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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.12-08  猛暑の後の早や立秋

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猛暑の後の早や立秋

  今年の夏の猛暑は今までになく、高温多湿の毎日で寝苦しい夜が続きました。加えて4年に一度で迎えたロンドン・オリンピックの開催と相まって、連日連夜のテレビ実況の観戦で睡眠不足が重なり、その分体力消耗となっていささか疲労気味での職場通勤となりました。白熱した試合と、選手たちの大活躍で臨場感に浸りテレビにかじりつきの毎日は私だけに限ったことではありません。開会日から閉幕の日までの17日間をフル稼働で、みんなが興奮して同じような経験を繰り返し行ってきたのであります。ふと気が付いてみれば日本にとっても史上最高の37個というメダル獲得数の快挙をなしとげて、堂々の凱旋帰国となりました。未だオリンピック競技の興奮冷めやらぬところですが、次第に落ち着きを取り戻してきた途端に、内外の経済、政治状況の緊迫した雰囲気に気づいてあわただしい世の中の荒波に、再び揺り戻されてしまいました。
あいかわらずのEUの金融危機の火種がくすぶり続けており油断がなりません。尖閣諸島の領有権を争って中国との争い、竹島の領有権も韓国との争いがあって極東の海の波が高まってきております。いずれも日本の固有の領土であることに変わりがなく、低劣な挑発には冷静に対応をして外交的手法を以て毅然たる姿勢を示すことが大切です。そして内戦状態のシリアでは、政府軍と反政府軍との戦闘が日ごとに激しさを増し、多くの女、子どもたちが犠牲になって、すでに市民の2万人が犠牲になっている有様です。調停に乗り出した国連の監視部隊も解決の糸口をつかみえないまま撤退を余儀なくされました。シリアは悲惨な混乱の中に置かれたままです。激しい世界の動きは絶えず止むことがなく私たちの周りを取り囲んでいます。しかし平和な日本では理性的な行動をとることによって国内外の問題、課題をを円滑に処理していく優れた才知を持っていることは幸いといわねばなりません。
    私は今日、お盆休みも明けて久しぶりにオフィスに出勤しましたが、地下鉄銀座駅に降りた途端、雲霞の如き人混みに度肝を抜かれ、いったい何事が起きたのかと思いきや、オリンピックの選手たちの凱旋パレードが銀座通りを通って行われ、大観衆の歓喜と祝福の歓迎にこたえていくとのことでした。私は地上の混雑を予想して一旦はその盛況ぶりを見ようかと思いましたが、反射的に灼熱の日差しと照り返しを避け、加えて大観衆の大雑踏も避けて、銀座のインズの地下商店街を通り八重洲の大通りに出てきました。警備にあたる警察の大型バスが外堀通りに沿って何台も並んでおり、街なかは散らばった観衆であふれていました。こうした光景はここ数年見かけたことのなかったものです。この日37名のメダリストたちがバスに乗って沿道の観衆に手を振り笑顔でこたえていたとの報道でした。銀座は50万もの人出であふれたそうです。インズの商店街も久しぶりのお客さんで大盛況の様子です。こうした光景を見る限り、慣例となった少子化の進む日本の人口減少が、まるで嘘のように思えたのです。この人波は、いったいどこから見えた人たちなのでしょうか。狭い国土に過剰人口の日本というイメージがふと思い出されました。それは良くも悪くも、昔の日本の姿でした。否、つい最近の姿であったはずです。
