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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.12-03  3月7日百歳の森氏を寿ぐ

 三月七日 百歳の誕生日の森氏を寿ぐ 会員

     
百歳の澄めるまなこに情熱の静かにたぎる森氏その人

艱難と辛苦に人の立つ時もあらむと思ふ長きその道
たえまなくももへの波のうちよせていはひを重ね百歳(ももとし)の春
柔和なる百瀬の森氏に学びけり不動の信と堅きその意志
この国の栄枯盛衰の日本橋室町をゆく森郁二氏は
郁二氏の昭和経済会の会合にしばしば見えて学びゆくなり
百歳を迎ふ森氏はかくしゃくと富士の高嶺を仰ぐ朝かな
白雪の降る庭に咲く紅梅にいはうふ森氏のももとしの春
近江より立つ少年のこころざし高くらんまんと東京に咲く
まほろばの波乱万丈の世を見つつ威風堂々の近三のビル
豊かなる琵琶湖の水にはぐくまる森氏のその後の王道をゆく
仁翁の百瀬の春を迎ふけふ世の大平の空を眺めり
たえまなく百重の波の打ちよせてよはひを重ね百歳(ももとし)の春
うぐひすの高なく庭に白梅のあしたに開く百(もも)としの春
大翁の百瀬を迎へさはやかに尚世の太平を寿ぎにけり
たぐひなき上寿の森氏の充実す気迫は不動の富士の山とも
君臨す近三ビルを翁の背に威風堂々の姿すがしき
悠然として大翁のお目見えに背すじを伸ばし比類なき身よ
仁翁の百瀬の春をさはやかに富士の富嶽を仰ぐ朝かな
百歳の春を寿ぎ郁二氏の思ひと信のたぐいひなきなり
人生の王道をゆく大翁の歩み静かに思ひふかきも
現役の社長を勤め朝な夕な陣頭指揮に立てる大翁
満面に笑みをたたえて陣頭の指揮に立たれる百歳の氏よ
我も又森会長に範をえて強くながらえ世に尽くさむと
春たけき富士の高嶺の白雪に森会長を重ねあはせり
わが庭に白とくれないの梅咲きて森会長のけふを祝へり
戦災のいたでに耐へて日銀と近三ビルの残る焼あと
終戦の朝をむかへて日銀と近三ビルの姿こよなし
大江戸の室町に立つ近三のビルに朝日の光差したり
我が会に誉れの高き森会長おはして己づと光放てり
世に長く尽して昭和経済会それに森氏の威厳在りしに
日本の経済発展に尽くしきて今百歳の春を迎ふ氏
柔和なる社長の人柄経営にうつし盤石の近三商事は
白雪の富士の高嶺を望む今朝森仁翁のまほろまに立つ

平成24年3月6日。  昭和経済会 理事長 佐々木誠吾。

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東北大震災(3月11日)と東京大空襲(3月10日)

   東日本大震災が起きてから、あと三日を以って満一年を迎える。午后二時四十六分、日本全土を震撼させたマグニチュード九・二の大揺れは、巨大な津波を起こし東日本沿岸を襲った。死者、行方不明者合わせて二万人余の犠牲者となった。鎮魂の情、改めて切なる思いである。大震災と原発事故の発生で、私は3月12日凄惨な震撼を覚えながら約百三十首の和歌に詠みしるし、短歌同人誌・淵にも載せたが、次の一種はその冒頭に詠んだものである。
    + 大なゐと巨大津波に放射線物質におびえゆ被災地の民

   東北地方の全地がこうむった被害は甚大で、第二次大戦の敗戦で蒙った被害に匹敵するものである。又、被災地復興支援は、現地の人たちによれば九十六%は未だしの感と云う深刻且つ驚くべき実態である。さらに憂慮すべきは東電原子力発電事故と、収拾しがたき放射能拡散と汚染と云う恐るべき状況をもたらしていることである。
    + 目を奪ふ瓦礫の山と目に見えぬセシウム汚染の土壌いまだに
鎮魂の思ひあらたに切なるを祈る津波に亡くなり人

 三月十一日の惨状に加え、三月十日は又、第二次大戦下の東京大空襲の惨状と悲惨な被害をも思い起こした。東京大空襲を体験しながら、この国の指導者は戦況を誤り、誤るどころか真実を語らず虚偽隠蔽し、国民を一億総玉砕などの妄想にかりたて走り、広島、長崎の原爆の洗礼を受けるに至った。野暮な指導者に翻弄された国民は、死者三〇〇万余とも云い、働き盛りの男は大半が戦争の犠牲者となった。

+ 聖戦てふ名に暗躍す為政者のあがきに傷むあはれくにたみ
    黒焦げの赤児の先に黒焦げの地に伏す母の姿ありけり
    逃げまどひ火炎に叫びさけぶ子と母のあはれに焼け焦げにけり
    地の底にわく蛆虫に身を落とし悶へ苦しむ悪しき為政者
    この世にて良きくにたみを苦しめて悪しき権政をふるふくせもの

