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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.13.8

***** 心からの便り      *****


     暑中お見舞い申し上げます。

  ほほずきの市は浅草あさがほは鬼子母神社に詣でゆかむや

  富士やまに登る信徒の夜遅く日の出を雲の波におろがむ

  富士やまの水ふつふつと湧き出でてふもとに湖(うみ)を五つ抱けり

       大暑

      
    今年の猛暑はことのほか身体にこたえていますが、この暑さは今年特有のものかもしれません。気象庁の解説によると、日本の太平洋上に発達した高気圧が本邦上空にでーんと居座っていて勢力を強め、そこにチベット方角から大きく張り出した大陸性高気圧が日本上空にまで延びて、この二つの高気圧が本州上空で重なっているため二重の重圧を受けています。そこに南から暖かい空気が流れ込んで、各地に上昇気流を発生させて積乱雲となって地上に局地的な大量の雨をもたらしています。こうした特殊な現象は日本全土におよんで、大きな被害をもたらしているのです。豪雨、突風を伴い、瞬間に襲ってくる空の変化に戸惑いを覚えています。夏の雨脚の強い大雨は、さっと来てさっとさる爽やかな感じですが、さっと去らずにいると、とんでもない災害をもたらします。
   薄日が差していたので傘を持たずに出勤した私は、東横線経由で地下鉄日比谷線に乗って自由が丘駅から降車駅の銀座で降りて4丁目の交差点の出口に出たところ、猛烈な雨にたたかれてしまいました。とっさに和光の店にそのまま飛び込んで、高級舶来品の貴金属のショウウィンドウを見ながら楽しんで、雨の通り過ぎていくのを待っていました。大きなダイヤの光は女性の心をとらえてさすがに魅力がありますが、凡人の私には見ているうちに吸い込まれて行くならまだしも、次第に大儀になってきてしまい、場を移してモンブランの万年筆のショウウインドウを飽きずに眺めていました。昭和経済の巻頭随筆を30年近く書いていてくださった大内義一先生が米寿を迎えた年に、私は感謝とお祝いを込めて八重洲富士屋ホテルで盛大な祝賀会を開催しましたが、その時に昭和経済会からモンブランの素晴らしい万年筆を気張ってお祝いに贈呈しました。先生もモンブランの万年筆にあこがれている一人でした。その5年前から大内先生が巻頭随筆に書かれた作品を、随時一冊にまとめて記念として発刊しましたが、全部で何と九冊の大内義一随筆集となって、数多い名作は世の多くの人の目に触れることになりました。先生は若い時から作家になることを志していましたが思いがかなわず、しかし英文学者であり、名誉教授の先生にとって随筆家の名を以て世間に臨むことは念願だったことを思うと、随筆集を刊行できたことは先生にとっても本望であった事でしょう。そうした意味で、先生にとって昭和経済会の月刊誌の昭和経済は、苦楽を共にしてきた心のふるさとであったに違いありません。先生に送ったモンブランは万年筆の傑作品であります。私もかってモンブランの太い万年筆を買い求めて現在も使っておりますが、手紙を書くときの心地よさは格別です。モンブランの万年筆があればこそ、手紙を書く量が比較的多いのかもしれません。
    和歌を詠むときもモンブランの万年筆を使っています。気分よく書いていけるので、気分よく歌が詠めて行けるのです。私は短歌同人誌の淵を主宰していますが、懸命の努力をして歌を詠んでいる人が結構多いのです。うまく詠もうとするから気分的に無理がかさんでしまって、時間がかかり苦労しながら一首を詠みあげることになるのでしょう。これでは楽しみ癒しではなく、苦労し、苛立ちを覚える結果になってしまいます。自分の気持ちを素直に、適切な言葉を以て五七五七七のリズムに言葉の文字を載せてみると、まとまった歌の一首出来上がります。読みかえしてみて、うまく自分の感情と思いが著されていれば合格です。校正的な意味を含めてなお適切な言葉を選んで表現していくと、更に格調を帯びて、こらを詠む人の共感を得ることができるでしょう。勉強のためにも最初は難しいかもしれませんが、和歌の原点である万葉集を詠むこともあなたの感情移入となって、さらに高められた境地にいざなってくれることでしょう。参考に斉藤茂吉の書いた「万葉秀歌」を詠むこともお勧めします。詠むことによって限りない心の陶冶となって、生活意識に大きく影響を及ぼして人生にも深みが増してくること請け合いです。そうしたらぜひ私が今主宰している短歌同人誌の淵に入ってみてください。あなたの素晴らしい和歌を散逸させないためにも。
    先刻らいの強い雨足を避けて慌てて入った和光の店には、偶然に見た興味津々の商品がショウケースに並んでいましたが、購買力をそそるに十分であります。こうした高級品が人目を引いて店の売り上げを伸ばしていくようになれば、アベノミクスも本格的に動き出すことになるのでしょう。百円ショップがいつまでも繁盛しているようでは心もとない気がします。でも、いつも不思議に思うことは、自宅近くの尾山台商店街にある百円ショップに入ってみると、こまごまとして身近の生活必需品ですが、品数も多く重宝で、よくもあんな値段で販売できるもんだと云うことです。結構多くの人たちがこうしたお店を便利に使っているよう様子がうかがえます。翻って、高級老舗の銀座の和光では11時を過ぎたころで、貴婦人が多く買い物をしている様子を見たりしていましたが、店内は結構、景気がよさそうな雰囲気で明るい感じが楽しめました。ここは東京銀座の日本一の観光地、超高級な品物を扱っている老舗のデパート和光です。百円チョップとの落差は想像を絶しますが、使い方によっては大した違いがないように思ったのは私だけの好き勝手な解釈かもしれません。そうは思いながらも思いをかなえて、ショウケースに収まっているあの黒光りしているモンブランの万年筆を手に収めたいという衝動に駆り立てられていました。
     アベノミクスの景気をけん引して消費の力を押し上げているのは、女性の力によるものかなと思いながら、同時に女性の姿の美しいファッション性に見とれていました。通勤途中で何十年も通り抜けてきているのに、こうした雰囲気の場所に妻や娘をあまり、否、ほとんど連れてきてやらなかったことを今になって後悔しております。先日も妻の誕生日を忘れていた私に、妻は庭畑からとってきた枝付きのきれいな赤いトマトを二個食卓に置いて、これで私の誕生日を祝っておきましょうと云われた時は、ひやひやしながら言葉を合わせたのであります。安上がりな誕生日のお祝いだけど、実に心がこもっている、半年かけて丹念に収穫した天然のルビーだ、しかも大玉のルビーだと思わず口から自然に言葉が出てしまいました。真っ赤に熟れたもぎたてのトマトなんて、誰にでも簡単に手にすることはできないわねと、神様からの贈り物かもしれないわよと言ってくれた女房に,内心感謝してアーメンと祈ったのであります。今年も妻の誕生日祝いは、もぎたてで真っ赤に光ったみずみずしいトマトのプレゼントで済んでしまいました。その時見上げた空が、真っ青に広がっていました。心の隅々まで希望の光が染み渡っていくような気がして、ダイヤモンドの輝きをそっくり自分のものにしてしまったような気分でした。 8月1日

