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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.14.03

       


            春はあけぼの

   
    春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、むらさきだちたる雲のほそく
たなびきたる。枕草子の冒頭に綴られた、春のうつりゆくさまである。空も、山も、海もゆったりとしておぼろげに霞み、太陽は青嵐に浮き立ち、月も朦朧として青い海の夜を、静かにわたってゆく。海もひねもして波さざなみ、人間はもとより欲を失い、猫はねずみを捕ることを忘れ、犬もあくびをして寝そべっている。こんな静かで平和な世界はないだろう。動くことさえ忘れて、みんな静かにした居る。動かずにのどかである。雪がようやく解けた昨日きょう、庭の土にかすかに動くものが私の目にあった。黒い土から頭をもたげた、蕗の薹である。一つ二つと地上の暖かさに気づいて出てきている。梅の花も一つ二つと開き始め、枝に灯された花の数を数えたりしている。春は音もなく、すべてが少しずつ動いているようである.
    現実を遠いかなたに放り投げた、おぼろげな霞の中の世界だから、はっきりしたことは判らない。この朦朧さがわたしにとっては、何とも味わい深いものを感じてくるのである。 冬の間から春の初めにかけて、生きとし生けるものが、うごめきざわつき始める前の、わずかなしじまの時の、安らぎの時間の移ろいである。    3月1日


ウクライナの危険な政治情勢

    春が近づいて恍惚として、つかの間の惰眠をむさぼっていたら、朝の朝刊の記事に叩き起こされた。政治的対立が続くウクライナで、海軍基地を持つクリミア半島にロシア軍と思しき武装部隊が全域を掌握しつつあって、これに欧米よりのウクライナ新政権が猛烈に反発している。プーチン大統領は、3月1日、ロシア上院からロシア軍の軍事活動の承認を取り付けたが、行動命令はまだ出していないと云う。しかしそれらしき武装部隊は既にクリミア半島の全域に入って、ウクライナ軍の関連施設に入り武装解除を進めているという。ソチでの冬季オリンピックが終わって始まった行動だけに人々の落胆は大きい。現場で軍事衝突が起これば、欧米とロシアと云った大国の代理戦争となってしまうので、米・ロは冷静に対処すべきである。決めつけてはいけないがプーチンは雰囲気からしてすぐに血が頭にのぼるタイプだから、気を付けないといけない。穏健な手法でプーチンをなだめ、上院からお墨付きをもらったという軍事行動の命令を出させないように、その既成事実を作らせないように努力すべきである。ウクライナ半島は旧ソ連時代に、もともとロシア領になっていたところであり、その後自治共和国として分離独立した。複雑な歴史を以て常に混乱の小競り合いを演じてきただけに、しっかりした自治意識を持った国に成長してもらいたいものである。六割近い住人がロシア系で、特にクリミア半島のロシア復帰を強く望んでいるという特殊な国だという。ロシアの海軍基地もあることから、ロシアの過剰な意識もあるに違いない。したがってウクライナ、特に南部のクリミア自治共和国は、ロシアとの関係も深い国であることも承知すべきであろう。プーチンが公に軍事行動を命令したりしないよう是々非々で対応してもらいたい。事態の鎮静化を望み、ここが火種となって、米ロ冷戦に入ったりせぬよう、懸命な方策が必要である。力で以てこの国を、この国の民衆を奪い合うような愚策を行ってはならない。昔の冷血で暗黒的な帝国主義的侵略が歴然として、玉こそ一発も撃たれていないが行われている情勢に唖然たる思いである。願わくば、銃を発砲して死傷者を出したりしないで、話し合いで解決することを望んでやまないし、全世界がそれに注目し、平和的な事態解決を期待している。   3月3日


