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公益社団法人昭和経済会

理事長室より
LAST UPDATE: 2021年05月07日 RSS ATOM

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理事長室より

VOL.21.5

   
        大型連休に

今日から本格的な大型連休、ゴールデンウィークが始まった。このところ好天気に恵まれているが、連休も押しなべて全国的に快晴に恵まれて各地の行楽日和は確かなものとなっている。

  ところがおっとどっこい、今年のゴールデンウィークは、すでに忘れてしまっているかもしれないが昨年の時と同様、コロナ禍が災いして自由に出かけることが出来ない。今は、先日発令された一都三県にまたがる緊急事態宣言の発令中である。関西圏の大阪府、兵庫県なども同じだが、政府、自治体からの外出禁止令に近い要望が発令されて、全国的にコロナ感染拡大を懸命になって止めようと努めているからである。今や我々は、巷にステイホームを連呼されて外出自粛の要請を受けている最中である。行楽地に出るのも憚るし、出たにしても出先ではお店が休業、閉店続出のありさまだから、行楽の目的が果たせないまま現地で放り出されるが落ちである。

  元気で活動的な少年少女たちにとってもそうだし、血気盛んな若い諸君たちにとっては、ステイホームを求められても、既に心身の萎縮、自閉では忍耐の限界を超える状況でいたく同情する心境である。しかし、コロナに感染してしまったら苦しい思いをしなければならないことを考えて、ここは忍の一字に徹して従ってもらいたい。知恵を絞って毎日の休日を有効に活用する方法を編み出して、この連休を合理的に過ごしてもらいたい。仮に外出する場合であっても、マスク着用で三密を避けることが肝要である。今流行している異変種のコロナは治療に不解明で謎の部分が多く、心身に受けるダメージは人の一生にとって計り知れないものがある。

驚いたことに世界の国別に見た統計があって、ワクチン接種率に関するものでNHKが発表したものである。何かというと、人口100人当たりのワクチン接種回数を示したものである。それによると一位がイスラエルで119,5、次いでイギリスが63,5 そして3位のアメリカが63,3である。日本はどうかと云うと僅か1,6である。順位にして32位と云うから何とも情けない話である。これで感染者数や死亡者については低い水準にとどまっていることは幸いなるかな、世界の七不思議に入るかもしれない。科学の力を発揮し得ず、ひたすらマスク着用と、三密を避けた徹底した原始処方に徹しているからである。


  午前中は五月にふさわしい晴れやかなお天気であったが、午後から大気の状態が大きく変化して荒れ模様の空に変わった。それに午前中の十時過ぎに長い揺れを感じた地震があった。仙台沖を震源とするマグニチュード6・8、震度6のかなり強い地震である。東京も震度3の揺れを長く感じたくらいだから、地震の規模は広範囲にわたるものだった。

  又夕方近くになって、雷鳴を伴った強い大雨に見舞われた。ところがこの雨、実は昼間に植え替えたレタスの苗にとっては良い湿りで、慈雨の恵みとなった。今年は早い時期から庭畑の土を掘り返し、肥料をたっぷり施して休ませておいた。植え付けの菜っ葉類には事欠かないし、連続して新鮮な野菜に恵まれて健康的である。トマト、茄子、キュウリ、しし唐といった成りものは、先々週の休日に植え終わっており、順調な生育状態で満足している。豊作は間違いなしだ。拙宅もそうだが、周辺は今、深緑も光の色に溢れているし、端午の節句に泳ぐ鯉のぼりも鮮やかである。万年筆を胸にさし、思いつけば和歌や俳句をしたため、身近に楽しい仕事があって、頭も体も休む暇がない。むしろ度を越さず適度に、上手に連休を過ごすつもりである。

  今年の連休は富士ビューマンションで過ごすつもりでいた。しかし緊急事態宣言で神奈川県に来ないでくださいという県知事の要請で、別にマンションは富士箱根であっても静岡県に所在するからいいはずだが、神奈川県を通過していくことになる故に車のナンバーを見れば行動範囲がはっきりし来る。自ずと出足が鈍ってしまい休日も余すところ三日となってしまった。天気も明日まででそれ以降はぐずれ模様になるとの予報である。車を飛ばして富士ビューマンションへ行くことは目下のところ断念した。箱根行については、感染の可能性は完全に遮断しているには違いないが、ウィルスも異変株の発生拡大で感染力も強く、かかれば重症化の可能性が多いという。