   米国の原発計画の凍結、廃炉の増加


   原発のコスト競争力の低下を理由に、今、アメリカで原発計画の凍結や、廃炉が相次いでいます。今までにアメリカは104基の原発を抱えていますが、これらは1980年以前に完成されたものが多く老朽化が深刻です。したがって補修費用がかさんで採算が悪化してきています。結果、原発を廃炉にするケースが増大しています。更には原発からの事業者の撤退も相次いでいます。理由が二つ挙げられます。一つは、「シェール革命」です。シェール革命によって天然ガスの価格が大幅に下落しました。原発建設には膨大な資金が必要です。原発投資の採算が悪くなってきて、コストの回収に自信がなくなりました。二つには、東京電力の福島第一原発事故の現実的恐怖です。クリーンエネルギーと云いながら、まったく正反対の事象を生み出し、人間社会を恐怖のどん底に陥れるているように、今や時流は人々の厳しい目と反省の結果であります。原発の安全性の疑問視と、使用済み核燃料の解決なき処理と、その放射能対策です。八方ふさがりの手詰まり感の台頭です。
   原発大国の米国では、オバマ政権が今も原発政策を積極的に推進していく政策を掲げてきていますが、ここにきて経済性を重視した民間の大きなうねりが現実的になってきました。オバマさんと云えども、この経済の大きな流れに逆らうことはできません。原発の問題は十年単位で大きく進み、世界の潮流が変化していくことでしょう。原発に関しても市場経済に乗った原理原則、即ち経済性を無視することはできません。市場原理に乗った民間経済の中では、既に次の使命を担った製品が、大小を問わず必ず出現してきます。これこそがシュンペーターが云うところの経済のダイナミズムなるところの、「経済の創造的破壊」といったほうが適切であります。適切な経済機能を果たしている社会にあっては、政府指導の経済とてどうにもならない経済の力学的法則であります。日本で起きた原発事故と、その収束は二年五か月たった今も実現できず深刻な状況が続いており、長き将来にわたって向き合っていく課題であります。放射能汚染は今も大地に、海に、空に拡散されています。メルトダウンによる放射能汚染の現場を除去することはできません。その間も放射能の汚染水はいたるところから漏水していることは疑うことができません。これをはっきり説明しない東電の隠蔽体質は改まらず、いたずらに事故の拡大をもたらして後手後手に回りるばかりで、改善の跡は見られません。野田前首相の原発事故の収束宣言は、出鱈目で、いかさまでした。
   猛暑の続く今年の夏は、渇水も心配されていますが、電力消費の節減努力と、新たな電力供給の細々とした活路によって、今までのところ電気の不足をきたさずに来ております。細々とした活路、そして原発が稼働していない現状に立ってみれば、細々とした活路は将来大きな供給源となって、民間経済を支援していく原動力と育っていくに違いありません。そして国民の意識が大きく転換していく時こそ、脱原発の運動が成果を絶賛する時となるでしょう。今東電の広大な敷地内には、何百個と云う巨大なタンクが並べられています。この中に、原子炉内の冷却水として使われた汚染水が、溜まるにたまって、この先もその量は山となって際限なく積み上げられていきます。置き場所も、保管場所もなくなって、いったい何を考えているんだと叫びたくなります。将来の子孫に原発の残骸を残し、放射能の汚染の恐怖を残していく愚行だけは避けなければなりません。原発の恐怖は、その時になってみなければわかりません。しかしその時になった、その時こそ、人間社会の避けがたい破滅しか残っていないことを理解すべきであります。    8月6日


           
        双子の子


    妻は英語が得意で、昔から人に頼まれては家で子供たちに英語を教えてきています。英語を学んだ生徒がその後英語を突破口にしてすべての学科で自信をつけ、優秀な成績を収め東大に進んだり、早慶や一橋と云った有名大学に進学して事後報告をしてきています。その後も立派な社会人として活躍しているところを見ると、妻の語学力はかなりの水準かなと、私には関係ありませんが、認めざるを得ないことかもしれません。教育とはたとえば英語にしてもそのことだけではなく、人格的な教育も含まれている点を看過しがちですが、子弟の敬愛関係を見ていると、英語の教育を通じて人間的な教育が無意識のうちにはぐくまれているのではないかと確信しております。英語にしても、国語にしても、数学、歴史に於いても共通して言えることだと思います。がり勉でもいいのですが、その過程で人間として磨かれて行くことが、真の教育だと信じて疑いません。私の経験でも断言できる真実であります。
    妻のことを引き合いに出して教育を語っているので、何か妻が人格的に優れていることを力説する気持ちは毛頭ありませんが、実例として考えると、そして私の拙い経験からすると、知識の習得、即ち勉学と同時に、特段に科目を設けて決めつけなくとも人間教育も備えていかないと、偏った人間として、社会に出てからの人生について無駄な道を歩む結果になってしまうケースを散見するのです。そのことはその人の一生の問題にもかかわってくるので、決していいことではありません。誰しも立派な人間として社会に臨み、実力を発揮して幸せな人生を送りたいと思うことは当たり前だからです。しかしそこには無理があってはいけません。無理ということは道理に外れることです。人に損害を与えたり、人を押しのけて前に進むことではありません。人の役にたつ事、人に利益をもたらすこと、人に手を貸して人を引き立てていくこと、こうした些細なことが必要です。涵養は、とりわけ事業家にとって、企業家にとって、利益追求に走ることは当然のこととして結構なことですが、人のためになること、社会のためになることを心がけて日々の活動を行っていくことが大切であります。この原則さえ守って行けば、その企業は社会に歓迎されて支持されるから、堂々と利潤をあげて繁栄の道を進むことができるでしょう。つまり道理にかなって働いた結果だからです。妻は知らないうちに英語の勉強を教えながら、人としてこうあるべきだということについても、身を以て教えているのかもしれません。大学に入学しても、社会人になってからも親しく手紙を書いてくるところを見ても人間味に満ちた人だなあと感服させられることがあるのです。教える側にとっては、教育する側にとっては、つまり教育者はおのずから人格的涵養を得た人でなければ、真の教育は務まらないことになります。人格的素養を身に着けた教育者は、生徒の長所を巧みに引き出して、これを大きなものに育て上げていくことができるでしょう。
    