プーチンとオバマに見せたい雛人形
     プーチンとオバマに贈るひいなかな    三郎

    ウクライナとクリミア半島で今、政治体制と領域の争いで、お互いに牽制球を投げ合って離れ業を演じている最中のプーチンとオバマだが、ソチのオリンピックを終えた途端に性懲りもなくこの有様である。プーチンはウクライナに親欧米政権が出来上がって尚混乱が続くことで、クリミア半島に居住するロシア人を保護するという名目で、自国の上院の許可を取り付けて、武装部隊を以て政府行政施設を完全支配下に置いた。オバマは、ウクライナへの軍事介入の対抗措置として、ロシアを孤立させるとして経済的、外交的対抗措置を以て望むとしている。目下のところ激しい雰囲気だが、今以て銃弾の一発も撃たれることなく状況が進展中であることは、極めて望ましいこと、これを最大限に支持したいところである。EUのドイツのメルケル首相が、プーチンと電話連絡をして、懸命に仲裁役をとっているようである。アメリカとロシアの貿易額は4兆ドル、EUとロシアはその十倍の42兆ドルと云うから、EUとロシアは切っても切れない関係にある。チンピラ同士の国の争いならともかく、表立っては、米・ロの大国同士喧嘩になっている。喧嘩をするにしても親分同士の喧嘩だから、悠然たる風格を以て対応してもらいたいものである。同時に、これがしかのいざこざで、米ロが彼らの騒ぎを抑えて静粛に出来ない様では、この先国際社会において胸を張って列国を指導していくような素質に欠けると思われてしまっても仕方があるまい。これは両大国にとって大きな信用損失である。混乱の惹起は、大小にかかわらず、凶器の使用である。ヤクザまがいの喧嘩は、もうコリコリである。大国の勢力争いが具現化して、小国同士の国が犠牲に遭い、罪のない国民がいつもそのはざまをさまよっていて悲惨であり、こんな芝居は止めてもらいたい。これが正直な民衆の願いである。   
    それにしても古今東西を問わず、相変わらずの独裁者の豪奢な生活ぶりには驚かされる。ウクライナのもと大統領のもとでは、民衆の蜂起を以て新政府が樹立され、親ロシア政権のヤヌコビッチは大統領職を解任され、目下逃走中である。ヤヌコビッチは、国民の貧しさ、困苦を尻目に、巻き上げた税金を湯水のごとく使い、豪邸に住み、財物を隠匿して憚らない悪徳人物であった。国益とは言え、そうした人物を擁護しなければならないプーチンも気の毒であるが、プーチンも同じような独善、独裁的な考えを持つことになって、早晩そのようなことがないようにお願いしたい。独裁、強権国家に多い類いの事例であり、共通した悪魔の仕業の残骸だからである。散々の悪事を犯した後逃走するか、殺されるかである。
    昔、ルーマニアのチャウチェスクが怒った民衆に捕捉され、無残な情景を残して惨殺された。妻も家族も、もろともにである。悲惨と云うほかない。近くにはイラクのフセイン、エジプトのムバラク、、まさかと思う人が独裁の魔手に掛かって悲惨な最期を遂げている。むろん反対にそうした人たちの手にかかって、尊い命を落した人たちが沢山いるわけである。初めは民衆を味方につけて見直の座を占めた者が、驕り高ぶり物欲におぼれ、今度は逆に民衆を敵に回して無残な最期を遂げるのである。思うにその権力者は権力の座についていたとき、好き放題のことをし、秘密警察までを私物化し、あらゆる手段をつかって民衆を弾圧し、恐怖政治を敷いて己の欲望を満たすために、民衆を苦しめたのである。彼ら家族は、そのため、怒り立つ民衆の報復に遭った。その光景は悲惨であった。先頭に立つ政治家は常に心して、民衆のために働いてもらいたい。贅をつくし勝手なままに行動して正しい道を踏まず、貧しい民衆を敵に回したりすると、結末は惨めである。社会は日進月歩、グローベル化に進み、民衆の意識は格段に進んで向上しつつある。物欲に走る機会も多く、世界は金を巡って鵜の目、鷹の目である。同時に残虐性も増してきているようである。為政者は魔手の誘惑にかからず、常に私欲を捨てて公僕に徹しなければならない。