   触らぬ神に祟りなしではないが、飛んで火にいる夏の虫ともいうが、この際は自重し勝手な行動を慎んだ次第である。その代わり憲法の日を明日に控え、六法全書の最初だけをめくって憲法を勉強してみようと思っている。触らぬ神に・・・・とは厳密にどうゆうこと?と妻に聞かれた。確かに神に触れるという言葉には不遜な感じがあって慣れていない気がする。妻が何となく尋ねる真意がわからないでもない。戸惑いながら返事をしたが、要は、物事に関係しなければ、面倒なことに巻き込まれることはないということだよと即座に回答した。コロナにかかったりすると確かに面倒である。肺の正常な細胞が侵されてどんどん死滅していき、呼吸不全をきたすから、KRANNKUHEIT ZUM TODE  即ち 「死に至る病」である。かかわりを持つことは難儀で苦しみである。だから三密を避けよと云われている。老若男女、衆人須らく守るべきである。


山吹の庭の暗みに輝やきて黄色の花を吹き咲かせをり

深緑と空の青さに泳ぐ鯉のぼりも高き我れがふるさと                                                                        5月1日

     希望はでっかく

  以前、私の会社に出入りしていたKと云う人がいて、紹介された土地を買って差し上げたことがある。確かな記憶をたどれば、その時のKさんとの付き合いは11年前のことである。お客さんは、大阪を拠点とした料理研究家で、T学院を全国的に経営する有名なT学院長が所有ていた土地の事だが、被相続人となってしまい未亡人が司法書士を伴って訪ねてこられた。司法書士がついてきた話なので内容は信用できるものと判断し、たまたま隣地だったので、弔う気持ちになって受け入れて差し上げた。その時の仲介者がKさんである。Kさんは昔気質の言うなれば任侠的な気風を持ていて、仕事柄大言壮語の際立った人なので、小生としてはあまり好ましい人の部類に入らなかったので、その後において持ち込んでくる話についても距離を置いて話を聞く関係であった。昔気質で任侠風と云うと、無味乾燥で世知辛い今様のこと、珍しく魅かれるところもあったりするから世の中は不思議でつながっているのかもしれない。

   そのせいか縁ものでつながったことをめでたく付き合っていたら、心の隙間に油断の風が吹いてしくじってしまい、受けた話で損をこうむる結果になってしまった。Kさんは、人さまに損害を与えておきながら、憎まれっ子世に憚るとでもいうのか、愛想よく人の気を引きながら相変わらず何もなかったことのように振舞っているのも憎めないところがあったりした。よく言うところの、泥棒にも三分の理、盗まれる方にも人の業、とでも云おうか泥棒を正当化するわけではないが、被害に遭う方にも人の業と決めつけるように行動に落ち度があることは否めないし、一つの警句と解釈しながら己を戒めている。小説を書いたりしていれば材料が沢山くみ上げられるかも知れない存在である。小生も損害を被っていることを殊更口に出しても仕方がないので、弁護士にお願いして、後のとれないものは回収をあきらめているのであるが、そのKさんは本気で弁済するつもりでいるのかどうかわからないが、自分の持っている財宝をさる人に売却して莫大な金が入ってくることをいつものように仄めかしては人の気持ちを引き付けているのである。実際には故郷にも先代から住む家屋はあるものの、自分の名義ではないし、広大な田畑にしても工作機械に乗っている姿はあっても、自分の名義に登記されているものは何一つない。しかし地元には古くから広大な田畑や山林を有していることになっている。迂闊な人は、そうした話をすぐに信用しがちである。こちらも人の子であってみれば、無欲枯淡の身でもない故、何気なく期待したりしてしまうのである。  某日に続く

