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社団法人昭和経済会

理事長室より
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理事長室より

VOL.21.5

   
        大型連休に

今日から本格的な大型連休、ゴールデンウィークが始まった。このところ好天気に恵まれているが、連休も押しなべて全国的に快晴に恵まれて各地の行楽日和は確かなものとなっている。

  ところがおっとどっこい、今年のゴールデンウィークは、すでに忘れてしまっているかもしれないが昨年の時と同様、コロナ禍が災いして自由に出かけることが出来ない。今は、先日発令された一都三県にまたがる緊急事態宣言の発令中である。関西圏の大阪府、兵庫県なども同じだが、政府、自治体からの外出禁止令に近い要望が発令されて、全国的にコロナ感染拡大を懸命になって止めようと努めているからである。今や我々は、巷にステイホームを連呼されて外出自粛の要請を受けている最中である。行楽地に出るのも憚るし、出たにしても出先ではお店が休業、閉店続出のありさまだから、行楽の目的が果たせないまま現地で放り出されるが落ちである。

  元気で活動的な少年少女たちにとってもそうだし、血気盛んな若い諸君たちにとっては、ステイホームを求められても、既に心身の萎縮、自閉では忍耐の限界を超える状況でいたく同情する心境である。しかし、コロナに感染してしまったら苦しい思いをしなければならないことを考えて、ここは忍の一字に徹して従ってもらいたい。知恵を絞って毎日の休日を有効に活用する方法を編み出して、この連休を合理的に過ごしてもらいたい。仮に外出する場合であっても、マスク着用で三密を避けることが肝要である。今流行している異変種のコロナは治療に不解明で謎の部分が多く、心身に受けるダメージは人の一生にとって計り知れないものがある。

驚いたことに世界の国別に見た統計があって、ワクチン接種率に関するものでNHKが発表したものである。何かというと、人口100人当たりのワクチン接種回数を示したものである。それによると一位がイスラエルで119,5、次いでイギリスが63,5 そして3位のアメリカが63,3である。日本はどうかと云うと僅か1,6である。順位にして32位と云うから何とも情けない話である。これで感染者数や死亡者については低い水準にとどまっていることは幸いなるかな、世界の七不思議に入るかもしれない。科学の力を発揮し得ず、ひたすらマスク着用と、三密を避けた徹底した原始処方に徹しているからである。


  午前中は五月にふさわしい晴れやかなお天気であったが、午後から大気の状態が大きく変化して荒れ模様の空に変わった。それに午前中の十時過ぎに長い揺れを感じた地震があった。仙台沖を震源とするマグニチュード6・8、震度6のかなり強い地震である。東京も震度3の揺れを長く感じたくらいだから、地震の規模は広範囲にわたるものだった。

  又夕方近くになって、雷鳴を伴った強い大雨に見舞われた。ところがこの雨、実は昼間に植え替えたレタスの苗にとっては良い湿りで、慈雨の恵みとなった。今年は早い時期から庭畑の土を掘り返し、肥料をたっぷり施して休ませておいた。植え付けの菜っ葉類には事欠かないし、連続して新鮮な野菜に恵まれて健康的である。トマト、茄子、キュウリ、しし唐といった成りものは、先々週の休日に植え終わっており、順調な生育状態で満足している。豊作は間違いなしだ。拙宅もそうだが、周辺は今、深緑も光の色に溢れているし、端午の節句に泳ぐ鯉のぼりも鮮やかである。万年筆を胸にさし、思いつけば和歌や俳句をしたため、身近に楽しい仕事があって、頭も体も休む暇がない。むしろ度を越さず適度に、上手に連休を過ごすつもりである。

  今年の連休は富士ビューマンションで過ごすつもりでいた。しかし緊急事態宣言で神奈川県に来ないでくださいという県知事の要請で、別にマンションは富士箱根であっても静岡県に所在するからいいはずだが、神奈川県を通過していくことになる故に車のナンバーを見れば行動範囲がはっきりし来る。自ずと出足が鈍ってしまい休日も余すところ三日となってしまった。天気も明日まででそれ以降はぐずれ模様になるとの予報である。車を飛ばして富士ビューマンションへ行くことは目下のところ断念した。箱根行については、感染の可能性は完全に遮断しているには違いないが、ウィルスも異変株の発生拡大で感染力も強く、かかれば重症化の可能性が多いという。

   触らぬ神に祟りなしではないが、飛んで火にいる夏の虫ともいうが、この際は自重し勝手な行動を慎んだ次第である。その代わり憲法の日を明日に控え、六法全書の最初だけをめくって憲法を勉強してみようと思っている。触らぬ神に・・・・とは厳密にどうゆうこと?と妻に聞かれた。確かに神に触れるという言葉には不遜な感じがあって慣れていない気がする。妻が何となく尋ねる真意がわからないでもない。戸惑いながら返事をしたが、要は、物事に関係しなければ、面倒なことに巻き込まれることはないということだよと即座に回答した。コロナにかかったりすると確かに面倒である。肺の正常な細胞が侵されてどんどん死滅していき、呼吸不全をきたすから、KRANNKUHEIT ZUM TODE  即ち 「死に至る病」である。かかわりを持つことは難儀で苦しみである。だから三密を避けよと云われている。老若男女、衆人須らく守るべきである。