    長期的には冷戦状態が解消し、問題をはらみながらも、温みつつある米・ロ関係に今回、予想もしなかった対立場面が起きてしまったが、これを以て一発の銃弾の破裂もなく解決の方向に向いていくとしたら、二人の指導者としての素質と風格はさらに上がって、世界の人々の信頼を勝ちうることであろう。問答無用で剣を抜くことはたやすい。しかしそれは破滅以外の何物でもない。ここは忍の一字で、お互いに自制して、辛抱強く話し合いを以て平和裡に解決を図るべきである。そのことは過去の歴史もそうだし、最近起きている国内の争いごとを見てもそうである.これを以て政治的後進国の特徴と見なければならない。先進国で民主政治の行きわたっている国は、レベルの低い貧しい国と同じような結末をもたらしていては、無様である。
軍隊を出したが、一発の玉も撃たずして解決して平和をもたらしたとすれば、英雄である。ここは安倍さんの云う積極的平和主義の発揮すべきところである。集団的自衛権の容認とか、実行などを云々することも大事だが、日本の安倍さんも、この二人に力を貸してやってほしいものである。集団的自衛権の意味するところは理解できるが、世界の潮流は随分変わってきている。それに対応した考え方が必要である。たとえば尖閣諸島で日中の間で軍事衝突が起きた場合に、日本国が攻撃を受けて被害を受けたからと云って、それではアメリカが自国に受けた攻撃と見做し、即座に日本の立場を支持して中国に反撃をかけるかと云ったら、今は不可能に近いだろうと推測される。米中が以前より密接度を増した関係に立っているので、微妙である。変な話、安倍さんの靖国参拝以降、アメリカを含め日本に対するて、世界の見方が変わってきていることは事実である。なにも下でに出ることはないが、しかし隣国に対しいたずらに挑発的行動をとっていて、無益であり、逆効果だとみられている。状況は変わってきている。軍事的対立を想定する集団的自衛権の問題を論じるよりも、対立を回避した関係の樹立を目指す努力が必要だという認識を、今、世界は持ちつつあるので、ひとり日本だけがで独自の考えを以て関係諸国に理解と協力を求めようとしても、所詮は無理と云うわけである。ウクライナの国内紛争で、ロシアが静かに軍隊を出したが、普通なら、馬鹿馬鹿しい戦争になっている. こうした時期にこそ大胆に演出して、世界の安倍さんになってもらいたい。豪放磊落、
図太い人間はいないかもしれないが、したがってあてにならないが,外務省の役人を使って素早く、プーチンと連絡を取り、親睦と信頼の証としてモスクワに飛んで世界平和のため、紛争解決のため、出向いていってもらってもいいのではないかと、多忙な安倍さんには申し訳ないが一人合点して思っているところである。先進国では安倍さんだけが首相として、折角ソチまで行ってオリンピックのお祝いに出席したわけだから、無碍にもできないし、今までの何回かの首脳会談を経て信頼関係は深まっているはずである。
その時の土産には、雛人形を差し上げるといいかもしれない。雛の可愛い顔を見ていたら、喧嘩など馬鹿馬鹿しくなって出来なくなるだろう。  昨日は三月三日、ひな祭りである。    3月4日