    小学校5年生の双子の女の子が英語を習いに私の家に来ています。私の家と云っても、別に私が教えているわけではなく、私の妻が教えているのです。双子の可愛い女の子が家に英語の勉強に来ていて、テーブルを挟んで勉強しているのですが、どちらがどっちの子だかわからなくて、しばらくは困っていたそうですが、最近ようやく区別がつくようになったそうです。勉強しているときにもふざけてばかりいて、とても仲が良い姉妹なので叱ることもできないなどと聞くと、一度会ってみたいと思うのも当然です。そこで8月の6日、私は熱いさなかの午後、早めに家に帰ることにしました。この日の火曜日には双子の女の子が家に勉強しに来る日になっています。二人ともヘルメットをかぶって自転車をこいで環八通りを越して、玉川堤からやってきます。雨の日はお母さんが車で送ってきたり、迎えに来たりしています。私は勿論お母さんにも会っていませんが、四人の子供を育てているとは思えないほど、とても静かな人だそうです。この日こそ双子の女の子に会えるチャンスだと期待していましたし、ちょうど運よく二人の孫も遊びに一泊しにくると聞いていたのです。午後四時にオフィスを出て、家に電話をしたところ、双子の女の子と、孫の佳と麗が来ているというのです。尾山台駅に着いたら、近くに最近店を出したばかりのから揚げやさんによって、鶏のから揚げを六人分で12個買ってきてほしいというので買っていくことにしました。6人分と云うので確かめたところ、何と双子の女の子には、まだその下に双子の姉妹がいるので合計6人の女の子か今日は集まっていることになります。下の双子も女の子で、見分けがつかないほどそっくりな顔をして可愛さがいっぱいの子だそうです。下の妹たちも女の子で、双子なのです。面白い魅力的な組み合わせにびっくりして感動してしまいました。そんな不思議なことも世の中にはあるんだと思いながら、これこそは神様からの授かりものであって、大きな幸せの贈り物の何物でもありません。是非その天使たちに会いたいもんだと胸を膨らませて家路を急ぎました。
    尾山台からの家路に熱い日照りをよけて木の下を選んで早足で行きましたが、折からの猛暑で汗だくです。玄関のドアのカギは掛けてなかったので気づかれないように家に入ってそのまま二階に上がり、体の汗を拭きとって落ち着いてから下の居間に入っていくと、孫の佳ちゃんと麗ちゃんが大騒ぎして迎えてくれました。後続して双子のお姉ちゃんがそっくりそのままの姿で、下の双子の女の子もにこにこして私を迎えてくれました。なんと素晴らしい仲間たちでしょうか。小さいAKB48のメンバーに取り囲まれたような気持で、心は飛び跳ねんばじかりに楽しくなってしまいました。妻が言っていた通り何と可愛い子供たちでしょう。それに上の双子の女の子は端正で賢い表情で流石にお姉さんらしく、妻の指導で英語で自己紹介をして礼儀正しさにびっくりしてしまいました。下の双子の女の子は小学校2年生です。おねえさんたちとそっくりです。背丈が小さいので年違いの双子だということが分かりますが、背丈が同じだったら、そのまま4人の同い年の姉妹と間違えてしまいそうです。端正さは日本的ですが、はっきりした顔立ちは西洋人形のようです。如何にも健康的で明るい感じの子だから、大きくなってもすらりとした涼しい体形の女の子になるでしょう。 下の双子の女の子も、夏休みに入って家にいるので誘ってやったそうです。妻が下の子の姉妹たちに会うのも、今日が初めてとのことでした。上の双子の子の名前はそれぞれ、あきほちゃん、ゆきほちゃんと云います。下の双の子の名前は、みみちゃん、りさちゃんと呼びます。まるで空から舞い降りてきた天使たちです。勉強が終わった後なので、解放されていかにもうれしそうです。これから妻が作ってくれる冷やし中華そばを楽しみにしています。双子の子でもよく観察してみると、性格が微妙に違うことが分かりました。上の双子のゆきほちゃんは、妻が食事の支度をしていると、そばに来ていろいろと手伝うのですが、一方の秋保ちゃんは全く意に介さずに、みんなと勝手に遊んでいます。そっくりは顔なのに性格や、考え方が同じでないことが分かりました。それでもなお不思議におもったことは、まるで一人の子が、同時に全く別々のことをしているような、光景ですで、自分自身が錯覚した世界にいるような気がしました。
   みんなでごちそうを一緒に食べることにして、大きなテーブルに夕餉が用意されることになりました。冷やし中華そばのほかにも食べ物が用意されましたが、その中にイカの刺身がありましたが、子どもたちぜっびんが異口同音にイカの刺身が大好物だというのも愉快でした。刺身は小生が酒のつまみにと用意されたものですが、子どもたちと一緒に食べるとは夢だに思いませんでした。私は、孫の佳と麗のほかにも、何とも可愛らしい人の女の子に囲まれて食事をする好機を与えられていることを妻ともどもに感謝して祈る気持ちでおりました。双子の女の子を二組育てていくお母さんも大変だと思いますが、幸せはその何十倍にもなって戻ってくることでしょう。それどころか今の毎日々々が、その幸せに充たされていることでしょう。今日の私の家では可愛い子供たちに囲まれて久しぶりに味わえた大家族の、楽しい団らんのひと時です。その場での主としての気分は、まるで王様になったような気持でした。もし私が総理大臣だったら、四人の子供を育てて一生懸命のお母さんに、子育て教育優等賞、兼、感謝状を贈呈させてもらうに違いありません。総務省の役人に命じて早速贈呈式に臨み、国を代表して敬意を表することでしょう。窓の外を見ると、空は夕映えに赤く染まって、辺りが次第に日暮れてきてきました。日照りの暑さが和らいで、食卓に着いた私たちですが、それを祝幅するように庭一杯にひぐらしが鳴き始めました。