山吹の庭の暗みに輝やきて黄色の花を吹き咲かせをり

深緑と空の青さに泳ぐ鯉のぼりも高き我れがふるさと                                                                        5月1日

     希望はでっかく

  以前、私の会社に出入りしていたKと云う人がいて、紹介された土地を買って差し上げたことがある。確かな記憶をたどれば、その時のKさんとの付き合いは11年前のことである。お客さんは、大阪を拠点とした料理研究家で、T学院を全国的に経営する有名なT学院長が所有ていた土地の事だが、被相続人となってしまい未亡人が司法書士を伴って訪ねてこられた。司法書士がついてきた話なので内容は信用できるものと判断し、たまたま隣地だったので、弔う気持ちになって受け入れて差し上げた。その時の仲介者がKさんである。Kさんは昔気質の言うなれば任侠的な気風を持ていて、仕事柄大言壮語の際立った人なので、小生としてはあまり好ましい人の部類に入らなかったので、その後において持ち込んでくる話についても距離を置いて話を聞く関係であった。昔気質で任侠風と云うと、無味乾燥で世知辛い今様のこと、珍しく魅かれるところもあったりするから世の中は不思議でつながっているのかもしれない。

   そのせいか縁ものでつながったことをめでたく付き合っていたら、心の隙間に油断の風が吹いてしくじってしまい、受けた話で損をこうむる結果になってしまった。Kさんは、人さまに損害を与えておきながら、憎まれっ子世に憚るとでもいうのか、愛想よく人の気を引きながら相変わらず何もなかったことのように振舞っているのも憎めないところがあったりした。よく言うところの、泥棒にも三分の理、盗まれる方にも人の業、とでも云おうか泥棒を正当化するわけではないが、被害に遭う方にも人の業と決めつけるように行動に落ち度があることは否めないし、一つの警句と解釈しながら己を戒めている。小説を書いたりしていれば材料が沢山くみ上げられるかも知れない存在である。小生も損害を被っていることを殊更口に出しても仕方がないので、弁護士にお願いして、後のとれないものは回収をあきらめているのであるが、そのKさんは本気で弁済するつもりでいるのかどうかわからないが、自分の持っている財宝をさる人に売却して莫大な金が入ってくることをいつものように仄めかしては人の気持ちを引き付けているのである。実際には故郷にも先代から住む家屋はあるものの、自分の名義ではないし、広大な田畑にしても工作機械に乗っている姿はあっても、自分の名義に登記されているものは何一つない。しかし地元には古くから広大な田畑や山林を有していることになっている。迂闊な人は、そうした話をすぐに信用しがちである。こちらも人の子であってみれば、無欲枯淡の身でもない故、何気なく期待したりしてしまうのである。  某日に続く

平和憲法の日

   5月3日は戦後に作られた日本国憲法が施行された日でゴールデンウィークに組み込まれて国民の回顧を促す日ともなっている。戦争の惨禍を身を以て体験した人は既に少なくなってきている。多くの国民は憲法の成り立ちを知らずに戦後を生きてきた人たちだから、その生い立ちと意義を回顧することは歴史を振り返る際に大事なことである。小学生の教材にも載っている常識を、我われ大人たちももう一度心を新たにして振り返る必要がある。コロナ感染拡大を食い止めようとして幸いと云うべきか今は緊急事態宣言のさなかであり、連休の外出自粛を強く求められている。日本国憲法の序文だけでも読み返してみること、そして戦争放棄と基本的人権の項目ぐらいは暗記していてもいいのではないだろうか。高齢者にとっては脳の活性化にも役立つはずだし、さあ復習してみようではないか。

  日本国憲法は、多くの犠牲者を出した第二次世界大戦の経験を生かし、二度と戦争をしない平和で自由な国を目指して制定された。その憲法の施行を記念して制定された祝日が、憲法記念日である。「国のさらなる成長を期待する」という思いも込められている。小学生の教材をもとに再びそうした概念を基礎に摘まみ読みでも構わない、ひょっとすると学生時代に全部暗唱したころが蘇ってくるはずである。特に高齢者にとっては勇ましい学究時代を思い出し、責任の一端を担って、この日を起点にいつも口ずさんでいると、理性的人間に振り戻って、精気取り戻しの大きな回春剤になるかもしれない。若い人にとっては、次の仕事の飛躍台となって奮起するはずである。