仰天! スタップ細胞の発見と、佐村河内守の猿芝居

    よくよく考えてみると、何と馬鹿げたことをしでかすのかと、人間の浅はかさに驚く以前に、可笑しさがこみあげてきて滑稽であり、事実は小説よりも奇なりの云いふらしを思い出して、馬鹿笑いしてしまった。良しに付け悪しきに付け、人間のなせる業は見事であり、完成度の高いものであることが分かる。しかしそれは得てして残念の極み、と云う表現で終わってしまうことの方が多い。人々はそれを聞いたり見たりして信じ込んで、あとで騙されたことが分かって、被害がなかったことを良しとして、事の面白さに感心して安堵するのである。むしろ逆に滑稽さと楽しさが湧いてきて、憎めない面が出てきて,その嘘を許してあげたりするものである。堅苦しい世の中でもいけないし、多少はゆるさがあってもいいのではないだろうか。緩みっぱなしでも困るが、あとになって反省して気持ちを引き締めるくらいの余裕が生じれば、良しとすべきであろう。

    スタップ細胞と、佐村河内守の滑稽さは、あたかも科学実験した結果の突然変異である。スタップ細部は、研究チームのリーダーが、成果を発表した時の場面と雰囲気が素直に見えて可愛らしかった。同じように佐村河内守の方も、まったく別の人物に成りすまし、人前で演出する度胸は詐欺的と云うよりも天才的な振る舞いに、役者顔負けの振る舞いに感動してしまい、ビデオではないけど、その場面を何度も繰り返し見てみたいという気持ちにかられるのである。それほど真に迫っていて天才的であり、いわば芸術的とすら思うのである。それにもまして主役を演じた人よりも、慌てふためく観客の方が見ていて面白い。大発見だとか大讃辞を以て、我先にと争って報道した大新聞の慌て振りも滑稽で面白かった。ご多聞に漏れず、小生自身も、それをまともに受け止めていた一人であって、スタップ細胞についてはわかい女の子に多少の違和感を覚えながらも、大なる賛辞を惜しまなかったし、理事長として貴重な欄を割いて、前号のホームページに時間とスペースを割いて執筆をしている。
    万能細胞の適応によって多くの悩める患者を救済することができれば、人類史上これに勝る貢献はないと確信していたところである。責任ある記事を書いている小生としては何とも言えない心境であるが、安倍さんの国会答弁ではないが、この執筆については私が全責任を以て対処しますというところではないだろうか。もともと「人は全て虚言者である」という戒めの言葉があるし、嘘から出た誠、もあるし、期待するところは、根もない嘘から芽が生えると云うことだとすれば、それは偶然であって、真実として規則として決定づけられるものではない。嘘は基本的に残っている。しかし科学の世界には謎が多いし、偶然が,新しい種の発見と、創造につながることだってあるだろう。スタップ細胞は存在しなかったという結論ではなく、頭から否定する必要もない。ひょっとすると再生医療の先端を行くもので、激烈は競争が繰り広げられているので、暗中模索と、勇み足だってあるが、研究の過程で虚偽や騙しがあっては、何のための研究なのかわからなくなってしまうはずだ。
    嘘がばれてしまった時の記事と、うそを発表して大讃辞を送る朝日、読売、毎日、日経などの大新聞の記事とを比較すると、予想と的とが外れたインテリの慌てぶりが面白い。見ていて、この方がむしろ滑稽である。スタップ細胞の発見で、大をつけて賛辞を惜しまなかった学者や研究機関も、今度は腹いせとばかりに、逆に論文撤回に狂奔し始めた。女の子には気の毒だが、自主的に申し出て、博士号の称号も返上したほうが良いだろう。現代のベートーベンと絶賛されていた佐村河内守は、化けの皮がはがされても堂々として記者会見し、大勢の詰め寄った記者たちを煙に巻いて名誉棄損で一緒に仕事をしてきた友人を告訴すると云い張ったりしている。これではいけない。素直に謝罪して、本意はたとえ体に欠陥があっても努力次第で立派な人間になって世のために尽くすことができることを、つかの間で残念だが与えてくれた。それが単なる演出だったとするから残念なのである。スタップ細胞の方は、研究者に成りすました可愛い女の子が、本件ではなく、別に博士論文の疑惑まで暴かれて、二年前にとった博士号の剥奪までに発展してしまった。フェミニストを以て任ずる小生は、可愛い子ちゃんを頻りにかばってしまう気持ちだが、なんでこんな事態になってしまったのか、一番よく知っているのはご本人だから、インテリたちは飯のタネにしようと、嘘をついてきた動機を知ろうと興味津々である。