   少子高齢化の流れになかなか歯止めがかからず、その解決の具体策の乏しい昨今ですが、今日のような大群衆が、巷にあふれる光景を見ると、昔の高度成長期をひた走りしてきた時代が懐かしく感じられてきます。経済の歯車にはバブルに似たような多少の潤滑油があって、そこに経済の安定的な発展を期することができるのであって、デフレ経済があまりにも長く持続していくと発展の要素が削がれて、ただ経済社会の老朽化が進んでいき、更新すら不可能になっていってしまいます。経済の自力的発展が望めなくなり、技術革新はもとより、生活機能の進まない停滞的、衰退的社会へ落ち込んでいく姿だけではないでしょうか。こうした社会に明日の姿を期待することはできません。多くの若者たちが暗い未来に目を配りすぎて活路を閉ざされてしまっては、何をかいわんやであります。若者に夢と希望を植栽するような活力が自然と社会に生まれてこないようでは、社会経済の機能がなくなってしまっていると断言せざるを得ません。
   しからばそうした社会に唯々諾々として従い身を流していては自らの人生を台無しにしてしまいます。自立して自助努力、個人的に努力研鑽し、自らの道を開拓していく精神の涵養が必要になってきます。具体的にはとにかく若者たちが社会の動きに惑わされずに行動を起こすことでしょう。経済的自立を図ることです。今幸いに就業の場にある諸君たちに奨励金を出して日本の休閑地、休耕地の取得を進めることです。そこで農耕の技術と楽しみを体験し、万一の時は自給自足の生活を確立しうる気持ちと手立てを作っておくべきであります今は昔と違って農業技術は天と地ほどの格段の差があるほどに、労働の機械化が進んで農耕技術も驚異的に進歩しています。昔といっても戦前は当然のことながら、戦後の間もない時期に於いてすら農業は主として人力に頼っていました。贅沢をいえば牛馬の力を頼ったくらいでしょう。耕作のための肥料は人糞であり、家畜の糞尿に肥料を頼ることは恵まれた農家だけでした。昔のことを思えば、機械化された農業生活は省力化されていとも簡単であり、喰うだけであれば誰にでもできる時代です。個人的自立を図ることは、社会が大恐慌に陥って生きていく手立てを失ったときに、喰うことさえ可能であれば人間いたるところ青山ありの言葉が現実味を帯びてくるのでしょう。妻子を養っていくことにいささかの不安も持たなくてすんでいけます。元よりそうした社会の到来は、進歩の止まってしまった社会であり生活水準の後退は止むをえません。仮想的到来を予想してのことですが、しかしながら仮にそうした社会の到来に会っても、自分だけは完全独立して生存する権利を勇敢に行使できるのです。
   激しい世の中の動きに翻弄されず、埋没されず、確たる自信の堅持こそが、未来志向の積極的な行動を促していく原動力となるのです。生きていくことにいささかの不安も心配も抱かずに敢然とリスクに立ち向かっていくことができると確信しています。そうした精神的な強さを持っていることが人生を肯定的に、積極的に開拓していくことになり、しいては人間社会の発展に寄与していくことになるのだと思います。少年の頃、ひもじい時代を経験した私たち家族は、終戦直後の昭和20年10月、家族が最低限食べるだけの食料を確保するために6反歩の田圃と畑を父が買いました。水戸市から約10キロの郊外にある芳野村字飯田という農村地帯です。田圃の稲の収穫を前にして、早速稲の刈り取り作業が待っていました。初めての生活体験で苦労のほどは想像を絶していましたが、初めは村の農業委員会からの手配で村の人たちが農作業を手伝ってくれました。こうした豊かな土地を取得したことは何という幸運だったか、人生というものは運命的に計り知れないことがたくさんあります。戦後離農して朝鮮に帰国していく農家から譲ってもらいました。新しくできた農業委員会を経由してでしょうか。しかし3月10日の東京大空襲に罹災し、疎開先の水戸でも8月3日の夜間の焼夷弾空襲で罹災し、父と母は育ちざかりの4人の子供を抱え経済的に丸裸になってしまいましたが何とか金策して土地を取得し、農家を4年間続けて戦後の食料難を克服しました。知恵と努力の道でした。農業の苦労も喜びも知りました。その時の土に生きていく体験は、子供ながらに不屈の精神を植え付けて、のちの人生の基礎となって多くの教訓を残してくれました。毎日の生活から貴重な教訓を得て育っていきました。難しい孔子や老子や聖書の教えを実践的に会得していったのと同じであります。落ち着いて小学校へ通うこともできました。そこでも多くの友達を得多くの交友を通じて人間的に学ぶことがたくさんありました。戦後澎湃として国民の間に広がっていった自由と平和と人権の民主主義の教育と基本を、自ら勝ち取ってはぐくんでいく気概が、小学校の意識に芽生え力強くはぐくまれていったようにも思います。