繰り返し読む憲法の前文をコロナに対峙いたすこの日に

日本国憲法の真価を知らずして貶す徒党の多きこの国

憲法の実にお世話になりながら不平不満をへつらふ人らよ

外国の侵略に対し毅然たる自衛の行使は憲法にも在り

平和憲法ゆえに同等に外国にこれを求むる権利もありけり

権利、義務明確にある国民の改めて知る生存の意義

戦争の放棄は相手にも主張しぬ無防備無抵抗これにあらざり

憲法の理念を理解し実践し故に今日の祖国の在りしと

憲法の平和と自由と人権の順守を世界に広めゆかまし

人間の愚かな性を繰り返す歴史を諭す平和憲法

憲法の基本精神の不動なりコロナ禍にある世にそ在りても

戦争は国の権力者の恣意により一部が富みて死せる民衆

戦争の記録をたどり殺戮と略奪のさま如実学べり

青春の学窓に学ぶ憲法の思ひも熱き今の今日の日

人生に悩み挫折の寸前に憲法を読み奮起致せり

憲法を人生最大の座右の銘と心に決めて前に進まん

憲法の前文を読み人生を回顧して得る意志の馬力を

人類の広く指針と施行せんわが国憲法の基本精神

対立と喧嘩を融和と寛容の社会構築に根差す憲法

憲法の普遍的思想を喚起して今の世界を顧みるなり

深緑に輝く今日の憲法の日風を孕みて舞ふ幟かな

普遍的原則を述べ現実に確実に立つ平和憲法

敗戦の苦労と明日への希望より自由と平和の憲法を手に

憲法の日に憲法を読み返すあな麗しき前文の主旨          5月3日

    子供の日

  今年のゴールデンウィウィークは散々な目に遭って、連休を利用して外出を楽しんだり、長期旅行を企画したりすることが出来ず、そうした状況で五月の大型連休は子供の日を以て締めくくることになった。連休については大事な憲法の日と今日の子供の日が一日を挟んでつながっており、二つの祝日の日を意義深く感じて過ごしたものであるが、最近は少しずつ状況が変わってきているようである。端的に言えば、内外の状況の変化が手伝って、憲法の日に対しる国民の受け止め方が変化して来て、憲法改正の論議が盛んになって来た感じである。

   又、子供の日の祝日についても、世評を反映して昔のように陽気に大々的に子供の健全な成長を願い期待すると云った行事がみられなくなってしまった。家庭の家族構成にもよるが、昔は外に出ると必ず子供たちが元気に飛び回って遊ぶ姿を見つけたり、遊び回る声が聞こえたものである。ところがそうした機会が少なくなってしまったようだ。寂しい限りである。昔は子供が一家族で四、五人は居て賑やかだったし、兄弟愛を通じて自然と人間性の陶冶と発揚につながっていったものだが、残念なことに家庭に子供が少なくなっていくようである。極端な例になると、結婚しても子供を設けないという夫婦が多くなってきていることも事実である。結婚と家庭ということについては、それぞれ自由な見方があってそかるべきだが、子供のいない寂しさと云うことも現実にあるので、価値観、人生観の相違とはいいながら、果たしてそれで良いのかどうか一考を要する気がする。

  子供を祝う日と云いながら、具体的にどんな祝い方があるのかと云ったら直ぐに浮かんでこないのが今日的な風景である。端午の節句であり、目に浮かんでくるのが空を泳ぐ鯉のぼりであり、床の間を飾る兜であったりした。しかしデジタル社会に馴染んでスマホを以てゲーム遊びに熱中、堪能する子供たちにとっては、そんなのんびりした行事などまどろっ濃くて気にも留めないだろう。昔の子供たちの遊びは、工夫して皆が一緒になって遊ぶものだった。スマホを持ったゲーム遊びなど想像もできなかったし、遊びと云えばだれか相手があってのことであった。

  かくれんぼや鬼ごっこは日常茶飯事である。外に出て輪になって掛け合いながら歌い合いながら楽しんだりしたものである。「かって嬉しいはないちもんめ・・・、かもめかもごめ籠の中の鳥は・・・、押しくらまんじゅう押されて泣くな・・・、あぶくたった煮たった・・・、あんたがたどこさ・・・、など、皆が手をつないで輪になって、楽しく歌い合い動き合うもので、平凡ながら互いに触れ合って人間味のこもったものだった。ひとり遊技としてはおはじき、めんこ、けん玉、凧揚げなど、謂ってみれば手作りのモノばかりで機械化されたものは何一つなかったし、思い出すと一つ一つが絵になて鮮烈に浮んでくる。他愛ない話だが、ベーゴマは勝ち負けで駒を取り合うので、不良の遊びだからと禁止されていたくらいである。映画は見てはいけないとか、漫画はポンチ絵と云ってバカにしたくらいであり、頭が悪くなると云うくらいで、今でいう締め付けが多かったが、子供たちは大らかに動き回り別に気にも留めなかった。