    いずれにしてもこの騒動、何とも憎めない人間の性を見せつけられたようで可愛いではないか。逆に拍手を送って、この芝居を続けて行ってもらえば、そこいらの見栄っ張りな御仁より結構面白い話になって、世の中はまんざらでもないような気がしてくる。吉本興業のへんちくりんのへぼ役者よりまともである。彼は天才的騙し屋であるが、それを前向きに活かして真面目な生き方をして、世間をわたっていくことは可能である。吉本興業あたりで高待遇で雇ってくれるだろう。女の子は高校程度の教師か、芝居小屋の呼子だったりすると千客万来で大うけするだろう。決して好ましいことではないが揚げ足を取らず被害に会っている二人を、この際助け出して、励ましてやることは良いことではないか。嘘がばれてしまったが、いい結末と面白さを与えてくれたことをプラスアルファとして済ましてはどうだろう。
    「つかの間であったが、スタップ細胞は勉学に励む若い学生たちに奮起とチャンスを与えてくれたし、佐村河内守は、多くの音楽愛好家が賛美を惜しまなかったほどに感動を与えてくれた」 ことだけを以て勘弁してやれないだろうか。それにしても佐村河内の杖をついて黒メガネに黒い帽子、長いひげの芸術家らしい風采と特徴は、記者会見の時には人が変わった、まるで別人のような姿で出てきたのには驚いた。これも手品師のような振る舞いで、自分自身を変えてしまった。変装の天才である。オーケストラを前に、指揮棒を振って本物顔負けの演出をやってのけた佐村河内守の天才的演技をもう一度見たいものである。開き直った記者会見はいただけないが、普段お目にかかる指揮者よりも、演技は真に迫って上手であった。詐欺と云っても、あからさまに金品をだまし取ったりしていないし、オレおれ詐欺とは次元が違う。障碍者と云えども努力次第で立派な人生を歩むことができ、多くの人々に感動を与えて、世のため人のために尽くすことができるということを、真実として与えるだけでも立派だと思っていた。落ち着いて考えてみると、しかしながら、恐ろしいことは、嘘がそのまま走り出して、いつまでたっても分からずに過ぎていくことの方が気味悪く感じ、いやらしく感じてくるのである。やはり嘘はばれるものであり、それでよかったと思っている。
    佐村河内の場合は笑って済ませるが、スタップ細胞については困ったことにハーバード大学まで巻き込んでいて、世界的科学雑誌ネイチュアまで巻き込んで、うわさは世界中に及んでしまっている。どうしてあんな芝居を演じなければならなかったのか、判然としないところが煩わしく神経に触って仕方がない。自然科学の世界、学者の世界はよくわからないが、偶然がそうしたのか、作為的にやったことか、それとも矢鱈に物議を醸して世間をあっと云わせたかったのか、その真意が本当によくわからないでいる。単なる名誉欲で晴れがましく騒ぎ立てたことなのか、ごまかしの学術発表などバラることが分かっているのに、しかも大々的にやり抜かしたことが、いずれにしても天才でなく、アホで間抜けとしか言いようがない。みーちゃん、はーちゃん族に振り回されたみたいで大人は馬鹿みたいである。それにして科学の牙城とも言われて権威のある理化学研究所の内部でこんなど素人みたいな研究と論文が、張さ、検討もなされずに、すんなりと発表されるもんだと、今度はそちらの方に心配tと懸念が出てきた仕舞う。この研究所は国の支援を受けて活動しているところである。先輩たちが長年苦労して築き上げてきた学問、研究の権威は地に落ちて、これが事件となってどこまで騒がれていくのか、日本の科学、学術研究に対する信頼性に大きく傷つく問題であって、揺るがしにできない問題である。真相解明に努力して、関係者は今後こうした不明朗なことがないように格段の注意を払っていってもらいたい。   3月13日