     双子なりその下の子も双子なり四人のちさき天使が家に来

     愛らしきちさき姉妹は双子にてその下の子も又双子なり

     孫の佳、麗とが四人の天使らと楽しく遊ぶ我が家なりけり

     利発なるいとし双子の姉妹きて妻に英語を学びおるなり

     双子なる姉妹を二組授かりて母は恵まれ生き甲斐あらむ         8月7日


    灼熱の日本列島

    灼熱の日差しに日本列島の真っ赤っかのほむらなるべし

    教会の帰りに駅の遮断機を待つ間の熱に目も眩みけり

    名に聞きし四万十川の清流も四十一度の記録しるせり

    本邦に四十度を超す地名挙げテレビ報道の猛暑つたえり

    放射能汚染に猛暑の日照りにて如何ばかりなり被災地の人


   列島を連日の猛暑が容赦なく襲っています。この日の観測では高松の四万十川で、史上最高の四十一度を記録する猛暑となりました。同じような暑さを記録した地名に、九州の福岡と、山梨の甲州、さらに陸続と名前が挙がってきております。熱中症に犯されたり、倒れたりして病院に搬送される人も多く全国で2300人以上もあって9人の死者が出るありさまです。、救急車の出動も頻繁で大変な状態です。気象予報に出てくる日本列島の地図を見ていると、全国津々浦々が真っ赤に染まって、サツマイモの焼きあがった形のようで、正に熱々、ほかほかの焼き芋そっくりです。上空にはうかがう雲の一片すらりません。列島が沸騰している有様です。まるで釜ゆでにあっているような感じです。立秋を過ぎているのに、こうした状況が今週いっぱい続きそうな予報官の話です。これに抵抗すして、私たちは少しでも体力の温存を図り、この猛暑が立ち去るまで健康を維持していかねばなりません。NHKが注意を促して「こまめに水分を取るように、クーラーを上手に使って暑さをしのぐように」と云っていますが、さらに注意を喚起して、睡眠をよくとって、不要の外出は避けるようにと付け加えたいと思います。甲子園では、この灼熱の炎天下、高校野球の熱戦が繰り広げられています。投げる選手、打ち向かう選手、応援する人たち、心はグラウンドの一点に注がれ得点にむすぶ球を追って、青春の闘志を燃やしています。
   時を同じくしてモスクワの空の下では、オリンピックに次ぐ世界陸上選手権大会が開催されています。開催と同時に世界陸上女子マラソンが始まりました。私は終始テレビの実況でその模様を観戦していましたが、日本選手の三人は懸命に走り続け福士選手が堂々の三位に入賞したのが圧巻でした。笑顔を絶やさず、トラックに入ってきたときは満面の笑顔で、その明るさは天真爛漫と云うべきもので、子どものような喜びようです。あの笑顔は日本人の笑顔として大きく掲げていきたいほどの魅力的なものです。高く跳躍しながらのガッツポーズでゴールを果たしました。木崎選手は四位に入賞しました。100メートル競争には待望の桐生選手が出場しましたが、10秒31で予選で惜しくも落ちてしまいました。若干17歳です。これからの選手で、世界選手に交じって競技を体験しただけでも天晴れと云うべきものです。将来の成長が楽しみです。こんなわけで、ボルトの超人的な疾走の姿を見ようと、二日にかけて予選と決勝戦の雄姿と演出を深夜の二時まで観戦する結果になってしまい、聊か、寝不足気味で出社しているところです。夏のスポーツの躍動感を堪能している私ですが、今日も6時を過ぎたころには退社しようと思っています。空が何やら暗くなりかけてきて、黒い厚い雲が西の方から広がってきます。空を揺るがして雷が鳴ってきました。激しい雷雨がこれからありそうです。からからに乾ききった大都会に、滝のような大雨があってもいいなと、ただし被害のない大雨であってほしいなあと、贅沢な願いを心に持って家路につきました。家に帰ったら汗ばんだ体を風呂につけて今日一日の疲れを流して休養し、三井さんが収穫して持ってきてくれた、トウモロコシと枝豆を茹でて、冷たいビールをぐいっと一杯飲もうと思っています。  8月12日