  総務省が五月五日の「こどもの日」に合わせて公表した15歳未満の子どもの推計人口(4月1日現在)は、前年より19万人も少ない何と1493万人だったという。この数字は1982年から40年連続してきており大きな減少となっている。過去最少を更新した。 発表によると、その内訳は男子765万人、女子728万人である。

  国連の人口統計年鑑によると、人口4000万人以上の世界33カ国中、子どもの割合は日本が最低だそうである。次いで韓国12.2%、イタリア13.3%、ドイツ13.61%だった。子供の数が世界的に減少傾向にあるが、追い打ちをかけてコロナ感染拡大が出生率に重くのしかかってきている。アメリカでも子供の出生率が前年比で6%減少して6年連続とのこと、そして実に40年振りの低水準であった。人口の減少、特に働き盛りの人口減少は経済にとって影響を及ぼす点で懸念材料であるが、世界経済をけん引する米国の成長に響くのではないかとの心配も出てきている。

  日本の少子高齢化の現状は憂慮すべきことながら、若者が結婚生活に不安を感じないような社会の構築と、子供の養育と教育に希望を持てるような制度設計を国、および自治体が連携して強固ならしめていく具体的な方策を示すべきである。テレワークや在宅勤務の将来的普及は拡大傾向にあるので、先ず住環境を改革する有効な政策立案に着手すべきである。都市から地方への分散生活圏の作成は、有意義である。   子沢山の楽しい家庭が思い起こされるが、謂うところの「貧乏の子沢山」と云われたりしないことが前提であり、子供の日にちなんで有意義な考え方を以て、将来に臨んでゆきたいものである。          5月5日

緊張の変異株コロナ感染状況

  ここに来て新型コロナウィルスの異種株の、コロナ感染が拡大して状況は憂慮の一途をたどっている。東京が再び1000人台に乗せ、大阪も相変わらず1000人台を5日連続であり、北海道が500人台に乗せて過去最高を記録すると云った感じで、感染拡大は地方に広がってきている。一都三県の緊急事態宣言も発令されているが、延期の公算大である。各自治体も、蔓延防止法の延長を再度にわたり要請したりしている。

  いち早くコロナ感染を食い止めた中国は、経済回復に懸命であり、統計的には確実にコロナ禍を克服し、経済回復を軌道に乗せて活発に活動中である。アメリカも遅ればせながらコロナワクチンの接種普及で感染拡大をい食い止め、経済活動と人流の制限を暫時解除して景気回復に努めており、明るい見通しを立てることが可能となった。しかし、日本と云えば大幅に後れをとった状態で、ワクチンの接種が始まったばかりで1%と云う情けない状況である。拙者も高齢者の仲間に入っている関係上、早めの接種を予定されているが、世田谷区役所からようやく通知を受けて先刻インターネットで申し込みを終わったところである。5月31日と二回目の接種が6月末と決まった。

  今日の連休明けに街なかは、特に降り立った繁華街の銀座は人影がまばらで閑散とした状況である。三越、松屋、松坂屋と云ったデパートがデパ地下を除いて軒並み休業状態を余儀なくされ打撃は大きい。例えば銀亜中央通りの老舗のブランド店も右に習えで動きが止まってしまっていて、開店休業状態である。初夏の熱い日差しがさんさんと降り注ぎ、人影の絶えた街なかの様子を強烈に映し出して異様な感じである。コロナウィルスがむしろ辺り周辺を跋扈している感じで、今日も早々と帰宅に着くことにした。