東北大震災、あれから三年

    東北の大震災の犠牲となった人たちに改めて鎮魂の祈りを捧げます。同時に津波や放射能被害の犠牲に遭ってまだ避難生活を続け不自由な生活を強いられている人たちが十五万人以上もます。震災からの復興は地域や場所によってまちまちですが、遅々として進まず、荒涼とした風景のままに残っているところが大部分です。仮設住宅や慣れない地域に生活している多くの人は、故郷を追われた高齢人たちで占められて難儀な生活に明け暮れています。そうしたことが原因で体調を崩し、新たな病にかかって亡くなる人もいます。これも震災の犠牲者です。生活環境の改善と、国の対応が必要ですが、大震災地に特有な経済状況がこれを阻んでいます。働く人の不足や、資材の高騰で予定した計画が実行されずに置かれています。そうしたことが原因で、復興に予定した予算の執行も消化されず、三兆円もの予算がそのまま復興基金として積まれることになりました。これだけの物的裏付の復興計画が遅れていることで、被災地の救済がその分遅れているという厳しい現実が横たわっています。
    アベノミクスの経済政策で景気回復を確かなものとするには、第三の矢の成長戦略の推進が叫ばれています。そうなれば市場環境はさらに厳しく、計画の実行に大きく影響してくることでしょう。六年後の東京オリンピックを控えて、経済環境の厳しさはさらに増して、東北大震災の復興がさらに遅れることも危惧されます。いつまでたっても止まない福島原発事故の被害、そして放射能汚染水のしょりが行く手に重くのしかかっています。消費税の値上げは四月からですが、ここにきて駆け込み需要は熱気を帯び、物品の在庫は原材料にまでひっ迫してきています。一部大企業では企業業績を反映して賃上げに踏み入って明るい朗報ですが、こうした傾向が産業界に広く行きわたるようでなければ,人々は肩透かしを食ってしまいます。物価が上がって更なる生産活動に刺激が加わり、経済の良好な循環に入っていけばいいのですが、ことの成就はなかなか難しいようです。物価だけが上がって、庶民の生活が苦しくなるようでは、アベノミクスは失敗に終わってしまいます。経済の舵取りが難しい局面が、当分続いていくような感じです。正に正念場であります。そうした時に、先の東北大震災と原発事故の被害に遭っている地域の復興と、人々の生活の復興を忘れて、置き去りになるようなことがあってはなりません。
    私は二十三年月11日、東北を襲った震度9.3の大地震と、その後に発生した巨大津波に震撼しながら綴った記録と和歌三百余首が、当時の昭和経済五月号に明らかに載っており、それを見て改めて、その時のいたたまれぬ焦燥の感情を強く持ったのです。何らかの形で記録をとどめている人はもちろんですが、皆さんも現在の新聞記事や雑誌などで、現実の今に立って、あの日を単なる過去としてとらえ、今の論評を繰り返し読むことよりも、当時の記録を手にすることの方が極めて鮮烈に事実に迫ることができて有益だと思います。日記の大切さと同じで、歴史的事実が強烈によみがえってきて来ます。私は別に俳句を昭経俳壇にのせております。選者は故遠藤蘆穂先生でした。

         街呑みし大津波あと田螺這ふ
         大なゐにゆるる大地や花疲れ
         みなし子となりぬ被災の果ての春
ててははの波にのまれて黄泉の花
         汚染地の田打ちに畸形のみみづ出て
         震災の奥の細道春田うち
         震災の愚痴は云ふまじ田を返す
         放射能に脅える春の大洗
         菜の花に遊ぶ童は黄泉に発つ
         不気味なり原発基地の寒の明け
         津波来や港は春の海の風
         人災の原発事故に春の雷
         鯉のぼりがれき層なす街を見て
         

    続

平成26年度通常社員総会

     昭和経済会の26年度の通常社員総会が26日の午後6時30分から富士屋ホテル二階にある割烹の(桂)で開かれた。総会は所定の議事、議案を慎重に審議して全会一致決議してつつがなく終了した。初め議長は指名を受けていつものように私が勤めたが、司会を務めてくれたのが、昨年10月に当会の事務局の次長に就任した山本明徳氏である。同氏は息子の後輩に当たり、長く交友関係を以て社会にの依存できた一人であって、息子の強い推薦に確信を以て決断した次第である。慶応義塾大学経済学部を卒業、成績優秀にて日本旅行に就職して社業の発展に活躍して来、昨年退社、同年秋、当会の事務局に招へいされた。若干43歳の好青年であり、頭脳明晰は無論のこと、律義な性格と礼儀正しさはもとより、イケメンであり年齢的にも実力をいかんなく発揮しうる年齢であり、当会にとっても将来を期待しうる人材と確信しているところである。それを裏打ちするように今回の総会については手際よく準備万端準整えて、名司会を務めてくれたので、総会は滑らかに和気あいあいのうちに進めることができた。総会でも改めて各位に紹介し、同市の就任を異議なく承認を得たところである。
    又、今回の総会は、当会が公益社団法人に移行して第一回目の総会である。それにふさわしい内容であった。自覚すべきは、旧大蔵省本省の大臣官房所管であったことである。知的レベルは高く、世に在って果たす職責は常に重大であることを認識して、万事にあたることを旨としている。それにふさわしく我々は努力研鑽の道を歩んで、世のため人のため、さらには世界のために尽力すべきものと認識している。振り返れば、先人たちの自らの努力研鑽もそうであったし、会の発展に寄与して以て自らの企業経営に反映させていったことが、会の存続と発展の原動力でもあった。とりわけ監督官庁の財務省の担当職員の、暖かい助言と、高邁な鞭撻もあって今日まで職責を果たしてきたことも大いに回顧されなければならない。それは戦前、戦後の思想的変革と試練の中にあって、耐えてきた苦悩と苦闘の歴史でもある。揺るぎない理念が歴史と存続を維持してきたのである。かくして目出度いことに今年は昭和経済会の創立80周年にあたる。歴史は高邁、不屈の精神を以て活動してきたこと、そしてそのことは、これからも英知を以て、活動の姿勢を持続する原動力を内蔵していることの証左である。その歴史と足跡をたどり明記するために、それを将来の持続的発展に繋げるための契機として、祝賀する行事もいろいろと企画立案するところであるが、これからは若い諸君たちが血気を燃やして余に出ていくべきであり、時代はますますそのことを要請している。これを先取りして当会もますます若返りを図り、清新の気みなぎるものとしていくべく、切磋琢磨して時代の波に立ち向かっていかねばならない。ややもすると内外の情勢は、国粋的な狭隘とした考え方に戻りがちな風潮であるが、こうした時こそ自由闊達な気概を以て世に、世界に臨んでいかなければならないと思っている。当会は老,壮、青の年層の調和を以て自由闊達な活動を通じ、それを基本的土台として何時の時代にも通用する、普遍的な精神を以て皆とともに歩んでいきたいと念願している。