平和憲法の日

   5月3日は戦後に作られた日本国憲法が施行された日でゴールデンウィークに組み込まれて国民の回顧を促す日ともなっている。戦争の惨禍を身を以て体験した人は既に少なくなってきている。多くの国民は憲法の成り立ちを知らずに戦後を生きてきた人たちだから、その生い立ちと意義を回顧することは歴史を振り返る際に大事なことである。小学生の教材にも載っている常識を、我われ大人たちももう一度心を新たにして振り返る必要がある。コロナ感染拡大を食い止めようとして幸いと云うべきか今は緊急事態宣言のさなかであり、連休の外出自粛を強く求められている。日本国憲法の序文だけでも読み返してみること、そして戦争放棄と基本的人権の項目ぐらいは暗記していてもいいのではないだろうか。高齢者にとっては脳の活性化にも役立つはずだし、さあ復習してみようではないか。

  日本国憲法は、多くの犠牲者を出した第二次世界大戦の経験を生かし、二度と戦争をしない平和で自由な国を目指して制定された。その憲法の施行を記念して制定された祝日が、憲法記念日である。「国のさらなる成長を期待する」という思いも込められている。小学生の教材をもとに再びそうした概念を基礎に摘まみ読みでも構わない、ひょっとすると学生時代に全部暗唱したころが蘇ってくるはずである。特に高齢者にとっては勇ましい学究時代を思い出し、責任の一端を担って、この日を起点にいつも口ずさんでいると、理性的人間に振り戻って、精気取り戻しの大きな回春剤になるかもしれない。若い人にとっては、次の仕事の飛躍台となって奮起するはずである。

繰り返し読む憲法の前文をコロナに対峙いたすこの日に

日本国憲法の真価を知らずして貶す徒党の多きこの国

憲法の実にお世話になりながら不平不満をへつらふ人らよ

外国の侵略に対し毅然たる自衛の行使は憲法にも在り

平和憲法ゆえに同等に外国にこれを求むる権利もありけり

権利、義務明確にある国民の改めて知る生存の意義

戦争の放棄は相手にも主張しぬ無防備無抵抗これにあらざり

憲法の理念を理解し実践し故に今日の祖国の在りしと

憲法の平和と自由と人権の順守を世界に広めゆかまし

人間の愚かな性を繰り返す歴史を諭す平和憲法

憲法の基本精神の不動なりコロナ禍にある世にそ在りても

戦争は国の権力者の恣意により一部が富みて死せる民衆

戦争の記録をたどり殺戮と略奪のさま如実学べり

青春の学窓に学ぶ憲法の思ひも熱き今の今日の日

人生に悩み挫折の寸前に憲法を読み奮起致せり

憲法を人生最大の座右の銘と心に決めて前に進まん

憲法の前文を読み人生を回顧して得る意志の馬力を

人類の広く指針と施行せんわが国憲法の基本精神

対立と喧嘩を融和と寛容の社会構築に根差す憲法

憲法の普遍的思想を喚起して今の世界を顧みるなり

深緑に輝く今日の憲法の日風を孕みて舞ふ幟かな

普遍的原則を述べ現実に確実に立つ平和憲法

敗戦の苦労と明日への希望より自由と平和の憲法を手に

憲法の日に憲法を読み返すあな麗しき前文の主旨          5月3日

    子供の日

  今年のゴールデンウィウィークは散々な目に遭って、連休を利用して外出を楽しんだり、長期旅行を企画したりすることが出来ず、そうした状況で五月の大型連休は子供の日を以て締めくくることになった。連休については大事な憲法の日と今日の子供の日が一日を挟んでつながっており、二つの祝日の日を意義深く感じて過ごしたものであるが、最近は少しずつ状況が変わってきているようである。端的に言えば、内外の状況の変化が手伝って、憲法の日に対しる国民の受け止め方が変化して来て、憲法改正の論議が盛んになって来た感じである。