異種型のコロナ感染の拡大に緊急事態宣言の都市

変異種のいくつか有りて難儀なりコロナ感染の猛威ふるへり

後手後手に回る政府の政策に疲れ果てけるこの国の民

ワクチンの外国頼みに日本の後進性を明かす如実に

日本の驕り鷹ぶりが災いし政治、行政に遅れとるなり

気付かずに進む日本の後進性後れを取るは甚だしきなり

中国のコロナ感染を抑え込み経済回復に走る人びと

アメリカもバイデン政策の推進にワクチン接種の普及にてあり

感染と死者の拡大に戦慄と恐怖の渦に在りしインドよ

拡散を漸く抑へ経済の活動開始に走るロンドン

マクロンもメルケルもコロナ感染の抑止にあの手この手尽くせり

おもむろに見上げる空は澄み渡りさつきの精気に溢れ満ちたり

み言葉に幸いなりきと記せけりコロナに勝てば幸いなりき

恐るべし新型コロナウィルスの地球のおもてを覆ひ尽くせり

始めより言葉ありきと宣へるウィルス在りきと云うは確かに

清らかに澄める宇宙にウィルスを散らす恐れの宇宙開発

この世にて無駄な用途に莫大な金を費やすことの多かり

月に立つよりか眺むる趣きの勝るこの世の真意悟れり

物欲の権化なるかも月にまで飛沫を飛ばす人の愚かさ      5月10日

悲惨な爆発的インドのコロナ感染

  新型コロナ感染のインド型ウィルスについては、感染力が従来型と比較して数倍ともいう識者がいるほどに、現地のその状況はすさまじいものがある。一日の死者が4000人を超して犠牲者を弔うこともままならぬ始末である。人口13億人の超過密国であり、貧困層が大都市に集中すしているので感染の度合いが凄まじい。国の機能を喪失し、食い止める手立てを失っているかに見える。火葬場も満杯で、野外で火葬する沢山の煙を映し出す写真の報道には驚愕と戦慄を覚えた。ワクチンが有効な薬功を発揮していることが事実だから、各国がこぞって支援の手を差しのべて然るべきだが、シリアスな状況であるのは残念である。ワクチン接種で成功し、余力を残すアメリカやイギリスなど、中国もしかり、救援の手を尽くすべきである。そして日本であるが、製薬会社のレベルからすれば、独自のワクチン開発があってしかるべきであり、政府の支援もしっかりして今後に備えてもらいたい。最早後進国と慨嘆するのみとは、何たる有様かと自虐と憤怒に耐えぬところである。

埋葬も火葬も出来ず漂着すガンジス川のコロナ犠牲者

貧困の家族がコロナの犠牲者にガンジス川にあまた捨てらる

一日の死者四千人てふコロナ禍のインド全土に被害及べり

コロナ禍のインドの死者の数倍と日に四千人超の発表の裏

荼毘にふす煙の数のおびただし大地を覆ふ死者の嗚咽が

増大すムコール症、即黒い菌感染症のおぞましき波

拡大すムコール症の後遺症はや死に至る病ひとぞ云ふ

漂着すガンジス川にしかばねのコロナ禍に在る悲惨なる国

中国のコロナ感染を制覇して今や経の回復軌道に

早くよりワクチン製造に着手せる米・中・英の技術水準

ワクチンの自国製造なし得ざる日本の権威のいずく在りしや

偉そうな顔して語る日本の後進国の科学水準

長年の保守王国を自認せる自公政権の悪政のあと

対峙せる野党の弱き勢力も勉強不足の旧態然とし

公文書改ざん隠ぺい廃棄など組織を侵す蓋し悪習

救援の手を速やかに差しのべて米・中・英がこれを為すべし    五月十一日


近時雑感

  連日の如くコロナ禍に襲われて騒然とした世相である。何とかワクチン接種が功を奏して平穏な世の中を取り戻したいと思う一念である。菅さんも、小池さんも気の休む暇もないくらいに東奔西走の毎日に等しく、ご苦労を多としたい。国民、都民の健康と命の大切さを熱心に説き続けて有りがたき次第であるが、難問山積で、ご自分の身体をも疎かになさらぬよう是非とも健康な毎日であってほしいとご忠言申し上げたい。

  雑念を与えて恐縮であるが、話題をそらし悪しき緊張を解くためにもと思い雑文を載せて些かなりとも手を差しのべたいと思い、以下の通り近時の事柄を書き記すことにした。

     *

  どこの学園でも一様なことながら、私ごとになって恐縮だが、母校の早稲田に在籍して無事卒業した諸君には、母校から毎月「早稲田学報」なる校友会誌が届けられてくる。但し大学を卒業してその後も校友として残り、定められた校友会の会費を納めているものに限っているから締めるところはちゃっかり締めている。当然なことであるが、会費を納入したものには須らく、雑誌の内容は兎も角として送付されてくる。編集については口出しは出来ないので、一方的な通信である。
 会費の納入については何十年か前に年会費を一括で納める終身会費の納入制度があって、小生は細々と払うのが億劫で嫌だったので終身会費として収めたのであった。確か年間三千円のところを六万円支払った記憶がある。二十年分と云うことであるが、既に期限は過ぎていて、何十年前からただでもらっている気がして申し訳なく思っている。校友会からは一回も忘れずに送ってきてくれている。

  終身払いの動機は、経済評論家の森木亮君の勧めで、その方が面倒なく得だとも云われてそうしたまでだった。情味に熱く学識豊富な友人の一人であった。高等学院時代の森木君は「淵」の創刊者の植田重雄先生の教え子であり、母校の校友会の活動については特に気を配っていた一人である。国会議員選挙の時も当時新党を樹立したばかりの新自由クラブから立候補した経歴の持ち主である。あの時は僅差で落選の憂き目にあってしまった。残念ながら今は物故者の欄に入っている。森木君のあの時の忠言に従って小生も終身会員として登録したので、健在な間は校友会誌を送ってきてくれるはずになってている。苦言を呈するわけではないが、校友会誌は上質の紙を使って居ながら今流なのか知らぬが、字が小さくてインクが薄く、その上写真が多く重なってきていて読みずらい。写真雑誌ではないので一考を要する点がある。こう貶すのも親心からである。
  