   虚偽隠蔽の体質は、その後も長く続き、高度成長経済で良好にめぐっている間は露呈されなかったが、ひとたび頓挫すると瞬く間にほころびが露呈し、暗部が暴かれてきた。東電は、その過程を進み、此の度の天災が引き金となって独占企業の横暴惰眠と隠蔽体質が暴かれ、あげくに奈落へころがりこんだのである。近時のオリンパス然り、大王製紙、AⅠJの問題然りである。企業経営の統治、倫理の甚だしき欠如である。堕落した指導者の責任であり、なれの果てである。   2月8日。

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  清新の気横溢の饗宴、出井伸之氏ご夫妻と

青春の目の輝きに出井氏の世界を駆ける思ひ高きも

常日頃うやまふ世界の出井氏と明子につきて席におもむく

このところ明子の世話になりしことさまざまありて過分なりけり

常日ごろ申す世界の出井氏と明子に仕え参るたのしき

天候のぐづつくことの続きしもこの夜のために収まりにけり

ありがたく出井夫妻と夕食の席に召されて過ぐる春の夜

歓談に出井夫人の朗らかに娘と意気のかよふ若さに

泰人の高き思ひを身に覚え意義あるときの春の宵かも

眺むれば巨万の星のちりばみて億兆さきの京のなほ果て

蟻ほどの動きのほどにか見えまじき地球を宇宙ゆ眺むときにも

ソニーてふ名を大世界にひろめし人この席に在りてうれしき

もろもろの星の北斗にしたがひてめぐる動きの摩訶不思議にも

松島の席に出さるる金目鯛煮付け一本崩ずす惜しきに

結婚の披露宴でのあいさつをソニーのテープに収む遠き日

その頃の花嫁姿の我が妻にしばらく思ひめぐらすもよし

出井氏を先輩と呼びてはばからず社会に尽すてがら大なり

経済の発展に寄す出井氏の世界に及びこの先も又

出井氏の高き思ひにひとのため広く世界の木鐸ならむ

北辰のその座にありて衆星のこれに向かいて行くが如きに

大人のおもむきにあり信念と高き思ひと固き意思との

豪快に楽しき席の出井氏とこの先おれば船中八策に

船中の八策に替え松島の八策を世にぶち上げんかな

庭はしに蕗と茗荷のともにはり今芽をだせる蕗の薹かな

わが庭にひとつほころぶ白梅の枝にあまたのつぼみ持ちおり

ヒヨドリのわれにも慣れて餌をねだりさえずり舞ひぬ目の当たりにて

出井氏の不動の信とこころざし学舎の頃ゆ身につけしなり

学び舎に学びしことのさまざまに語りおぼへて忘れなきかな

学び舎の昔のことをあきらけく語る記憶にうなずきにけり

志高くかかげて比類なき学舎の頃ゆ萌えしものなり

もし我がはたちの身にて仕ふなば偉人に学び鍛えゆかむや

出井氏の仁と徳とのおのずから人に知、情、意のありてさらなり

青春のうららにすぎてよき人と交はりを得て学びふかきも

紅梅をちいさき瓶にさしおきて春爛漫の夢にしたたる

枝に咲く紅梅の花五つむつ瓶に差し置き春のさかりを

限りなき空を眺めてわが思惟の果てにひろごる夢のはてかな

早春の深山に入りて行く先にかほりただよふ白百合の花

高らかに笑う座敷に世のさまを真しにかたり心意気あふ


国境のなき経済のひろがりに出井思想の世にも示さる

出井氏に似合ふえんじのネクタイをしめて青年の意気燃えさかる

出井氏の思ひは世界にはばたきて青少年に広くつがるる

美しき金目鯛のすがた煮に箸を置くまましばし眺めり

出井氏の世界の話を聞き学びこころみたしてすぐる春の夜

なまたまご二個頼みて茶碗にかきまぜて銀めしにかけ食むもよきかな

松島にふたたび行かば生うにとすすきの刺身頼まんと思う

生卵二こくずして混ぜて銀めしにかけて昔をしのび喰うなり

泰人の思ひに耳をかたむけてあたかも富士を仰ぐごとくに

目的を持ち人生にたちむかふ人のながらふ秘訣なりけり

この席に出井夫人の白百合に明子のダリアと咲くはかしこし

あたたかき出井夫妻のもてなしに若輩の身をさらに覚へし

常日ごろうやまひ世界の出井氏と申して真摯に学ぶ明子よ

                     3月8日。


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      原発の廃止について

   24日付朝日新聞の朝刊の一面記事に、小さく乗った報道に目が留まった。この3月末にJICA理事長を退任する緒方貞子さんが、訪問先のエジプトで個人的な見解として発言した言葉である。「自分の国でうまくいかなかったものを外国に持って行っていいものか」と、日本の原発の輸出について疑問を投げかけたものだった。
   日本の原発輸出の話が以前に出たとき小生も実に不思議な感覚に受け止めて、それ以来日本人の感覚的な考え方についていぶかしく思っていたので、緒方さんの発言を知った時に、自分自身が救われたような気持になったのである。さすがにしっかりした考え方を持っている人だと思ったのである。