終戦記念日


   今日8月15日は68回目を迎えた終戦記念日であります。終戦と云うか、敗戦と云うか、そうした表現はどうでもいいという感じの時代になってきました。小学校三年生の時です。玉音放送を聞いて立つとき、疎開先の僻地の袋田駅に人影はありませんでした。質の悪い真空管を使って流される駅からのラジオ放送は、途切れとぎれに聞く現人神の天皇陛下の声であります。駅構内には,私と弟の手を引いてたどり着いた母の三人と、閑散とした駅にぼんやりしている年老いた駅長さんだけでした。あの日も灼熱の日照りでした。蝉が激しく鳴いていました。疎開先にいた私たち三人は、久慈川に沿って山の中の奥を行った、与瀬という場所から逃れ、死を覚悟して水戸に向かうため、ようやく駅にたどり着いたばかりでした。
   袋田駅は、水戸と郡山を結ぶ水郡線の福島県境に近い駅の一つで、何にもないところです。山間部にできた僅かな平地があるのみで、人の住むようなところではありません。痩せた土地で産物は、こんにゃくと葉タバコのみです。寂れたところですが、ただ駅から寂れた農道を三キロほどの山あいを行くと袋田の滝を背に、袋田温泉があるところです。別に長生閣と云う温泉が一つありました。普段は全く人気のない閑静なところだったような記憶があります。疎開のため初めてこの地を訪れたときに、父に連れられて長生閣の温泉に行ったことがあります。部屋から出て谷川に降りていくと谷川沿いに大きな野天風呂がありました。 
   終戦近いころの昭和18年の春以前から米軍の本土攻撃が行われるようになり、戦況は刻一刻と悪化の兆しとなりました。優秀な指導者であれば、この時期に戦争終結の時期を選ぶべきでしたが、軍は報道管制を敷き、国民に事実を明かすことなく神国日本の妄想を植え付けて洗脳し、現人神の天皇を利用して国民を最後まで戦意高揚に駆り立て、しまいには小さい我々子供まで、一億層玉砕を叫ばせました。一万メートル上空を飛ぶB29の重爆、焼夷弾攻撃に対し、竹やりで応戦させて憚らぬ愚行を演じていました。昭和二十年三月十日の東京大空襲で、下町一帯は火の海となって全滅し、一面焼け野原の焦土と化しました。浅草猿若町の町会長をして一人最後まで奮戦していた父は、万事休すと避難して逃げたとき、隅田川を渡る言問橋には先を急いで行ったはずの人たちで既に累々の焼死体の山となっており、前に進むことができない有様でした。火炎と熱風が地面を嘗め尽くし、凄惨な、地獄絵図の中を必死で潜り抜け、橋を渡り向島の牛島神社の境内に逃げ込み、奥深い防空壕に入れて貰い運よく助かりました。はっきりした統計ではありませんが、その時のB29焼夷弾爆撃の東京大空襲で亡くなった人は十万人とも十二万人とも言われています。隣近所には、一家全滅と云う家が何軒もありました。アメリカからあらかじめ避難するように予告があったとはいえ、備えられるような状況ではありません。これは、アメリカの大規模な無差別攻撃の大虐殺にも等しい蛮行であります。
   加えて私たち家族は疎開先の水戸でもB29の焼夷弾爆撃にも遭遇し、命からがら逃げて助かりました。夜9時、突然夜空を揺るがす轟音と共に、水戸で初めて通った泉町の五軒小学校に、最初の大型焼夷弾が投下され、火炎が瞬く間に広がりました。 小さな街はあっという間に火の海と化しました。無意識に覚えていた避難路は、泉町の川又書店脇の道をまっすぐに駆け抜けて、かなり行った突き当りを右に折れ坂道を下っていくと千波湖に出ます。一発の攻撃を受けた瞬間から、とっさにその方向に足が向きました。   水戸の叔父の住む泉町から、家族みんなが手をつなぎあって天王町、石崎町と駆け抜け、千波湖を目指して火の粉の中を必死に駆け抜けていきました。東京大空襲で訓練済みの父は、大きな声を挙げながら逃げ惑う人々を先導していました。前後左右に落ちてくる焼夷弾を避けながら、無我夢中で日の中を逃げていきました。パラパラとまるで火の粉が落ちてくるようですが、地上で炸裂して閃光を放ち、目が眩み何度となく地に伏せたりしました。火の手は瞬く猛火となって一帯を覆い尽くします。こんなことに負けてなるもんかという気迫が少年の胸にも湧き上がってきました。逃げるのは必死です。雨あられと降って落ちてくる焼夷弾に当たってしまえば別ですが、親子が手を取り合って逃げていく姿を、神様は見逃すはずがありません。死ぬときは家族一緒にと母の云った言葉が、私の胸を射抜きました。天の配剤とでもいうのでしょうか、手に手を結んで逃げた6人家族の私たちは、パラパラと地上に落ちる親子焼夷弾の犠牲に会わず、千波湖湖畔にある洞窟に駆け込み、助かることが出来ました。洞窟の上に落ちたと思われる爆弾か、焼夷弾のドスン、ドスンという重々しい音が一晩中、洞窟を揺るがしました。このまま洞窟が崩れ落ちるかもしれないという恐怖心で眠るどころではありません。ほら穴の入り口によって空を見上げると、無数の線香花火の火の玉が転がり落ちてくるようでした。恐怖と美しさが入り混じって、怯える胸に焼き付いてしまいました。翌日、ほら穴から出てきて市内に入った時、逃げ遅れた人の多くの焼死体が転がっていました。戦いに敗れ終戦をむかえる、たった10日前の出来ことです。この後、広島、長崎に原子爆弾が続けて落されました。こんなに大きな犠牲を払う前に、なぜもっと早く白旗を挙げなかったのでしょうか。一億層玉砕と、がなぐり立てていた狂気の指導者を以てしては、もともと叶わなかった夢だったのでしょう。非情、凄惨、過極な運命にあってしまったと思うしかありません。それにしても人的、物的被害は悲惨であり、想像を絶するものでした。
   水戸の空襲のこの夜も私たち三人は、父と二人の兄兄弟がいる水戸の泉町に戻ってきてしまったのです。アメリカがこの日に焼夷弾爆撃の空襲をするから市民は避難するようにと云うビラが、二、三日前からまかれていたそうです。私たちは丁度その日に水戸の疎開先の大子から戻ってきてしまったのです。その時父から叱られた母は、「どうせ死ぬならみんなが一緒に死んだほうがいい」とつぶやいていたのを私ははっきりと覚えています。 母の強い覚悟に、私は思わず涙ぐんでいたことも覚えています。
   戦争の悲惨さ、非人道的行為は云うべくもありません。今日本は、戦後の素晴らしい経済発展を経て、世界中で一番自由で平和な生活のできる国になりました。人間、下を見たらきりがありませんが、どの時代どの場所でも不平、不満が絶えないのが浅はかな人間の世の中です。しかし栄枯盛衰は世の常で、今の日本を堅持して、お互いが助け合いの気持ちで臨んでいくことが最良の道ではないでしょうか。物凄い殺し合いの経験を積んでようやく勝ち取ったこの自由と繁栄を、生きている間とは言わず、この先人類が、日本を手本としてまねて行ってもらうと、大げさではなく、人類が喜びあう人間社会が構築されていくと思っています。第二次世界大戦は国家の詐欺的、欺瞞的行為であって、誰にも利するところもなく、国民を牛、馬のごとく殺傷した犯罪以外のなにものでもありません。時代錯誤も甚だしい限りですが、副総理が最近、称賛に近い言葉を使ったナチスの蛮行と変わりがありません。
   考えてみると、歴史上、何億と云う人々が理由なく殺されていきました。理由なく自由をはく奪されていきました。そんな残虐行為など糞くらえで、下手な理屈をつけて犠牲者を弔ったりすると、如何にも正義ずらする輩などが多く、偽善的行為もいい加減にしろと言いたいのです。そういう輩に限って、戦争の被害も受けず、苦労もなく、呑気に生きてきた、否、悪さの影で儲けてきたチンコロに過ぎません。終戦のこの時期を選んで拝むのへちまもありません。本当の真実を問うならば、形ではなく常に手を合わせる姿勢が必要です。身内を戦争で亡くした友人がいます。8月15日に戦死したわけではありません。彼は、学生時代から靖国神社に英霊として祀られた身内を、折に参拝して鎮魂の祈りをささげてきております。私の父も、多くの従業員を戦地に送り出し戦場で露と消えた店員のを身を切る思いで胸に抱いておりました。そのことを思い出しながら、私は痛恨の思いで英霊の安らかな眠りを祈って遠くから手を合わせています。その心情たるや実に切ないものがあります。
   ですから、 8月15日は名称こそ終戦でも、敗戦でもいい、兎に角、戦争が済んで、殺し合いをしなくて済んだことを思う時、国家奉仕の、滅私奉公の名のもとに出てしまった多くの犠牲者を、先ずもって気の毒に思うのです。この8月15日は、意味深くいろいろの思いが各人各様に思い起こされる日であります。8月15日は何の日ですかと云う質問に半数近い人たちが分からないといって答えています。何とか女性大臣が,ガタガタ言われながら靖国神社に参拝したとかなんとか云っておりますが、そんなことはどうでもいいのです。するのであれば人に気づかれないようにするのが人としての霊であり、まことの礼と云うものであります。大臣になったからやるというのであれば、あまりにも見世物的で感じのいいものではありません。これ見よやしにするにも、宣伝がましく振る舞うことも、俗人のいやらしい姿を見るようで鎮魂とは程遠いもので品がありません。
   指導者の安倍さんのとった行動は、静かに犠牲者の霊を奉る姿勢として立派なものであります。ましてや8月15日に行事を以て隣国諸国が反日感情をあおりたてて、戦場のような状況を作り出すような結果を招いていては、何をかいわんやであります。百何名かの国会議員団が仰々しく、この日大挙して参拝しました。大戦で犠牲になった人たちに対しお悔みと鎮魂の情を抱くこと自体、国民として当たり前であり、敬うべきことであります。では、この日に限らず、彼らは普段の日に静かに英霊を参拝できないもんでしょうか。参拝、参詣はデモンストレーションではありません。ましてやプロパガンダではありません。私は九段前を通るときは、必ず礼拝して、亡き犠牲者を弔ってきております。会社で働いていた沢山の店員を、番頭を初めたった赤紙一枚の召集令状で戦場に送り出され、その後の悲報に明け暮れていた父の後ろ姿を思い出すにつけ、今以って私は体を切り刻まれるような痛切な気持ちを抱くのであります。毎年8月15日の日を迎えると、戦争のそうした苦労の中にあっても、十字架を背負いながらも、身近かには、体験的には、戦時中を苦労して飲まず食わずの時代を過ごし、私たちを大きく育ててくれた父と、母を思い出しては尚あらためて、静かに感謝と鎮魂の祈りをささげています。   8月15日

