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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

Vol.10-05 ギリシャ発 金融危機 那須塩原行

ギリシャ発 金融危機

      のどかに5月の連休を箱根で休養していたら、世界の金融市場が混乱に陥入っていまいた。ギリシャにくすぶっていた財政危機の問題が改めて浮上し、世界の同時株安を演じていたのです。
      ギリシャが勝手にやってきた放漫財政とまでは云いませんが、そのつけがいきなり日本にくるとは。世界経済のグローバル化の速さを、身をもって体験させられるような衝撃波でした。6日、木曜日に始まった東京市場は、ニューヨーク市場の急落をうけて取引開始から急落し、連休を楽しんできた行楽帰りの人に、嫌な思いをさせました。NY株はこの1週間で628ドルの下落で、世界市場に及ぼした影響は大きなものがありました。リスク回避で株安が加速し、ユーロの為替も下落し、EU諸国に輸出する企業の先行に大きな衝撃と不安を与えました。
      欧州連合は7日開いた緊急首脳会議で、発信源となったギリシャ向けの支援策を承認し、包括的な金融危機対策に合意し、緊急事態に備えました。そのための長期的な視野にたっての欧州連合基金などの構想も浮上してきました。
      金融危機の震源地となったギリシャの首都アテネでは、巨額の財政赤字を圧縮する為の緊縮政策を発表した政府に、官、民の労働組合が反発し、大規模なデモを行ったのですが、案に相違せず一部が暴従化し、官公庁や銀行等に火焔ビン等を放げたりして警官隊と激しく衝突、死者3人を出す騒ぎとなりました。こうしたギリシャの政情不安の長期化が財政危機の回避と改善に、不安要素と映り、株式市場の急落に拍車をかけたきらいがあります。
     ギリシャの財政危機がEUに影響して、世界経済が企業業蹟の回復を背景に上昇してきた動きに水をさされた格好であります。それに最近は中国の国内経済の過熱気味な状況を牽制して、中央銀行の預金準備率の引き上げを決めたことも、株式市況に目先暗い影を落としていただけに、一気に悪材料が重なってショックは大きかったようであります。
      アテネのアクロポリスのパンテオンに突如として現われた財政危機という妖怪でありますが、神々がこぞって神殿に現れて、金融市場の混乱を引き起こしている妖怪を速やかに退治して、混乱の収束につとめて平静を回復させて欲しいものであります。アクロポリスのパンテオンの前で、立往生した観光客も、街中の突然の混乱と騒動に困り果てています。アテネの市民の老婆は、「街の混乱は国の恥です」 と嘆く場面がありました。
     しわの深い老人が云うとおりであります。アテネの神殿は、騒乱の場所ではありません。ギリシャは古くから神々の守護の下にあるものと、そしてエメラルドの光を放ち、紺碧のエーゲ海に囲まれた豊かな海洋国であり、ダイヤモンドのきらめきを持った平和な国と、我々の目には映っていました。神々とともに人間が一番天国に近いところに住んでいるとファンタジックに思っていましたが、時代とともに錯覚に変わって来て、変な神がいたりして狼藉をしでかすものもおりましょう。しかしギリシャと、ギリシャ国民は尊敬に価するものと思っていたので、首都の騒擾と暴力沙汰は残念な気がいたします。英知を発揮した、速やか解決と事態の収拾を期待しています。幸い、政府が提出した緊縮経済政策は議会を通過して可決されました。今回、毅然とした国会の対応では、さすがはギリシャの指導者の風貌と風格がありました。問題はこれからで、いかに財政再建に実効的施策を行っていくかでしょう。
     ギリシャはスイスと同様、違った見方からギリシャを見てきて、経済的には決して裕福な国ではありませんが、古い歴史に根ざした見本的な国と思っていただけに思いは複雑であります。世界には治安が乱れ、暴動にあけくれる下等な地域や国があるのを連想し、シェイクスピアの劇ではありませんが 「ブルータスお前もか・・・」 と絶句してしまう心境にもなります。変な神が、狂って騒ぎ出したと思うしかありません。ギリシャ発の今回の金融危機は、少し大袈裟に受けとめて波紋を広げてしまったたきらいがあります。しかしながら、リーマン崩壊後の金融危機と経済恐慌を立て直すために、各国が巨額な財政出動を以て対応してきたが故に、どの国も大なり小なりギリシャと同じような要因を孕んでいることも事実です。経済が投機家の思惑によって混乱される可能性あり、充分警戒する必要があります。ギリシャ発を機会にEUの対応に疑義が生じると、投機家に隙を与えることになり、ユーローに信認を問われ、結果、またもや金融危機を招くことにもなりかねません。テンポラリーで、いずれ収まることを期待しています。、近くにはポルトガルやスペインが真似をしないで欲しいと、EUは頑張ってもらいたいと切に願っております。          (5月8日記)