    こうした経験は常に三歳年下の弟が一緒でした。早熟な身に訓練された弟は、のちの人生に大きく影響して世の中の先頭に立って活躍する立場を自分なりに治めていったのかもしれません。略していえば上京後、早稲田中学・高校から東大法科に行き卒業後は官吏にならず三菱商事に入社、長いロンドンの滞在勤務のあと帰国、本社勤務からサウジ石油化学の社長に就任、国際業務につき会社の業績を世界的に伸しました。そして6年勤務の退任後は、取締役会、株主総会からの三菱商事の社長就任の要請を辞退し、これからの日本は教育に一番の力点を置かなければならないと、科学技術立国が国是だといって、日本の特殊技能は、「ものづくり」の原点に返って学生時代からそうした教育訓練が欠かせないと、招かれた先は静岡理工科大学の理事長に就任し学校経営に範を示して毎日鎌倉の自宅から大学に通ってきました。現在、学校経営についても商社的な感覚を最大限に生かし、学校教育に抜群の手腕を発揮しております。すさまじい改革路線を打ち出してきました。在校生7000名余を擁し、学舎の特殊性を活かして学術向上に邁進し、盤石の財政基盤を打ち立てています。
    ところで今回、産学協同からなる学術振興をめざし、9月4日から5日間、全国から77校の大學及び専門校の参加を以て、全日本学生フォーミュラ・レース大会が掛川のエコパ会場で開かれます。コストを限定し、学生が創意工夫して如何にクルマを組み立て、自動車の性能の向上を図るか、エンジン、省エネ、デザイン、耐久性などの各点から優劣を競い判定する競技大会です。そもそも産業経済の基本は既述のごとく「ものづくり」 にあります。日本の教育の基本問題を、この「ものづくり」の原点に置いて、教育の振興を図ろうとする弟は、この一大イベントのため先陣に立って指揮、采配を振るって、学生競技の進行を通して、民間産業の技術向上に寄与すべく奮闘しております。産業界も学生諸君の、この運動と成果について大きな注目を払い支援しております。
   ところで弟がサウジ石油化学の社長時代、石油・資源大国で王制を敷くサウジの国では佐々木の名前を知らないのはもぐりとまで言われて、日本が今日のようにサウジ王国との深い信頼関係を築いてきた実績は顕著なものがあります。こうして見てくると、弟の場合も少年時代に体験した数々の苦しみ楽しみの体験が大きくなって実を結ぶ結果になったのだと確信しています。私にとって、遠い昔を顧みて世の変遷と同じ幾山河を越えてきた喜怒哀楽の激しかった歳月ですが、幾たびの死に直面しながらの厳しい体験ですが、振り返ってみれば笑って過ごせることばかりだと思っています。笑って過ごせる環境とは、条件とは、規模は小さくとも、あくまで自分の足元を強固なものとして確立し、健康な体を以て毎日の生活に臨めることではないでしょうか。さすれば人間到るところに青山ありで、平凡ながら人生の要諦はそのことの一語に尽きると感じております。それにしてもあの苦難の時の、あの時の父の決断を尊敬して、父、母がその人間的な責務を身を以て果たしぬいたことを今でも感謝し誇りに思っています。  続く


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南海トラフ地震の想定
    8月29日、内閣府の有識者検討会が発表したところによると、将来想定される南海地震の最大震度M9,1によって起きる被害は、死者32万3000人、238万棟の家屋が全壊、焼失すると発表し、国民の間に衝撃が走りました。
    昨年3月11日に起きた東北大地震と津波の発生の生々しい記憶の鮮明なこの時期に、あえてこのような将来の起きる被害の想定を発表した裏には、ごく近い将来に巨大地震が起きる可能性が高いということが裏付けられた結果と理解すべきであります。それに対する我々の防災意識を高めて、国民が被る被害を最小限度に抑えることが急務と判断した結果であります。