         

山並みの影より突如グラマンの見えて機銃掃射あびせ来

       敗戦の焼土に母と弟とあらひとがみの声を聞くかな

       グラマンの森の影より現れて手を振るわれに撃たで去りゆく     続


        
        
            法人税の税率軽減

    いろいろと考えられることですが、法人税の税率を下げるか下げないかと云う論議が喧しくなってきましたが、この税率も国家に組みする一種の既得権であります。税率を有利に保ち続ければ、その分国家の税収が維持され、潤沢にあれば国のために豊富に使って国家権力の維持につながってきますが、片や税の支払い義務を負わされている民間企業にとっては、それだけ企業経営のコスト要因が増してくるので、企業の発展のためには少ないに越したことはありません。いわば、国家と民間企業は相互依存関係にありながら、一方で利害対立する関係にあるということがべきます。場合によっては利益分岐点に立って、双方のつばぜり合いがあって、結果、税率は両社の綱引きによっておのずから均衡点に達することになります。税率は流動的なものであって、その時の経済情勢や、国家財政の状況次第で適正に決められてしかるべきもので、決定過程は力関係によって決められるといっても過言ではありません。体制派と、反体制派との勢力の力関係によって暗黙のうちに決めれれることが正しいというべきであります。専制独裁政治の体制下では、これが一方的に決められて、民衆への過極な、苛斂誅求となってくる場合もありますが、民主主義の国家体制下ではこれが衆議を以て決められていくことになります。
    日本の現状は、一千兆円を超すに至った国家の借金を抱えたまま、これをいかに返済していったらよいかが焦眉の点であります。もとより国民への税金を課す以外に解決の手立てはありません。昔なら未開地の国を侵略して支配し、財と評価されるものを収奪する経済的略奪行為、つまり他人の財産を不当に手に入れる、即ち泥棒であります。しかしそんなことはできるはずがありません。自らまいた借金は、自ら解消しなければならず、国家においても同じことで、それを放置すれば信用を落し、反って国家存立の有無を問われ、ひいては民間経済の荒廃を招き、私たちの生活も貧乏を強いられることにもなります。これを未然に防がねばなりません。目下は税金によって収支を量っていくしかなく、経済の状況を見てそのタイミングと効果を狙っているところです。消費税増税、それを相殺する効果を狙って法人税他の軽減措置が論議されています。とりわけ消費税については最終的に決定するのは安倍さんで、今後の経済情勢を見ながら慎重に対処することになっています。ここまで来た国民的な感情としては、値上げやむなしと云うコンセンサスが国民に中にかなり浸透してきている感じがしています。これは安倍さんの政治家としての有能さを示している一つで、政治的誘導を巧みに行ってきたと云えます。可能性としては消費税値上げは有利な展開となってってきました。
    景気回復とデフレ脱却は、消費税をあげたとしても影響するところは軽微と判断されます。加えて経済成長路線を向上させ、企業の収益を向上ぷさせるには、企業活動の活性化が必要であります。こうした観点からすれば法人税の税率を下げることによって景気回復を促し、税収を挙げていくという手法もとっていいのではないでしょうか。企業業績を上げることによって雇用情勢は改善され、賃金を挙げて有効需要、購買力を挙げて、巡って企業の設備投資の意欲を挙げていくことができれば、成長路線に弾みがついていくことでしょう。 企業の競争力を強くするために、ベンチャー企業の育成を図るために、裾野を広く持つ大手企業の税負担を軽減するため、法人税の軽減を図ることは勇気がいりますが、その決断が今求められています。   