那須塩原 行

  五月十八日、会員の鈴木亮氏と所要のため東北新幹線のМAXやまびこ・二〇七号仙台行きに乗って、皐月の空のかがやきわたる那須塩原高原に向った。鈴木さんとは東京駅の東北新幹線の乗車改札口で落ち合った。東北新幹線はホームに十五分に入ってきて、慌しく二〇分に発車した。五分間の余裕しかなく、さすがに特急らしく、スピード感があった。十三号車の二十三番B席の座席指定に坐り、窓側のC席には鈴木氏に坐ってもらった。車輌は明るい白色の二階建てで重量感があった。車内の二階のシートの指定だが、一階は文字通り二階に押し潰されそうな感じである。ホームの高さと同じレベルに乗客の顔を見る感じで、送迎の際はホームすれすれの窓に顔だけを出すといった格好であり、モグラが穴から顔をだしているのと同じで、見てくれは余りよろしくない。動き出してしまえば全く別で違和感はないが、ホームに停車中は、外に顔を向けないほうが良いと思った。
  二階に坐った心地は高い所から周囲の景色を眺めるので、その分、視野が広く感じて快適である。車内は紫と青いトーンが落ちついていて綺麗な装飾である。ゆっくりした気分にしたれた。所要時間は一時間十分。十一時三十二分に那須塩原駅についた。
  駅前の日本レンタカーでトヨタのハイブリット車を借りて新緑に輝く那須高原を、さわやかな薫風のなかを突っ走る。加山雄三や石原裕次郎がスポーツカーで風を切っていくような気持ちに返ってみた。東北高速道路には黒磯、板室インターが三年前にできあがったが、去年インターの先五〇〇メートル程のところに大規模なアウトレットが出来上がった。昔、企業誘致のための工業団地として造成したものだが、当てが外れ目的を達しえず、長年放置されたままであったが、時代の波に乗ってアウトレットの開発に発想を変えて大胆な商業施設の活用に転換した。成功してもらいたいと念願している。
  アウトレットに近づいてみると平日ながら多くの乗用車が駐車していて、それなりに活況を呈している様子であるが、何か地元立地の特異性、利便性の宣伝に欠けるきらいがある。東北地方の野暮ったさが感じられ、洗練された趣向、ハイセンスを求める努力がいま一つ欠ける気がする。それもそのはず、この施設に気ずかずに素通りしてしまった。あとになってその所在を知ったくらいである。そもそも華やかな商業施設を目指すのだから、アウトレットの沿道を、もっと明るく広々と解放すべきである。何か閉鎖的、極論すると湿った暗さがあって、その所在すら感じないようでは、経済効果はその分薄れてしまうだろう。これでは折角のアウトレットの活躍が半減してしまう。施設には洗練された要素も必要だし、顧客を継続的に引き寄せる魅力がないといけない。自治体の積極的なサポートが欲しい。それにはもっと勉強してもらわないと駄目である。
  那須高原が軽井沢のようになるには、ソフト面の努力が必要である。縁あった那須一帯を部分的に所有しているものとしては市の行政は何とも頼りない気がする。その証拠は全てに感じられる。この何十年と行政はゆで蛙につかっている感じで、将来性と展望をもちえないでいる。「安愚楽牧場」と云って牛肉の美味さは、この頃人気を博していて結構である。その品質の良さを一生懸命に宣伝したりて、新たな産業を呼び起こしている。しかし広々として那須高原が牛の垂れ流したその臭いがする様では、高原をハイブリッド車で疾走する気分になく、優美にそびえる活火山の那須連山を始め、折からの新緑と皐の空の輝やきも詩情をそぐに充分なくらいで皮肉な結果である。この時に嗅ぐ牛糞のかぐわしき香りをなんとかしないと、嫌がる人もいるだろう。田舎的も、別の意味で発揮してもらいたいものである。内閣を放げ出した安倍さんを講師に呼んで、「美しき日本」を一〇〇回ぐらい講演してもらわないと、田舎ものの役人たちは、いつまでも田舎者に留まっていて、肥桶かつぎから脱却できないでいると思った。これからの地方には洗練された感覚と、教養の高さが求められる。
  新幹線の那須塩原駅は昔、東北新幹線建設の際、旧国鉄東北線の塩原駅に作るか、それとも黒磯駅に作るかで地元では綱を引き合う相当の議論があって、結局中を取って両駅の中間に収まった。そのために塩原駅も、黒磯駅もその後はむなしく衰えつつある。中間を取ったはずの那須塩原駅も、未開拓地の新規建設とあって、街としての体をなさず未だに発展しないでいる。駅周辺の整備もおぼつかないでいる。東口に至っては田舎丸出しの雑然さで嫌悪感すら抱かせる。
塩原駅は、名湯、塩原温泉の玄関口として、その名と地の利を生かして駅として盛えていたし、一方、黒磯は那須温泉、そして御用邸が那須にあって、皇族の乗降の折々にあってそれなりに知名度を上げて品格を添えて盛えていた。品を添えた風光明媚な高原に、ベートーベンの田園交響曲のように、光と喜びに溢れた生活の夢を描きながら、若いときの情熱で天地清浄の地を衝動的かもしれないが、買い求めたものである。不思議なほどに今は二つの駅とも妙味なく衰え、昔あった黒磯町のさびれ方はひどい。自分の情念と価値観が知らぬ間に変わってしまったのか、。それとも世間が変わっていったのか、判然としないままに至っている。しかし、ベートーベンの情熱は、未だに失せずに追い求めていることに感謝している。
     振り返って、今は二つが合併して新しく那須(黒磯)塩原市となったが、意味なく行政のみがいたずらに膨らみ、住民の負担が増えるばかりである。新鮮味がなく、新しい時代の波に乗っていけないでいる。地元住民と、行政の能力不足、勉強不足の結果である。
東京に至近の所にありながら、レベルの低い地域行政、地方行政の限界を示している良い事例である。こうした傾向になやまされている地方字自体は枚挙にいとまがない。那須塩原の利点を生かした住民と、行政の更なる努力が、魅力ある緑の豊かなふるさと再生と復活には必要である。都会に近いのだから若者たちが魅力を感じて、レピーターとして集まってくるようなことも考えてほしい。ここで起死回生の漸新性のある妙策を案出し、大いに発揮してもらいたいものである。        五月十九日。      続く。


平成22年5月10日

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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