   又、子供の日の祝日についても、世評を反映して昔のように陽気に大々的に子供の健全な成長を願い期待すると云った行事がみられなくなってしまった。家庭の家族構成にもよるが、昔は外に出ると必ず子供たちが元気に飛び回って遊ぶ姿を見つけたり、遊び回る声が聞こえたものである。ところがそうした機会が少なくなってしまったようだ。寂しい限りである。昔は子供が一家族で四、五人は居て賑やかだったし、兄弟愛を通じて自然と人間性の陶冶と発揚につながっていったものだが、残念なことに家庭に子供が少なくなっていくようである。極端な例になると、結婚しても子供を設けないという夫婦が多くなってきていることも事実である。結婚と家庭ということについては、それぞれ自由な見方があってそかるべきだが、子供のいない寂しさと云うことも現実にあるので、価値観、人生観の相違とはいいながら、果たしてそれで良いのかどうか一考を要する気がする。

  子供を祝う日と云いながら、具体的にどんな祝い方があるのかと云ったら直ぐに浮かんでこないのが今日的な風景である。端午の節句であり、目に浮かんでくるのが空を泳ぐ鯉のぼりであり、床の間を飾る兜であったりした。しかしデジタル社会に馴染んでスマホを以てゲーム遊びに熱中、堪能する子供たちにとっては、そんなのんびりした行事などまどろっ濃くて気にも留めないだろう。昔の子供たちの遊びは、工夫して皆が一緒になって遊ぶものだった。スマホを持ったゲーム遊びなど想像もできなかったし、遊びと云えばだれか相手があってのことであった。

  かくれんぼや鬼ごっこは日常茶飯事である。外に出て輪になって掛け合いながら歌い合いながら楽しんだりしたものである。「かって嬉しいはないちもんめ・・・、かもめかもごめ籠の中の鳥は・・・、押しくらまんじゅう押されて泣くな・・・、あぶくたった煮たった・・・、あんたがたどこさ・・・、など、皆が手をつないで輪になって、楽しく歌い合い動き合うもので、平凡ながら互いに触れ合って人間味のこもったものだった。ひとり遊技としてはおはじき、めんこ、けん玉、凧揚げなど、謂ってみれば手作りのモノばかりで機械化されたものは何一つなかったし、思い出すと一つ一つが絵になて鮮烈に浮んでくる。他愛ない話だが、ベーゴマは勝ち負けで駒を取り合うので、不良の遊びだからと禁止されていたくらいである。映画は見てはいけないとか、漫画はポンチ絵と云ってバカにしたくらいであり、頭が悪くなると云うくらいで、今でいう締め付けが多かったが、子供たちは大らかに動き回り別に気にも留めなかった。

  総務省が五月五日の「こどもの日」に合わせて公表した15歳未満の子どもの推計人口(4月1日現在)は、前年より19万人も少ない何と1493万人だったという。この数字は1982年から40年連続してきており大きな減少となっている。過去最少を更新した。 発表によると、その内訳は男子765万人、女子728万人である。

  国連の人口統計年鑑によると、人口4000万人以上の世界33カ国中、子どもの割合は日本が最低だそうである。次いで韓国12.2%、イタリア13.3%、ドイツ13.61%だった。子供の数が世界的に減少傾向にあるが、追い打ちをかけてコロナ感染拡大が出生率に重くのしかかってきている。アメリカでも子供の出生率が前年比で6%減少して6年連続とのこと、そして実に40年振りの低水準であった。人口の減少、特に働き盛りの人口減少は経済にとって影響を及ぼす点で懸念材料であるが、世界経済をけん引する米国の成長に響くのではないかとの心配も出てきている。

  日本の少子高齢化の現状は憂慮すべきことながら、若者が結婚生活に不安を感じないような社会の構築と、子供の養育と教育に希望を持てるような制度設計を国、および自治体が連携して強固ならしめていく具体的な方策を示すべきである。テレワークや在宅勤務の将来的普及は拡大傾向にあるので、先ず住環境を改革する有効な政策立案に着手すべきである。都市から地方への分散生活圏の作成は、有意義である。   子沢山の楽しい家庭が思い起こされるが、謂うところの「貧乏の子沢山」と云われたりしないことが前提であり、子供の日にちなんで有意義な考え方を以て、将来に臨んでゆきたいものである。          5月5日


公益社団法人 昭和経済会
理事長 佐々木誠吾


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