    中小企業の育成は、日本経済の至上命令です。このことは経済の民主化と根本的に整合するもので、中小企業の技術力は、その特殊性を以て大企業を支えていくものでもあります。一面、繊細的伝統的技工を有するもので、大企業の先端を担うものが沢山あります。その数は420万社余に及んでおります。これに対し大企業の数はわずか1万社と云われています。0,2パーセントとしかありませんが、利益では70%のシェアを占め、納税額では約50パーセントを占めていることが財務省の統計で分かっております。この大企業の税負担を軽くすることは、直ちに国の税収に響いてきますが、逆に景気回復を促す結果、税収の増大に結びつくものでものです。大企業からの税の徴収の方が、中小企業からの徴収よりも効率的であることは論を俟ちません。。
    即ち420万社から徴収するよりも、50パーセントの担税能力を持つ1万社の大企業から徴収したほうが、正確かつ、迅速であることは自明です。しかも従業員数は30パーセントを越えている数字が発表されています。法人税の軽減は即効性があり、且つ企業の活性化に結びついて、安倍政権のアベノミクスの第三の矢を放つには強力な武器になります。アベノミクスの正念場を迎えている今日、副総理や、経産大臣よりも実際に経済に参加している現役諸君の話を聞いた方が、現実的であり、実践的であり、実効的であることは明白で、責任の所在もはっきりしていていいのではないでしょうか。8月21日

            高校 野球の醍醐味
 
    おりしも甲子園球場では全国高校野球大会の熱戦が繰り広げられてきております. 今日の決勝戦は、炎天下のもと開かれていましたが、今しがた、前橋の育英高校が、宮崎の延岡学園を四対三で下し、日本一の栄冠を勝ち取りました。九回裏、四対三の一点差でで追撃する延岡は走者一塁、二塁に残留のまま惜敗し、文字通り手に汗を握る熱戦に、4万6千の応援と観衆で埋め尽くされた甲子園球場は、湧きに湧きかえって青春の熱戦にようやく終止符を打ちました。私は彼らの熱球を追って夢中になって応援していましたが、満塁で迎えた打者を見て、自分の頭のなかでは、場面は意外な展開となっていました。自分がバッターボックスに立って一打逆転、満塁ホームランを打って満場を湧かせ、青天灼熱のもと、堂々と凱旋したい気持ちに打たれていたのであります。  やってやっか!         
 またこの日はニューヨーク・ヤンキースのイチロー選手が、ニューヨークで行われたトロント・ブルージェイズ戦で安打を放ち、待望の大記録、日米通算4千打を達成しました。二つの記録と朗報は、野球日和に湧いたこの日にふさわしく、日本中が熱気に包まれた日でもありました。八月二十二日  続

     鬼気迫る放射能汚染水の漏洩


高濃度の汚染水が毎日何百トンも海に垂れ流していることが分かったとは、いまさら気が付いたかのごとく言っているが、国民は以前からそんな単純なことは承知済みである。東電とその関係者は、馬鹿丸出しで、あいた口がふさがらない。私は原発事故発生と同時に周辺に拡散された放射能は、当然の事柄として地下に浸透する放射能による水の汚染を考えて、昭和経済に早くから警鐘する文章を執拗に書き続けてきた。今になって表面化してきたかのごとく報道されてきたことに対し、違和感を禁じ得ないでいるが、ただその深刻、鬼気迫る影響を考えると、夜も安々と眠ることさえできぬ。もはや低能で、ろくでなしの東電にはまかしておけぬ由々しい事態である。膨大な資金が必要かもしれないが、国策として国も関与してきたことだから、国も傍観しておれないし、この事故現場の速やかな修復を成し遂げなければならない。放射能汚染の元の根を食い止めて、これを除去しなければならない。放射能汚染水は、排水溝からばかりではない、原子炉建屋内にたまっている膨大な汚染水はじめ、敷地内にわんさと置かれている汚染水貯蔵タンクからも、さらには広大な敷地そのものからである。とりわけタンクから漏れた汚染水を、土嚢を積んで防いでいるお粗末さである。巨大なタンクはそれ自体破損しやすい。敷地内に積み上げたタンクはいずれ漏水を余儀なくされるだろう。保管場所にしても限界がある。出てくる汚染水をため込むばかりだから、脳無しである。地下に浸透した汚染水は網の目のように地下水となって海にしみこみ、垂れ流しの状態である。汚染の根元を断ち切らないと、営々としてこの状態は続くだろう。それと、放置されたままの原子炉と、燃料棒の処理を何とかしてもらわないと、放射能の被害から、この国と国民を救済することはできない。汚染水を貯めて積んでいっても、駄目だ。汚染された土壌を袋詰めして積み上げても無意味である。このままだと、国家存立の深刻な事態を打開できなくなってしまう気がしてならない。世界から日本の能力欠如の烙印を押されかねない。全面的な解決に、政府はもとより、関係者の奮起と勇気ある決断と、実行をお願いしたい。
   東京電力は昔から殖産興業の大義のもと、膨大な資産を以て基幹産業を育成し、産業界に君臨してきた。そして確かに時代を作り上げて、今日の日本の底力を積み上げてきたのである。その功績も大なるものがある。しかし蓄積された膨大な資産を背景に、電力の独占事業をほしいままにきたがゆえに、驕りと贅をほしいままにしてきたことも事実である。利権の上に胡坐をかいて惰眠をむさぼり、競争力のための改善、改革を怠ってきた。半官半民の形態をとり、民間企業のように熾烈な競争にも晒されず、努力研鑽を怠ってきたのである。旧態然とした企業体質は如何とも直し難く、事故の修復はもとより依然として事故と、事実の隠蔽工作にに終始し、膠着した組織でコントロールできなくなっている。
    電力会社全体に言えることだが、水力、火力発電はもとより、原子力発電においても、一基を作り上げてしまえば放置していても稼げると云う妄想にあり、後のことは何ら考えていなかった。原子力発電の基地を政官癒着の末に立ち上げて、利益を貪り、付けを国民の血税に置き、安住したのである。二年前の東北大地震では、想定外の大地震に襲われて、東電の福島第一原発基地では、原発基地の膨大な配管、配電の損傷を受けた。既に甚大な損傷を受けて原子炉の正常な稼働を失い、放射能被害は予知されていたのである。
    更に原発基地があっけなく大津波に襲われて冠水し、壊滅状態にあった。事故現場の対応も拙劣だった。原子炉の建屋の水素爆発が予想されて、ベントを開けるタイミングを逸し、充満した水素を建屋から放出することが出来ず、大爆発を起こした、結果、原子炉内の放射能が噴き出て、広く周辺一帯に広がってしまったのである。いまなお、原子炉はメルトダウン状態から一歩も改善されていない。稼働不能に陥った後の原子炉の復旧はもとより、放射能の漏出を食い止めることが出来ず、大地と海の汚染は甚だしいものがあって、生態系におぼす影響は未知数であり、再起不能のものすら出てくる始末である。
    加えて人体への影響も大きな不安要素となって、将来に重くのしかかってきている。破損した原子炉の燃料棒の扱い方を間違えば、その害するとは計測不可能である。あまつさえこれまで適正に処理されたはずの使用済み核燃料は、この先一体何時、何処に持っていくんだと云いたい。テロの標的にあったら全滅である。こんな物騒極まる物質を、この狭い国土の日本に置き去り同様にするとは言語道断、民族の瞬滅を諮ろうとする悪魔以外に見当たらない。利益獲得には手段を選ばぬ輩の仕業と云わざるを得ない。国家百年の計を論ずる政治家諸君よ、そんなのんびりされていたのでは国民は困るでないか。憂国に過ごす賢者は夜も寝られず、国民のことを考えると怒り心頭である。目先の金に目がくらみ、がつがつと前後の見境なく東奔西走し、国と国民の生命、財産を預かるはずの政治家としての本分を忘れた連中が、この国に多いことを憂えるのみである。     8月23日