    南海トラフは駿河湾沖から太平洋上をいき九州の宮崎沖までの約800キロにおよぶ海溝を指しています。4000メートル以上ある海底で、海のプレートが陸のプレートに沈み込む境界に当たります。このトラフに沿って東南海地震が繰り返し発生して既に相当な歪み、即ちエネルギーがたまってきています。ある時点でこのエネルギーの均衡が破れて巨大地震の発生につながるというものです。その時期がいつになるかということを予想することは困難ですが、過去の歴史の事例から推定されることと、トラフ周辺に設置されている地表の移動測定器から観測されるデータと、更には最近の地下構造の研究の結果などをを分析して、科学的に可能に近い時期を推定する根拠にもとずくものでしょう。
   もしその南海トラフで最悪規模の地震が起きた場合には、津波の高さは30メートルからそれ以上に及ぶと推定されます。太平洋沿岸の都市や、港湾や工場の多くが巨大な津波に襲われて破壊、冠水され被災は広範囲に及びます。結果、日本列島の広範囲にわたって機能を失い、壊滅的被害を受けることは明白です。東北大震災の被害とは比較にならない規模で日本を直撃するでしょう。その時の混乱を今から想定して、いざという時の準備と心構えを持っておくことは必要であります。
   別に恐怖心を煽ることではありませんが、その時の太平洋沿岸地帯に建つ日本経済の主力工場群、主力商業都市圏の大部分は、恐怖の被災地に置かれてしまうでしょう。一体に密集した工場の大破壊で、天と地は工場からの排せつ物で汚染されて、国民の生活に大きなちゃぼ撃を与えるでしょう。もちろん原発基地も例外ではありません。この怪物が一番の恐怖であります。東電の原発基地の一個の爆発事故から、今の日本の損害と混乱ぶりを見たら、54基もあるという原発王国、日本の地獄絵図は容易に描けることでしょう。その時になって狂気の沙汰に逃げ惑う国民の断末魔の姿は、何とおろかな結果として見えてくることでしょう。今こそ国民の防災意識を高め、いざという時に備え最低限の準備と心構えを常時持つことに心がけなければなりません。日本中が日中の大活動時に巨大地震が起きた時こそ、問題であります。ビルの耐震構造の補給を擁する比率は、今80パーセントを占めています。ビルの倒壊、道路の渋滞と混乱、火災の発生等など、又電車に乗車中とか、高速道路を車で走行中とか、いろいろな状況が想定されます。最低限の防災用具を携帯していくとか、現実には忘れがちなことばかりです。阪神大震災の百倍の規模で想定される時、もはや手のつけられない状況となるかもしれません。そうした時に私たちはいかに行動するか、日常、心に決めておく必要があります。
   又、中長期的観点から、地震による巨大津波の発生からの被害を避けるため、国土改造計画なるものを計画立案し、治山、治水計画を含め、脆弱、危険地域はもとより、ゼロメートル地帯や、海浜地帯の居住地域を漸次内陸地に移動させたり、大規模且つ効率的に開発していくことが必要であります。また、従来の建造物の補強工事を行っていくことも必要です。そのための予算を捻出し、税制を含めた抜本的な法整備を推進すべきです。
   先般、ジャイカの理事長をしている緒方貞子さんの良識ある見解を本欄で披瀝しましたが、地震国であり火山国である日本の生活条件を、一時たりとも忘れてはなりません。地震国に立つ我々のハードとソフトはどうあるべきかは、その条件に見合った産業経済の構築を的確にしなければなりません。活断層の上に原発基地がのっかているという報告もあります。直下型地震の発生がこうした場所や大都会に起きた場合、すさまじい破壊と恐怖の情景を想像してきます。そうした油断で折角築き上げた社会的スキームを、普段承知している地震という大災害に破壊されてしまっては、日々の努力が水泡に帰してしまうことになります。それを避けるためにも、普段の研究と努力がかかせません。8月25日