    長年当会の常設会場として活用させていただいてきた八重洲冨士屋ホテルが、この三月末を以て閉館することになった。同ホテルは1983年に開館し、爾来内外の多くの愛好者を以て今日まで栄えてきたが、昨今の都市改造化の大きな波に、乗ってか飲まれてか知らないが、閉館することになってまことに残念の極みである。名門の東京八重洲富士屋ホテルの灯は、その場から消えるかもしれないが、その間ともに歩んできた多くの思い出は語るに尽きないものがあり、思うに惜別の情切なるものがある。当会としては例年になく二月に定例の講演と親睦の会を富士屋ホテルの桜の間で行い、又最後の別れとして一昨日、当会の総会を同ホテル二階にある高級料亭の「桂」で、心を込めて盛大に開いた次第である。出席者には八十六歳になる井浦康之先生はじめ弁護士の富田純司先生、石黒先生、岩尾先生、税理士の板橋則雄先生、松下先生、徳川ミュージアムの徳川真木館長、住産サービスの鈴木亮社長、西村社長、野田常任理事ら顔なじみの総勢十八人が出席した。委任状を含め総会は全員が参加して議案のすべてを全会一致で決議した。
    通常は富士屋ホテルの宴会場を定席として使っていたが、三月決算期を迎え、加えて今月を以て同ホテルが閉館するため予約で満員となって急きょ桂に設営したわけである。不思議な巡りあわせで開館以来同ホテルの重責に立つ奥山仁氏には大変お世話になってきた。途中転勤になったりしながらも律義に音信を続けてくれ、なにかと世話になってきた。、最後になってしまったが、昨年出向先から同ホテルに戻ってきて、当会との交際の最後を締めくくってくれたようなもので、縁とは不思議である。会場の担当者として挨拶に見えた同氏は、ウイスキーの差し入れを以て、最後となる会を盛り立ててくれたのである。情義に厚く、こころねの何と優しいことだろうか。昨日は経費の清算に来社されたが、時に昭和経済会の機関誌二冊を持参された。それは彼の人生にとって手放すことのできない「宝」だといって示してくれたのである。私も感慨深く聞き入って、且つ二冊の昭和経済に見入ったのである。二十年前に編集、発刊されたものであって、今日と同様、確かに私の巻頭言と後記随想に書いたものであった。 一瞥してすぐに当時の光景が手に取るように鮮明に浮かんできたのである。  3月27日   続