             緊迫のシリア情勢

    内戦状態のシリアでアサド政権が化学兵器を使用した可能性が高いと判断して、アメリカと、英仏が軍事行動を起こす情勢で、シリア情勢は一気に緊迫の度を増して来た。内戦で既に十万からの犠牲者を出している。ましてや化学兵器の使用は明白な国際規範の違反である。シリア内戦への関与を自重してきたオバマ政権だが、事実が明らかになった以上、これを黙認することはできない。他地域への使用拡大を許すことにもなって、これはアメリカの威信にも傷がつく。数日中にもアサド政権側に対する米英仏の軍事攻撃が開始されるかもしれない。イラクの二の舞にならなければいいがと懸念している。攻撃する場合でも戦況の拡大を防ぎ、効果的、限定的なものであって、早期解決に繋げていってもらいたい。だらだらとして泥沼にはまっていくようなことは、攻撃したほうが被害甚大な結果になって悲惨である。古くはベトナム戦であり、イラク、アフガニスタンで経験済みである。アメリカが想定するような戦況が期待できれば良いが、その確証はおぼつかない。長期化すれば近隣諸国との混乱はもとより、石油に依存する我が国経済に与える影響も甚大である。シェールガスに転換しているアメリカは依然と違って安泰かもしれないが、日本の場合はそうではない。折角よくなってきた景気回復に水を差されること明白である。ひいては国際経済に及ぼす影響を考えると、懸念と憂慮を抱かざるを得ない。
   一番いいのはアサド自身が状況判断をとらえ、自身の去就を明確に押して、責任をとって退陣するしかない。最後まで抵抗して国際社会を敵に廻し、アサドが同じように、ピンポイント攻撃に晒されたフセインの二の舞を演じる醜態の道を続けることは、実に悲惨であることも自覚すべきだ。こうした矛盾をはらんだ状況を打開し、国際社会がシリアの再建に向かった努力をすることも重要である。シリアの内戦状態を続けさせている国際社会にも、責任がある。この裏には小国の混乱を利用した大国の不正な利害対立があることも事実であることも、又嘆かわしいことである。それを避けるためにもアサド自らの退陣が望ましいが、気の狂ったアサドにはそれが通じないのが実情である。保身に走るアサドは、最後の断末魔に苦しむことであろう。アサドに対する大国の足並みがそろわないのが、今の世紀の矛盾を露呈している。資本主義社会と共産主義社会との隠然たる対立がいまだに続いていることなのだろうか。これ程に経済関係が多岐にわたり依存関係を打ち立ててきているのに、依然として政治的思惑で不一致のカオスの中にいることは嘆かわしい。
     それにしてもアサドの国民に向けてきた蛮行、虐殺の罪は許されない。世界を見回して、指導者もはっきりした優劣がつくとは,それを許す土壌がそもそもあるのではないかと思えることは何たる皮肉であろうか。悪しき宗教、慣習、思想、DNAにまで及んで考えてしまうのである。自分のことを棚に上げて他をけなすわけではないが、かっては日本の指導者像と、国民の無知蒙昧な時代もあったのである。愚劣な指導者が、誤った指導と政策を推し進めたがゆえに、結果として国民が凄惨な惨禍のもと、多くの生命と財産を失い、挙げ句に広島、長崎の悲惨な原爆被害の洗礼を受けたことを考えると、余り自国を褒め上げて他国に忠告するほどの資格もないが、しかし繰り返し辛酸をなめないよう聊かなりとも役立つならばと思うこと頻りである。我々も又反省して、国民は常に政治的自覚を以て拙劣な指導者の担ぎ出すことのないようにいつも監視し、その努力を怠ってはならないと思う。シリアの国民を救済するためにも狂人アサドの悪魔の到来を封じ込めなければならない。ヒトラー、東条は帝国主義の先鋒を行く資料的存在だが、チャウチェスク、フセイン、ナセル、アサドといった独裁者など、国内をほしいままに使い込み民衆を苦しめてきた現代史のサンプルである。こうした輩がいまだに存在し、蛮行を重ねていることを除去することが、国際社会の良心でなければならない。そのために、軍事的圧力をかけることも解決への糸口になるかもしれない。そのあとのシリアの再建に向けた方策も模索しているとは思っているが、冷静沈着な行動を期待したい。           8月28日


                     

2013.08.01ta

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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