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未知の青年からの手紙に対する返事
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先日手紙を頂いていながら、此のところ超多忙のため今まで返事を出すことができませんでした。どうぞ許しください。
小生はいつも若いつもりでいて、自称三十八歳です。健康で長く生きて人生を楽しみたいからです。よくばりですが、できれば悔いのない充実した毎日を過ごしたいと思っております。その間、貴兄のように若い人と思いを交歓することほど楽しく、うれしいことはありません。聞き及べばまだ二十四歳とのこと、失礼ながら頂いた手紙の、しっかりとした書体と文体を見て、躍如としてきます。
写真家の杉村先生と、貴兄はお知り合いとのこと、すばらしいことです。不束ながら小生は、杉村先生とはつい最近知り合ったことで、まだお目にかかったことがないのですが、長年の大切な知己のような気がしています。心が通じ合って意気投合しておりますが、大先生からは、お手紙を頂戴することと、数々優れた写真を頂いて拝見するうちに知らず知らずに私を広い大きな芸術の世界に導いてくださっています。この上ない御好意を深く感謝しております。そのような先生と知り合いの仲と聞いて、貴兄の人となりも想像に余りあると云うことです。思うに杉村先生は優れた写真家であり、しかも東洋美術に深い造詣を持っておられ、特に大歌人の会津八一の和歌の世界の優れた理解者です。古都の奈良の数々の古寺を訪ね、仏像に拝し、すばらしい作品の数々を撮影、制作されています。作品から会津先生の和歌と、杉村先生の作品との渾然一体の世界を味わいながら、おかげさまで深遠の世界を逍遥、堪能することができて私は幸せに思っています。
貴兄のお手紙で母校早稲田の名前を久しぶりに胸に熱く感じる思いです。まして貴兄が文学部出身と聞いてなおさらの感があります。私は政経の経済です。大学については特に文学部に在学を憧れていましたが、事情があって経済に行きました。貴兄は若くして会津八一のうたに心惹かれてきたとのことですが、素晴らしいことであり、立派なことだと驚いております。学生時代から研究論文を発布したりして、既に八一の世界を勉強、研究しているので、それはそれとして将来が楽しみです。ぜひともそうした道の研鑽に努めて行って下さることを念願しております。 
貴兄の今の立場は恐らく学問研究の道を行っているのではないかと推察しますが、一つでも大きなテーマを以て人生を広く、深く歩んでいくことは、大いに意義あることだというのが私の考えです。私が会津八一の存在と作品に触れたのは、社会に出てから久しくのことで、さらには植田重雄先生を通じて間接的に知るようになりました。本や著書は持っておりましたが、熱を入れて読むことはなく短歌同人誌に淵に入って、さらに少しばかりその世界を知り味わうようになりました。ですから貴兄のように若い時から八一の世界を勉強していることは尊敬に値するものです。何かと忙しいことと思いますが、こらからも若者たちの皆を糾合して、八一の作品を味わうべく努めてみてください。
貴兄が名古屋在住と云うことで、杉村先生とはきわめて親しくお付き合いのことと思います。杉村先生の撮られた写真の優れた世界に、八一の和歌を重ねてみると、八一の和歌と書が、更に際だって映し出されてくることに気が付きました。素晴らしい作品の数々で、新しいジャンルを構築するものではないでしょうか。杉村先生と会うようなときには貴兄から、先生に大なる尊敬と親しみを込めて作品を鑑賞させて頂いていると伝えてください。わが青春を呼び覚ます大いなる力を与えて下さっているとお伝えください。早々。


2012.08.29

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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