   「日本ほど技術が進んでいる国でしかも広島、長崎の経験があり、原子力に慎重なはずなのに、こんなことになった。うまくいかなかったと云わざるを得ない」と続けて、原発の安全性について重大な懸念を示して、この小さな国土に54基も原発基地があることに危機感を示していた。東電による悲惨な、膨大な原発被害を受けて一年が経過した今、政府の原発事故の収束宣言にもかかわらず、一向に改善の兆しが見られないで忸怩たる思いであるが、単に楽観主義を打ち出したの気休めでは済まされない気がしてきて、野田さんはじめ関係者の国民を欺いた偽装工作としか映らないから、皮肉である。収束したと安心させておいて、避難区域を、警戒区域を暫時解いて帰宅を促しているのではないかと、政府のやっていることに疑問を投げかけざるを得ない。放射線物質の被曝による人体への影響は、未知数の世界で誰もが断定できないものである。とどのつまりは、そんな危険物はあるよりもないに越したことはない。しかしながらそう簡単なことがらではない。継続的に被曝していった場合に内臓に蓄積された放射線物質は、幼児や若年層の人に必ず影響してくるはずである。将来にわたって長く問題解決が課題となって負いいかぶさった来ることになる。
   日本中が瓦礫の処理で、いまだにてんやわんやの状態である。お互いに助け合って放射能の被害を最小限度にとめられるならいいが、処理に困って、瓦礫が邪魔で復興の妨げになっていることだけだとしたら、問題の性格をはき違えているとしか考えられない。放射線量が低いから、人体に影響はないということもはっきりした保証はないし、特定して申し訳ないが、福島の瓦礫を砕いて全国にばらまいていくとしたら、日本中が、平均的かもしれないが放射能に汚染されているという現実をこれから先長い間、内外に認知してもらっていくことになるのである。放射能汚染のがれきを日本と日本人が助け合って等しく負担することになって美的道徳心を持った日本人の更なる向上を内外に認めることになったことと、将来長きにわたり日本国のイメージが損なわれて人的交流とと物流的交流の妨げになってに直接間接影響を及ぼさないだろうかということと、この二つをはかりにかけてみる必要がある。薄く広くばらまくことがいいかどうか、事の性質上、もっと知恵を絞って発想を変えて大胆に、決定的に問題を処理しなければならないだろう。
   福島県にだって広大な山林があり、そのままの状態で放置されていて、現在の人知で以てしても活用しえない、生産性のない無駄な土地があるはずである。大方は国有地だったり県有地であって人里離れて、無価値で未利用であったりするであろう。仮に民有地であればそれを買い上げてやれば、所有者は金に換えられて一石二鳥である。もんじゅの基地を作ったように金さえかければ、瓦礫を日本中にまき散らさないで済むかもしれない。いじめるわけではないが、受け入れを決めた自治体の首長が自分の住まいの庭に運び入れて範を示してからなら本物であろう。だからと言って住民がすべて納得するわけではない。しかし首長の家を訪れる人は半減するかもしれないし避けて通っていく人も出てこよう。次の選挙には勝てないかもしれない。   
   日本には人跡未踏の広大な未利用の土地がまだまだたくさんある。こうした時こそそれをうまく活用しなければならない。そうした場所を瓦礫処理地と指定して一か所に集中的に処理していったらどうだろうか。そうすれば放射性物質を帯びた瓦礫を日本国中にまかないで済むだろう。そのための経済的負担については国民がすべからく負っていくことは政策的にもできるはずだし公平感があって実現可能なことである。政府が瓦礫拡散を国民にお願いしたところで受け入れられるはずがないし、将来に禍根を残す結果になること必定である。放射能拡散,散布に政府が手を染めて日本中の国民の将来を暗澹たるものにしてしまうだろう。海洋に散った瓦礫が500万トン以上とされている。海流に乗ってアメリカ西海岸に漂着するのも、時間の問題である。既に破片らしきものが漂着したらしいといううわさもある。その時の日本の対応がまた問題となるだろう。
   政府は目先のことばかりに目を奪われてはならない。原発事故の収束宣言もそうだし、絵に描いた餅を国民に押し付けてはいけない。原発について緒方さんはこうも言っている。「原発事故について、地震や津波があったからという人がいるが、日本はそもそも地震大国だ。技術過信はもとより、原発の理解が不十分だった。太陽、風、地熱など再生可能エネルギーの進歩は著しい。多様なエネルギー供給の在り方を真剣に考えるべきだと思う。」 まさに至言と受け止めたい。
   銀座の外堀通りを老若男女が、静かな声を上げながら、原発反対のデモを作って通っていくのがビルの窓から見えた。今日は土曜日で休日だが、仕事が溜まってしまい、そのために出てきている。デモの声が聞こえてきた。「原発はいらない。子供たちを守れ。東電は嘘をつくな。人間らしい生活を取り戻せ」と叫んでいる。駆け引きのない素朴な市民の声である。昨日から降っていた雨がようやく止んで、今明るい日差しがさしてきた。ささやかなデモ隊が濡れないでほしいと願って、私は行く先をじっと見ていた。   3月24日。

平成24年3月6日

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理事長 佐々木誠吾


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