   編集内容においても教育的、学術的内容が薄く、学者諸氏のエッセイなど親しく載せてもらっていた方が楽しめて、母校精神に触れる機会があると思うのだが、感覚の相違だろうか。対象が校友で別に学習する必要もないから致し方ない。そうは言っても折角の学報である、もう少しレベルを上げて中身の濃いものにしてもらいたいものだ。昔、畏敬する名誉教授の大内義一先生がおしゃっていたが、大学でもモノを書く学者が少なくなってきているし、書くことの嫌いな連中が多くなってきていると憂慮すべく苦言を呈していらした。学者がものを書くことが嫌いだというに至っては、何をか況やだと思うのだが、昨今の風潮は尚更の事、スマホとパソコンを自在に駆使する学者にとっては利便性、能率性からすれば天と地の差が在るかも知れない。授業そっちのけで大学にも出ず、大学の肩書を以て、金稼ぎに奔走するに至っては学者も地に落ちたというしかない。大した論文も書かずに一生を終わる学舎が多いそうである。
  
   インターネットを覗くと優れた資料がわんさと乗ってきている。それを見ているとそのままキーボードを打ち込んでしまったりして、独創的、創作的論文が作成できないままになってしまうそうである。最高学府にしてそうだから、トップの役所に至っては優秀な官僚も堕落して来ること必定である。
小生などは良く実感し、痛感するところである。それでも己の立ち位置をしっかりと踏んで頭を凝らして、着想、発想を駆使して自分の世界を作ろうと懸命に努力している方は、出来上がった作品に自信が持てて満足することが出来る。精神衛生上、抜群の感興、そして環境かもしれない。慣れてきてしまったのだろうか、パソコンに向かうと頭の回転が良くなって、キーボードを打ち込むことも滑らかになってくるから不思議である。文章はもとより、和歌に至っても瞑想、着地、即打ち込みと云うわけで、いきなり作品がすぐにできてしまう。大きな利点である。
 
  建築設計のモデルプランの立ち上げに至っては、昔のように細鉛筆と定規を使って方眼紙にいちいち図面を引く必要がないからとても便利らしい。失敗すればその部分をマウスを走らせて消すこともできるので訂正とか修正ははかどる。役人が公文書を消したり、改ざんしたり、挙句に破棄したりする癖がついてくるのもあながち否定できない。その上ロボットも出来上がるくらいだから、人間が横着になるのも仕方がない。悪知恵が  ついたロボットが出来たら偉い世の中になってくるだろう。次第に人間が必要でなくなってくるかもしれない。

  上場企業のソフトバンクの孫正義が好決算を発表して、一兆や二兆は儲けのうちに入らないと云って目指すところはもっとはるかに上だと称し、十兆、二十兆などと云っているんじゃ男じゃないと、啖呵を切って大見得を張ったが、今の時代を象徴しているように思える。多額な赤字計上を跳ね返して、上場企業中トップの巨額な久理事を計上したという事実は、誰にもまねのできない立派な功績ではあるが、その捉え方で企業経営者としては羽目を外す結果になってしまったかもしれない。気分高揚の心境は理解されるとしても、利潤追求が企業の最大目的であることはよく承知しているが、それで全てが終わりというものでもない。人としてのやるべき道があるはずだし、もっと視野を広く持っていれば、ああした発言は出てこないはずである。浮かれすぎた結果とは言え、金と出世、リスクと投資、企業家と賭博師と、ぐにゃぐにゃである。「実るほど、こうべを垂れる稲田の穂」。 何時の時代にも通用する箴言である。      5月20日
 

   今日の20日、2021年5月17日発行の「早稲田学報」の6月号が届いた。A4に近い大きさで百ページ前後の雑誌である。活字を見ただけで懐旧の念にしたる思いである。今回殊更に目を引いたのは、特集として「早稲田と本屋」と云う内容だったので普段だと小生にとっては極めて読みずらいので確かめる程度で済んでしまうのが、自ずとページを開いて目を通していくことになった。意志の表示、通信手段がスマホ、パソコン、インターネットのヴィジュアル世界に代わった今でも、本屋がずらりと並ぶ案内図もついているので、温かみがあって何か救われたような気がしたのである。

  昔の話になるが、キャンパスの界隈に散らばって我々の思い出にある本屋は「教科書専門に扱う新刊書の本や」と、「古書専門の本屋」との二つに分けられていたように思う。新参者は主として真面目に新刊書の本屋に立ち寄るが、何年か在籍して、大学の授業が終わり、試験が終了すると直ぐに金にして借金の返済に回す者の多くが、主として古本屋の世話になるらしかった。なじみになって本屋から借金する奴もたくさんいた。学生に対する店主の温情である。

