入れられるものである。      一月三日

  国民の祝ひを受けてうれしきもふりかへみればはづかしきかな 
  あゝ悲し戦いの後思ひつつしきりにいのりをささげたるなり       今上陛下


     ニューヨーク証券取引所の鐘を打ちに

  ニューヨークに飛んでとんぼ返りしてきた娘の明子が、その時の様子をメールで送ってきてくれた。日本の女性がニューヨーク証券取引所の取引開始と終了のベルを打つと云ったこと自体、大変名誉なことであり、大きな意義があると思っている。

https://livestream.com/NYSE/TVTokyoCB
上記のURLをクリックしてください。

お蔭さまで、爽やかな新春を過ごすことが出来ました。
尚、
上記のURLをクリックすると、不肖の娘、明子が
ニューヨーク証券取引所で取引開始と終了のベルを鳴らす場面が出て来ます。
中央、青いスーツを着ています。
   1月5日    佐々木誠吾


          波乱相場の幕開け

   今年の波乱相場を占うかのように、東京株式市場の新年大発会の取引は一時730円近い急落を演じたが、結局この日は、昨年の大納会の終値より477円安い1万9561円96銭で取引を終了した。抵抗線と云われている2万円台を割ってしまった。投資家の心理が大きく揺れて、大発会の取引を終えたが、今年は何かと気をもむ相場展開となりそうである。

   というのも、これまで拡大を続けてきた世界経済も、好景気から減速状況に入りつつあること、インフレを懸念するアメリカ経済がFRB(連邦準備制度委員会)の金融政策の動向に過剰反応しつつあること等に加えて、米中貿易摩擦の影響が中国だけでなく、仕掛けたアメリカ自体に及んできていることなど、相互、相乗作用で混乱し金融情勢だけでなく、実物経済にまで及ぶに至り、将来に対する見通し確たるがつかないことが原因である。ここしばらくの間ニューヨーク株式市場の下落傾向は鮮明になってきていた。加えて相場の味を悪くしたのが3日に発表されたアップル社が業績予想が下方修正されたことである。この下方修正が嫌気されて急落したことで、それが投資家の予想を超えたものだったので全体に売りが拡大していった。
   株式の上げ下げは、刻一刻変化するもので今更一喜一憂しても仕方がないが、大勢は投資家が資金を株式よりも安定資産にシフトしてきていることは一年前から小欄でも云ってきているところである。証券会社の諸君が盛んに株式を進めてきているが、保有している株式は兎も角として、新規に投資する危険性は高いから、リスクを回避してきている。なかなか難しい選択だが、多くの投資家は既に資金を安定した資産に切り替えているか、若しくは現金として確保しているかである。ゼロ金利の異常な事態だが、忍の一字で現金で保有して次のチャンスを待つよりしかないだろう。現金の目減りを回避していると考えればいい。


     地方自治体の規制緩和を
大都会から田園地帯への移住政策を


 少子高齢化がますます進んで、労働人口が減少し、介護を必要とする非生産的人口ばかりが益々増大していくことが盛んに説かれているところで、これについては聊か食傷気味になってきているが、もう少し発展的な意見が出てこないものだろうか。例えば、少子化の問題である。昔はどこの家庭でも子供の三人や四人はいたものだ。しかも貧乏の子沢山と云われるくらいだったから、子供が沢山いたからと云って、それが原因で貧乏になっているわけではない。問題は他にあるのではないだろうか。一人の子供を育てるのと三人の子供を育てるのと経済的負担が云うほどに大きいものではない。環境的には兄弟が多い方が、子供を育てていく過程でより大きな成果と果実を得られることが多いのである。子供たちにとっても兄弟愛はもとより、お互いにしのぎを削って生きていく術を体得していくし、そこには無意識的に生きる事に対して正しい動物的本能が培われていくものである。

教育の方針を、「スマホを見るより土を耕せ」に切り替えてみることだ。精神衛生上にもこの言葉を実践していった方が、その人の人間的成長と能力的観点からして、大きな貢献を齎すこと必定である。従って生活の実態を大胆に転換させていく政策を、一部に取り入れて啓蒙を図るべきである。個人では出来ない問題故に、国の方針を転換していく必要がある。それを実現するために、補助金のような資金を思い切って放出する政策を実行すべきである。これに絡ませて地方分権、地方自治体の強化を図り、地方への人口移動を強力にはかることも良い。過疎化が進み、森閑とした地方の開発の、大胆な規制緩和が重要だ。昔、田中角栄が列島改造計画を打ち出して選挙戦に臨んだことがある。列島改造を図ると云う騒がしいものではない。少子高齢化にのぞんで如何に日本列島を飛躍させるか、人口移動を図って、養育費負担を軽減させて質的向上を図り、充実した生活を味わって行くかの課題である。スマホの社会生活から、スマホ社会を踏み台にして豊かな自然環境の生活へと転換させる政策である。