      名門、 閉館の富士屋ホテル、


八重洲 富士屋ホテルの奥山仁さんが「私の人生の宝ものです」 と云って持ってきてくれたのは、約二十年前、昭和経済会が月刊誌として発刊している昭和経済の第46巻4号と、同じく47巻10号の二冊であった。編集人であり発行人である私が、自分の事業のほかに会のために心血を注いできた仕事であり、自分の生きがいでもあることは言うまでもない。その作品を読者の一人が、「人生の宝」 として、自分の身から離さないで持っていると云われてみると、ふと気が付いて感謝の気持ちが心の底から湧いてきたのである。とにかくその雑誌のおもて表紙と、執筆した後記随想の一ページを、それぞれA4に拡大してその場でコピーさせてもらった。第46巻は今から19年前の平成7年に発刊されたものであり、第47巻は18年前である。いずれも20年近く、遡った時のことが記してあった。奥山さんが今50歳になったといわれていたので、彼が30歳の時である。奥山さんとは、連綿として続いてきた付き合いであるが、ホテルマンとして礼を以て情義に厚く、感性豊かな人柄がうかがえるのである。惜別の思い、拭いがたきものがある。
    一つは「講演と見学の旅」を綴ってあり、一つは富士屋ホテルで開いた「創立60周年記念祝賀会」の模様を描いたものである。二つの行事とも、富士屋ホテルの奥山さんの手にかかったもので、私の記憶にも鮮明にきざまれている思い出の行事である。二つとも極めて詳細に書かれてあるので、目下のところ記した記事のコピーは途中までしかないが、読んでいると当時のことが懐かしく思い出されて目に浮かんできたのである。これを手にする会員の人たちにとっても、きっと素晴らしい思い出の記録となって、奥山さんと同じように、この雑誌を抱きしめたい気持ちになるに違いないと思った。
    講演と見学の旅では、富士屋ホテルの大型で豪華な観光バスを一台仕立てて一路筑波学園都市に向かった。筑波大学で途中下車、同大学の教授であり、同病院の副院長の山下亀次郎教授の講演を聞いた。「成人病 その克服と予防」と題して約1時間の講義を有意義に拝聴した。そのあとは再び常磐高速に乗って水戸偕楽園に向かった。おりしも水戸偕楽園は、梅の満開の時であった。
    もう一つは恒例の講演親睦会を創立六十周年を記念して、富士屋ホテルの桜の間で開いた時のことを綴っている記事である。盛大に開催されたものであったが、会員各位のそれぞれの感動的な挨拶なども沢山あって実に楽しい場面が映し出されている。いずれも八重洲富士屋ホテルを思い出す場面の一つとして、改めて回顧する機会があれば幸いだと思っている。
    その富士屋ホテルは今日を以て閉館することになった。東京駅前の八重洲の一角を占めて、四十年の長きこと、名門の名をほしいままに、街を華やかに優しく灯し続けてきた姿は、さびしい限りだが今日を以てこの街から消えていくことになってしまった。私は今日の朝方、今まで沢山のお世話にあづかったホテルの人たちに感謝しつつ、最後に入館してホテルに別れを告げて来ようと思って立ち寄ったが、既に玄関前には多くの職員や関係者が集まって名門富士屋ホテルの最後の姿を惜しみつつ、閉館の締めをくくっていた最中であった。その様子を爛漫と咲く桜の花の下で感慨深く眺めていたが、同ホテルの得意としたフランス料理のコック長を初め、調理の白衣をまとった料理人たちが一列に並んでいたのが印象的で、別離の時の、ひとしおの哀歓を誘ったのである。奥山さんはじめ、親しく知り合いになった多くの職員たちの姿も、咲き誇った桜の,満開の花の間に見えかくれしていた。 

         名門の富士屋ホテルが幕を閉じ街の姿もかはりゆくなり 
         あるじなき富士屋ホテルの前に咲く桜の花が雨にうたるる
         半世紀近くに栄ゆ名門の富士屋ホテルの波にのまるる
         不動産開発業者に買い取らる富士屋ホテルのあはれ末路は
         友ら来て人を招きて学び舎の富士屋ホテルの赤松の間よ
         師を招き友ら集ひて学ぶ日の富士屋ホテルの影は失せしも
         磯ふりに消えてホテルのあと虚し桜の花とともに散りゆく
                                                3月31日


    

     


2014.03.01

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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