  早稲田のキャンパスの北口の裏通りを抜けたあたりから高田の馬場駅までの道のりに、沢山の古本屋が並んでいた。通りを抜けていくだけで古色、否、古書蒼然の匂いが漂って、店の奥まった内部を覗くといかにも古めかしい骨董商のような感じがしたものである。埃り臭い中を入ってみると積み重なった本の山で、身動きが取れないくらいであったりした。古書の独特な感触は一面、アカデミックな厳粛さえ感じたものである。そうした雰囲気につられて小生はある古本屋を通じて、春秋社から発刊された「世界大思想全集」全百二十六巻を購入する結果になったしまった。大学三年の時である。この本に囲まれている自分を想像し思い切って買ってしまった。後日、浅草の自宅に大きな段ボールの箱に詰まって送られてきた。家の者たちはびっくりして、第一こんなに沢山の本を、しかも見るからに難しい有名な著書を読み切れるのかと質問攻めだった。弟はその時既に東大の教養学部に通っていたので、今思い出すと弟との競争意識もあったかもしれない。さらに言えば長男は一橋であり、次男は慶應だったりして、小生の経歴は落第寸前の早稲田中学を出て学院に受験して心機一転、猛勉強して出るときは右総代だったことから、変な自尊心があったのかもしれない。のちにこれが色々と災いして自分自身を追い詰めてそれなりの苦労をしていった結果にもなっている。純粋に内面的な葛藤に在って青春時代を生きた経緯を感じるのである。古本の「世界大思想全集」を購入したのもそこらあたりに動機があった。第一巻の発行は昭和二年五月二十日印刷、同二十五日発行である。ざっと九十三年前の古書であり大全集である。それまでの人類の英知が詰まっている。そうした雰囲気に自分を置いているだけでも、相当な圧迫を感じているはずである。二階の書棚に置いたままにしてあるが、たまには虫干ししなければいけないと思っている。
 
 古書にまつわる古い話と云えば昔から神田神保町界隈を思い出す。今でも古書市がお祭り気分で開かれたりするくらいだから、古書に対する憧憬みたいなものは捨てがたいものがある。店伝いに覗いていったら一週間あっても足りないほどだが、あれでよく商売が成り立っているものだと思うことがある。かって植田先生に誘われて神田神保町の八木書店を訪ねた。古書専門の老舗であるが、この二階で会津八一の書の展示即売会があった。気が向いたので先生とご一緒に赴いた。勿論、会津八一直筆の書で、装丁された立派な掛け軸があって、その場で買おうと思ったが機を逃がした思い出がある。今にして思うと大変残念なことをしたと慙愧に耐えないものがある。いろいろな作品が観覧できたが、多くが李白の漢詩の揮毫や、般若心経を墨書にしたためたものだったので、あれが別に「ひらがな」の大和ことばで書かれた作品だったら買っていたに違いない。

  植田先生は僕に対して墨書をたしなむよう強く勧められていた。人生、幾つになっても勉強だが、そもそも書道については気まぐれでなく、基本を身に着けたうえで、文房四宝をきちんと揃えてたしなんでいきたいと思っていたのである。しかしその機を逸してしまった今、己の流儀を生かして筆を持つのも一策と思ってきている。そもそも自己主張の我流だが、最近、他人から頼まれて色紙に自詠の和歌を書いて贈ったりすることが増えてきた。楽しみなことであって、昔からそうした癖があったことでもある。己ながらの世界を構築すると云った気宇壮大な思いを生かしていくことも、楽しい学芸の道かも知れない。会津八一は、「 学芸に励みて性を養うべし 」 と教えを言い残している。

  真面目に書いてゆくつもりでパソコンを打っていったが、少々脱線気味な拙文になってしまって恐縮に思っているが、書いていくうちに、この拙文を役立てて同人短歌誌、淵のあとがきにも載せたいと思うようになった。そこで話を戻すと、昭和経済の巻頭随筆に発表され、恩師の大内先生著の大内義一随筆集にも掲載されている「文房四宝」を読み返しながら、改めて思い起こすことは、佐々木君、「書道にも気を配ってみると道に深みが出てくるよ」と云われた植田重雄先生の真意が今になって少しばかり分かってくるような気がした。
                                     5月22日


一夜明けると、相変わらず 騒然とした世の中が続いて煩わしい限りである。新型コロナウィルス感染についても世界中でワクチンの争奪戦が始まっており、ワクチン接種を完了して規制が解かれた国もあれば、日本のように先進国を自認しながら接種率が1パーセント辺りで低迷している状況であるから、自ずと世の中のずれ具合が推察できるというものかも知れない。そこに来てイギリスでもブラジル型でもなく、変種株と称する数種類の強力な感染力を持つ新たなウィルスが拡散し始めて、戦慄が走り医療界も困惑状態である。インド型は感染力が従来型よりも二倍三倍と云うくらい強力であり症状も急変する素因を持っているらしい。

  三密と不要不急の外出を避け、社会的には人の流れ、人流を規制している状況で、社会経済への打撃は推して知るべしである。大小に限らず、人流を促すイヴェントは悉く閉鎖されているに等しい。こうした実情の上に、目下出されている緊急事態宣言の期限が来て、政府並びに自治体はこれを新たに一か月間延長することが決まった。感染防止対策に万全を期した上で、当会でも経済講演会を6月1日に、銀座の三笠会館で行うことになっていたが、開催が危ぶまれて目下事務局で調整中である。おそらく延期になる可能性が濃厚である。     