のんべんだらりんとした自治体の、特に行政に携わる役人の意識改革が必要である。一例には、地方の住宅地の土地開発規制が、東京の住宅地の土地開発と同等の扱いをしていると云ったちぐはぐな状況を即刻改めるべきである。国の規制ももちろんだが、地方に即した行政を敷いていくことが肝要である。地方自治体に権限の委譲を図って、活性化させること。それには地方自治体の行政能力を啓発して向上させること。地方自治体の怠慢と勉強不足が、地方の発展を阻害している現実がある。

地方で土地開発を行って、住宅建設を行っている会社がある。一角の土地に戸建て住宅を建てようとすると、1000㎡(300坪)以上の土地になると開発行為の申請をして許可をもらうわないと着工できないと云う。これは東京の世田谷、目黒、杉並区と云った高級住宅地、はたまた都会の密集地の事例であるから、そうした地域と同じだと云うことで誰も手掛けることができない。せめて地方都市とか地域の場合は3000㎡(1000坪)位に、或いは1万㎡に緩和しても差し支えない。狭い道路や公園や、公共施設をを沢山散らばしていくようでは機能的にも活動し得ない。広大な地域に在って、これをちまちま細分化するような愚策を弄してはならない。将来に禍根を残す結果になる。こうした規制は地方自身が自分たちの首を絞めている結果に繋がっており、発展を妨害しているようなものである。都会も田舎もネット化されて、同時性の度合いが高まってきて地域の区別がつかないはずである。

   税制負担についても然り、貧乏な財政にありながら、人口減少に悩みながら、広大な土地を放置していながら、何ら打つ手も打たずにのほほんと体たらくの地方の政官財の指導的な諸君たち。県民、市民のために、破綻、消滅することがないように、地域が衰退していくことがないように頭をもっと使ってふるさとの再生に取り組むことである。外部から移住をしてくるように積極的に誘致策を図り、移転してきた企業や移住してきた所帯に対しては、一定期間住民税をゼロにするとか、各種の税金を軽減すると云った優遇措置を採れば、地域の魅力を増して新規の住民が増えていくことになる。かって夕張炭鉱が破たん先自治体に指定されたとき、奇抜な、勇気ある構想を提案したことがあった。相続税をゼロにすると云えば、金持ちがわんさと移住してくるだろう。彼らに生活のための金をどんどん落としてもらえば、例えば豊富な土地を買い、家を建て、自治体に参加してもらえば、たちどころに再建可能であると。

   若者の家庭にとっても、更にインパクトは強いものとなってくる。インターネット、スマホ、パソコン時代では在宅勤務が可能であり奨励されてきているから、息苦しい雑踏の都会に住む必要もなく効率的である。地方に移住したいと云う若者所帯が、徐々に増加しつつあるやに聞いている。この機に当たり、地方は積極的な人口の誘導政策を考えるべきである。インフラとソフト面で拡大充実を図って、受け入れ可能な条件を整えることだろう。安閑としていないで国のため国民のため、公務員としての意識を以て働けと檄を飛ばしたい。好環境に在って豊かな生活を経験できでれば、健康で安全な家庭生活を維持できる。出生率の向上にも大きく寄与するはずである。 安倍政権も、安倍首相も地方に檄を飛ばして、改革に一肌脱いでやるといいのではないかな。  

勇壮な富士の高嶺の白雪を仰ぎつ大きく育てわらべら

那須岳の連なる嶺に白煙のなびくこの地に力みなぎる

山川と大地のひらく高原の緑の風に向かふ人らよ                      1月8日

大相撲春場所開く

   このところ人気沸騰の大相撲である。先場所も連日、満員御礼の垂れ幕が大屋根にかかり盛況であった。三横綱が休場する場所であったが、若手力士の台頭で、星のつぶい合いとなり、結局、小結の貴景勝が優勝して賜杯を受ける結果になった。若手陣の奮闘が、相撲ファンの目を引いた近来にない相撲展開であった。今場所はようやく三横綱が土俵に復帰することになって、久しぶりに賑やかな土俵となった。これに若手陣の活躍が加わって、大相撲の春場所は人気上昇、活気を呈する場所と期待できる。何しろ横綱稀勢の里が回復、復調の成果が如何に発揮されるか、今場所に正念場をかけての登場である。その行方が気にかかるところである。久しぶりに出てきた日本人の横綱であり、大事に見守っている。ファンの注目も熱気を帯びている。