  外に目を転ずれば、相変わらず諍いが絶えない。 イスラエル、パレスチナの熾烈な砲撃の応酬で多くの市民が又もや犠牲になっている。 又、ミャンマーで起こった軍事クーデターでは、その後では民主主義を取り戻そうとする市民の軍部に対する抵抗が激しさを増し、両者の対立は内戦に等しい状態である。軍の市民に対する過激な弾圧は、日ごとに増して多くの犠牲者を出すに至って悲劇である。 軍と市民の衝突は、かっての天安門事件をほうふつさせるものがある。内外ともに窮屈な、息の詰まるような状態が続いている。      5月28日


  ポケットを探ったらドトールに入った時のチラシに書きしたためた歌の紙片があった。何と書いてあるか確かめながら、破棄するには勿体ないと思いしたためてみた。時の心境がうかがえて面白いと思ったのである。

身を軽くして日頃に向き合ふはほとけ心に沿ふものなりき

みほとけの心に仕えへ己が身の苦悩を削ぎて生くは楽しき

ガザ地区にイスラエルより猛爆を受け民衆の犠牲出づるは

中東の戦火の火種のイスラエル対パレスチナの戦闘の危機

性懲りもなき強欲のリーダーの鬼畜が好む殺傷のさま

お互いに聖地奪回として撃ち合いに神の教えに逆らいにけり

砲撃の瓦礫の下におさなごの死体引き出す親の嘆きは

バイデンも習近平もプーチンも人道主義に立ちて治めよ

戦乱のさなかに生きる民衆に神のご加護のなきは悲しき

見通しのなきパレスチナ・イスラエル和平交渉の中の噴煙

     ワクチンの接種

   5月31日、かねてより予約を申し入れていた世田谷区のワクチン接種について、今日の午後三時半から受ける通知をもらっていたので、深沢の区民センターに赴くことになって終日会社を欠席することになった。その代わり仕事の処理は捗らないが、テレワークで対応しようと思っている。月末でやるべき仕事はあるが、先週のうちに処理しておいたので安心である。今朝になって昭和経済会の事務局にも、この旨を連絡した。このことをしたためて、これから接種を受けに出かけようと思っている。

  ワクチンの有効性については、先進国のアメリカや欧州各国で実証済みである故、後進国の日本も早い段階にこれを了することが肝要である。そして経済回復を一刻も現実的なものとしなければ、中小企業をはじめとした企業の倒産が、避けられるのに避けられない事態が勃発していくようでは恥ずかしい限りである。これによって多くの犠牲者が続出することは回避しなければならない。それではそろそろ接種に出かけることにする。      5月31日


万が一のこと思ってワクチン接種会場を事前に見てきていたので、家内を連れて定刻十五分前に家を出会場まで車で赴いた。受付で予約通知書を提示し会場で受け付けてもらった。ついて次の仕切った部屋に入りあらかじめ記入して申告した接種の予診票について、男性医師の立会いで確認の署名をしていただいた。次の個所で接種券を渡し且つ本人確認の自動車免許書を一緒に提示して書面上の処置を終えた。そして次の部屋でワクチン注射を左腕上部の筋肉部分に行った。担当者は綺麗で親切な女医さんだった。接種者が清潔感ある女医さんであることも、被接種者の緊張感を和らげてくれる点で大切な要件である。たまたま女医さんに当たったまでであろう。注射の際は何ら痛みも違和感も感じなかった。この間約10分位かと。そのあと15分の経過観察を経て異常がなかったので、お陰様で無事会場を離れた。接種会場は機能的であり、流れ作業で順調であった。感謝である。次の第二回の接種日は6月22日の午前10時50分である。第一回の接種の時と同じ書類をもらった帰宅した。

  この日の夕刊には第一面に政府が号令をかけて全国の自治体に、ワクチン接種の大規模会場を可能な限り設置することが決まり、実行力を加速することになったという。ワクチン接種によって感染拡大を食い止める実効性が確認されているのだから、やれることはどんどん行っていくべきである。高齢者ばかりでなく、若い人たちも早く接種を終えて実社会で活躍する時間を豊富に持たなければならない。自宅滞在を強いられる生活は、例えば留守を預かる主婦にしても自閉的になって身体の苦痛を訴え始めている。早く解放された生活環境に戻してやらないと、健全な生活維持が持続されない結果になってしまう。これも大問題である。政官民一体となってワクチン接種に馬力をかけていこうではないか。

ワクチンの接種に依りて感染にストップを掛け明日の社会へ

見上げれば皐月の空のあきらけく今宵は月の夕べなるかも

高齢者ばかりでなく若者も早く接種を可能ならしむ
                                        5月31日

     

社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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