成人の日に大相撲春場所の輝く空の澄み渡りけり
この場所に激励を受く稀勢の里土俵にかける勝負如何にも
めずらしく三横綱の土俵入り進退如何の稀勢の里んり
強力の栃の心の悪ろき癖引き技出でて押し出されけり
錦木の豪栄道を上手投げ見事に決まり躍進の先
高安が巨艦逸の城に突き出され土俵も狭く迫力ありぬ
三大関破れて初日大荒れの出足とねりぬ初日春場所

進退を懸けた横綱稀勢の里この一番に何としてでも
敗れたりああ敗れたり稀勢の里皆の期待に背く結果に       1月13日

昭和天皇の晩年の和歌
痛ましい戦争の傷跡


打ち明かす昭和天皇の人として己が思ひの赤裸々なりき
たびたびの和歌を詠まれる天皇の立場にあればいみじくありぬ
皇后の表に出でず天皇のその妹子失くし傷む胸うち

常ひごろ打ち悩む身のあればこそひとへに民の安き祈らむ
今様の皇室ならで戦中の現人神にあらばいかにも
幼少の頃の馬上の天皇の国の押しつけなればいじらし
民草の祝ひを受けて恥ずかしく思ふ天皇の胸のうちかも
さもありぬ幾百万のしかばねののちにも生きし時の人ゆへ
アメリカの資源大国を相手にし神風吹くと戦いいどむ
無計算、無節操なる指導者の集合なれば末の恐ろし
すめらぎの務めの堕落したるさま周りの馬鹿に従ひし末
民衆の犠牲と国の壊滅を目の当たり観てすくむすめらぎ

雨のなか足ふむ学徒出陣の戦火にあはれ命果てなば
陸海空、軍指導者の馬鹿者の揃いて民を皆殺しせり
善良の罪なき民を皆殺しのち逃亡に走る指導者
日本の陸海空軍を統率す大元帥の天皇の責
痛恨の極みに思ふ戦争に兵士のあまた壺に入りしは

みずからは戦争犯罪人の一人とし名乗る天皇のさしもあるべし
弾丸の雨打ち鳴らす野戦場わが友軍のしかばねの山
精鋭の陸海空の軍隊の暴走の末の断末魔とも
苦しみの日々の生活にあえぐ身のあえて民草と国を統治す
豪族の乱立の地を平定し国を治むる聖徳太子よ
この国の安き栄を祈りつつたけき勇夫を説き伏せにけり
聖徳の御代に習ひてすめらぎの斯くも落差の激しかりしに
あゝ悲し陛下の嘆く心中の自戒の歌をしきり詠みけり
今上の陛下に比して聖徳の太子の如何に優れたるかな


   黄昏のしじまの野べにひろごりてひとり旅路の宿につきしも
   日暮るれば自ずと胸のさわぎ立ちこの身を救ふひとのあらなで
   思ふだに人を恋する能はずの身の上なればなどか虚しき
   年老ひて施設に入りて知り合える異性を慕ふ美恵子姉妹は
   世に生れてはじめて人を恋すてふよわいの卒寿の人にこそあれ


   空襲の戦火に資産の悉く失ふ父の思ひ如何にや
   東京と水戸の夜間焼夷弾受けて九死に一生を得ん
   戦中の苦労を重ね心身を既に費やす父と思へし
   四人の子を守り育てしちちははの力尽きしと思ふこの頃
   よはい五十九才にて癌に病む手遅れなれば命運つきにし
父ははのことを思へば懐かしく打ち寄せて引く波の如くに
梅の咲く水戸偕楽園に父と立つはるかに筑波の峰を眺めつ
   はらからのこと今に思ふ余に力あらば何なりと助けはべるに
   今までに十億ほどを失ふも無借金の身の生活あるは
   ありがたき神のご加護と云ふべきや恙なき身にありし今ゆえ
浅草を離れこの地の等々力に移りて住むは深き縁かな
   寄り合ひて家立ち並ぶ所帯ゆえ花、植木など頼む能はず
   この地にて土を耕し菜を植えて田舎暮らしの僅かながらに    1月11日
   


社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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